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7話 婚約者の役目

「すっごかった! ライオンってかっこいい!」

「姉様聞いて! キリンってとってもへんてこ生き物だったわ。首がこんな、こーんな」


 しばらくすると騒がしく双子が帰ってきた。アンジェのスカートにまとわりついて、今日見たこと全てをいっぺんに話そうとする。


「はいはい、あとで聞きますから着替えてらっしゃい」

「はーい」


 双子が部屋に戻ると、アンジェはルーカスに礼を言った。


「ありがとうございます」

「ゆっくりできたか」

「ええ……それはもう。あの子たちもとても楽しかったみたいですね」

「ああ」

「……遊びに行くなんてずっとしてなかったものですから。ありがとうございます」


 アンジェは心からルーカスに感謝した。そんなアンジェにルーカスは事務的に答えた。


「大したことではない。あと、新居の用意はいましばらくかかる。それまでに君は静養していてくれ」

「はい……」

「それと、カーライル公爵未亡人のグレンダが明日ここを訪れる」

「……はあ」


 アンジェは唐突なルーカスの言葉に一瞬ぽかんとした。そんなアンジェの反応を無視してルーカスは言葉を続けた。


「君の付添人を頼もうと思っている」

「付……添人……?」

「ああ、君の社交界デビューの為に」

「社交界……あの、私は社交界にデビューするつもりはありません」

「なぜ? 君は十九歳だろう、少し遅いがおかしいことはない」


 ルーカスはアンジェの言葉に首を傾げた。年頃の娘ならば、社交界デビューを喜ばないはずがない。しかも付き添い人としては最高の、グレンダ公爵未亡人が後ろ盾になるというのに。


「私は、この一連の事々が終わったら家庭教師でもして暮らして行くつもりです。ですから社交界は……」

「そうもいかん」


 ルーカスは憮然とした顔で答えた。


「君は本気で俺の婚約者のふりをするつもりがあるのか? 夜会や茶話会に一緒に行かねばならないのだぞ」


 そう言われてアンジェは唇を噛む。ルーカスの言う通りである。


「慰謝料は家庭教師なんてしなくてもいいくらい払うつもりだ。それに……ルシアの事も考えろ」

「ルシア……ですか」

「姉が社交界デビューしてないなんて、ルシアが年頃になったらどう思うか。悪影響だと思わないか」

「それは……その通りです……でも……私にお金をかけるのなら双子達にと……」


 それを聞いてふっ、とルーカスは不敵に笑った。


「そのようなことは心配するな。必要経費だ。そしてそれくらい我が家の財政ではなんてことはない。心配なら事務方の人間を呼んで……」

「いえ、結構です!」


 アンジェはルーカスの言葉を遮った。そしてキッとルーカスを鋭い目で見つめて返した。


「仰せの通りにいたしますので」

「ならば結構」

「それでは私は部屋に戻らせていただきます」

「ああ」


 ルーカスは逃げ出すように去って行くアンジェを見送った。


「怒らせてしまったな」


 ルーカスはため息をついた。そして自分はアンジェという娘を侮っていたと思った。あの境遇だったから、真綿のごとく優しく接すれば言う通りにするとばかり思っていたのに、思いの外気位が高くルーカスの庇護を受ける事に抵抗があるようだ。


「やれやれ……しかし、それくらいでないとあの環境を耐えられなかっただろう」


 そう言いながら部屋に戻り、マントルピースの上のブランデーを注ぎソファに腰掛けた。


「ハンティントン男爵……これはまた難問を残しましたな」


 ルーカスはそう言いながらグラスに口をつけ、頬杖をついた。




「まったく! 勝手になんでも決めて!」


 一方のアンジェは怒りながら部屋のドアを乱暴に閉めた。そしてそのドアに寄りかかりながら俯く。


「ルシアの事を引き合いに出さなくたって……分かってるわよ……」


 それでも、アンジェはルーカスに簡単に世話になるのが嫌だったのだ。それにしても、とアンジェは思った。


「あそこまで結婚したくない理由ってなにかしら」


 すでに意中の女性がいるとか? でも結婚できない理由とはななんだろう。彼は魅力的な独身男性だ。


「まさか身分違いとか……あ、でもそれならいっそ私をお飾りの妻にする方が都合がいいわよね」


 そして真に愛する人を愛人として囲えばいいのだ。そういう人だっているといえばいる。


「でなければ……人妻?」


 アンジェはハッとした。その人は人妻……いえ未亡人なのかもしれない。喪が明けるのを待って結婚するつもりならいっときの偽婚約者が必要なのも説明がつく。


「……その方は幸せね」


 彼は王太子殿下のお気に入りで、立派な紳士だし、少しぶっきらぼうで冷たいが、根は親切で優しいとアンジェは感じていた。


「そうよ、私は私の役目を全うしないと。ライナスやルシアの為にも」


 アンジェはそう思い至ると、くっと顔をあげた。つまりこれは仕事なのだ。フロッグに頼まれてやっていた翻訳と同じ。ならばきちんと勤め上げないと。アンジェはそう自分の境遇を整理した。

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