ルクスちゃん
――アルファを生け捕りにしたい。
そんな通信がルクスマムから送られて来てから五分。仔猫の玩具になって砂の海を行くことが出来なくなった船はそれでも最後の抵抗の様に惰性で少しだけ進んだ後、浮力を失い墜ちた。
衝撃で砂塵が舞う。
良い目隠しだ。砲台も潰してあるが、撃ち漏らしに隠し玉。その辺は幾らでも有り得ることをジュウゾウとベイルは良く知っていた。
だから砂塵に紛れる様にして船に近づき、そのまま鉤撃ち銃で壁に取り付いた。
「……人使いが荒いねぇ」
隣のベイルにすら聞こえない様に口の中でジュウゾウは音を転がす。
その手にはSMG。向かい側でベイルが背負うARよりも威力は落ちるが、取り回しに優れる獲物だ。ジュウゾウの好みとしては左利きモデルが良かったが、そんなマニアックなモノが態々用意されている訳も無く、ノーマル。両利きであるジュウゾウだが、それでも右手の方が良く動く。その右手で色々なワルイコトをするのが本来の戦闘スタイルなので少し不満だ。文句を言いたい。
だが残念。生憎と犯罪者。使い捨てにしても問題が無い命だ。武器が気に入らないなどと言う苦情を入れた所で何の意味もない。
「ベーイル、お仕事の時間ですよー」
「中には五人。壁の向こうで出待ちはなし。全員が艦橋にいる。戦力を集中してるね」
「つまり入って即、死亡はねぇっーことだべな?」
「そうだべ。でも、艦橋に繋がる通路だから――」
「ヤァ、直ぐバレるな……けど、ま――」
数で負けている。
装備で負けている。
で、ある以上、こっちの戦闘経験なら多少は自信があるとは言え、狙うのは速攻だ。だから――
「それでも勝ち目はここだ……壁抜き爆弾」
「セット。カウントは5にセットしたよ」
「ケー、そんなら……」
5、4、3、2――
「――ゴッ!」
短い叫び。それに合わせるようにして指向性を持たされた専用の爆弾が壁に大穴を開ける。転がる様に突入。「ベイル」。そのまま床に伏せる様にしたまま指示。返事の代わりのARの銃声を頭上に聞きながら床を這う様に駆ける。
壁抜きの影響で埃が舞っている視界が悪い。そんな中から撃ち出されるベイルの銃撃を嫌って、通路の先、ブリッジからは散発的な応射が来ただけ。この中を駆けてくるジュウゾウのことを想定していないのだろう。当たり前だ。普通はやらない。この視界の中、前に出たら後ろから撃たれる。でも撃たれない。「……」。明らかにタネがあんな? 幾ら感応とは言え、正確過ぎる相棒の援護にそう思いながらも一気に駆け抜け、躍り出て――
「うし。お前は死ね」
先ずは一人。ドワーフ。髭もじゃ。手にはSG。強化外骨格がツギハギ。明らかに下っ端。だから良い。これは要らない。その判断。右手のSMGを背後に向けて雑に乱射しながら、髭ドワーフに足を掛ける。左手で顔面を殴り飛ばし、後方の一人。顔が見えない奴にぶつける。グレネードを投げる。ピンは抜かない。その間抜けにドワーフの空気が緩む。そんな中、グレネードにくっ付いていた白い奴が「むぃっ!」と元気よくピンを抜いた。自爆。同時に付与。白の金刀。その名を与えられたサルボボが爆発に指向性を持たせ、無作為に飛ぶはずだった殺意を一方向に束ねる。
ドワーフとアンノウン、ダウン。ダウンって言うか、ミンチ。まとめられた爆風と、付与により強化された金属片の威力はエグイ。エグイって言うかグロイ。更に――
「残り三。奥の赤ひげが多分本命だ」
「ヤ」
グレネードに指向性を与えられたことを把握していない連中が耐ショック姿勢を取る中、ベイルと合流する。床に伏せていた奴の頭をベイルがサッカーボールの様に蹴り飛ばす。
膂力に優れるリザードマンが殺す気で打った一撃。頭部装甲越しとは言え、それは中の細枝の意識を吹き飛ばすには十分な威力だったらしい。白目。口から泡。
「右から行く」
「それならベイルはこのまま頭を抑えるね」
