可愛すぎる呪い!語尾が「にゃん」になったら〜もちろん不幸になるはずもないが完璧令嬢はどうなる!?〜
ブロンディア国ノワーズ公爵家の令嬢セレリアは、完璧な人と評判だ。
才色兼備にして容姿端麗、眉目秀麗、清楚で気品のある佇まいだが、豪華絢爛なドレスがよく似合う。
言動と振る舞いも完璧で、彼女を前にした者は自然とかしこまった態度になってしまうほどだ。
そんなセレリアの研ぎ澄まされた態度は、王太子と婚約してから拍車がかかっていた。
王太子シリウスも容姿端麗にして物腰も優雅、優しくも明瞭快活な態度は完璧な王子様と評判だった。そして、セレリアよりは社交的だった。
今宵は城で舞踏会が開かれている。
美しく着飾り踊る人々を並んで眺めるセレリアとシリウス。
そんなふたりに周りの人々は見惚れていた。
「いつ見ても、お似合いなおふたりだ」
「ええ、とても優雅で見事なダンスでしたし。だけど、さっきからおふたりに会話がないわ」
「ダンスを見ているからだよ」
「そうかもしれないけど、おふたりの間の空気がどこか冷たいような。結婚前から冷めてるなんて噂を聞いたせいかしら?」
「とんでもない噂だな。けしからん。結婚前だ、しかも未来の王と王妃の。私達にはわからん緊張感があるのだよ」
「そうね……」
そんなひそひそ話は聞こえず、ふたりは澄ました顔で舞踏会を眺めている。
セレリアは見ているだけで、体が火照って額に汗をかいた気がした。
そこでシリウスに断ると、お化粧室へ行った。
豪勢な作りの鏡に向かうと、侍女がハンカチで汗を拭き前髪を整える。
「ありがとう、もう出ていていいわ」
セレリアはひとりになると、丁寧に化粧をした顔を見直して、キリリと表情を引き締めた。
「セレリア様」
侍女とは違う声の呼びかけに、セレリアはギクリとして入口を見た。
立っていたのは、黒いドレスを着た妖艶な女性。
誰だったかしら?とセレリアが見すえている間に、女性はフフと笑うと人差し指を突きつけてきた。
「ニャンダラドリーム!!」
「キャッ!!」
一瞬のうちに漆黒に輝く煙に包まれて、セレリアは目を閉じて身をすくめた。
ゆっくりと目を開けると煙は消えていて、体に異常もないようだった。
ただ、目の前の女性はニヤニヤしている。
魔女だと悟り、セレリアはキッとにらみつけた。
しかし、相手は高らかに笑った。
「ほほほ! 完璧に取り澄ましたセレリア様! あなたには語尾が「にゃん」になってしまう呪いをかけましたわ!」
「な、なんですってにゃん!?!?」
セレリアは口を押さえ、あまりの衝撃に腰を抜かしてしまい膝をついた。
「可愛いですわよ! シリウス殿下とのご婚約のプレゼントですわ。気に入っていただけましたか? これからは、せいぜい可愛いお姫様として生きていくことですわね!」
言いたいだけ言うと、魔女は廊下に姿を消した。
セレリアはしばし呆然としていた。
「なん、ですってにゃん!? 語尾がにゃんにゃん!?」
片手で口を押さえて、口をつぐんだ。
間違いない。
“語尾が「にゃん」になってしまう呪い” をかけられた!
よりによってなんて呪い……
今まで築き上げてきた完璧さが、崩れていく音が聞こえた。ガラガラと。
セレリアは泣きそうになっていたが、あまりに滑稽な呪いに泣けない気分になり、冷静になっていった。
ただ、興奮はしており息が苦しかった。
深呼吸して落ち着こうと、手をどけた。
「すーはーにゃー、すーはーにゃー」
ダメ! 荒い息をするだけで猫になってしまう!
