魔皇と腹心の前日譚
「いきなりですみません!僕と付き合って欲しいんです!」
僕の突然の告白に彼女は驚くでもなくまるでそれがわかっていたかのように
「こちらこそよろしくお願いいたします」
と答えるのだった。あれ?僕の予想と違うけど?
時は遡ること約2日前。魔族と人間の争いが続くなか魔族領に存在する十三魔皇の一柱でありながら唯一人族に対して全く敵対してこなかった魔皇、アザゼル・クロムウェルの居城に、配下である魔人オズロックから伝令が入ったことから始まった。
「あ、アザゼル様!」
「オズロック、そんなに慌ててどうしたの?」
「緊急事態です!明後日中にこのアザゼル領に聖女、エルシア・ハートが攻め入るとの情報が入りました!」
配下からのまさかの伝令にアザゼルは絶句するしかありませんでした。しかし、これも仕方がないことなのだろうと諦めざるを得ない事情があったのです。
確かに、アザゼル領は人族が治める領地に攻め入ったことなど一度もありませんでした。でもアザゼル領がある場所は人間領との境界付近。いくら出していなくても傍から見ればわからないのです。しかも出てくるのが聖女となれば配下では歯が立たないのは必定のことだとわかっていたアザゼルは、この時のために覚えていたとある魔法を準備するのでした。
「ねえ、オズロック」
「なんでしょうか?」
「頼みがあるんだ。聞いてくれるかい?」
「ええ、なんなりと」
「僕の領地の者を全員明日中にこの城下へと集めてほしいんだ」
「……もしや、あれをお使いになる気ですか?」
「うん、そうだよ。勇者系ならともかく、聖女が相手なら魔族の時点で相性最悪。しかも僕の領民はみな争いは好まないし人間と友好な関係を築きたいやつらばかりでしょ?」
「それは確かに…ですがそれではアザゼル様はどうされるのです!」
「僕はいいんだ。むしろちょうどよかったんだよ。魔皇になったのはいいものの、他の連中は人間を滅ぼす方法ばかり考えて。人間が何をした?よくよく歴史を振り返ってみてみればもとはこちら側が先に侵略を始めたのにそれを棚に上げてやれ同胞がやられたから弔い合戦だのなんだのって。もうそんな話を聞くのは嫌になったんだ。それならもういっそのこと聖女に倒されてしまったほうが他の連中も気が変わるかもしれないだろ?」
「アザゼル様…」
「だからオズロック、申し訳ないんだけど頼むね?」
「……わかりました。不肖オズロック、その命を全ういたします!」
オズロックはそう言い残し玉座の間を後にした。そして一人になったアザゼルは少しでも人と争う可能性を排除するために行動を開始するのだった。
そして次の日。クロムウェル城下には領内の住民約10万人すべてが集められていた。
「ありがとうオズロック。何割かは来ないものだと思ってたけどまさか全員集めるとはね」
「これもひとえにアザゼル様の慈愛の心の賜物でございます。それでは後はお任せいたします」
「うん。何から何まで助かるよ」
アザゼルはオズロックとの話を終えると城のベランダへと降り立った。その眼下には見渡す限りずっと領民たちがいたためアザゼルは拡声魔法を使い説明を始めた。
「まずはみんな、今日はそれぞれの日常もある中ここに来てくれてありがとう。そして、みんなにももう情報が行き渡っているとは思うけど、こうなる事を防げなくて本当にすまない」
そう言ってアザゼルが頭を下げるが、アザゼルを非難するような声はなくオズロックや他のアザゼル配下の者達からアザゼルが成したことを聞いていた住民達はここまで平穏に暮らせていたのが皇のおかげとわかっていたのでむしろ感謝の声があちこちからあがっていた。
「そしてこれが僕からみんなへの最後のギフトだ。嫌ならいいけど受け取ってくれると嬉しいな」
アザゼルはそう言うと眼を閉じ体に付けていた封印術を解除した。
【管理者の認証完了 魔封術式第一封印・第二封印解除を許可】
そして住民たちにも聞こえてきた謎の機械的な音声が止まるとアザゼルの体が白く輝き始めた。
