ガランビナ砲火結社
帝国。
それはこの砂の海で一番大きな勢力――訂正。この辺りの人類が認識している範囲の砂の海で一番大きな勢力だ。
宙よりも広い海だ。
安易にナンバーワンを唄うのはよろしくない。
それでも帝国が強者であると言うことに違いは無い。
魔導核を造った国。
即ち終わりの原因である国を起点とした集団が居た。彼等は特に世界の終わりの責任を取るでもなく、“魔力”と言う新しいエネルギーを扱えると言う強みを生かしてそのまま砂の海の支配に乗り出し、そして成功した。
それが帝国だ。
だがそれも既に百年も昔の話。
技術とは気付きの積み重ねだ。そしてその“気付き”は発見は難しくとも模倣は容易いことが多い。
そうである以上技術は流出し、帝国一強の時代はとっくの昔に終わりを迎えている。武力で広がった国である以上、武力が並んでしまえば支配力は弱くなる。
そうで無くても老いれば何処かにガタが来るのが生き物であり、国だ。
そんな訳で砂の海の支配者である帝国サンも今やご老体。
弱まった支配力の関係で辺境ではちらほら反乱が起こるし、長年の特権階級で頭が良い感じにあったかくなったお貴族サマも何かを勘違いして独立してみようとしたりしている。
そんな感じにあちこちで内戦が起こっているのが今の帝国だ。
そして、ここ、ゲヘート砂界もそんな帝国のブームに乗っかり絶賛内戦中らしい。
落ち着いている場所は落ち着いているが、境目の街など三日で支配者がころころ変わったりすると言うのだから中々に激戦区だ。
「だからお前らには需要がある。だから、まぁ、直ぐに死にはせんさ」
良かったな、戦車乗り? とヒルド。
「……何の救いにもなっちゃいねぇのですが?」
問・内戦中の人材不足の中に犯罪者の戦車乗りがやってきました。どうなるでしょう?
解・爆弾付きの首輪をつけて言うことを聞かせます。
問・その結果どうなりましたか?
解・死にました。
問・その結果を受けてどうしますか?
解・しゃーない。切り替えて次行こう、次!
そんなオチだ。人の命は尊いかもしれないが、犯罪者を人としてカウントしてくれるのは平和な時代だけ。余裕が無ければ犯罪者にも人権を認めてくれる優しい人は生まれない。
「さて、と」
商船と言うだけあって牢はないのだろう。デッキの角に立たされたまま、天井を見上げる。ごん、と後頭部が壁を打つ中、ジュウゾウは周囲に目を走らせた。
「……」
どうすっかな? そんな思考。それに合わせる様に、ジュウゾウの袖口の中で白い小人、ゴンドウさんも「むぃー?」と考える様に小首を傾げた。BBアントから降りる前に呼んでおいた。だから手錠を外すくらいなら直ぐに出来る。問題はその後だ。
AR持ちの陸戦隊。それが複数人いる以上、大人しくしておいた方が良さそうだ。
殺されない。
それに賭けるにはちょっとお嬢様がたの雰囲気がお上品過ぎる。「……」。香水に混じって血の匂いがした。しかも濃い。慣れている。そんな印象を受けた。少なくとも引き金に掛かった指を引き絞る時に感情は混ざらず、飛び散った脳漿をモップで拭く時にようやく嫌悪して貰える。そう言うラインの生き物だろう。
「……」
――行けっか?
