22話 ブラッドリーの破滅
その時である。ブラッドリーにつかつかと近づいて来る人物がいた。それは……ルーカスだった。
「確かにそうですね、ブラッドリー氏」
「やあ、エインズワース伯爵」
ブラッドリーはニコニコと貼り付いた笑顔で答えた。対してルーカスは無表情である。
「……ただ、あなたが後見人というのはどうかな?」
「――なにを?」
ルーカスが冷たく言い放った一言で、ブラッドリーの顔色が変わった。
「君は……なにを……言って」
急にオドオドと落ち着きのない様子になったブラッドリー。ルーカスはそんな彼を無視して言葉を続けた。
「あなたは領地の経営を外国にいる兄から任されたのをいいことに、ずいぶん好き勝手やっていたようですね」
「……知らんな!」
「そう……では、これは? 収賄の証拠に、税のピンハネの裏帳簿……」
ルーカスは次々とブラッドレーの不正の証拠を従僕に持って来させた。ずらりと並べられたそれに、ブラッドリーは脂汗を流し始める。
「そ、そんなもの……」
「あげくの果てにこれだ。顧問弁護士を買収して、遺言状の書き換えを行いましたね。本当の後見人はハンティントン男爵の弟のあなたではなく、亡き妻の兄にあたるスモールウッド子爵です」
「な、なな……」
ブラッドリーはいまや顔面蒼白である。陸に上がった魚のように口をパクパクとしている。
「かわいそうに、アンジェはあなたに虐待されてドレスも無く、がりがりにやせ細っていた」
ルーカスがそう言うと、会場の人々は息を飲みアンジェに視線を移す。アンジェはいたたまれない気持ちになって俯いた。
「そんなことはないぞ、ちゃんと毎月手当は渡していた」
「たった10ゴルドで三人が食べていける訳ないだろう!」
慌てて弁解するブラッドリーの言葉に、ルーカスの声は怒気が混じった。
「……それだけ邪魔だったのでしょう。アンジェが、そして双子達が。彼らが無事にへーリア帝国から帰国したことが」
「何が言いたい!」
「ハンティントン男爵一家が死ねばあなたは家督を継げる。そして不正も有耶無耶のままうまい汁を吸えると言う訳だ」
「……言いがかりだ!」
ブラッドリーは、惨めったらしくツバを飛ばしながら喚き散らした。そんな彼をルーカスは虫けらでもみるように見下ろした。
「なんとでも言えばいい……あとは司法の手に委ねましょう」
ルーカスが手を叩くと、会場入り口から市警が一斉にやってきてブラッドリーを拘束した。
「離せ! 離せ! こらアンジェ、この恩知らず! なんとかしろ」
ブラッドリーはここではじめてアンジェがここにいることを思い出したようだ。アンジェの方に必死に手を伸ばして叫んだ。だが、アンジェの心は氷の様に冷え切っていた。今までの仕打ちと、今日この場の無様な様子に。
「……あなたから受けた恩などありませんわ」
押さえつけられ、引きずられていくブラッドリーの叫びを聞いて、アンジェは怒りと憎しみをこめてそう言い返した。
「くそ! 覚えていろ!」
そう捨て台詞を吐いたブラッドリーの姿が広間の扉の外に消えて行く。アンジェはほっとしたのと恐ろしさでがくがくと震えが止まらなくなった。
「アンジェ……!」
ルーカスは慌ててアンジェの元に駆け寄り、アンジェの手をとった。
「大丈夫か……?」
「ええ……」
そう言うアンジェの顔は青ざめ、額には汗が浮かんでいる。ルーカスは細かく震えているアンジェの肩を引き寄せ、ぐっと抱き寄せた。
「アンジェ。いいか……あの男はこれで破滅だ」
「……ルーカス」
「君は怯える必要はもうないんだ。彼は牢獄にいくだろうし、君もライナスもルシアにも手出しは出来ない」
「そう、そうよね……」
アンジェはルーカスに縋り付くようにしてしがみついた。そしてその顔を見上げる。
「もう安心していい……」
「ルーカス」
そう言われながらもアンジェは混乱していた。確かにあの叔父からはひどい扱いしか受けていない。だけど、まさかルーカスがあの叔父に制裁を加えるとは思わなかったのだ。あのように彼の不正を調べ上げてまで。
「ルーカス……なぜ」
そうアンジェがルーカスに問いかけようとした時だった。
「アンジェ!」
ユーリとグレンダが二人に駆け寄ってきた。
「大丈夫か!?」
「とりあえず、あちらの控え室に移りましょう」
冷静なグレンダは皆を人気のない控え室へと促した。この大騒ぎに会場中の目が二人に注がれている。
「……はい」
アンジェは素直に頷くと、グレンダについて行った。
「アンジェ、飲み物を持ってきた」
「ありがとうユーリ……」
アンジェはソファーに座り、ユーリの持ってきたレモネードを飲んでようやく落ち着きを取り戻した。
「それにしてもびっくりしたわ……最初会ったとき痩せているとは思ったけれど、虐待なんて……」
「申し訳ありません、グレンダ。あなたに恥を……」
「何を謝るの。あなたは被害者なのよ。それにやり方に文句をつけるなら……ルーカスにだわ」
そう言ってグレンダはルーカスを非難がましい目で見た。
「もっと穏当なやり方があったんじゃなくて」
「申し訳ないグレンダ。あの狡猾な男をやり込めるには衆人環視のもと辱める必要があると思ったのです」
「……まあ起こったことは仕方ないわ。アンジェ、色々言う人はいるでしょうけどそれは私にまかせなさい」
「グレンダ……ありがとうございます」
その後迎えにきた馬車で、アンジェとグレンダはとりあえず家に帰っていった。ルーカスはとりあえずここの主人の男爵にわびを入れる為に残ることにした。
「さて、僕も帰るかな。アンジェも居ないし……」
「すまない」
「いいや……」
そう言ってユーリはドアを開け去り際に呟いた。
『うまくやったな。ただの顔ばかりの色男かと思ったら見当ちがいだ』
「ユーリ、早口のへーリア語はわからん」
振り返りったユーリはルーカスににこりと微笑みかけ、答えた。
「あ……いや、よくやったと言ったんだよ」
「それはどうも」
パタリ、とドアが閉まる。一人残されたルーカスはソファーの背もたれに寄りかかった。
「……あの男も、見た目だけじゃないな……」
そう呟きながら。
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ここで短編の展開に追いついたので、以降は基本一日一回更新です。