気にしないなんて、無理
この場に重苦しい沈黙が流れた。
夜桜を撫でる風が吹き、ライトアップされたこの場に幻想的な花弁が舞い散る。
真後ろには、そんな幻想的な風景に溶け込み、存在感を放つ美少女の姿が。
彼女は俺の言葉を聞いて、そっと目を伏せた。
そして———
「脱ぎなさい」
「俺が剥がされる立場に!?」
公衆の面前で脱衣を要求してきた。
「……そうじゃないと傷が確認できないでしょう?」
「ちょ、ちょっと待て! まだ俺が候補者入りしたかどうか分からないだろう!?」
彼女の思っている王子様とは違うかもしれない。
……いや、正直なんとなくもう察してはしている。
地元が別の場所だったから違うと思っていた。
しかし、蓋を開けてみれば場所はここで、犬に襲われたところを助けてもらって、王子様はヒーローの仮面をしていて。
合致している部分が多すぎて、自分で口にしてなんだが自分で否定したくなった。
「いいから、お願い」
そっと、後ろから手を握られる。
縋るような、懇願するような。先程までの空気とは違い、切実さが滲んで見て取れた。
少しばかり逡巡する。
しかし、こんな顔をしている女の子のお願いなど断れるわけもなく―――
「……少し見るに堪えないと思うけど」
俺は襟の部分を引っ張って肩口を露出させる。
背中の火傷に比べたら酷いことはないが、それでもざっくり開いたのが塞がれたような痕が刻まれていた。
それを見て―――
「…………ッ」
霧島は涙を流した。
この光景は、一度どこかで見たような気がする。
「ち、ちなみに聞くけど……あなた、この傷はどうしてできたの?」
涙を拭きながら、霧島が尋ねてくる。
「……昔、ここで女の子を助けるために犬に襲われて」
「……そう」
霧島はモデルの男などもう頭に入っていないのか、ベンチに改めて座り直した。
そして、ふと真っ暗でどこか眩しい夜空を見上げる。
「はぁ、灯台下暗しか」
「その、なんかごめんな?」
「何が?」
「いや、俺がその……捜してた相手だって」
もしかしたら、王子様に夢を持っていたかもしれない。
かっこよくて、優しくて。美化されたような男を想像していた可能性もある。
でも、現実はこんな男で。
それだけじゃなくて、俺がもう少し早く名乗りを上げていれば今まで捜すこともなかった。
ただ、一つ弁明をすれば地元が別だから違うと思っていて―――
「なんであなたが謝るのよ。むしろ、私の方がお礼を言わなきゃいけないのに」
ポツリと、霧島は口にする。
「……よく考えたら、そりゃ身を挺して誰かを守ろうって考えられる人がそんな多いわけないもの」
「え、えーっと?」
「要するに、柚葉を助けたあなただったら納得できるって話よ」
誰でも助けそうなものなんだが、と。
どこか気恥ずかしさもあり、思わず頬を掻いてしまう。
「でも、そっかー!」
霧島は唐突に、ベンチの背もたれにもたれ掛かる。
その表情はどこか晴れ晴れとしているものの、堪え切れなかった涙が浮かんでいた。
「スッキリした!」
「それは、相手が見つかって?」
「えぇ、もちろん!」
そして———
「ありがとう、あの時私を助けてくれて」
満面の笑みを、俺に向けてきたのであった。
俺は、その見惚れるような笑みに思わずドキッとしてしまう。
ただ、昔は昔の話。
あの時の俺はヒーローになりたくて、助けたかったから助けただけで―――
「ま、まぁ……その、なんだ。あんまり気にしないでくれ」
面と向かって言われた気恥ずかしさもあり、少し顔を逸らしてしまう。
でも、霧島は何故か俺の手を取って顔を覗きこんできた。
「《《無理よ》》」
「は?」
「気にしないなんて、無理」
その言葉は、力強く。
俺の言葉を難しいというよりかは、否定したいと断言しているようだった。
「無理よ……気にしないなんて、無理。私の中では、あなたの存在が大きかったんだもの」
……ふと、彼女の声を聞いて詩織さんの言葉を思い出した。
『同じ境遇だから分かります。来栖さんにとっても、柚葉さんにとっても……私にとっても、自分の王子様の存在は大きなものなんです』
俺が思っている以上に、彼女達にとっての王子様の存在は大きい。
些細な憧れの、些細な馬鹿を、彼女達は運命だと思っているのかもしれない。
そう思うと、彼女達の言葉を俺から否定はし難い。
詩織さんの言っていた「素直に受け止めてくれ」とは、こういうことなのだろうか?
「で、でも……今更恩義なんてやめてくれ。昔のことを掘り返して恩を売るような真似はしたくない」
「……あなたがそう言うなら、そうしないようにする」
ポスッと、俺の肩に何かが当たる。
ふと視線を横に向けたら、霧島の小さな頭が俺の肩に埋もれていた。
「でも、そっかぁ」
肩に赤くなった顔を埋めたまま、霧島はポツリと溢した。
「……柚葉と同じなのね」
《《困ったわ》》、と。そんな言葉を残したあと、嗚咽が聞こえ始めた。
綺麗なライトアップをされた夜桜の景色には似合わない、女の子の鳴き声。
幸いにして、スタッフ達の少し離れた場所にいる。聞こえていることはないだろう。
それでも、泣いている彼女は放っておけなくて。
失礼かもしれないが、俺は彼女が泣き止むまでそっと頭を撫で続けた。




