27話 真実はどこに
大事なおもちゃを壊されて泣き疲れたライナスとルシアを寝かしつけてから、アンジェはルーカスの部屋へと向かった。
「ルーカス」
「……アンジェ」
先程よりも青ざめた顔をしているルーカスの横にアンジェは座った。
「……さっき、お父様のことを聞いたら、あなた口調が変わったわ」
「……そうだろうか」
「お父様に何があったの? お父様はどうして……」
あんな取るものも取らずに性急なエレトリア王国への帰国を命じたのか。平穏なヘーリア帝国での日々が、なぜあれほど突然に終わりを迎えたのか。アンジェは知りたい事だらけだった。
「アンジェ」
「教えて、ルーカス……」
そうアンジェは聞いたが、ルーカスは首を振った。
「アンジェ、父上からなにか預かったりしていないか……?」
「なにも……、護身用の銃くらいよ。どうしてそんなことを聞くの」
「機密事項だ。君には教えられない」
「私の家が荒らされたのよ!?」
「……」
ルーカスは沈黙した。アンジェはどうも自分の父がなにをしていたのか知らないようだ。この状態でアンジェを守るにはどうすればいいのか。それには宝物のことを伝えるべきなのか……。そうするとハンティントン卿の死に様と、ルーカスが彼女に近づいた理由を伝えなければならない。迷った末にルーカスはこう答えた。
「いずれ話す……けど、今じゃない」
「ルーカス!」
「それと……しばらく君たちはこの屋敷にいてくれ」
「また、なんでも勝手に決めてしまうのね」
アンジェの声色は冷たかった。ルーカスはそれでも宝物の指輪のことは言い出せなかった。
「……わかったわ」
アンジェは腹を立てた様子で部屋から出て行った。
***
『なぜ、勝手に動いたのです!』
その頃、ユーリは根城のホテルでリヴィンスキー伯を問い詰めていた。
『……あの娘はエインズワースの屋敷にしばらくいるんだろう? 絶好の機会じゃないか』
『だからといって……僕がなんとでも言って忍び込むこともできたのに』
『はっきり言おう。我々はこのエレトリア滞在中に結果を出さねばならん』
『……』
『ハンティントンは何をしても吐かなかった。ドブに捨てたと言っていたが、そんなはずはない。彼はなんとしてもこの国に指輪を持ち帰る必要があった。……とすれば先に帰国させた家族が持っているに違いないのだ』
ユーリは正直言えば指輪なんてどうでも良かった。もっと言えば盗んだ宝物で保たれる国の面子など糞食らえと思っていた。ユーリはただアンジェと双子達が害されることなく無事ならばそれで良かったのだ。
そんなユーリにリヴィンスキー伯は一言だけ、声をかけて去って言った。
『君の愛国心に期待しているよ』
『……はい』
ユーリはそう頷くしかなかった。
***
「ねぇ……お母様……」
アンジェは布に包んだままだった母の肖像画を取り出した。ここにきてあちこち引っ越しが多いせいでまともに飾る暇もなかった。
「ごめんなさい……落ち着かなくて」
ヘーリア帝国に来たばかりの時に書かれたその肖像画は、いつまでも若いまま。日々、アンジェに似てきている。
「ねぇお母様……お父様のことを彼は何か知っているみたいなの……」
アンジェは母の肖像画を抱きしめたまま、ベッドに寝転んだ。
「なぜ……キスをしたの……ルーカス」
彼の行動がわからない。ただのお飾りの婚約者になったつもりだったのに、なぜこんなことになっているのか。その偽婚約者に、ルーカスはいつも親切だった。いや、親切を通りこして身を張ってまでアンジェを救った。
「まさか……私を……私達をルーカスは守って……」
その考えに至ったアンジェはガバッとベッドから身を起こした。
「それでは、やっぱりルーカスが刺されたのは私の所為?」
自分の身の回りに何か不穏な影があるのをはっきりと意識した。でもそれがなんなのかわからない。そしてルーカスは何か知っている風だが答えてくれない。
「もし……このままルーカスが私を守ろうとしたら……」
今度こそ死んでしまうかもしれない。アンジェは叫び出しそうだった。もし、そんな理由でルーカスを失ったら……。
「私は生きてはいけないわ、ルーカス……」
それならいっそ……どこか、ルーカスにも誰にも見つからないところに逃げてしまいたい。後見人のスモールウッド子爵の所は……すぐに見つかってしまうだろう。
「そうだわ……」
アンジェの脳裏にいつかの夜会での会話が蘇った。
『アンジェ、へーリアに帰らないか』
踊りながらユーリが言った言葉。そうか、ヘーリア帝国……それならば遠く、ユーリも側にいてくれる。使節団が帰る時に一緒に連れて行ってもらえば安全に渡航もできるだろう。
『ヘーリアに帰る……』
カッセルの社交界は大騒ぎになるだろうが、ルーカスの名誉は保たれる。そしてアンジェを守って死ぬなんて恐ろしいことはもう起こらない。
「だとしても、ルーカスの怪我が治るまでは……そばにいたいわ」
最後の思い出として。はじめて……そうアンジェがはじめて恋したあの『鉄の伯爵』。そう思い返すとルーカスの優しい笑顔ばかりが浮かんでくる。
「きっとあの冷たい顔は仮面なのでしょう……ルーカス」
隠しきれない優しさと慈しみを持ち、強い意志と情熱を持った人。……できることならもっと違う形で出会いたかった。例えばどこかの舞踏会で。壁際でダンスの誘いを待っている時にそっと彼が手を差し伸べてくれる。そんな、出会いだったら。
「でも……それじゃきっとあなたに恋しなかった」
あの廃屋に颯爽と現われ、攫うようにして救ったあのルーカスだから、アンジェは彼に恋をした。
「だから離れなくちゃ……あなたが大切だから……」
アンジェはいつの間にか流していた涙を拭った。
***
『ごめんなさいね、急に呼び出して』
『いや……』
翌日、アンジェに公園に呼び出されたユーリはなんだか少しやつれたように見えた。ユーリもルーカスの事件がショックだったのかもしれない。
『で、この密会はなんなんだい』
『それなんだけど……私達、ヘーリア帝国に帰ろうと思うの。その場合、使節団のみなさんと一緒に行動することはできるかしら』
『それって……』
『その……その後のことは……わかんないけど』
ユーリが驚きの目でこちらを見ている。自分で言ったくせに、とアンジェは少し可笑しくなった。この少し気弱だけどもの柔らかなで気さくな幼馴染みとなら、穏やかな日常を過ごせる気がする。ルーカスに感じる火のような感情と違って。
『使節団に聞いて見る。きっと大丈夫だと思うよ』
そう、ユーリは頷き、二人は別れた。
『ああ、アンジェ……』
とうとうアンジェが自分の手の中に落ちてきた。ヘーリア帝国に彼女を連れて帰ることができるなら使節団もそうあせって強引な手をとることもなくなるだろう。ユーリはスキップでも踏みたいのをぐっとこらえて帰った。




