とある王配の秘密
「貴方も、とんだ外れクジを引かされたわね」
レジーナは、憐れみを籠めた瞳で、目の前の青年へと告げた。
目の前の青年……レナードは、婚礼を挙げたばかりの新妻からの不穏な言葉に、怪訝な表情になる。
「ああ、その顔……やっぱり、知らなかったのね。王配だなんだと煽てられて、その気になったんでしょうけど、この国の財政は既に破綻しているわ」
「この国が財政的に危機に瀕していることでしたら、既に聞き及んでおりますよ」
レジーナの言葉に身構えていたレナードは、拍子抜けしたように返答する。
「ですが、事前に拝見した資料では、それほど深刻とも思えませんでしたが……」
「あら、だったらこれは御存知かしら?国債は大量に発行しすぎて紙クズ同然だし、国内はいつ暴動が起きてもおかしくないのよ?」
「まさか……」
ごくり、とレナードが息を呑む音が聞こえる。
だが、こんなのはまだ序の口だ。
「この国の資源は十数年前には掘り尽くされていて、領主達の多くは私腹を肥やしている。まともな領主もいるけれど、彼らは悪徳領主を野放しにした王家を見限っているわ」
ふと窓に目をやれば、そこには疲れ切った自分の顔が映っていた。
かつては白百合のようだと褒め称えられた美貌は窶れ、目元にはクマも出来ている。
だが、それも仕方の無い事だろう。
何せ、ここ数年は安らかに眠れた事などないのだから。
深くため息をつきながら、レジーナは言葉を続けた。
「もっと言えば、王宮に勤める使用人達の給料は三ヶ月前から未払いの状態で、残ったのは王宮内の装飾品を掠め取ろうとするような人間ばかり。つまり、王家に忠誠を誓うまともな臣下もいないってわけ」
「そこまで……?」
「ええ。……とにかく、この国は絶望的な状況よ。このままでは、民の怒りを鎮めるための生贄として、私と断頭台送りかもね」
自嘲気味に言えば、レナードは俯き、かすかに身体を震わせていた。
無理もない。
きっと周囲には、都合の良い事ばかりを吹き込まれていたのだろう。
レジーナ自身、数年前に王位を継ぐまでは、ここまでの惨状だとは知らされていなかった。
(きっと、彼も後悔しているでしょうね……。騙されたと逆上するかも……)
それも無理はないかもしれない。
こうなれば、罵倒くらいは甘んじて受け止めよう。
そう思ったレジーナだったが……
「あっ……ありがとうございます!」
なぜか、満面の笑みで感謝するレナード。
予想外の反応に驚くレジーナをよそに、レナードは怒濤の勢いで捲し立てる。
「ハードモード通り越してヘルモードの内政……。カラッカラの雑巾よりも絞り出せない財源、裏切り者がどこに潜んでいるかも分からない……。多分、暗殺の危機もありまくり……!」
はうんっ!と奇声を上げて、レナードは興奮したように頬を染める。
「正直、美人の王族との婚姻なんて勝ち組ルートっぽくて気乗りしませんでしたが、素晴らしい結婚生活になりそうです!」
「えっ……あの、ありがとう……?」
訳の分からぬままに手を握られ、僅かに頬を赤らめるレジーナ。
よく見れば整った顔立ちのレナードに、ほんの一瞬ときめきを覚えた……のだが。
「それに、貴女の顔立ち。よく見れば、プライドの高さと気の強さを感じさせるつり目で、被虐心をそそられます!ひとまず、お近づきの証に踏んでいただけませんか?」
「…………は?」
甘い雰囲気を遙か彼方まで飛ばす変態発言に、高鳴っていたレジーナの心は氷点下まで冷え込んでいく。
「あなた………本当にないですわ…………」
深いため息をつきつつ、心底呆れたレジーナが見下ろせば、再び『ありがとうございます!』というレナードの声が王宮に響き渡った。
***
レナードは、微笑みの王配と呼ばれている。
どんな過酷な状況でも笑みを絶やさなかったというレナード。
その素晴らしい功績は、枚挙に暇がない。
代表的な例としては、地下資源の採掘が挙げられる。
レナードは、資源が枯渇したために放置され、落盤の危険がある廃坑に単身で調査に入り、見事新たな鉱脈を探し当てた。その鉱脈からは良質な魔石が採れ、傾いていた財政を一気に潤したという。
また、レナードの功績を語る上で、分断されていた王家と地方領主の交流を取り戻した事も、外すことは出来ない。
それまでの腐敗した王政に愛想を尽かし、登城を拒む領主達をレナードは根気強く説得し、王政への参加を促す事に成功したのだ。
どれほど罵倒されようとも喰らいつき、無様に思えるほどに這いつくばって懇願する姿に胸を打たれたと、ある領主は手記で述懐している。
女王とともに改革を推し進めるレナードだったが、その道程は険しく、いくつもの困難が二人を襲った。
その最たるものが、女王の暗殺未遂事件である。
それまで不正に手を染めていた領主の一人が、事の発覚を恐れ、女王の暗殺を画策したのだ。
レナードは、敢然と女王の前に立ちはだかり、奸賊の凶刃を我が身で受け止めた。
その勇敢さもさることながら、死の淵にあってもレナードが笑みを絶やさなかったというエピソードには驚かされる。
激痛に苛まれながらも気丈に振る舞う姿に、王宮内の誰もが胸を打たれ、それまで横行していた装飾品の盗難や不正も無くなったと、当時の侍従長は書き記している。
その有能さと人望の厚さから、共同統治者となってはという声もあったが、彼はそれを頑なに固辞し続けた。
「私は女王様の下僕でいられるのが、何よりの幸せなのです」と言うのが口癖だった事からも、彼がいかに女王に忠誠を誓っていたかが見て取れる。
彼の自己犠牲の精神、そして高潔な信念があってこそ、我が国はここまでの発展を見せたと言えよう。
最後までお読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m
皆様のおかげで、ジャンル別日間ランキングで1位になりました!
こんなドM主人公の作品がランキングを占拠している事実に、生まれたての子鹿のように震えています(汗)
これも、拙作をブックマークしてくださった方、評価してくださった方、感想コメントをくださった方……そして、御覧になってくださった方々のお陰です。
本当に、本当に、ありがとうございます!
レジーナ・アウラツム
アウラツム王国の女王。
財政が逼迫し、破綻寸前の状態で女王の座を押しつけられた。
責任感が強く、国を想う気持ちも人一倍強い。
美人だが、派手でキツめの顔立ちであることを秘かに気にしていた。無意識だが、サディストの素質がある。
レナード・クラピア
他国の名門貴族の次男。
裕福な家に生まれ、愛情深い両親に育てられた。
真性のマゾヒストで、持ち込まれた縁談の中で一番苦労しそうなレジーナを選ぶ。
変態であることを除けば、基本的にハイスペック。