セレリアは絶望に打ちのめされ、魔女を憎んだ。
誰の差し金?
“完璧に取り澄ましたセレリア様”と言っていたからには、きっとそんな自分が気に食わない者のさせたことだろう。
そして、このタイミング。
シリウス様との婚約をよく思わない者かもしれない。舞踏会に来ている令嬢達の誰かの仕業だろうか?
セレリアは悲しみに目を閉じたが、冷静になるのよと自分に言い聞かせて、目を開けた。
とにかく、さっきの魔女を追うために注意深く廊下に出た。
すると、侍女が壁に寄りかかって眠っていた。
「起きなさいにゃん」
セレリアは呼びかけるのをやめて、肩を揺すった。
「ううん、セレリア様?」
セレリアは片手で口を押さえて、語尾を言わないように気をつけて話した。
「大変なのにゃ、魔女が城に侵入しているわにゃ、早く誰かに知らせてにゃ」
「魔女、にゃ?」
首をかしげる侍女に、セレリアは気まずく目をそらした。
「とにかく、急ぐのですにゃ……!」
侍女を走らせたセレリアは、口を固くつぐんで考えこんだ。
この出来事、まずはシリウス様に報告したい。
が、いかんせん語尾が。
筆談にしようと決めた。確実に怪しまれるだろうが、声を奪われたということにして、とにかく魔女を連れてきてもらうことが先決。
シリウス様を呼び出さなければ。
うっかり口を聞いてしまった時のために、できればふたりになれる場所へ。
誰かに聞かれるのは耐え難いが、シリウス様ならば仕方ない。
歩き出したセレリアは、また忌々しく魔女を思い浮かべた。
そういえば、しばらく前に一時期、令嬢達が一斉に語尾に「にゃん」をつけてにゃんにゃん話していたことがあった。
あれはなんだったのだろう?
ただの気の触れた流行だと思っていたけれど、あれもさっきの魔女の仕業?
なんのために? みんな楽しそうだったから、聞く気も起きなかったのでわからない。
セレリアはもちろん、そんな令嬢達には流されずに、取り澄ましていたものだ。
「セレリアは、にゃんとか言わないのか?」
シリウスは、期待の微笑みを向けてきた。
「ええ、私は言いません」
取り付く島もないセレリアに、シリウスは明らかに不満そうな、つまらなそうな一瞥をくれた。
確かにあの時から、彼の態度が冷めたものになったような。
セレリアは今さら身震いするように思い返した。
間違いない。
私はあの時から、つまらない女という認識をされている。
このまま、冷めた結婚生活が始まるのだろうか?
そんなことは避けたいが、距離の縮め方がわからない。
これは、いい機会かもしれない。
魔女の思惑通り、にゃんにゃん言うのは釈然としないけれど、シリウス様との仲を改善するために利用できる……
魔女の呪いを逆手に取ってみせますわ。
キッと前を見すえたセレリアは、決然と歩みを速めた。
舞踏会場の出入り口で、シリウスは側近のひとりと話をしていた。そばには侍女が控えている。
「セレリア」
セレリアに気づいたシリウスが近づいてきた。
「話は聞いたぞ。今、衛兵達に探させている。混乱を招かないように静かにな」
セレリアは安堵してうなずいた。
そんな彼女の顔を、シリウスはのぞき込んできた。
「魔女と鉢合わせしたのだろう? 大事ないか?」
思いがけない優しい気遣いに、セレリアは胸を疼かせてうなずき、口を片手で押さえるとシリウスの腕に触れた。
「ちょっと、にゃ」
「うん?」
とにかく歩き出したセレリアに、シリウスは並んでついてきた。
表情は硬く、前を見すえている。
腕から手を離すと、どうにも埋められない距離をセレリアは感じた。
それも、あと少しでなくなるのだろうか?
