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【ホラー 怪異】

今、何をしているのかな?

作者: 小雨川蛙

あー、あー、聞こえますか?

聞こえるなら良かったです。

暑い日々が続いていますが、皆様は如何お過ごしでしょうか?

しっかり冷房はつけていますか?

家の中でもしっかり水分は補給していますか?

していますか。

それなら良かったです。

なんて、月並みなことをいつまでも話していても仕方ないね。

今日はせっかくだから、始める前に暑い夏にぴったりなちょっとした怪談をお話しをしよっか。

もし良かった聞いてくれると嬉しいな。

途中で嫌になったなら、聞くのを止めてね。

ただ、語る私としてはやっぱり最後まで聞いて欲しいけど。

まぁ、そんなことを言っても仕方ないか。

では、話し始めます。

さて、今回の主人公はどこにでも居る女子高生です。

どんな女の子かって表現するのが中々難しい。

例えばあなたが休日に街中でぶらぶらと歩いていた時、たまたま通り過ぎた少女。

本当にその程度のものなのよ。

あなたが男の子なら『あっ、可愛いな』だとか思ったりするかもしれないし、あるいは好みによっては酷いことを思ったりするかもしれない。

だけど、一番近いのは何の印象も持たないって感じかな。

人とすれ違ったな、だとか、そんなことさえも思わないかも。

だって、日常の光景なんだもん。

うーん。

表現が難しいな。

あー、もういいや。

友達やクラスメイトの女の子を想像してみて。

それが一番確実だもん。

それか女優さんだから可愛すぎるかもだけど、ドラマに出てくる女の子でもいいよ。

いかん、長くなってきちゃった。

とりあえずさ、話しちゃうよ。

私だって話したくて仕方ないし。

それじゃあ、話し始めるね。

さっきも言ったけど、嫌だったら聞くのをやめてもらってもいいから。

まぁ、私としては最後まで聞いて欲しいけどね。

それじゃ、お話しするね。


「これはどこにでも居る女の子のお話。

彼女は期末試験に向けて勉強を続けていた。

得意科目をより盤石にするためにしていたのかもしれないし、あるいは苦手科目を勉強して少しでも点を稼ごうとしていたのかもしれない。

とにかく、彼女は勉強を続けていた。

ただいまの時刻は午前一時前。

勉強を始めたのは前日の二十三時くらいだったから集中力も切れ始めていたし、そもそもこんな時間じゃ眠くもなる。

やっているのが退屈極まりない勉強なんだから尚更だよね。

まぁ、それならもっと早い時間に勉強を始めて、この時間にはベッドに入っておけって話なんだけど。

さて、いずれにせよ彼女は教科書とノートから目を離し、時計をじっと見つめた後、少しの時間だけ思案する。

このまま寝てしまおうか。

もう少し勉強しようか。

それとも息抜きにスマホを弄っちゃおうか。

どの行動も彼女からしたらありふれたもので、何をしてもおかしくなかった。

まぁ、勉強を続けると言うのだけは他の二つより優先度は低かったと思うけど。

いずれにせよ、彼女が取った行動はどれでもない。

彼女は普段使いもしないラジオに手を伸ばして、おもむろに周波数を弄り始めたの。

まぁ、行動としては息抜きのための休憩なんだろうけど、スマホを弄ってしまえばもう止まらなくなるし、かと言って勉強を続ける気力もない。じゃあ寝てしまうのかと思ったら、それは説明し難い罪悪感から出来そうにない。

で、折衷案としてラジオをつけて気持ち休憩しながら起きていようというわけ。

どうせ、ここまでするなら開き直って休んじゃえばいいのにね。

まぁ、そんなこんなで彼女はラジオをつけたのだけど、あまりラジオを使わないものだからどうやって選局すれば良いのか分からない。

おまけにようやく選局出来てもニュースや音楽、そしてあまり興味の無い放送ばっかりでつまらない。

まぁ、当然だよね。

普段からラジオをつけているならともかく、この子は何となく買ったラジオを時々気まぐれでつけるだけなんだから。

で、何か良いものはないかといじり続けていた時、その声を聞いたんだよ。

『……こえているかな? 上手く聞こえていたら良いんだけど』

それに辿り着いたのは本当に偶然で、ついでに言えば聞いてみようと思ったのも一瞬の気の迷いでしかなかった。

だけど、次の言葉が聞こえ始めた時にはもう彼女はそのラジオを聞くと決めてしまっていた。

『さて、私もこんな事を読み上げたくないんだけどね。でもさ、これで少しでも何かが良い方向に転がってくれればな~って思って続けるわけさ。まぁ、ともかく始めるよ。今回の人は事故死。あちゃー……可哀想に。一番辛いやつじゃん』

