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24話 暗い足音

『――通訳?』

『ああ』


 翌日、ユーリはアンジェの家を訪れていた。


『美術館を視察するんだ。誰か頼んでもいいのだけど……君がどうかな、と思って』

『そんな……使節団の通訳なんて恐れ多いわ』

『気楽に考えてくれていいよ。ついでに観光だと思って』


 ユーリは髪をいじりながら笑って言った。


『君と出かける口実さ。正直、あのオッサン達と行っても楽しくないし』

『もう……ユーリったら。そうね、ルーカスが一緒でもよければ。彼の方が解説できるだろうし』


 ユーリは予想どおりだ、と思った。と、同時にこの間の求婚はやはりうやむやになってしまったのだな、とも思ったがそれはぐっと飲み込んだ。


『いいよ』

『わかったわ……ではその話お受けします』

『うん、じゃあよろしく!』


 そう言ってユーリはアンジェの家を出た。そして馬車に乗ろうとして振り返る。


『アンジェ……』

『なあに?』

『あ……』


 身辺には気を付けて欲しい、それをなんとアンジェに伝えようかと迷っていると通りの影に見覚えのある男を見つけた。同じ使節団の男だ。


『いや、ではよろしく』

『ええ』


 ユーリはそのまま馬車に乗り込んでため息をついた。


『よほど信用がないらしい』


 ハンティントン家と親しくしていたとして、先に声をかけてきたのはあちらだというのに。ユーリは思わず舌打ちをした。


***


 そして数日後、ルーカスとアンジェは美術館へと向かった。待ち合わせ場所にはすでにユーリと使節団のメンバーが着いていた。


「お待たせしましたか。私はエインズワース伯爵、こちらは……私の婚約者のアンジェです」

「ああ、よろしく。私はヘーリア帝国外交使節団長のリヴィンスキー伯爵です。ユーリと私以外はエレトリア語はあまり明るくないので、助かります」


 使節団長、と名乗った男は帽子をとって礼をした。そしてアンジェに視線を移す。


「なんでもへーリアで育った、このフィレンコフの幼馴染みだとか?」

「はい、そうですわリヴィンスキー伯」

「では、ヘーリアの美術との違いを教えていただけますね」

「だといいのですが……」


 アンジェはヘーリアの美術館になら何度もいったがこちらの美術にはあまり明るくない。


「アンジェ、ここの美術品については俺が説明するから、訳してくれ」

「ええ、頼もしいわ」


 ルーカスにそう言われてようやくアンジェはほっとした。


『それでは参りましょう』


 一団はそうして美術館へと足を進めた。エレトリア王国の歴史は長い。かつて滅んだ大国の文化を引き継いで、独自の進化を遂げている。アンジェはルーカスの解説を交えながらその特徴やヘーリア美術との違いを使節団に説明していった。


『この星の文様はエレトリアの国章にも描かれていますが、特に王家を描いた肖像には必ず描かれます。これはこの国の宝物であるダイヤを示していて……こちらの肖像の方がわかりやすいですね』


 そう言いながらアンジェが一歩前に出た時だった。アンジェの視界に薄汚れたコートの男が目に入った。美術館には少々場違いな風体である。すると、その男と目が合った。


「……!」


 途端に男はアンジェに向かって走り出した。その手にギラリと光るものが――ナイフだ。


「アンジェ!」


 思わずアンジェの前にルーカスは躍り出た。ドッと鈍い音がして男は体ごとルーカスに突っ込んだ。


「きゃああああ!」


 アンジェは悲鳴をあげ、ルーカスが前のめりに膝をついた。その隙に男は走り去って行く。


「誰か……! 誰か捕まえて! ユーリ!」

「アンジェ、危ない」


 アンジェがその男を追おうとすると、ユーリに羽交い締めにされた。


「ルーカスが……、ルーカス!」


 アンジェがそう叫ぶと、ルーカスはぎくしゃくと顔を上げた。その顔は蒼白である。


「大丈夫、かすっただけだ」


 そんな訳無い、とアンジェは思った。ナイフは腹部に刺さり、ルーカスの白い手袋を赤く染めている。


「ユーリ! 早くお医者様に見せないと……手伝って!」

「あ、ああ……」


 アンジェは自らルーカスの腕を肩に回し、美術館の出口へと連れて行った。ユーリももう片方の肩を支えている。


「ルーカス……すぐに医者を呼びますからね! ユーリ、あとはお願い。犯人を……」

「ああ、任せてくれ」


 ユーリが頷いたのを見届けて、馬車は猛スピードでエインズワース伯爵家へと進んだ。


「アンジェ……」

「喋らないほうがいいわ、ルーカス」

「君は大丈夫か……? 血が……」

「これはあなたの血よ、私は大丈夫だから……」


 こんな時に私の心配なんていらない。ルーカス、あなたがこんなことで死んだりしたら……そう考えるとアンジェはぞっとした。


***


「ナイフは内臓まで達していませんでした。命に別状はないでしょう。少し縫いましたし熱が出ると思うので薬を……あと包帯は毎日替えてください」

「ありがとうございます……」

「いや……『鉄の伯爵』と言われるだけある。とっさに急所を逸らしたのでしょう。さすがです」


 医者はそう言って去って行った。アンジェは安堵感から全身の力が抜けそうになった。


「ん……」

「ルーカス、気が付いたのね」

「俺は……」

「暴漢に刺されたのよ。……私を庇って」

「そうか……そうだった」


 意識を取り戻したルーカスは少しぼんやりしているようだった。熱が出ているのかもしれない。


「アンジェ」


 ルーカスが顔をしかめながら手を伸ばす。アンジェはその手をとって頬に当てた。


「いやよ。こんな無理して……あなたが……あなたが死んだら私どうしたらいいの……」


 アンジェは泣いていた。ずっと、何があっても泣かないと決めていたアンジェは涙が止まらなかった。


「泣かないで……アンジェ……俺は『鉄の伯爵』だぞ」

「もう……」

「アンジェ、もっと近くに」

「なに?」


 アンジェはルーカスが何か言いたいのかと顔を寄せると、ルーカスはアンジェの細い首に手を回し……そして口づけた。


「……っ!?」

「アンジェ……君が無事で良かった」


 ルーカスは弱々しく微笑むと目を閉じた。


「ル、ルーカス……」


 アンジェはルーカスのキスの感触の残る自分の唇を思わず押さえた。やがてルーカスの規則正しい寝息が聞こえてきても、アンジェはその場を動けずにいた。


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