生まれて初めてといっていいほどドキドキしながら、シリウスを自分のために用意された控え室に連れて行った。
扉を閉めて、向き合う。
黙って自分を見つめてくるシリウス様。
なんとも言い難い沈黙。
必要以上の会話をしたことはない。
今も、とにかく要件だけを話そうと、セレリアは口を開いた。
言葉が出なかった。言ってしまったら、完璧と評される自分の人生はどうなるのか。もしかしたら、婚約が白紙になってしまうかもしれない。
しかし、シリウス様はあの時、「にゃん」と言ってほしかったはず。
震える手に力を込めて、セレリアは前のめりに言い放った。
「シリウス様、私は魔女に語尾が「にゃん」になる呪いをかけられてしまいましたにゃん!!」
!? という顔をシリウスはした。
セレリアは真剣さを伝えるために、今までにない真剣な顔をしてその顔を見つめた。
「もう一度、言ってくれ」
慎重な表情と言い方に、羞恥心をこらえてうなずき、
「魔女によって、語尾が「にゃん」になる呪いをかけられてしまいましたにゃん。不覚でしたわにゃん」
「プフフ!」
堪えきれないといったように、こぼれたシリウスの笑い。
セレリアはハッと絶望して、彼の顔を見直した。
上等の黒の夜会服を着こなした肩を震わせる、初めて見る可笑しそうなシリウスがいた。
「可愛いではないか!」
「なにゃ!?」
可愛いなど、子供の頃以来にかけられた言葉。
もちろん、シリウスには初めて言われた言葉。
やはり、「にゃん」と言って間違いではなかったと胸をなでおろしたが、セレリアは自分が可愛いとは信じられず、眉を寄せて顔を強張らせた。本当かどうか確かめるために見たシリウスの顔は、ニッコリしていて疑いようもなかった。
「か、可愛いなどと、私がにゃあ?」
ちょっと間の抜けた感じになってしまったと、セレリアは慌てて口を押さえた。
「可愛い、可愛い!」
シリウスはニコニコして、手を打った。
大きな目を見開いて、頬を赤く染めていく婚約者。
可愛いとしか言いようがなかった。
「もっと話してくれ!」
「からかわないでくださいにゃ!」
シリウスの初めて見せる少年のような笑顔。
セレリアは目を見張ったが、表情を引き締めて姿勢を正した。
「からかっていない。魔女について教えてくれ。どんな魔女だった? 会って、面白い呪いをかけてくれた礼を言わなければ」
「ふざけたことをおっしゃらないでくださいにゃ!」
「わかった、わかった。怒らないでくれにゃ」
今度はセレリアが、!?という顔になった。
無邪気な笑顔と合わせて可愛いし、圧倒的な親しみやすさを感じて、バリアのように張り詰めていた緊張感が解けていく。
セレリアは抵抗するように目を閉じた。
「や、やっぱり、ふざけてますにゃん!」
怒ってみても今は効果がないようで。
バリアが解けてさっそく優しく頭を撫でてなだめてくるシリウスに、セレリアはツイッと背を向けた。
しかし。
これは、望み通りに距離が縮まっている?と、ドキドキと胸を高鳴らせた。
その時、コンコンと扉がノックされた。
「お兄様、セレリア様、いらっしゃいますか? 入れてくださいまし」
声の主は、シリウスの妹のソフィーア王女だ。
「開けていいかにゃ?」
明らかに愉快でたまらない様子のシリウス。
セレリアはぶ然と唇を引き結んだが、この機を逃してはいけないと態度を軟化させることにした。
「どうぞにゃ」
「ふふふ」
扉が開かれると、輝くドレス姿のソフィーアが入ってきた。
彼女は無類の猫好きで、今日も誕生日にプレゼントされた子猫を抱いている。
まさかと、セレリアはソフィーアを見つめた。
猫。
魔女のかけた呪いのアイテム。
