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まな板の鯉

「お酒は苦手ですか?」

 私はワイングラスに注がれた赤ワインに手を付けず、両手を膝の上に乗せて動かさなかった。殺人鬼と知っている人から渡された飲み物を怪しまず、ぐびぐびと飲めるはずがなかった。私と彼女の間には、沈黙が流れた。


 彼女は私とは反対に、赤ワインをぐびぐびと飲み干していた。ワイングラスに付く彼女の唇は、赤く軟体動物のようにうねっている。彼女は外で来ていた服から着替えて、赤いネグリジェを着ていた。右肩にかかったネグリジェの紐は、少しずれていた。


 朝、私がいつも見ている洗濯物を干している彼女と違って、大人の色気と言うものを感じる。この色気で男たちを惑わせてきたのだろう。


 私は彼女が私を殺そうとしていることを知っていながら、私は内なる欲望に負けて、この家に誘い込まれてしまった。この欲望は本能的な欲求と彼女の愛に触れてみたいという長年降り積もった好奇心が重なっていた。


「今日はあの人は帰ってこないんですよ。」

 彼女はワインを飲みながら、そう言って、二人の間に流れていた静寂を破った。


「時々、こういう日があるんですよ。子供を寝かしつけて、たった一人になる夜が……。


 だから、今夜は寂しくなると思っていたんですけど、偶然見つかって良かったです。」

 彼女はにやりと笑った。


「……いや、偶然じゃないですね。


 気付いていたんでしょ。バスタオルのこと。」

 私はその言葉を聞いて、蛇に睨まれた蛙のように、その場に固まってしまった。


「ずっと見てましたよね。私のこと、いや、途中からは、洗濯物ばかり見ていましたよね。だから気付いているんでしょ。白いバスタオルの意味も、赤いバスタオルの意味も。」

 私はゆっくりと彼女の方を見ると、彼女は目を見開いて、こちらの方を見ていた。私が怯えた表情で見たことを彼女が気付くと、彼女は笑い出した。


「なるほど、その顔だと、殺されちゃう~なんて思っていそうね。


 ふふふ、安心して、私はあなたに手を出さないわ。このワインも何も入っていないわよ。」

 彼女は私のために注がれたワイングラスを持ち上げ、少しだけワインを口に入れた。そして、喉を動かして、ワインを飲み込んだ。彼女はワイングラスの縁を指で拭き取って、私の前にグラスを置いた。


「ほら、大丈夫。ずっと私と話したかったでしょ。あなたの顔を見ればわかる。だから、飲んで。」

 彼女は微笑みながら、グラスを私の方に近づける。私はしょうがなく、近づくグラスを掴んで、ワインをグイっと飲み込んだ。一応、毒見のために、舌の中でしばらく転がし、口の中の痺れがないことを確認して、一気に飲み込んだ。私はグラスを机の上に置き、口元を手の甲で拭った。


