第一話
和室に座鏡、少し古いアパート。なんだか漫画に出てきそうな、ありがちな光景だ。
座鏡の前に鎮座し、じぃ、と鏡を見つめる。
短髪黒髪、少し垂れ目の優しいやら気弱やら、接する人にとって抱く感想は違うであろう顔つき。だが、人畜無害、誰もが彼をそう見るだろう。
少し前髪を整えてから、頬をパァン!と両手で叩いて気合いを入れた。
「……行ってきます!」
心機一転、起業と共にこの町に引っ越しをしてきた。少し寂れた田舎町の住民は警戒心が強い、しかしその人畜無害な風貌から町の人からはすぐに受け入れられた。
気合いをいれる為に叩いた頬は僅かに熱い。
勢いに乗じて元気に家を飛び出たは良いものの、重い荷物を両手に抱えながら駐車場までの移動。これで一緒に仕事をしてくれるアルバイトの1人や2人でもいればよかったのだが、まだまだ貧乏社長のためそうもいかない。
(今日の依頼は、依頼主の家の掃除か、頑張らなきゃな。…屋敷の広さと仕様を聞く限りは金持ちの家って感じがしたけどなあ)
「……とんでもないゴミ屋敷だったり」
便利屋へのよくある依頼がゴミ屋敷の掃除だ。ただゴミを捨てれば良いというわけじゃない。カビやほこりや色んなものにまみれながら依頼を遂行しなければならない、腰も痛くなるわ、ほこりを吸い込んで喉は痛めるわ、かなりきつめな部類の仕事である。
しかし、“水瀬司、31歳”自分がやると決めた仕事は最後までやり通す、依頼主の笑顔を目にするまでとことんやるのがモットーだ。
便利屋とは、辛く苦しい仕事が主だ。
なぜこの職で起業したのかと、あの日の自分の想いをぼんやりと思い出しながらアパートの階段をカンカンカンと小気味好いリズムで降りていく。
『人の笑顔が見たいから』
バカみたいで偽善的な理由だと笑われるかもしれないが、報酬も貰って依頼主の笑顔も見れてしまうので、自分にとってはかなり得な仕事だ。誰にも頼れず、最終的に自分を頼ってくれた依頼主を最大限助けられれば、そんな想いで日々依頼をこなしている。
やっとのことで車の前に着くと、掃除用具をどっかりと黒色のバンに積み込む。
依頼主からは「大きい、とてもすっごく」という家の仕様を耳にしている。部屋の様子も少しばかりは電話口で伝えてもらったが、どのぐらいゴミがある、汚れているだとかは聞いてもあまり答えてはもらえなかった。
……ううん、秘密主義なのかもしれない。
行ってみてのお楽しみだと言わんばかりに、口笛吹きながら車を発進させた。