8話 黒幕
地下牢には底知れぬ静けさが漂っていた。
おそらくモーファは離れた別の牢に入れられたのだろう。たまに聞こえる看守の欠伸くらいしか人の気配はしなかった。
今後は審問会議、もしくは姦通裁判に掛けられることになるだろう。王女の婿を寝取ってしまったのだ、よくて幽閉、最悪は処刑となるだろうか。何度か魔法を使い脱け出そうと試みたが、首にはめられた魔法封じの輪が光り魔力が吸い取られてしまった。
ただぼんやりと蝋燭の炎を眺めていると牢の中にすうっと人の影が射した。私は顔を上げる事無く地面にひれ伏した。
「申し訳ございません……」
「なぜモーファとの関係が明るみになった?」
感情を向ける様子もなく彼は抑揚のない声でそう言った。
「ヴァレントがネクロマンサーの子供を連れておりました。その者により、私とモーファに憑いていた死霊の記憶を読み取られたようです」
「聖女に死霊が憑いていたのか? 随分と滑稽な話だな」
「つい最近憑りつかれたのかと……迂闊でした。弁解のしようもありません」
彼が小さく溜息をこぼした。私はずっと下を向き彼の言葉を待った。
「私との関係は知られたのか?」
「それは大丈夫でございます。貴方様との痕跡は何も残しておりません」
「いいだろう。では罪はモーファひとりに被ってもらう事にしよう。もう少し利用していたかったが」
「仰せのままに……」
「レベリオ、おいで」
薄明りの中から彼が手を差し伸べた。私はゆっくりと立ち上がると、彼の手を取り身を寄せた。彼は私の顎先をそっと掴み、顔を引き寄せながら耳元でささやいた。
「私への愛を誓えるか? レベリオ」
「はい。私はロディ様へ心からの愛と忠誠を誓います」
彼は満足そうに笑うと唇を重ねた。そして口づけを交わしながら私の首元へちらりと視線を落とした。首にはめられた魔法封じの輪はなんの変化もなかった。それを確認し、彼は再び口元を緩めた。
「どうやら呪術契約はもう必要ないようだな。嬉しいよレベリオ」
「身も心も全て、貴方様へ捧げております」
私は恍惚とした表情を浮かべ彼を見つめた。
「事が落ち着いたら契約を解いてやろう。そして私の子種を授けてやろう」
「ありがとうございます。ロディ様」
彼は私からすっとその身を離すと闇の中へと姿を消した。
「それでは続いて聖女レベリオ! そなたに弁明の機会を与えよう」
姦通裁判が開かれている議事堂内に宰相の声が響き渡った。モーファはすでに諦めたのか、反論する事無く罪を認めた。彼は項垂れながら座り込み手に掛けられた枷を見つめていた。
レベリオが中央の証言台へと上る。少しやつれたのか、彼女にいつものような輝きはなかった。しばらくの沈黙の後、彼女は語りだした。
「私はモーファ殿に脅されてました!」
議事堂内にどよめきが起こる。「ご静粛に!」と宰相が声を張り上げレベリオに続けるよう促した。
「最初の頃は影でこそこそと体の関係を迫るだけでした。もちろん私は断っておりました。けれどその内彼の言動は度を越してきました。私が従わなければ我が夫、ヴァレントを事故に見せかけ殺すと脅してきました」
再びどよめきが起こると、堪らずモーファが立ち上がり叫んだ。
「何言ってやがる! 誘ってきたのはおまえだろっ!!」
両脇にいた兵士がモーファを抑え込む。騒然とした中、宰相がレベリオに問いかけた。
「そのような事、我々に報告すればよかったのではないか?」
「そのつもりでした。しかしある日、不意をつかれ服従の契約を結ばされたたのです! これがその証拠でございます!」
彼女が耳元の髪を掻き揚げた。するとそこにはなにか文字のような印があった。横に座っていたプルジャが目を細めながらそれを見ていた。
「確かにあれは呪術印。モーファは呪術師なの?」
「いや、奴は魔法剣士だ。呪術など使えるわけが――」
おれの言葉を遮るようにレベリオが再び声を荒げた。
「彼は見た事もないような呪具を使ってました! きっとどこかに隠しているはず!」
「おのれぇ! ふざけた事を!!」
モーファが横にいた兵士の剣を奪いレベリオへと飛び掛かった。一線を退いたとはいえ元騎士団長。一瞬でレベリオへと肉薄する。すぐさまおれも剣を抜きモーファの急襲を防ごうとしたその時だった。
剣を握ったモーファの腕が宙を舞い、その首が床へとぼとりと落ちた。
突然放たれたその風魔法をおれは剣で封殺した。そして魔法を放った張本人を睨みつけた。
元勇者パーティーの賢者である宰相ロディの顔を――