「衛兵が魔女を探しているそうですが、何があったのですか?」
ソフィーアはセレリアを見つめ返していた。
まるで、全て知っているかのような瞳で。
疑うセレリアは、目が離せず口が聞けなかった。
けれど、彼女に呪いをかけられるようなことをした覚えはない……
ソフィーア様は自分を慕ってくれているはず……
そう疑問に思いつつ。
重くなる見つめ合いを断ち切ったのは、シリウスだった。
「セレリアは、話すと語尾が「にゃん」になってしまう呪いをかけられたのだよ」
「まぁっ、それは大変! にゃん!」
ソフィーアの即応力に、セレリアは脱帽した。
猫好きゆえかしらと、ぼんやり考える。
「そう大変でもないぞ。これからは私達三人で、語尾に「にゃん」をつけて生きていけばいいのではないかにゃ?」
「それは素敵ですにゃ! 楽しいですにゃん!」
「ち、ちょっと、お待ちになってくださいにゃ」
ニコニコと向かい合う兄妹に、セレリアは手を伸ばした。
いつもこんな風に仲睦まじいおふたり。
ふたりの邪魔をしたくないし、三人でと言われて無性に嬉しくなったけれど、このまま許容はできない。
「王族がにゃんにゃん言っていては、国民に示しがつきませんにゃ」
そう冷静に判断したセレリアは、ふたりの間に割って入った。
「いけませんにゃ。冷静になってくださいませにゃん」
取り澄ましたいつもの様子を、シリウスは改めて眺めた。
「その語尾で冷静でいられると、こう……」
絢爛豪華なドレスを着こなした美しい姿。
煌めく金色の瞳と、キッとした気品のある顔。
「まるで、人間になった猫の女王のようだぞ」
「なっ、なんですかそれはにゃ!?」
「やっ、可愛い!! 猫の女王様!」
喜ぶソフィーアに、セレリアは厳しい表情で向かい合った。
「可愛くありませんにゃ! それより、はっきりお聞きしますがにゃ、ソフィーア様。魔女に心当りはありませんかにゃ?」
「そっ、それは……ありますにゃ」
「なに! では、そなたの魔法の師、魔女ネコルバの仕業か?」
「はいにゃん」
魔女ネコルバ。実力もだが、名前も気に入られてソフィーアの師匠に選ばれたとセレリアは聞いていた。
あんな初対面になるとは。
しゅんとしているソフィーアに、セレリアは意を決して聞いた。
「なぜ、私に呪いをかけさせたのですかにゃ?」
「それは、お兄様とセレリア様の仲を良くしたくて」
「えっ? 私達の仲をにゃん?」
「はい。完璧なセレリア様の鉄壁の態度も、語尾がにゃんになれば可愛くなって、お兄様と楽しく仲良くなれるのではないかと。テヘ」
ソフィーアは子猫を持ち上げて笑った。
「猫ちゃんみたいになれば、きっと上手くいくと思ったんですの」
そこで、瞳が潤み表情が真剣になった。
ふたりの仲が既に冷めているという噂を聞いたソフィーアは、不安にゾッとしてネコルバに相談して一計を案じたのだった。
「お兄様とお姉様には、仲良くしてもらいたかったんです。仲良くなれましたか?」
セレリアはシリウスと視線を交わしてから、ソフィーアに微笑んだ。
「ええ、ありがとうございますにゃ。ソフィーア様」
「よかった!!」
「ありがとう、ソフィーア」
シリウスに抱きしめられて、ソフィーアは涙と笑顔をこぼした。
「心配かけてしまったな。そなたの優しい思いやりに感動したよ」
「うふふ」
セレリアはソフィーアの涙をハンカチで拭いた。
「心配かけたことは申し訳ありませんがにゃ、優しい思いやりでは済まされませんにゃ」
え?と顔を向ける兄妹に、セレリアは背筋を伸ばして言った。
「魔女を使っていきなり人に呪いをかけるなど、いけませんにゃ。反省なさって、二度となさらないことですにゃ」
