最終話 『栄光の雫』
「さーてルーカス、お薬の時間よ」
「……」
長い取り調べからようやく解放された翌朝、アンジェはルーカスの寝室に痛み止めの薬を持って訪れた。
「アンジェ、今回は打撲だけだ。薬はいらない」
「またそんなこと言って!」
「それに……薬の前に話がある……その……沢山……」
「そうね」
そう言ってアンジェは薬を一旦置いて、ルーカスのベッドの横に座った。ルーカスが顔をしかめながら半身を起こす。
「どこから話そうか……」
「ええっと、『栄光の雫』の指輪を探しに私に近づいたところからかしら」
「……なんで、それを」
「ヘーリアの使節団の人が話しているのを聞いたの。その指輪が盗まれて取り返したことにどうやらお父様が関係しているってとこまでは」
そうアンジェが言うと、ルーカスはため息をついて頭を振った。
「……そう。君の父上が盗まれた指輪を取り返したと連絡を最後にその……亡くなって、残された家族の君を探れと俺は命令されていた」
「それで、嘘の婚約なんていいだしたのね」
「そうだ」
「……最初から指輪を探しているって言えばよかったのに」
呆れたようにアンジェはそう言った。だけどルーカスは首を振る。
「国同士のことだ。秘密裏に、と念を押されてた。今となっては無意味だったかもしれないが」
「……こんな石の為に何人もが振り回されたのね」
アンジェはころり、とサイドテーブルの前に指輪を置いた。女性の親指ほどのダイヤの付いた見事な指輪である。
「……アンジェ、それは!」
「これでしょう……? 『栄光の雫』って」
「ああ……一体何処に……」
「お母様の肖像画の額縁の裏に入っていたわ。……お父様は私がこれを何があっても手放さないって知っていたのね」
『栄光の雫』はキラキラと輝いて美しかったが、アンジェはこの為に父が亡くなったのだと思うと憎らしくさえあった。
「父上は……王家への忠誠を守ったんだ」
「だとしても……生きていて欲しかったわ。あなたにも怪我なんてして欲しくなかった」
「……すまない。君と子供達を巻き込んで……でも、もう君は自由だ。好きに生きるといい」
ルーカスは己の罪の裁きを待つように、アンジェの前でうなだれた。
「……好きに生きろ、と……」
「ああ。婚約は解消だ。グレンダのコンパニオンをしてもいいし、家庭教師をしたっていい」
「ルーカス!」
アンジェは思わず叫んだ。叔父を破滅に追いやったこの才知に優れる伯爵はなんて……なんて不器用なのだろう。あんなに情熱的なキスを繰り返して、あの一夜を過ごしたというのに、まだわからないのか。
「私が好きに生きるなら……」
アンジェは大きく息を吸った。
「ルーカス、あなたの妻がいいわ」
「アンジェ」
「あなたが良ければ……ですけど」
思いっきり今までため込んだ本音を吐き出してしまったアンジェは、ルーカスの反応が怖くて俯いた。
「……俺がよければ?」
ルーカスは手を伸ばし、アンジェを抱きしめた。そのすみれ色の瞳はアンジェをじっと見つめている。
「もちろん歓迎に決まっているじゃないか! アンジェ……俺と結婚してくれ。俺の妻は君以外考えられない」
「ルーカス……!」
ルーカスはアンジェのその細い顎をつかんでキスをした。
「……この契約は永遠だけどいいかな」
「もちろんよ」
***
その後、アンジェ達は『栄光の雫』をすぐに王家に返還した。ようやく戻って来た国のシンボルに彼らは喜んで、二人のための褒賞を与える、と言った。
そしてルーカスを襲った暴漢達だが、アンジェが足を撃った一人から身元が割れて尋問の末、ヘーリア帝国の使節団が犯人だとわかった。港街にいた彼らは拘束されたが、結局ルーカスへの暴行と国内でのスパイ活動の容疑で、強制送還となった。
「ユーリ」
その報を聞いた時、アンジェはおそらく二度と会えない幼馴染みの名前を呟いた。彼はきっと彼なりにアンジェを愛して、守ってくれようとしていたのだと……アンジェは思った。
「歯がゆいわ……。指輪を盗んだのはヘーリア帝国でみんな振り回されただけなのに」
「ああ……」
ルーカスはアンジェの肩を抱いた。
「……国王夫妻がヘーリアに抗議文を送ったそうだ。明日の新聞にそれはでかでかと載るだろう。それから俺達には褒賞として新しい領地を与えるそうだ」
「そう……これで、もうこんなことが起きないといいわね」
「ああ。俺も領地より……」
ルーカスはアンジェの腰を抱いた。
「君の方が何倍も欲しいんだが」
「……奇遇ね、私もよ。あ……でも怪我人なんだからほどほどにね」
「了解だ」
アンジェは思わずくすりと笑うとルーカスにキスをした。ルーカスもすぐに口付けを返し、二人は何度もキスをした。
エレトリア王国の指輪盗難に関するヘーリア帝国への抗議文は無事、新聞に載り世界に知れ渡ることになった。ヘーリア国内では帝室に対する世論が湧き上がり、農奴の反乱は苛烈を極めた。……そしてとうとうクーデターが起こり、共和国として新政府が樹立すると、旧権力の帝室と貴族達はそれぞれ生きる道を模索することとなった。
……当然、ユーリの行方もわからなくなった。
お読み戴きありがとうございます。
このあと、17時にエピローグを更新して完結です。
楽しんで戴けましたら、下の☆を押して戴けるとうれしいです。