「……」
――無理だね。
ジュウゾウの視線での問いかけに、ふる、と軽く一回横に首を振るベイル。こう言う時、元商隊護衛、守る側だったの白蜥蜴の嗅覚は攻める側だった元界賊のジュウゾウよりも頼りになる。そのベイルがそう判断したのなら大人しくしておくのがベターなのだろう。
「……」
何。慌てることはない。ヒルドの言う通りこの砂界が荒れていると言うのならば――
どこかで上手く転がるチャンスは来るはずだ。
まぁ、そうは言っても来るのは街に着いてから。強化外骨格無しで外を歩けるようになってからだろうとジュウゾウは考えていた。考えていたので、完全に弛緩。特に気を張ることもなく、呑気に欠伸をしつつ、捕虜の身分でも食事が出るのだろうか? とか考えていた。
「……肉が食いてぇ」
「良いね。ベイルは天ぷらが良い」
ジュウゾウの独り言に、「保存食は油が無かったから」とブロック食糧を思い出しながらベイル。
「……天ぷら? カツじゃなくて?」
「そう。お肉の天ぷら。ジュウは知らないの?」
「あー……とり天ってのがあるって聞いたことがあるわ」
「それも良いけど、豚を天ぷらにして天丼にしたい」
「ヤァ、ンだよそれぇ……」
美味そうじゃねぇかぁ、とジュウゾウ。美味しいよ、とベイル。
周りのお嬢様達は船の操縦に、ジュウゾウ達への警戒。それぞれに仕事があるが、捕虜であり、既に脱出をする気も無いジュウゾウ達は無職の王。暇なのである。
そのはずだった。
良い子にしていればいいはずだった。
それでもどうやらここは、ゲヘート砂界は随分と愉しい場所らしい。
「ヒルド、おかしい」
メガネをかけた索敵手のその一言、が合図。
「……どうした?」
「小型の高速艇が三、こっちに来てる」
「……レーンからも外れて、拠点もなく、ゴブリンも、他の獲物もいないここに、か?」
「あぁ、獲物になりそうなのは私達くらいしかいないこの領域に、だ」
「……そうか。楽しくなりそうな匂いがするな。――整備班、戦車は何機出せる?」
「知ってるでしょぉ、ヒルドぉ? あたし達は――ワルキューレ商会はこの前『負けたばかり』。機体も、パイロットも減った。今、この船で出られるのは――」
「……ルクスだけ、か。だから楽な仕事を選んだんだがな……」
それは多分、ボロボロになりながら逃げて来て盗難戦車に乗って呑気に救助信号を飛ばしていた馬鹿のことなのだろう。
狩られるとは思っていない。
弱っているので船を見たら縋る様に寄って来る。
まぁ、控え目に言ってとても狩りやすい獲物だろう。ジュウゾウもそう思う。思うが――
「……ヤァ、悲しいね。言われてるぜ、ベぇーイル?」
「うん。ベイルは泣いちゃいそうだよ。えーん」
「ちょっと女子ぃ? ベイル泣いちゃったじゃん。あーやーまーりーなーよぅー」
当事者としては楽しくない。だから何かのトラブルに見舞われたらしいお嬢様がたを見ながらけらけらと笑っていた。
「他人事か、戦車乗り?」
「そら他人事ですからな、お嬢ちゃん?」
「うん。他人の不幸は蜜の味とも言うしね」
「ヤァ、ちげぇねぇ。ましてそれが俺らをイジメてる相手の不幸だって言うんだから最高だ」
「ほんとそう」
――それに状況が“動く”のは大歓迎だしな。
音には乗せず、表情にも出さず、心中でのみ呟くその言葉。「―――――」。それを呟き、周りにバレない様にジュウゾウは一度、呼吸を深く吐いた。意識して十秒。それで意識を冷やす。さて、この状況、どう使う。そもそも使えるのか? 使えるんならどっちに付く? どっちに付いた方がこの後が有利だ? それを考える。考える。考える。
情報収集。現状整理。こっちは戦車が一機。ただしそれは帝国特殊部隊御用達のシャッテン・ルクス。内戦中とは言え、ソレを用意出来る力がある組織であり、その組織の中でソレを配られる程度には有能な班。使い方もそこまで下手な印象は無い。
――ならあっちは?
