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26話 騎士、それとも

「無事だったから言えることだけど……あなた丈夫ね、ルーカス」

「グレンダ……そんなことを言いにきたんですか?」


 この日はグレンダがルーカスの見舞いに来ていた。まだベッドの上のルーカスの横で優雅にお茶を飲みながら彼女は片眼をつむった。


「今、巷であなた達がどんな扱いになってるか聞きたい?」

「……考えたくはないですが。聞いておかないとまずいということでしょう?」


 ルーカスがそう言うと、グレンダはその通りと頷いた。


「かの有名な『鉄の伯爵』は悲劇の令嬢を非道な叔父から救い、今度は彼女を暴漢の凶刃から救った。彼こそ失われし騎士道精神の持ち主であり、紳士たるものはこれを模範とせよ……ですって」

「ああ……もう……」

「間違いないわ。そのうちあなたがモデルの小説が出るわね。それで乙女達は思うのよ。『いつか鉄の伯爵のような方が迎えにこないかしら』……って」

「もういいです。大体わかりました」

「こういうのが苦手なくせに目立つことばかりするんだから。でも……後悔はないようね」


 グレンダにそう言われたルーカスは黙って頷いた。アンジェの叔父を破滅させたのも、あのナイフの前に躍り出たのも自分の判断だ。彼女を守れたのなら、そこに後悔はない。


「だけど困ったわね……」

「グレンダ?」

「あなた達、これで婚約破棄なんてことになったら大変よ」

「彼女に非難がいかないようにしますよ」

「それじゃあなたはどうなるの……やれやれ」


 グレンダは嘆かわしそうに首を振った。


「その時は田舎にしばらく引っ込んでますよ」

「……そう簡単にいくかしらね。ねぇ、あなた達そのまま結婚してしまえばいいじゃない」

「……え?」

「始まりは嘘でも……かまわないんじゃなくて? ……まあ、おせっかいが過ぎたわね」


 グレンダはカップを置くと席を立った。


「年寄りはそろそろお暇するわ」

「そんな年寄りだなんて」

「うふふ……私、もうすぐお婆ちゃんになるらしいの。……結婚もいいものよ」

「……」


 ルーカスはグレンダが去っていった後、しばらく考え込んでいた。結婚……ルーカスの中であいまいだったイメージがさっきのグレンダの言葉ではっきりとしていく。アンジェとの結婚生活……彼女はうまくこのエインズワースの女主人としてやっていけるだろう。そして双子達を育てて……やがて、アンジェとルーカスの間にも……。


「彼女がそれを許すだろうか」


 ルーカスはその途端冷たい炎が体の中を駆けていくような気がした。自分は国宝の指輪の為に彼女に近づいたのだ。国の命に無残に命を散らしたアンジェの父。それを命じたこの外務省側の人間を、彼女は許すだろうか。


「ルーカス?」


 と、やわらかな声がした。アンジェだ。


「どうしたの、傷が痛む……?」

「あ、いや……グレンダがさっき俺を散々脅していった。俺は失われし騎士道精神の持ち主でうんぬんってな」

「私も聞いたわ」


 アンジェはクスクスと笑いながら、ルーカスの横に座った。


「これでますます社交界のご令嬢はあなたに夢中ね」

「……俺を守ってくれ。俺のナイトは君だ」

「……ええ」


 アンジェはルーカスに薬を飲ませ、額の布を替えた。


「そうそう、私一度家に戻るわ。あまり留守にするのもよくないし、ちょっと取ってきたいものもあるの」

「……それなら俺も」

「無理よ、まだ立ち上がるのは。大丈夫、双子と使用人と一緒にいくから」

「そうか……気をつけて」

「ええ」


 アンジェの冷たくて細い手がルーカスの頬を撫でた。


「あなたはしっかり養生してちょうだい」

「……ああ」


 薬が効いてきたのだろう。ルーカスはうとうととし始めた。その様子を確かめて、アンジェは一階に降りた。


「お待たせ」

「お姉様、はやく行きましょう」

「はいはい」


 こうして双子とアンジェの家に仕えていた使用人は一旦家に戻った。


「バタバタと必要なものだけ取って鍵をしめてしまったから……」


 と、アンジェは家のドアの前で何か変な感じを受けた。この感じは何度か覚えがある。


「……まさか!」


 アンジェは、慌てて家の鍵を開けた。そして……そこに広がる凄惨な光景を見た。玄関の花瓶やマットがひっくり返されている。アンジェは応接間を開いた。そこもソファーが切りさかれ、テーブルがひっくり返されている。


「嘘……まさか……」


 アンジェはハンティントンでの廃屋の暮らしを思い出した。叔父の嫌がらせで何度も荒された部屋。これはそれにそっくりだ。


「いや……でも叔父様は今牢に居て……」


 ハンティントンの領地と財産は今、新しい後見人のスモールウッドの伯父が管理している。もし仕返しをするとしても、ブラッドリーに今そんな力があるとは思えない。


「ひどい! 僕達の部屋も荒らされてる!」


 双子達の悲鳴が聞こえる。アンジェも恐る恐る自分の部屋を開いた。


「ああ……」


 そこはベッドから何からズタズタだった。


「よかった、ユーリの手紙は無事ね」


 アンジェはまだそのままにしていたトランクを見た。そこは開けられて中身が引っ張り出されていたが、銃はそのまま転がっていた。


「……」


 アンジェはその銃を思わず握りしめる。打ち方は父から習った。今、この家に家を荒らした犯人がいるとは思えなかったが……不安と焦りがアンジェをそうさせた。


「ああ、銀器は無事です!」

「ネックレスもグチャグチャにされてますが、そろっています!」


 トビアズとハンナの声がする。この銃もそうだが高価で盗みやすそうなものに手をつけずにこんな風に家を荒らすなんて、一体だれが……。


「お父様……?」


 アンジェはその考えに至った時、体から血の気が引いた。


「もしかして……もしかして私はひどい勘違いを……」


 あの廃屋が荒らされたのも、この惨状も……ブラッドリーの嫌がらせではなく、父の死に関係するのでは……そもそもなぜ父はあんな急に亡くなったのか。

 アンジェは眩暈がして壁にもたれかかった。


「アンジェ!」


 その時だった。アンジェの名を呼ぶ者がいた。思わずアンジェは持っていた銃を構えた。……がすぐにその腕を下ろした。


「ルーカス……!?」

「だ、大丈夫か……」


 彼はベッドから抜け出した格好のまま、苦しそうに息を荒げ、アンジェの側に近寄った。


「どうして来たの!」

「やっぱり心配で……アンジェ」


 ルーカスはアンジェを抱きしめた。


「なんてこった」

「一体……一体何が起こっているのか……ねぇ、ルーカス。あなたは父と一緒に働いていたのよね? 父が何をしたか知ってる?」

「どうした……いきなり……」


 アンジェの問いかけにルーカスは動揺した。アンジェはそれを敏感に感じ取る。ルーカスは何か知っているのでは。


「前も度々家が荒らされたの。……父が関係しているんでしょう?」


 その時のアンジェに確信があった訳ではなかった。だけどルーカスの答えにそれは疑念から確信に変わった。


「……ここの片付けはトビアズに任せて、帰ろう」


 誤魔化すようなその台詞は、そうだとでも言っているようなものだった。


「……わかったわ」


 怪我をしているルーカスをこの場で問いただす訳にはいかない、そう思ったアンジェは頷いたがこう付け加えた。


「でも……ルーカス……後で話があるわ」


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