「そんな、厳しい。ねこにゃんお姉様」
「お返事はにゃん?」
「はいにゃん」
「よろしいにゃん」
再びしゅんとなった妹とセレリアの間に、シリウスが割って入った。
「ソフィーアは、私達のためにしてくれたのだぞ」
「ですが、いけないことはいけないと教えませんとにゃ。シリウス様はできないでしょうから、これからも私がいたしますにゃ」
「うん、そなたは私をよくわかってくれているな。頼む。しかし、なるべく優しく叱るためにも、その語尾のままでいてくれ」
「お断りしますにゃ! おふたりに対しても羞恥を隠していますのに、侍女や父母、他の方に知られるなど! にゃあー!!」
シリウスは今度はそんな、絶望の悲鳴をあげる婚約者を抱きしめた。
セレリアは驚きのあまり動けなかった。
「仕方ない。にゃんにゃん楽しく暮らせるかと思ったが、また、そなたに合わせて毅然としていなければならないか。結構大変なのだが」
微笑んだシリウスに、セレリアは目を見張った。
「シリウス様、私に合わせて今まで……?」
「そなたが、私に見合う人でいようと気を張っているのは知っていたから、私もと奮起していたんだ」
呆然とするセレリアの肩に、シリウスは優しく触れた。
「触発されていないで、もっと肩の力を抜いてと言うべきだったな。ソフィーアに心配をかけるこの事態になってしまった」
「はい。おふたりの間の空気ピンピン張り詰めていましたわよ」
ソフィーアに笑われて、セレリアとシリウスは意識して肩の力を抜いた。
「どうだ? 空気が穏やかになったような?」
「なりましたわ!」
「はいにゃん」
セレリアは改めて、笑いかけてくるシリウスを見つめた。
「シリウス様、以前に周囲のご令嬢達が私のようになったことがございましたにゃ。あの時、私は取り澄ましていてシリウス様に退屈な思いをさせてしまいましたにゃ。そのことが、ずっと心に引っかかっていたのですにゃん」
「そうか、確かにあの時は寂しかった。そして、あれを期に、そなたに合わせようと心を決めたのだ」
やはり、私に合わせて冷たい態度に。
王太子の婚約者たらんと気を張り詰めていたとはいえ、自分が冷たい態度になっていたなんて。
セレリアは自分をかえりみて、態度を改めねばと深くうなずいた。
うつ向いたセレリアに、シリウスは明るく笑いかけ上を向かせた。
「そなたの前では、私は柄にもなく緊張してしまい禄に話せなかった。どうにかせねばときっかけを探していた時に、皆がにゃんにゃん言い出して“これだ!”と思い「そなたはにゃんとか言わないのか?」と催促したのだ。しかし、距離の詰め方を完全に間違えたな」
言いませんと断った時にセレリアが見たシリウスの顔。それは、シリウスが自分のやらかしに萎えた顔でもあったのだった。
「それでもう大人しくそなたに合わせていたが、気になっていたのだ。そなたも気にしていて、それで今宵は思い切って、にゃんにゃん言ってくれたのだな」
澄ました顔の向こうで、あれこれ考えていたシリウスを知って、セレリアも笑顔になれた。
「はいにゃん!」
「ありがとう、セレリア!」
王太子の婚約者として完璧だと圧倒されていたセレリアが、完璧な可愛さを発揮した。それが、自分を思ってのこだと知ってシリウスの喜びは爆発した。
もう一度、ギュッと強めに抱きしめられたセレリアは、今度は強く抱きしめ返した。
こんな明るく優しいシリウス様を心からお慕いしていると、強く思いながら。
「私、これからもその、時にはにゃ」
「語尾に、にゃんをつけてくれるか?」
「そうはいきませんがにゃ、他の方法で空気を穏やかにしたいと思いますにゃん」
「うん、それでいい。嬉しいよ」