残りは二。殺して良いのは一。背後の赤ひげに嫌がらせの様にノールックでSMGの掃射を浴びせながらジュウゾウが走り出す。その先にはベイルの牽制により頭を出すことが出来ない残り一。尻尾がある。太い。獣人ではなくリザードマン。そう判断。判断したから一瞬、床に手を付く。「来い」。詠唱。「むぃーっ!」。良い返事。爆散したはずのゴンドウさんが、ぽん、と空気を爆ぜさせながら手の甲に乗る。手を返す。手の平に乗せる。乗せながらカバーの内側に潜り込み――
「わりぃね、死んでくれや」
それは敵に対する宣告。
それはゴンドウさんに対する宣告。
手の平の中の小人をジュウゾウは力任せに握り潰し――
「――ッ!」
魔法により強化された強化外骨格の手刀がリザードマンの腹を突き破る。
「……」
装甲の手応え。肉の感触。骨を折った手応え。ソレを堪能しながら左手を腹から抜いて――
「ヤァ。この場合『ハジメマシテ』で良いんかね、ブラザー? 俺の裏切りで友情に罅が入っちまったとは言え、一度はそう呼び合った仲だ。俺としちゃ撃ちたくねぇ。両手を挙げてアホ面晒してくれると嬉しいんだが――どうだい?」
銃口と共にその問を向けた。
「――覚えてろよ、豚の餌にしてやる」
拘束されて連れ去られるアラモス氏からのとびっきりのラヴコールに「楽しみにしてるぜぇー」とジュウゾウ。
「ジュウ」
そうして血管はち切れそうになってるアラモスを見送っていたジュウゾウにベイルが声を掛けてくる。ARは持って居ない。ジュウゾウのSMGと一緒に飼い主達に回収されてしまった。空気が確保されてるとは言え、一応、穴の開いた船の中と言うことで強化外骨格の装着は許されてるが、それだけだ。
「おぅ、武器の回収お疲れ。何か言ってた?」
「感応がどっちかを聞かれた。ジュウがこの後、どの程度、仲良くする気か分からなかったからジュウが感応でベイルが付与って言うことにしておいたよ」
「ヤァ。流石だぜ、ベーイル。俺も適当に話合わせるわ」
この嘘吐き蜥蜴めー、と笑い、ファイブミー、とジュウゾウ。ぱん、とハイタッチ。
「ジュウには言われたくない。それで? どうするの? 言ってた通り、助けたお礼に見逃すってことは無さそうな雰囲気だよ?」
「だろうな」
ワルキューレ商会。商会。商人。利益を追う以上、賞金首を見逃すと言うのは無い。
差し出せば金が貰える。貰えるし、それ以上稼ぎにくい他組織からの信頼も買える。だからヒルド達はBBアント泥棒を見逃さない。
だが――別にジュウゾウ達を見逃さないと言う訳では無い。
「ヤァ、どうだい? 良い腕だったろ、お嬢ちゃん?」
安全を確保したのだろう。強化外骨格を纏うことなく、それでもジュウゾウ達への威嚇として、AR持ちを二人伴ってこちらによって来たヒルドに殊更、薄く、軽く、ジュウゾウが語り掛ける。
「あぁ。戦車の方は兎も角、乗り込んでの戦闘は見事だ。正直、貴様らが削ってる間に裏どりをする気だったのだが――」
「あのレベルが五人程度なら俺一人でも行けるぜ?」
「それは良い。高く売れそうだ」
「売れそうじゃなくて買ってくれるんだろ?」
「売られる前に一回か? ふむ。それ位なら構わんぞ」
「……そっちじゃねぇよ。俺とベイルの試験はどうだった? っー話だ」
「……試験?」
「あぁ、そう。試験だ試験。言われた通りBBアントを盗んだっー犯罪者を捕まえたぜ、ほら、そこの……えー……」
アラモス氏は回収された。ドワーフとアンノウンはミンチ。(形が)残ってるのはリザードマンとエルフで、エルフの方は――
「残念ながら喋れないけれど……生死は問わずだったよね?」
察しの良い白蜥蜴さんの手で今、喋れなくなった。首が真後ろを向いてしまった。賊が真実を語れなくなってしまった。なんてことだ。
「賊の奪ったBBアントが壊れちまったのは申し訳ねぇが――」
「うん。本当に申し訳ない。でも、ベイル達も頑張ったんだよ」
くっ、と口惜しそうにジュウゾウが言って、申し訳なさそうにベイルがそんなことを言う。
