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21話 ある夜会にて

 その日の夜会はプロラウト男爵の舞踏会。いつものようにアンジェとルーカスは見せつけるように会場を練り歩き、そしてダンスが始まれば手に手をとって二人で踊る。

 もうなんどこれを繰り返しただろう。アンジェはルーカスのリードに身をまかせ、ドレスの裾を翻す。


「……もうすぐだ、アンジェ。もう準備は整った」

「お芝居はこれまで、と?」

「そうだ」


 ターンの合間にルーカスがそうアンジェの耳元でささやく。そう……どなたかとの結婚の準備が整ったのだろうか。お芝居はお仕舞い。夢の時間は、もうお仕舞い。アンジェは胸の痛みを噛みしめた。


「そうですか……」


 先日の植物園観光とささやかなお茶会のことが頭を過ぎる。あんな穏やかな時間はもうこないのだ。ルーカスは……アンジェの知らない誰かと幸福になる。


『やあ、アンジェ』

『……ユーリ、来てたの?』

『ああ、僕とダンスを踊っても?』

『ええ、いいわ。もちろん』


 ルーカスに告げられた別れの予告にしばし椅子に座って呆然としていたアンジェは、聞き覚えのある声に振り返った。ユーリと夜会で鉢合わせたのははじめてだ。アンジェは彼の手をとって立ち上がった。


『……綺麗だ。アンジェ』

『ユーリったら……』

『本気だよ。隣の家の女の子がこんなに美しい淑女になると分かっていたらもっと親切にしておくべきだった』

『ユーリは優しかったじゃない。虫を捕まえて泣かせていたのは私の方だし……』


 そう、ユーリは泣き虫で、虫やかえるが大嫌い。アンジェはそれがわかっていてよく彼の頭に捕まえた獲物を載せては泣かせていた。


『それは……今は大丈夫だよ。虫くらい』

『ふふ……ユーリはもう大人だものね』

『そうだよ。そして君も……もう大人の女性だ』


 アンジェはユーリの目を見つめ返した。明るい緑の瞳。寒冷地のへーリアで一時だけ見る事ができる若葉の緑。その色に変わりは無いけれど、アンジェにいたずらされて涙ぐんでいた男の子の姿はもうない。


『アンジェ、へーリアに帰らないか』

『……え?』

『君に婚約者がいることはわかっている。けど……へーリアは君の故郷といっていい所だろう?』

『……ユーリ、急にどうしたの』


 父は形ばかりこちらで葬儀を行ったけれど、母と二人眠る墓はへーリア帝国にある。……そうか。とアンジェは思った。ルーカスとの契約が終わったら双子達をつれてへーリアに移住するのも手だ。


『そうね、それもいいかもね』


 アンジェがそう答えると、ユーリは急にダンスを止めた。


『それで、僕と……結婚しないか』

『ユーリ? 本気で言っているの?』

『ああ。この使節団を立派につとめたら、父は僕に家督を譲る気だ。そしたら……』


 アンジェは思わず黙ってユーリの顔を見返した。彼は至極真面目な顔をしていて、冗談で言った訳ではないことがわかった。


『……ユーリ……私はその……』

『わかっている。でも婚約は約束に過ぎない。僕は待つよ』


 そう、ユーリはアンジェに囁くと、アンジェから離れて行った。


『……』


 アンジェはなんて答えるのが正解だったのだろうと考えてしまった。ユーリが嫌いなのではない。むしろ好きだ。彼と居ると気楽でアンジェの心はいつも穏やかでいられる。


「でも……」


 ルーカスのことが頭から離れない。強引で、冷たくて、でもとても優しいあの人。アンジェの心を揺さぶるだけ揺さぶって、もうすぐ去ってしまうあの人のことが。



「やあやあ、盛況ですなぁ」


 その時である。アンジェは嫌なものを見た。見覚えのある猫背にガラガラとしたこの声。この夜会には叔父のブラッドリーが参加していたのである。

 彼はアンジェの姿を見つけるとニヤッと笑って近づいてきた。


「ブ、ブラッドリー叔父様……」

「アンジェ、どうだ。お前は今、大評判らしいな。色々聞いたぞ、白薔薇の天使だとか金色の真珠とか……」

「やめてください叔父様」


 新聞記事を真に受けた恥ずかしい通り名を大声で言うブラッドリーをアンジェは怒鳴りつけそうになるのを必死に抑え、彼を制した。


「ははは、なーに恥ずかしがることはないさ」


 恥ずかしいのはそっちよ、と怒りに肩を震わせるアンジェ。そんなアンジェにそっと近づき、肩を抱いたのはルーカスだった。


「放っておけ」

「ルーカス……」

「それよりも、グレンダが呼んでる」

「ええ……」


 アンジェがその場を離れてグレンダの元に行くと、彼女は呆れた顔をしていた。


「アンジェ、なんですの。あの不作法者は」


 それは間違いなく叔父ブラッドリーである。


「申し訳ございません……」


 ああ、社交界の女帝に目をつけられてしまった。困ったことだ。アンジェがそう気を病む一方で、ブラッドレーはあたりかまわず、挨拶をしている。紹介もないのに。


「私はね、あのアンジェ・ハンティントンの叔父なのですよ!」


 ああ、今さら自分の評判などどうでもいいが、ルーカスと築いた『理想のカップル』の幻想がガラガラと崩れて行くのを感じた。


「私が認めてあげたから、あの子はエインズワース伯爵と婚約できたんですよ。私は彼女の後見人ですからね」

「は、はあ……」


 突然にそう話しかけられた紳士は目を白黒としている。アンジェの気鬱はますます深まった。お願い、誰かブラッドリーを止めて。そして今すぐこの場から追い出して! と心の中で叫んだ。


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