索敵手の言う通り、小型の高速艇が三艇。あの速度を出せるのなら各舟に戦車は一機か二機――最大で六機が相手。「……」。戦争がどうしたって数であり、何よりもこちちが持って居る札がスナイパーである以上、有利なのはあっちだが――
「……ベイル」
「怖くない」
アイコンタクト。最小限の問い掛けを正確に把握してくれるのだから察しの良い感応系の魔術師は最高だ。聞きたかった答えを聞いて「ケー……」とジュウゾウは嗤いながら親指で人差し指を押し込む。ぺき、と乾いた音。骨が鳴いた。付く方は決めた。
『アロー? こちらガランビナ砲火結社。聞こえてるか、メス犬商会?』
ジュウゾウがそうして思考を奔らせる間にも状況は動く。男の声が通信に乗り、ワルキューレ商会の船の中に響く。
「……聞こえてるよ、アラモス。こんな何もない場所で、どうした? 迷子か?」
『何もない? はっはー、それがな……あるんだよ、とっておきの商品がな』
「そうか。それはおめでとう。それなら私達に構わず商売に励んでくれ」
『あぁ、そうさせて貰うぜ、アルファマム! テメェにはこの俺が直々に腰の振り方を仕込んでやる!』
「ありがとう。間に合ってるよ」
言って、ヒルドが強制的に通信を切って、深く椅子に倒れ込む。「――」。大きなため息。それでどうにか熱くなった頭を冷ましたらしい。
「……と、言う訳だ、諸君。弱った犬は棒で叩くのは当然だが、よりにもよって下種の何でも屋、それもアラモスの隊のお出ましだ。……楽しくなって来たな?」
「……あたし、アラモスとヤるくらいなら豚とヤる」「わたしも」「私も」「アラモスはねー……見た目で娼館出禁になってるんでしょ?」「まぁ、お金貰ってもアレの相手はきっっっっっっっいよねー」「……………………………………あ、あの、あのっ! じ、実は、私、実は未だなん、ですけど……」「え? マジで?」「初手でアラモスはきついし、アラモスの隊の連中も似た様なもんでしょ?」「……拳銃、使う?」「それか――」
ちら、と視線が来たのでジュウゾウはウィンクしてみた。
“未だ”と言う自己申告をした整備班と思われるツナギ姿のエルフの少女。おどおどとした感じが良い感じなので、かまーん、と言う感じだ。
ご希望とあらば他のお嬢様のお相手だって務めさせて頂くが――
「ヘィ、楽しくなってる所、悪いね、お嬢ちゃん? 俺に提案があるんだが、聞く気はあるかぃ?」
「あぁ、待て。取り敢えず希望者を纏めるから……」
「……ヤァ、光栄だし、楽しそうだが、ちげーですよ? そっち方向じゃねぇ提案だ」
「……」
腕を組み、続けろ、と顎で指示するヒルド。その視線を受けて笑いながらジュウゾウが一歩前に出る。お嬢様がたの視線が集まる中、余裕を見せる様に笑う。
「戦車がねぇ。パイロットが居ねぇ。テメェらはさっきそう言ったが、戦車二機とパイロット二人、それもスナイパーと相性抜群のダンサー拾っただろ?」
「……良いのか? 私達が負けた方が良くなるかもしれんぞ?」
「ヤァ、全くだ。その可能性はあるし、このまま諦めてくれりゃ俺はちったぁ良い思いも出来そうだが――」
「だが?」
「見ての通りの俺もベイルも美少年でね。手錠に繋がったまま捕まったらケツの穴が危ないんだよ」
「それはベイルも勘弁して欲しい」
掘られるよりは死んだ方が良い、とベイル。
「……美少年かどうかは置いておいて……上手く行ったその後は? お前らのBBアントが盗難品である以上、どうしたってお前らは金に代えられるんだぞ?」
「そこは助けたお礼に見逃してくれる――っー展開を期待するつもりはねぇから安心してくれ」
ソレをやって裏切られた結果が今のジュウゾウ達だ。もう良く知らない連中の義理人情に期待する程ピュアではない。
だから――
「勝った後にちょっとした芝居に付き合ってくれりゃ良い。テメェらに損はマジで欠片もねぇからよ」
どうする? ジュウゾウがそう問い掛けて三秒。それだけの時間、船内に沈黙が落ちて――
「……エイローテ」
「二機とも動かせるわぁ。それに爆薬仕込めば最後に道連れも出来るわよぉ?」
ヒルドの問い掛けに、何かを想像してうっとりと瞳を潤ませた整備班長が答えて結論が出たらしい。「……」。いや、こえぇよ?
「それで良いか、戦車乗り?」
「……あぁ、うん。ちょっと無事に生還しても手が滑って爆破されそうな気はしてるが……信頼されてるとは思ってねぇから良いぜ?」
「……安心しろ。ソレだけは阻止する様にする」
「ケー……マジによろしく頼むぜ、お嬢ちゃん」
ジュウゾウとベイルの手錠が外される。首を回す。ごきん、と鳴った。
「あぁ、待て。一応、どう言う戦い方をするかが知りたい。貴様ら、術式系統は?」
その問い掛けにジュウゾウとベイルは無言で一瞬顔を見合わせて――
「付与」
「ベイルは変性だよ」
さらりと少しの間も無く、召喚魔術師と感応魔術師はそう答えた。
はじめまして。
ポチ吉の兄です。
弟が虹の橋を渡ってしまいましたので代わりに弟の遺作を投稿します。
享年十七歳でした。おい、おい。
――と言う投稿を四月一日にしようかと思う程度には回復していたけど、ちょっと余計にゆっくりさせて貰いましたー。
今回は入院もしなかったぜ!
一時期十キロやせたけど、もう戻ったしね!
そんな訳でまたお付き合い頂けレバー。