「……罪を被らせるのか?」
「ヤァ。人聞きのわりぃことを言うもんじゃねぇぜ、お嬢ちゃん。――でも、まぁ、あるだろ? こういう時に便利な言葉がよ?」
「死人に口無し、か?」
「それだ」
ぴっ、と指差しながらジュウゾウ。
「うん。世知辛いけど世の真理だよね」
うんうん、と頷きながらベイル。
「……」
そんな二人を見て、無言で紙煙草に火を付けるヒルド。すぅー、とたっぷり吸いこんでから、吐き出す。
「貴様らには言っていなかったがな――ウチは女以外は入れない」
そんな言葉。「……」。聞いて、ジュウゾウは強化外骨格の内側、外に見えない範囲で軽く指を曲げた。ミスったか? 思考。いや、まだ待て。制止。
「だから貴様らは入会できない。できないが――まぁ、仕事があったら声を掛けるよ、ジュウゾウにベイル?」
楽しそうにウィンク。
それを見て、ジュウゾウは腰から崩れる様にして地面に落ちた。
「感謝するぜ、お嬢ちゃん」
「名前で呼べ。私達は“お友達”だろ、ジュウゾウ」
「……あぁ、そうだな。茶番に付き合ってくれてありがとよ、ヒルド」
「気にするな。コレを差し出せば、金は貰える。戦車を差し出せば借りも造れる。そして外部に腕の良い陸戦隊を確保できる。私には得の方が多いよ」
「……期待に応えられる様に頑張らせて貰うぜ」
「そうしろ。……うん。だが、まぁ、こちらばかり得と言うのも申し訳ないな……」
そう言いながらブラウスのボタンを外す。褐色の双丘。紅い下着が露わに成る。
「……ヘーイ?」
何のつもりデスカー?
「うん? 気の強い女が好みなんだろ? 流石にここでは出来ないが、ハグくらいならしてやる。あぁ、ベイルも好みの奴がいれば言え」
スタイルの良いダークエルフがそんなことを言って、何人かのリザードマンがベイルに投げキッスをする中、鋭くジュウゾウとベイルの視線が交差する。
「……」/「……」
どうする?/どうしよっか? 罠じゃね?/そうかも ……/やめとく? いや/だよねー。
圧縮言語。秒に届かぬ間に男子は結論を出し――
「ジュゾー!」
実行に移す前にジュウゾウがルクスに抱き着かれて固まった。そして――
「? 何? ヒルド、ジュゾーはそうやって繋ぐの? ジュゾー、そう言うの好きなの? それならわたしがキスしてあげる!」
「―――――――――――――――――――――――――!」
ジュウゾウの唇が金色の少女に奪われた。
「……」
空気が変わったのを感じて、ベイルが無言でジュウゾウから離れる。
「――悪いニュースだ、ジュウゾウ。私はそうでもないが、ルクスはウチの班のアイドルでな……。まぁ、なんだ……夜道に気を付けろよ?」
そんなことを言ってヒルドもブラウスを閉めてしまった。
「……」
因みにルクスちゃんは舌入れて来た。
べろちゅーだった。
俺は極普通の会社員ポチ吉!
仕事に必要な資格を得る為に試験を受けることになった。
それに間に合う様にスマホのアラームをセットした俺は、そこに仕掛けられた罠に気が付かなかった。
そのアラームを信じて眠りについた俺は――
目を覚ました時、既に試験開始三分後だった!
画面には「聞き逃したアラームは音量が小さく設定されています」の文字。
そんなんしらねぇよ!と言う絶叫はするだけ無駄!
年に数度の試験を寝坊で無駄にする!
見た目は大人、中身は子供以下、その名も――
クズ野郎ポチ吉!
……はい。
投稿もぜずに試験の勉強をした。
平日だったので業務も調整した。
同僚にも勿論、仕事を肩代わりしてもらった。
その結果がこれだよ!! ハハッ!
そう言えば、寿司ペロ少年の時「人間誰でも失敗する。その失敗を責める社会ではなく、寛容な社会になるべきだ」みたいな意見を見た。
でもな――「寛容な社会」と「バカに優しい社会」は全く別だからなっ!!!
それはそうと試験に遅刻したバカもちゃんと試験を受けさせてくれる「バカに優しい社会」が来るのは何時ですかね?