ユウタの真っ赤なスポーツシューズ
靴屋さんで見つけたその真っ赤なスポーツシューズは、ユウタの目にはとびきり輝いて見えました。
「これ。これがいい」
ユウタがいうと、お母さんは、
「珍しいわね。ユウタがそんなにはっきりこれがほしいっていうなんて」
と目を丸くしました。
店員さんにきいてみると、この靴はこのサイズしかありません、といわれたのですが、ユウタがはいてみると、ぴったりでした。
「今ぴったりだと、すぐにはけなくなるわよ」
お母さんはあまりいい顔をしませんでしたが、ユウタが「だけど、これがいい」ともう一度いうと、しかたなさそうに笑って買ってくれました。
家に帰ると、「お、ここが新しいおれの家か」と靴はいいました。
「よろしくたのむぜ、ユウタ。明日から思いっきり走り回ろうな」
「うん」
うれしくて、その日ユウタは靴をだいてねました。
でも、次の日からユウタの生活はがらりとかわってしまいました。
とつぜん、学校に行かなくてもよくなりました。
「新型ウイルスがはやってるから、できるだけ外に出ないようにって。授業は全部リモートでやるんですって」
とお母さんがいいました。
玄関にいつでもはけるように並べられていた赤い靴は、ユウタを見るといいました。
「おっ、ユウタ。早く外に行こうぜ」
「それが、行けなくなっちゃったんだ」
ユウタが事情を説明すると、靴は、「へえ、そうなのか」とおどろいた声でいいました。
「まあそういうこともあるよな。そのうちまた外に出られるようになるさ」
けれど、新型ウイルスは日本中に広がっていく一方で、ユウタはちっとも外に出られるようになりませんでした。
「今日もだめかあ」
靴は残念そうにいいました。
「でも気にするな、ユウタ。別にお前のせいじゃねえよ」
学校が休みになって最初はユウタもうれしかったけれど、それがずっと続くとさすがにうんざりしてきました。
パソコンを通して授業をすることも初めは面白かったけれど、すぐにつまらなくなりました。
画面の向こうでしゃべっている先生はどこか別の世界の人みたいで、いっしょに授業を聞いているはずの友達は、顔も見えなければ声も聞こえません。
そんな風にして、二か月が過ぎました。
まだマスクは外せないけれど、少しだけ外に出てもいいことになりました。
「外に行くのか、ユウタ」
靴がはずんだ声を出しました。
「うん、ちょっと先の公園まで一周してくるだけだけど」
「ようし、行こう行こう」
ユウタがはくと、靴はうれしそうに勝手にスキップしました。ユウタも楽しくてしかたありません。
久しぶりに思いきり外を走りました。
「ぜんぜん運動してなかったから、体が重いよ」
「じゃあこれからは毎日おれと走らないとな」
「そうだね、毎日走ろう」
けれど、公園を回って帰ってくるころ、ユウタは足のつま先が痛くなってきてしまいました。
原因は分かっていました。
靴が、小さいのです。
外に出ることのできなかった二か月の間に、ユウタの足は大きくなってしまっていたのです。
「ユウタ、楽しいな」
靴がうれしそうにいいます。
「もうつかれたのか、どんどん走ろう」
「うん」
ユウタは走ろうとしましたが、やっぱり痛くて、足を止めました。
「ごめん、足が痛い」
「えっ」
靴はしばらくだまりこんだあと、残念そうな、でも明るい声で、
「しかたないよなあ」
と言いました。
「ユウタは子供だもんなあ。これからどんどんでっかくなるんだもんなあ」
結局、真っ赤な靴はその一度しかはけませんでした。
ユウタはお母さんがネットで買ってくれた青い靴をはくようになり、赤い靴は下駄箱にしまわれました。
「もう、あの赤い靴は捨てようか」
とお母さんがいいました。
「だめだよ」
ユウタはあわてて答えます。
「まだ一回しかはいてないんだから」
「だって、もうはけないでしょう」
「でも、だめだ」
それからしばらくして、新型ウイルスがようやくおさまってきたころに、こどもバザールが開かれることになりました。
広場にみんながいらなくなったものを持ち寄って、おたがいに売り買いするのです。
ユウタは、決心しました。
「ねえ、明日のこどもバザールに君を出してもいい?」
ユウタがたずねると、赤い靴は明るい声でいいました。
「ああ、もちろん。ありがとう、ユウタ。まだおれをはいてくれる子がいるかな?」
「きっといるよ」
こどもバザールには、たくさんの子供が集まりました。いろいろなおもちゃが並ぶ中で、赤い靴は一番かっこよく見えました。
「このくつ、かっこいい!」
とユウタより一つ年下くらいの男の子がいいました。
「一度しかはいてないから、新品と同じだよ」
とユウタはいいました。
「じゃあ、買う」
その子に大事にかかえられたスポーツシューズは、
「ユウタ、ありがとな。一度だけだったけど、いっしょに走れてうれしかったよ」
といいました。
「うん」
ユウタはちょっと泣きそうになったので、急いで男の子に、
「いっぱいはいてね」
といいました。
「うん。もう今からはく」
その子がはきかえると、もう靴の声は聞こえなくなったけれど、やっぱりとてもかっこよく見えました。