気だるげな声が物騒な言葉を読み上げたのを聞いた途端、少女は一瞬にして目を覚まし、思わずラジオのスピーカーへと耳を近づけていた。

『……さん、ってのが名前か。歳は六十二。思ったよりいってるね、名前の雰囲気的に二十代くらいかと思ってた。で、えっと、この人のこれまでの人生は。へぇー生まれは私と同じ地域だ。もしかしたら、昔すれ違ったことあったかもね~』

冗談としても悪質極まりない言葉を放送しているのに、声のトーンは段々と明るくなっていき、真実かも分からない誰かの人生を読み上げながら時に笑い、時に怒り、そして時に悲しんだ。

まるで葬式の際の弔辞のように。

やがて。

『さて次は……あー、そろそろかと思ったけど、やっぱりか。うん。これでおしまいだ。大分はしょっちゃったなぁ。こんなに早く終わるならもうちょい読んでおけば良かったよ。まぁ、でも仕方ないか。私がどうにか出来ることじゃないしね。うん。じゃ、切り替え、切り替え。では、改めまして……明日のお昼頃に飲酒運転の車に跳ねられて事故死。本当にやるせないよ。と言うか、死ぬならコイツでしょ、マジで。あー……それにしてもさ』

そこまで言い切るとため息を一つ吐き出すと声はぽつりと言った。

『今、何しているのかなぁ』

そんな、あまりにも寂しげな言葉と共にラジオは不意にノイズで聞こえなくなってしまい、少女はただ呆然としたままスピーカーを見つめるばかりだった。

もしかしたら続きが聞けるかもしれないなんて考えながらも、同時にもう続きなんて聞きたくないと思ったり、あるいはもう少し周波数を弄ってみようかと思ったりしていたけれど、どの行動も取らなかった。

ただ、脳内にあの寂しげな声が繰り返されているばかり。

『今、何しているのかなぁ』


それから数日後、少女は何気なく見つめた事故のニュースを見て奇妙な既視感を覚える。

飲酒運転の車に跳ねられ初老の女性が亡くなったと報じられていたが、読み上げられたその名前を聞いたのを皮切りに、数日前に聞いた例のラジオの記憶がまるで波が打ち寄せるようにして次々と思い出されていく。

それと同時にゾッとした。

よく覚えてはいない。

だけど、あのラジオで報じられていた日は今日ではなかったではないだろうか?

そんなあまりにも馬鹿らしく、そして確信に満ちた妄想はその夜、必死にラジオの選局をしていた最中に正しかったと知った。

『はぁ……。今日もこの時間が来ちゃったよ』

心底嫌そうな声のまま、あの日と同じようにラジオの向こう側で声が淡々と何かを読み上げている。

『うっわ、今回は酷いよ。通り魔だってさ。えーっと、どれどれ……えっ、明日!?』

いや、何かではないともう分かっていた。

声を聞きながら少女の全身に鳥肌が立っていた。

もし、今日この人が言う内容が当たっていたならば……。

そんな恐ろしい事を考えながら、少女は試験勉強も忘れてラジオから流れる言葉を必死にメモしていた。

やがて、あの日と同じく、声は誰かの名前を読み上げた後にぽつりと言った。

『今、何をしているのかなぁ』

ノイズの中に消えた声。

その余韻に浸りながら、少女は書き記したメモを見つめるばかりだった。


そして、翌日。

ニュースを見ているとラジオで読み上げられた通り、通り魔の事件が起こって、六人が襲われ、その内一人が意識不明の重体となっていると報じられたが、予想通りと言うべきかその日の内に一人が亡くなった。

当然ながら名前はあのラジオが挙げていたものだった。


やがて、少女は毎日のようにその放送を聞くようになっていた。

多分、聞いている理由なんて特になかった。

誰かの死の予告が有益な情報だとも思わないし、また落ち着いて考えてみれば知りたいものだとも思わない。

ただ、一度知ってしまったからにはずっと聞き続けていたい。

そんな感覚だった。

『……あー、聞こえているかな? それじゃ、今日もやっていこうか』

ラジオが流れるのは午前一時。

選局は普段ノイズで聞こえない周波数にふっと沸き、それ以外の時は何をしても聞こえないし、どれだけ調べようとこの奇妙な放送に対する答えは得られなかった。

そして、少女自身も正体など分かりようもないのだと悟っていた。

『今日の人は……。えぇ!? 新婚旅行に溺死!? どういうことさ……。あっ、そゆことね。スキューバダイビング中に……。あー、こりゃ奥さん可哀想だわ』

読み上げられるのはいつも一人きり。

読み上げられる人物たちの人生を聞く限り、彼らは本当にどこにでも居る人達でしかないのだと思った。それこそ、少女の友達や両親、いや、もっと言ってしまえば街中ですれ違う無限にも近い人々のようにさえ思える。