ニッコリ微笑みかけるシリウスに、セレリアはうっとりと目を伏せて微笑んだ。
「私も、そなたに相応しい夫でいられるよう、これからも努力しよう」
「もう、充分ですにゃん。肩の力を抜いてくださいませにゃ。今までの、私に合わせる前のシリウス様で完璧ですにゃん」
「ありがとう……そなたもだよ」
とろけるような表情で見つめてくるシリウスを、セレリアはうっとりと見つめ返すばかりだったが。
シリウス様が猫の真似が好きなら、可愛い人が好きならそうなりたい。令嬢達は、もっと可愛い言い方だったはず。猫っぽい手つきもしていたはず。
私も心を込めて。
セレリアは意を決して動いた。
「嬉しいにゃん!」
見様見真似のポーズで固まるセレリアを見て、固まるシリウス。
“終わりましたか? 私の完璧なる人生”
頭をよぎり心臓までとまりそうなセレリアだが――
「可愛い! 可愛い! もう一度頼む!」
シリウスは狂気のように喜びはじめ、飛び跳ねんばかり。後ろでは、ソフィーアが飛びはねていた。
セレリアは安堵して笑顔に切り替わった。
「にゃん、にゃん!」
「可愛い! もう一回!」
「お断りしますにゃん! もう終わりですにゃ」
じゃないと、私の人生が終わってしまうかもしれませんわ。クセになりそうですものとセレリアはハンカチで額の汗を拭いた。
「仕方ない。楽しかったよ」
「私も、ですにゃ」
微笑みを交わすセレリアとシリウスに、ソフィーアが歩み寄ってきた。
「おふたりとも、思っていたより仲睦まじかったのですね。よかったですわにゃん!」
「ソフィーア様のおかげですにゃん。それから、魔女ネコルバ師匠の――」
本当に、婚約のプレゼントだったとは。
セレリアは肩の力が抜けた。
「そうだ、ネコルバを呼んできてくれるか? 衛兵達にも知らせねば」
部屋を出ていくシリウスに、セレリアとソフィーアも続いた。
「お師匠様ったらどこかしら?」
「舞踏会で魔法を使うなんて、一つ間違えば大騒ぎになっていましたにゃ」
「人が大勢いれば、身を隠しやすいからって」
「どんな理由だろうといけませんにゃ。もう、こんなことを頼んではいけませんよにゃ」
「はい。それに、お師匠様が呪いなんて言うからややこしいことになったのですわ。語尾が「にゃん」になる“魔法”と言えば可愛いのに」
師匠になる前は魔法を呪いと言って使う悪い魔女だったのでは?と、セレリアは身をすくませた。
ネコルバ師匠のことも、自分がしっかり監督しなくては。
セレリアは恐怖を打ち消し気を引き締めた。
「そういえばにゃ、以前にソフィーア様とお友達が一斉に語尾に「にゃん」をつけていた時がありましたにゃん。あれももしかして、ネコルバ師匠がにゃ?」
「はいにゃん。最初、私が魔法をかけてもらったのですが、それでお友達と話したら私も私もって!」
「そう、でしたのにゃ」
きっと魔法だから、みんな「にゃん」と言えたのだわ。
無理して自ら言わなくてよかった。
セレリアは胸をなでおろした。
「でも、私には教えてくれませんでしたにゃ?」
「あの頃のお姉様とは、まだ距離がありましたから。教えることができませんでしたわ」
今は、とても距離が縮まったのだと今回の出来事で再びセレリアは実感した。
未来の妹に優しく微笑むと、キラキラした瞳で見上げてきた。
「あの時に、魔法をかけておけばよかったでしょうか?」
「い、いいえにゃ」
やはりこの変な魔法。
素直にうんとは言えずに、セレリアは困った微笑みを浮かべた。
それから、この騒動が収束するとセレリアとシリウスはダンスを踊った。
なんと幸せそうなと評された、今までで一番楽しいダンスを。
完璧さに、さらに磨きをかけた笑顔で。