25話 君の為に
「ルーカスの具合はどう?」
翌日、アンジェは双子を連れてエインズワースの屋敷に向かった。出迎えた執事にそう聞くと、彼は困ったような顔をした。
「それが……」
「……なにかあったの?」
その困り顔の訳を聞いたアンジェは猛然とルーカスの寝室に駆け込んだ。
「ルーカス!」
「なんだ騒々しい……あ、アンジェか」
「アンジェかじゃありません! ……薬を飲まないってどういうこと?」
「あ、いや……」
「熱があるのよ? 傷の治りも遅くなるわ」
執事が困っていたのは、ルーカスが薬を飲まないということだった。
「あんまりがみがみ言うな」
「言います! なんなんですか、もう」
その時だった。ルシアがアンジェのスカートを引っ張った。
「おくすり苦いからルーカスさん嫌なんじゃないかしら」
「そんな子供みたいな……」
アンジェがそう言ってルーカスを見ると、ルーカスは顔を逸らしていた。
「……まさか、それが理由?」
「熱くらいなんでもない。薬は嫌いだ」
「あきれた!!」
アンジェがそう大きくため息をつくとルーカスの耳が赤くなった。
「しょうがないな。お砂糖を貰ってこよう」
「そうね、ライナス」
双子達は顔を見合わせて部屋を出て行った。その二人の行動に、ルーカスは怪訝な顔をして枕から顔を上げる。
「砂糖……?」
「あの子たち、薬を飲んだら角砂糖を三つ食べていいことになっているの」
「……」
「飲まなきゃ駄目よ。お薬は……子供でも我慢するのだから」
「……ああ」
ルーカスは観念したように目を閉じた。そして戻って来た双子達に薬と角砂糖を口に放り込まれていた。
それからアンジェ達は、人をやって荷物を持ってこさせエインズワーズ邸に居座って看病することにした。
「さて、包帯を替えるわよ」
「ああ……」
ルーカスは顔をしかめながら半身を起こした。そして寝間着のシャツのボタンに手をかけて脱ぐ。シャツの下にはたくましい筋肉と、肩から鎖骨の間に銃痕がある。アンジェは気恥ずかしくて顔をほんのり赤らめた。
「これ……王太子殿下の狙撃を防いだときの……?」
「ああ……俺の勲章さ」
「痛かったでしょうに……もう」
身を挺して人を守るのに躊躇しないその勇敢さは称えるべきものなのだろうが、アンジェはその傷跡が痛々しかった。ぬるま湯で体を拭いてやり、包帯を外す。まだ生々しい傷にアンジェは思わず顔を背けた。
「自分でやるから無理しなくていい、アンジェ」
「……いいえ。これは私の為についたのでしょう?」
「どうかな……? でももしそうならこれは新しい勲章だ」
「バカ言ってないで腕をあげて」
アンジェは包帯と湿布を取り替えて、シャツを羽織らせた。ルーカスはそのまま横になりアンジェを見ている。
「なにを見てるの?」
「いや……怪我をするのもいいもんだなって。君が優しい」
「なっ……」
アンジェは殴ってやろうかと思ったが、相手が怪我人だと思って堪えた。
「双子にするみたいに世話をしてくれるからな」
「え……?」
「実はちょっと羨ましいと思ってた。うちは両親も不在がちだったし、兄とは歳が離れていて気付けば寄宿学校にいたし……妹はもう嫁いでいるし」
「お兄様がいるの……?」
初耳だ、とアンジェは聞き返した。それではルーカスはこの広い屋敷で一人なのか。
「ああ……居たけど病弱でね。若くして亡くなった。それで俺が伯爵位を継いだのさ」
「そうだったの……」
アンジェはそう言いながら薬を用意する。
「……角砂糖はいらないぞ」
「そう?」
「薬を飲むと頭がボーッとするから嫌だったんだ。でも……君たちがこの家にいるならちゃんと飲む」
「なんでそんなこと……」
「……君たちを守りたいから」
はっきりとよどみなくそう言うルーカスにアンジェは戸惑った。この間のキスといい、ルーカスの様子がおかしい。
「いいのよ、私達のことは。契約終了までの関係でしょう……」
「……そうだな」
ルーカスはそう言うとベッドに横になった。なんだか気まずい空気が流れる。
「……包帯と洗面桶を片付けてくるわ」
「ああ」
ルーカスはこちらを見ない。アンジェはため息をついて部屋を出た。
「お姉様、ユーリがきたよ」
「あら、本当。ライナス」
あの事件でなにかわかったのだろうか。アンジェがユーリが通された応接間に急いだ。
『ユーリ!』
『やあ』
『何かわかったの?』
『それが……服装から下町のごろつきじゃないか、ということくらしか……市警にも動いてもらっているが』
ユーリの報告にアンジェは落胆した。
『彼の容態は?』
『命に別状は無いって。ひとつきもすれば動けるようになるそうよ』
『そうか。アンジェはそれまでここに滞在する気かい?』
『ええ、そのつもり』
アンジェがそう答えると、ユーリは顎に手を当てて考え込んでいる様だった。
『ユーリ』
『もしも……もしもだけど、あの暴漢が君でなくてルーカスを狙っていたとしたら……』
『そんな、だって……』
『君を狙う必要があるか? ルーカスは外交官をしていたんだろ? その時のなにかがあるのかも……』
アンジェは自分が狙われていたと感じていたから、頭から冷水を浴びせられたような気分になった。
『だとしたら、ここは却って危ないんじゃないかな』
『……でも、今ルーカスの側を離れることは出来ないわ……』
アンジェは首を振った。あんな弱って痛みに耐えているルーカスを一人には出来ない。
『……わかった』
ユーリはしかたない、といった風に席を立った。
『でも、気をつけてアンジェ』
『ええ』
そうしてユーリはエインズワース邸を後にした。その馬車にはヘーリア帝国外交使節団長のリヴィンスキーが乗っていた。
『どうだった』
『生きています。一ヶ月は動けないとか』
『殺しはできなかったが、動きは抑えられたか……』
『ま、そういうことですね。やっぱり下町のチンピラじゃこんなもんでしょう』
リヴィンスキーはふんと鼻を鳴らした。
『それならそれで次の動きをするまでだ』
そう話している間にも、ヘーリア帝国の二人を乗せた馬車は、滞在先のホテルに向かって進んで行った。
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