「よくできました。」

 彼女は微笑んだまま、小さく手を叩いた。そして、ワインボトルを持ち上げて、私が飲み干したグラスにワインを注いだ。


「ところで、いつ洗濯物の秘密に気が付いたの?」

「……確か、三件目の殺人事件の後くらいでしたかね。」

「ふーん、私もそのくらいだったと思うわ。」

 私はこの時、私が洗濯物の秘密に気が付いたことを彼女に勘付かれた時のことだと解釈した。


「なぜ、誰にも言わなかったの。」

「誰に言っても信じられないと思ったし、自分だけがこの事実を知っているということがたまらなかったから。」

「ふふふ、そうね。たまらないわよね。世間も警察も誰も知らない事実を私だけが知っている。それはとんでもなく興奮するわよね。」

 彼女は狂気に満ちた笑いをこぼしながら、ワインを一口飲んだ。


「こっちからも質問してもいいですか?」

「どうぞ。」

「赤いバスタオルの意味は何だったんですか?」

 彼女はしばらく考え込んだ。


「最初の内は、あのバスタオルの色は、私の血の色を象徴するような意味合いがあったわ。私の血を止めてみたいな意味だった。


 でも、途中からはそんな意味合いよりも違う意味合いが大きくなっていったかな……。」

 彼女はその先は言葉に詰まって、黙り込んだ。


「その違う意味合いって言うのは?」

 彼女は私の答えをせかす声を聞いて、にやりと笑った。


「ここまでしか言えないかな。ただ、二つだけヒントをあげる。


 一つは、あなたは大きな勘違いを一つしているってこと。


 もう一つは、あなたと私は、似た者同士だっていうこと。」

 私は彼女が言った二つのヒントの意味が分からなかった。私の推理のどこに間違いがあったのかも分からないし、彼女と私が似ている所も分からない。


「まあ、今は分からないでしょうね。


 ……でも、すぐに分かるわ。」

 彼女はグラスを持ち上げて、ワインを飲み干した。


「ねえ、赤いバスタオルの意味、知っているんでしょ。


 ……なら……。」

 彼女は私の座っている方に近づいてきて、耳元に口を近づけた。彼女が近づくと、頭がほわほわするようないい匂いがしてくる。


「……しない。」

 私はそれを聞いた瞬間、心臓を直接触られているのかと思うくらい、ドキドキしていた。彼女は体を私の体に密着させてきた。女性らしい柔らかな感触が腕の触覚から脳へ激しい電気信号で伝えられていく。


「あなたは何の責任を感じることもなく私とできるのよ。


 それに、あなたは今しておかないと、後悔するわよ。」

 私は彼女の甘い誘いに耳を傾けそうになったが、崩れそうな理性を取り戻して考える。何の責任もなくできる?違うだろう。ここでしてしまったら、責任はずっと残るだろう。それに私は一応、彼女の隣人なんだぞ。私はここで作った子供と隣人同士で、見ることになるんだ。絶対後悔するに決まっているだろう。


 それに、一番ここで誘いに乗ってはいけない理由は、誘いに乗ってしまえば、殺されてしまう。


 私はそう考えると、もたれかかってくる彼女の肩を突き飛ばして、椅子を立ち上がり、彼女の方を振り返ることなく、部屋の出口へ一直線に向かっていった。部屋の扉は簡単に開き、玄関を見つけると、急いで玄関の扉に手をかけた。


 その時、後ろから彼女の笑い声が聞こえた後、大きな声が聞こえた。


「あーあ、あなたが死ぬ前の顔を見れないことが残念ね。ハハハハハ。」


 私は彼女の狂った笑い声を聞いて、一瞬、動きが止まったが、すぐに玄関の扉を開いて、隣の家から脱出した。辺りは真っ暗だった。私は彼女の笑い声を背に、靴を履くことも忘れて、自分の家に帰った。


 私は自分の家に入って、玄関の扉を閉め、鍵をかけた。私は玄関の小窓から隣の家を覗いてみるが、彼女が追ってくる様子もないので、少し安心した。


 私はしばらく玄関の前でうずくまっていた。私は心を落ち着かせると、どっと疲れが押し寄せてきて、彼女の恐怖もそっちのけで、自分の部屋に戻って、着替えることもなく、眠りについた。




 私が目を覚ますと、いつも起きる時間だった。私はいつもと変わりない朝だったので、昨日の出来事が夢であったかのように思えた。私は昨日休んだので、今日も休むわけにいかないと、仕事の用意を急いでして、スーツに着替えた。


 私は朝食を食べて、家を出た。私はいつもの癖で、隣の家のベランダを覗いた。すると、ベランダで刃、彼女が洗濯物を干していた。干している洗濯物には、白や赤のバスタオルは混ざっていなかった。彼女は私の視線に気が付いたのかこちらに笑いかけてきた。私はその笑顔が怖くなって、そそくさとその場から離れて、会社に向かった。


 隣の家からだいぶ離れ、隣の家が見えなくなった。私は後ろを振り向き、誰もいないことを確認した。私は胸をなでおろした。


「すいません。」

 前の方から声をかけられて、神経質になっていた私は、心の底から驚いた。私は前を向いて、声をかけてきた顔を確認した。声をかけてきた男の顔に、私は見覚えがあった。


 そう思ったのも束の間、左わき腹に、激しい激痛が走った。私は痛む場所を見ると、男が持った黒い機器から電流が走っていた。私はそこから記憶が無くなった。




 これが彼女の言う私のしていた大きな勘違いの一つであることに気が付くのは、私が再び目を覚ますときだった。

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