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血濡れたタオル

 私はカーテンの隙間から隣の家を覗き見てみる。覗きこんだ時間は、いつも私が出勤する時間だったので、隣の家では、奥さんが洗濯物を干していた。奥さんはいつもと変わりない様子で、嬉しそうに少しほほ笑んでいるように見える。


 とてもさっきのニュースであったような残虐な人殺しをしたようには見えない。そもそもだが、殺された男と本当に不倫をしていたのかどうかも怪しくなってきた。実は殺された男と血縁関係だから、あのような熱い抱擁をしていたのではないかと考えるが、もし、血縁関係ならば、あのように呑気に洗濯物を干している場合だろうか。


 そもそも、血縁関係でないにしろ、不倫相手にしろ、見知った人間が殺されて、あのように平気な表情でいることができるだろうか?


 まさか、あの奥さんがあの男を殺したから、あんなに平気な顔をしているのだろうか。そう考えると、奥さんがいつもより嬉しそうな顔をしていることが不気味に思えてきた。


 怖がっている私を気にすることなく、奥さんは手際よく洗濯物を干していき、全ての洗濯物を干し終わると、ベランダから家の中に入っていった。その洗濯物を見てみると、薄い青のバスタオルと薄い黄色のバスタオルが二枚干されていて、あの日見た真っ赤なバスタオルは干されていなかった。


 あの日以来、真っ赤なバスタオルは干されていることはなかった。四枚の普通のバスタオルをローテーションにして、夫婦二人で使っているようだった。


 では、あの真っ赤なバスタオルは何だったのか?


 あの日の前の日もその前の日も天気が悪いと言う訳ではなく、ローテーション以外のバスタオルを用意する必要はなかったはずだ。そう考えると、私には真っ赤なバスタオルには、特別な意味があると考えてしまう。


 可能性として考えられる真っ赤なバスタオルを干さなければならなかった理由として、真っ赤なバスタオルを使わなければならなかった理由があったか、真っ赤なバスタオルを干さなければならなかった理由があったかの二つが考えられるだろう。


 まず、真っ赤なバスタオルを使わなければならない理由として、先日調べたような還暦のためと言う理由はないだろう。それでは真っ赤なバスタオルを使わなければならない理由として私が次に思いついた理由は、大量の血を拭き取るためにバスタオルを使ったからだ。


 やはり、さっきのニュースと隣の奥さんを関連付けて考えると、男を殺してしまった奥さんが死体を片付けた後、血だまりを拭き取るためにバスタオルを使った。その時、洗濯によって、血が洗い流されず、血の跡がバスタオルに残ってもよいように、真っ赤なバスタオルを使った。


 だから、普段使わなかった真っ赤なバスタオルを洗濯して干していた。と考えれば、真っ赤なバスタオルを使わなければならない理由を説明することができる。


 しかし、この場合、時系列がおかしくなる。もし、今言った推理が正しいものとすると、時系列順に並べると、殺し、真っ赤なバスタオルを干すの順番になるはずだが、実際は私は真っ赤なバスタオルを干していることを見た後、殺された男を見た。


 よって、この推理は正しくないと考えていいだろう。


 では、真っ赤なバスタオルを使う理由は一旦置いておいて、真っ赤なバスタオルを干す必要がある理由を考えてみる。


 真っ赤なバスタオルを干すことに何か意味があるものだとしたら、どんな意味があるのだろう。


 ……分からないな。


 そもそも、真っ赤なバスタオルが干されていたのも、偶然なのかもしれない。気まぐれで、真っ赤なバスタオルを使った後、不倫をして、その不倫相手が偶然殺されてしまったのかもしれない。そして、そのニュースをあの奥さんは見ていない。だから、あのように平気そうに家事をしている。


 私は奥さんが人殺しに関わっていないようにするために、無理やりな推測をして、その推測を信じることにした。なぜなら、私はただ単純に毎朝のルーティンに余計な感情が入ってしまうことが嫌だったからだ。


 私は隣の家を覗き込むことを止め、ゆっくりとリビングに戻っていった。



 それから、私は毎朝、洗濯物を干す奥さんを盗み見るルーティンを続けていた。一時期、奥さんが洗濯物を干す姿を見ることができないことがあった。その時期は、私が出勤する頃には、洗濯物が既に干されていた。


 私はその影響か仕事のやる気が出ず、ミスが多くなっていった。私は上司に怒られ、気持ちが沈んでいた。なので、私はどうしても隣の奥さんを見て、気持ちを立て直したいと思った。私の出勤時に、洗濯物が干されているということは、私がもう少し早く出勤すれば、もう一度彼女を見ることができるのではないかと考えた。


 なので、いつもよりも早く、朝の準備をして、自分の部屋の窓から隣のベランダを覗き見た。隣のベランダには、まだ洗濯物が干されていない。そこから十分くらい覗き見を続けていると、ベランダの窓が開いて誰かがベランダに出てきた。


 私は隣の奥さんであることを期待したが、実際に出てきた人間は、夫だった。スーツを着て、洗濯物が入った籠を持って、物干し竿に洗濯物をかけていた。私はその光景に溜息をこぼしながらも、私の出勤時間と奥さんが洗濯物を干す時間が合わなくなった理由が分かった。


 つまり、洗濯をする係が奥さんから夫に変わったのだろう。私は毎朝の楽しみが無くなってしまったことに落胆した。だが、なぜ突然、役割が変わったのだろうか?


 私はそんなことを気にしても、どうせ奥さんを見ることはできないと思い、隣の家を覗くことを止め、会社に出勤しようとした時、隣のベランダの窓から奥さんの顔が見えた。私はそのまま久しぶりの奥さんの顔を拝んだ。奥さんの顔から体の部分に目を移すと、以前と明らかに変わった部分があった。


 お腹だ。お腹だけがポッコリと膨らんでいる。そのポッコリと膨らんだお腹を両手でさするように押さえている。その姿を見て、洗濯の係が変わった理由が分かった。奥さんは妊娠したのだろう。だから、夫が出勤前に洗濯物を干しているのだろう。


 私はきっと、今だけ選択の係を夫がやっているだけだと分かって、安心した。私は今度こそ隣の家を覗き込むことを止めた。きっとすぐにあの奥さんが洗濯物をする日が来ると分かっただけでも、私は嬉しかった。




 ただ、この時、私はあの奥さんがお腹の中に宿している子供は、あの夫との間に生まれた子供ではないことを考えもつかなかった。

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