「久々だよ。僕がここまで魔力を使うのは。でもいつか来るこのときのための魔法だからね」
「『神域魔法 人魔融合』」
聞き慣れない単語の連続に住民達は首を傾げていたが、事情を知っている腹心のオズロックだけは悲しげな顔をしていた。
「本当に使われたのですね」
「まあこれは僕のわがままだからね。みんなにまで負担はかけたくないし」
そこで一人が声をあげた。
「結局アザゼル様は何をなされたのですか?」
「それを答える前に一つ、先に宣言したいことがある。今日24時をもって僕、アザゼル・クロムウェルはこの城以外の全領地を放棄する」
アザゼルからの予想だにしない発言に集まっていた群衆はみな反論しようとしていた。けれどアザゼルの苦渋に満ちた、それでいて憑き物も落ちたような不思議な表情に周りは言葉を発することができなかった。
「そしてここからが僕の最後のギフトについての説明だ。僕がこの地を放棄したことによりみなは僕という加護を失うこととなる。まあ僕なんてちっぽけなものだけどね?その状態でその姿が人間に見つかったら殺戮の対象になってしまう。それを防ぐための魔法が僕が今使った人魔融合。とても簡単に言うと、『変身』と唱えて自分の頭の中になりたい種族を思い浮かべたらその姿に形を変えられるというもの。もちろん元の姿にも戻れるから安心して?」
その言葉を少し時間をかけながらも理解した群衆は、アザゼルが使った魔法の異常さに気がつくこともなくその効果に喜びを見せていた。
なぜかというと、人間の姿にさえ変われば人間領で保護してもらえることを知っているからである。また他の魔族に関しても、竜族や吸血鬼などにも変われることからこの先の安全は確保されるのである。
そして、遂にアザゼルはその魔法の代償を話すことも無くみなにこの地からの移動を命令し玉座へと戻るのだった。
そして日も沈み、夜になるとアザゼルはオズロックと2人きりで最後の時間を過ごしていた。
「アザゼル様。本当によろしかったのですか?」
「なんのこと?」
「あの魔法はあなたの魔力の9割以上を持っていきました。しかもその残りの1割も明日の聖女戦前に使い切るつもりでしょう?」
「さすがオズロックだね。僕のやろうとしてることがわかるなんて」
「これでもあなたが生まれた時からそばにおりますからね。まだ二十歳のあなたにこんな責務を押し付けるこの世界にワタクシ怒りを隠せません」
「そうだね。確かに僕もこの世界には思うところはあるよ。でもこれが僕に定められた運命ならば、それを最善の形で遂行するのが僕の役目さ。だからオズロック、君ももう自由に生きてくれ」
「アザゼル様…それでもワタクシは……っ」
オズロックはなんとか側にいようと言葉を探したが、アザゼルの顔を見て何を言おうが変わることのないことを悟り、最後の言葉を交わすことにした。
「そうでございますね。アザゼル様が命を懸けて行ってくださったこの魔法。決して無駄にはいたしません。ですが、もしまた出会うことが叶いましたらその時はお側で、一緒にいさせてください」
「もちろんだとも。今日まで僕のところにいてくれて本当に感謝しているよ、オズロック。もしまた会えたなら、その時は一緒に世界を回ろう」
「それは楽しそうですな!ではまた」
「うん、またね」
こうしてオズロックとも別れ、遂に一人きりになったアザゼルは一人つぶやくのでした。
「はー、もし願いが一つだけ叶うのならせめて一度でいいから彼女?伴侶が欲しかったな」
まさかこの言葉が現実になるとはこの時はまだ誰も予想だにしていなかったのです。
そして魔皇は遂に聖女と相対することになるのです。
新連載を始めてみました!他作品の更新も遅れてるのに新連載を始めるなんてとも思ったのですが、書きたくなったので書いてみました。
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