4話 妻の密会
「やっぱりおまえさん見てなかったのか……昨日城でうろうろしていただろう? 隠蔽魔法までかけて」
「レベリオが結界を張ってたんだよ。おまえは平気だったのか?」
そうおれが尋ねるとアンクバートはプルジャをちらりと見た。
「おれはあいつがいたからな。おいプルジャ、見せてやれ」
彼が顎をしゃくってプルジャに指示を出すと、彼女は少し気怠そうに立ち上がりお尻の埃をパンパンとはらった。そしてゆっくりと息を吸いながら目を閉じる。再び目を開けた時にはまた瞳の色が失われていた。
「光の輪っか」
プルジャが両手で輪っかを作ると、それに合わせて光の輪が現れた。そして徐々に手を広げていくと光の輪も大きくなり、その中から人の形をした影が現れた。
「これが死霊魔術……まるで光魔法みたいだな」
おれが独り言のように呟くとプルジャが淡々と答えた。
「光がないと影はできない。死霊を呼ぶ時も光がないとダメ」
「ほぉ……」
とりあえずおれはさも理解したかのように何度か頷いてみせた。よく見ると現れた影には人の顔がうっすらと重なっている。体の部分も何を身に着けているのかが見て取れた。
「これは少年兵か?」
「うん。聖女様に憑いていた影をもらってきた」
「聖女様って――これはレベリオに憑りついていた死霊なのか!?」
「そう。最近憑いたばかりみたいだったから簡単に引き剝がせた」
おれはポカンと口を開け、ゆっくりとアンクバートの方を見た。おれが驚いているのが余程面白いのか、彼はにやにやと笑いながらプルジャに声を掛けた。
「プルジャ、あれを見せてやってくれ」
表情を変えずにプルジャがおれの方へとすたすたと歩いて来た。そしておれの目の前に立つと左手を軽く上げた。
「思い出箱」
彼女が術を唱えると部屋の中がさーっと外の景色へと変化していく。。
「これは?」
おれがプルジャにそう訊くと、それに答えたのはアンクバートだった。
「それはその少年兵の霊が見た光景だそうだ。昨日の昼間、おまえさんが見れなかったもんだよ」
件の少年兵の方を見ると、真っすぐに立ったままこちらを見ている。プルジャがおれの服の袖を引っ張りながら後ろの方を指差した。背後を振り返ると、まるでそこにいるかのようにレベリオとモーファが楽しそうに話している。
『レベリオ、今日もそなたは美しい……』
『まぁモーファったら。そんなに見つめられると恥ずかしいわ』
確かにそれは二人の声に間違いなかった。夢と現実の狭間にいるような感覚で、おれは寄り添う二人の姿をじっと見ていた。
『その艶やかな唇。まるで吸い込まれてしまいそうだ』
モーファがレベリオの唇を指でなぞる。彼女はうっとりとした表情で、まるで口づけをねだるように顔を上げた。
『こんな所でそんな大胆な事をしていいのかい?』
『結界を張ってるから大丈夫よ。誰も近づけはしないわ』
二人は同時にくすっと笑うと舌を絡めながら長い口づけを交わした。その瞬間、おれの心臓がなにかに鷲掴みにされたかのようにドクンと脈打った。思わず魔力が暴走しそうになる。
「お、おい……もう止めた方がいいんじゃないか?」
そう言って立ち上がったアンクバートが心配そうな顔でおれを見ていた。おれはレベリオたちから目を離すことなく言葉を返した。
「大丈夫だ。プルジャ、続けてくれ」
プルジャは何も言わずこくんと頷いた。愛を語らう二人の会話はさらに続いた。
『あれからヴァレントとは寝たのかい?』
『ええ……辻褄を合わせるために仕方なくね。でも本当に私が欲しいのはあなたとの愛の証よ』
『ふふ、旦那を騙すなんて悪い聖女様だ。じゃあ後でいつもの所においで』
再び口づけを交わした二人は何事もなかったように別れ、その場を後にした。
プルジャが術を解いたのか、中庭の風景が徐々に消え去り元の部屋へと戻って行った。おれは唯々《ただただ》その様子を呆然と見つめていた。
レベリオに裏切られたという怒り、そして悲しみ。全てが足元から崩れていくような感覚に襲われた。何をどうすればいいのか、思考が一向にまとまらない。
「それで? どうするんだ?」
アンクバートにそう言われ、おれはふと我に返った。
「わからん……ただ今はレベリオには会いたくない。顔を見たら冷静でいられないかもしれん」
「確かにな。暫く一人で考えてみるといい」
「ああ、そうする」
おれはアンクバートの屋敷を出ると一人で街を彷徨った。先程見たレベリオとモーファの口づけが何度も繰り返し頭に浮かぶ。
気がつけば、おれは剣を振っていた。時間を忘れ迫り来る魔物達をただひたすら切り刻んでいた。