9話 秘密の鍵
時が止まったかのように議事堂内は静寂に包まれた。ぽたりぽたりと床に落ちる血の音がやけに響いた。
「きゃあああーーー!」
耳をつんざくような王女の悲鳴によって人々はハッと我に返った。足元には血溜まりが出来がり、血飛沫を顔中に浴びたレベリオがぶるぶると震えていた。
「ロディ……てめぇ……」
おれは剣を構えたまま怒気を飛ばした。壇上の上に立っていたロディがにやりとほくそ笑んで叫んだ。
「相変わらず一歩遅いなぁ! ヴァレント! また見殺しにする所だったぞ!」
「おまえ、まだあの時の事を――」
ロディはふんと鼻を鳴らし壇上から降りた。するとそこへ一人の兵士が息を切らしながらやってきた。
「宰相様! 先程モーファ殿の自室よりこれが発見されました!」
兵士が頭上に掲げたのはどこか禍々しい雰囲気を漂わせる小さな石像だった。ロディがそれを受け取るとアジュダや魔法省の人間が数人集まった。しばしの間、魔法による鑑定が行われる。
「確かにこれは古代の呪具に間違いありません」
アジュダがそうロディに告げると、彼は貴賓席にいる王に向かって声高に訴えた。
「陛下! お聞きの通り、今回の一件はモーファ主導による姦通罪で間違いありません! 聖女レベリオは脅迫され服従の契約まで結ばされておりました! 彼女には何卒恩赦をお与えください!」
泣き崩れるジュイリア王女の背中を擦りながら王は応えた。
「姦通罪での処罰は不問と致そう。ただし更なる調査は引き続き行え。ひとまずこの裁判は閉廷とする!」
数人の従者に守られるようにしながら王女と王は議事堂を後にした。モーファの亡骸も兵士達によって運ばれていく。おれはまだ放心状態で座り込んでいたレベリオに話し掛けた。
「レベリオ、不貞の行いは本当に呪術によるものだったのか?」
彼女は一瞬ぴくりと体を震わすとゆっくりと顔を上げた。
「あなた……本当にごめんなさい。抗う術がなかったの。どうか! どうか許してください!」
彼女は目に涙を浮かべながらおれに縋りついてきた。おれの手をぎゅっと握りしめ懇願するように泣き喚いた。
「許してやったらどうだ? ヴァレント。おれがおまえを許したように」
いつの間にかロディがおれ達の傍へとやってきていた。彼が手にしている石像を目にしたレベリオが怯えながら体を縮めた。
「許しているようには見えんのだがな。おまえの妹、ロアーナを見殺しにしたこのおれを……」
ロアーナという名を耳にした瞬間、ロディの顔色が明らかに変わった。抑えきれない程の憎悪が彼の体から溢れ出した。その場の空気が一気に氷点下まで下がったかのように凍り付いた。
何かを言おうとしながらも彼は口をつぐんだ。そして無言のままレベリオを引き起こした。
「彼女にはもう一度詳しく尋問する。おまえも同席するか?」
「いや結構だ。今後の事は彼女が帰ってきてから話す」
レベリオは終始俯いたままロディに連れていかれた。おれもプルジャを連れて議事堂を出た。
おれはそのままの足でアンクバートの屋敷を訪ねた。裁判の話を聞かせると大層驚いていた。
「モーファが死んだ!? じゃあこれで一件落着……とはいかねぇわな」
おれの顔色を窺いながらアンクバートが煙管に火を点けた。
「実はレベリオがこれをこっそりおれに渡してきた」
おれはポケットからベンダントを取り出した。チェーンを伸ばした先には小さなサファイアの宝石がついていた。
「これはレベリオが昔から身に着けていたものだ。なぜこれを今になっておれに渡したのか……」
「ちょっと見せて」
床に座ったままプルジャが手を伸ばした。おれがペンダントを渡すと宝石をじっと見つめた。そしていつものように彼女の瞳の色が一瞬消える。
「この石の中に死霊の影が一体いる」
「なに!? 呼び出せるか?」
おれがそう言うとプルジャはこくんと頷き立ち上がった。
「光の輪っか」
光の中からひとりの女性が現れる。その顔はどこか懐かしく、そしてその面影はレベリオに似ていた。その姿におれは見覚えがあった。
「これは……レベリオの母だ」