『はぁ~……こんなんじゃ、私の方が凹んじゃうよ。まったく、私もなんでこんな事しているんだか』

向こう側に居る声の目的は分からない。

そして、終わりはいつもこうだ。

『今、何をしているのかなぁ』

プツンと切れてしまう放送。

響き渡るノイズの音。

そんな中で少女は実感する。

今日読み上げられた人は今、この瞬間は確かに生きているのだ。

自分と同じように。

誰もがそうであるように。

ただ、唯一の違いはその人は他の誰かと違い死が確定している。

たったそれだけなのだ。


初めて放送を聞いてからどれだけの月日が経っただろうか。

『あー、あー、聞こえますか?』

放送は普段と同じく始まった。

『それじゃ、今日もやって行こうか』

普段との違い、それは。

『今日、お伝えする人は……窒息死か。なるほど、ご飯を食べてる途中に。こればっかりは防ぎようもないね。生き物ってご飯食べなきゃ死んじゃうし。それでお名前なんだけど……』

その名を聞いて少女は声にならない悲鳴をあげた。

『……さん。十七歳。うん、若いね。人生が一番楽しい頃じゃん。はぁ、本当に凹むね』

自分の名前。

少女は震えながらラジオの電源を切ろうとしたが、それでも僅かな希望に縋るようにして放送を聞き続けていた。

そんな彼女の恐怖を知ってか知らずか読み上げられていく、少女と同姓同名同年齢の人物の人生……予想に違わずそれは自分の物と全く同じだった。

あるいは、限りなく自分に近しいものだった。

『今、何をしているのかなぁ』

祈り続けるような気持ちで聞き続けていた時間の終焉を告げる声。

それを聞いた途端、少女は思わずラジオの電源を切った。

しかし。

『ねぇ、今、何をしているの?』

ラジオは消えなかった。

何度も何度も消しているはずなのに。

『消したって意味ないよ。もう分かっているでしょ?』

悲鳴さえあげられずに泣きながら少女は何度も何度もボタンを押す。

『仕方ないよ、こればっかりはさ。皆、いつだって理不尽だ~って思いながら死んでいくんだもん』

もう聞きたくない。

少女は泣き喚きながらラジオを叩きつける。

『せっかくだからさ』

叩きつけた程度では壊れない。

少女は叫びながら窓からラジオを投げ出した。

『ねえ、お話しようよ。もうどうしようもないけれど』

夜の闇にラジオが消える刹那、少女は確かにその声を聞いた。

『私だって辛いもん。誰かが死ぬのはさ』」


はい、お話はこれでおしまい。

ありきたりと言えばありきたりだよね。

自分の死ぬ日を教えてくれるラジオの怪談なんてさ。

あー、うん。

その子は死んじゃったよ。

さっきも言ったけど、生き物はご飯食べなきゃ生きていけないからねぇ。

気をつけて食べていたんだけど、喉に詰まっておしまい。

あぁ、一応言っておくけどラジオのことは関係ないよ。

聞いたから死んだんだ~なんて言われても困るし。

私だってそんなつもりで放送しているんじゃないもん。

ただ、死ぬ日が分かればさ、もっと人生を……いや、残りの時間を豊かに過ごせるんじゃないかな~って思っているだけ。

まぁ、私のエゴと言えばエゴだけどね。

どう? 少し涼しくなった?

さて、それじゃ今日もやっていこうか。

しかし、落ち着いて考えてみると、こうして独りでペラペラ喋るのって本当に滑稽だね。あなたが聞いているのは分かっているんだけどさ。

んー……。

いや、せっかくだし、今日は少しだけ手順を変えてみようか。

それじゃあ、いくよ。


今、あなたは何をしているのかな?




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― 新着の感想 ―
[良い点]  聞きたいような、聞きたくないような……  知りたいような、知りたくないような……  そんな思考の隙間に入り込む悪魔のささやきのようなお話ですね。  この作品が選ばれラジオで読まれた折に…
[良い点] ぞわっと、きました。 女の子がどうなるかは途中で予測しましたが、それでも怖かったです。 ラスト1行も怖かった……
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