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19話 影の本質

 ――その昔、今は無きエーレという大国があった。大陸の覇者として隆盛を誇っていたその国はゆっくりと滅んでいった。かの国が所有していたダイヤモンド『栄光の雫』は国王と縁戚にあったエレトリア王国に引き継がれ、指輪に加工された。それはエレトリアが亡国の正当な後継者であるという主張の根拠となり、もっとも重要な王家の宝物(レガリア)となっている。


「やあよく来てくれた」

「お呼びとあらば」


 その日の夜、ルーカスはファーナビー卿の屋敷を訪れていた。


「首尾は上々……という顔ではないな。どうした色男」

「近づくまでは簡単だったのですがね。彼女からそれらしいヒントは得られません」

「そうか……しかし、ハンティントン卿の不可解な死から考えると……きっと彼女の元にあるはずだ」


 ファーナビーはそう言いながらブランデーを注ぐとルーカスに差し出した。それを受け取りながらルーカスは彼に問いかけた。


「その確信はどこからくるのです」

「……彼の遺体と屋敷はひどく損傷されていた。もし犯人が目的のものを見つけていたのなら、あそこまでズタズタにはしないだろう。その……」

「……拷問にあったのですね」

「ああ……」


 ルーカスは目を閉じた。このことをアンジェが知らなければいいのだが。


「しかし……宝物の指輪がへーリア帝国に盗まれるとは……」

「ハンティントン卿は確かにそれを取り返した、と報告してきた。そしてそのしばらく後に殺された」

「なぜ、そんなことを……」


 ルーカスの呟きにファーナビー卿はふっと鼻を鳴らした。


「エレトリア王国の伝統とエーレの後継国という立場は今の大陸の覇者へーリア帝国からすれば気に入らないのさ。それにあちらは今農奴の反乱で大変だからな。『栄光の雫』には国を安寧にし、和平をもたらす……なんて逸話がある」

「そんな、おとぎ話でしょうに」


 たしかにルーカスはその話は聞いたことがある。ただし絵本の題材としてだ。


「なんでもいいのさ。こちらに本物がある。偽の指輪を持っていたエレトリアに攻め入ろう……とか言えば民衆は扇動されるだろう」

「ハンティントン卿はそれを未然に防いだ訳ですね」

「ああ……しかし、肝心の指輪の行方がわからない。だから必死で探すのだ。我々も……へーリア帝国もきっと」

「……彼女の身辺を探り、そして守る……」

「それが君の任務だ。王家の君への信頼は厚い。その為に必要なものはいくらでも用意しよう」


 ルーカスは改めてことの大きさを噛みしめながら、しばらく考えた後に口を開いた。


「それならば……これを……」

「……いいだろう」


 ファーナビーはそう言ってルーカスが差し出したメモに目を通し、そのままろうそくの火をつけて暖炉に放り込んだ。


***


「ねぇ、ちょっとこの髪飾り派手じゃないかしら」

「いいえ、お綺麗ですよ」


 夜会を前に着飾ったアンジェは大ぶりの花の髪飾りがどうも気になっている。だがハンナはちっとも可笑しくないと思った。


「そう……でも、うーん」


 と、アンジェが鏡をのぞき込んだ時だった。部屋にノックの音が響いた。


「あのう」


 ドアの外からする従僕のトビアズの声に、ハンナがぴしゃりと言い返す。


「なんですか、着替え中ですよ」

「それが……ブラッドリー様がいらしていて……」

「また!?」


 アンジェは思わず声を出した。しかもこんな時間に来るなんて。いい加減一言言ってやらねば。アンジェはドレス姿で階下に降りた。


「おお、アンジェ」

「叔父様、私これから出かけるんですが」

「ちょっと急用でな。……少しまた用立ててくれ」

「用立てて……って、銀行に行ってください。うちにはお金なんてありません」

「今すぐ必要なんだよ。大事な商談があって」


 こんな時間に商談もなにもあるものか、とアンジェは思った。ブラッドリーからは酒の匂いがする。


「……ちょっと待ってください」


 アンジェは部屋に戻って財布から金貨を取り出した。それは以前あの廃屋暮らしの中でなにかの為に必要だと、食べるものも切り詰めて貯めた金だった。


「これを……」

「これだけか」


 ブラッドリーにそう言われてアンジェはカッとなった。


「これだけを作るのにどれだけ苦労したか! とっととそれを持って帰ってください!」

「す、すまんすまん。そうだな、はは……ではな、アンジェ」


 ブラッドリーはアンジェのあまりの剣幕にたじたじになった。曖昧で卑屈な笑みを浮かべて、玄関を出ようドアを開けた。


「……おや、こんばんは」

「エ、エインズワース伯爵……」

「こんな時間にどうしたのですか」

「いえ、なんということもないですよ! では……」


 ルーカスと鉢合わせしたブラッドリーは逃げるようにその場を後にした。状況を察したルーカスはすぐに家の中に入り、アンジェに駆け寄った。


「……アンジェ、大丈夫か?」

「もう、こんなの……うんざり……」


 アンジェは嫌悪感のあまり気分が悪くなって俯いている。ルーカスはその肩を支えた。


「叔父様はどうしてあんななのかしら……」


 アンジェはこのルーカスとの契約が終わった後もあんな風にやってくるのかという不安が湧いてきた。


「弱い者にとことんつけいる奴だ……彼は」

「……もう嫌」

「気をしっかり。君は強い。彼にびくびくすることはないんだ」


 ブラッドリーがアンジェに金銭をたかる理由なんてない。ただ、アンジェからなら取れそうだからやってくるのだ。そしてアンジェも廃屋での暮らしから、つい彼の言うことを聞いてしまう。支配された記憶がアンジェをそうさせてしまうのだ。そうルーカスは思った。


「ごめんなさい……これから夜会なのに。もう大丈夫よ」


 アンジェはそう言ってルーカスに微笑みかけたが、ルーカスは苦々しい思いを胸に抱いた。


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