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18話 すれ違う

大温室を抜けた庭園の広場についた一行は、ただただあっけにとられて真上を向いていた。


「大きいねーっ!」


 ライナスがそう言いながらてっぺんを確かめようと跳ねている。


「どうやって運び込んだのかしら」

「そら、ここで組み立てたんだろう」


 アンジェとユーリも驚きの声を漏らした。へーリアではこんな大きな噴水を見た事がない。しかも温室の奥の森に囲まれた庭園の中だ。その整然と整備された庭園の周りには五つのガラスの温室が端に配置されている。


「あれらは国章の五つの星を模していて、薬草園に果樹園、高山植物、蝶の館、四季薔薇の温室……となっている」


 ルーカスがそれら一つ一つを丁寧に解説してくれる。


「薬草園と高山植物園に行ってみたいわ」


 それを聞いたグレンダがそう言うと、ルーカスはユーリに目をやった。


「ユーリ、グレンダ未亡人を案内してやってくれ」

「僕? 僕ははじめて来たんだけど」

「ご婦人を一人で行かせる気か?」

「わ、わかったよ……」


 ユーリはしぶしぶ、という態度を隠さずグレンダと薬草園に向かった。


「ねぇ、あそこにあるのはもしかして回転木馬じゃない?」

「そうだね、ルシア!」


 双子達は庭園の中の遊具に気が付いて走り出した。


「ああ! すみません、すぐ追いかけます!」

「楽しんできてくれ!」


 ハンナが慌てて双子を追い、結局アンジェとルーカスは二人きりになった。


「君はどうする? アンジェ」

「……四季薔薇の温室に行ってみたいわ」

「君は薔薇が好きだね」

「そうね……。母様の好きな花でへーリアの屋敷もハンティントンにも沢山植えられていたわ。特に白い薔薇が好き」


 そう答えるアンジェを、ルーカスは彼女こそ薔薇のようだと思った。美しい華麗な花の下には棘がついている。うかつに触れれば怪我をする。


「じゃあ見に行こう。あそこは常に色々な薔薇が咲くようにしているそうだ」

「ええ」


 アンジェとルーカスが四季薔薇の館に入ると酔ってしまいそうなほどの甘い香りが満ちていた。鮮やかな赤、控えめなピンクやクリーム色……。


「まあ……こんなに沢山の色があるのね……すごい、これは黒薔薇?」

「目玉の青薔薇はあっちだ」

「あ、青の薔薇?」


 そこはすごい人だかりだった。新開発の青い薔薇を見ようと人だかりが出来ている。


「うーん……」

「……青というか紫だな……」


 メインの薔薇は少し残念だったけれど、アンジェは面白かったのでよしとしようと思った。その時である。人混みを抜けようとした人がアンジェにぶつかった。


「あっ……」

「大丈夫かい」


 よろけたアンジェをルーカスが抱き留める。背中にルーカスの男らしい胸板の感触を感じてアンジェは慌てて離れた。


「ええ、ちょっと驚いただけ」

「じゃあ隣の蝶の館に行ってみようか」

「ええ」


 そうして歩き始めた時だった。アンジェは足首に違和感を感じた。


「う……」

「アンジェ? ……どうした」

「いえ、少しゆっくり歩いてくれるかしら。少しくじいたみたい」

「……なんだって!?」


 それを聞いたルーカスはアンジェを抱き上げた。


「ル、ルーカス!」

「どいてくれ、怪我人だ!」


 公衆の前で横抱きにされる恥ずかしさに、アンジェは抵抗したがルーカスはそれを無視して人垣を押しのけ大噴水のところまで戻った。


「捻挫は冷やすといい」


 そう言ってハンカチを水に浸すと、噴水のふちに座らせたアンジェの足をとって濡らしたそれを巻いた。


「大袈裟よ……少し痛むだけだもの」

「駄目だ。じっとしていて」


 ルーカスも噴水のふちに座って、無理に立たせないようにかアンジェの肩を抱いた。


「……蝶も見たかったわ」

「では、また来よう。何度でも」

「……」


 肩に乗ったルーカスの手が温かい。アンジェとルーカスは寄り添いながら、ざわめく人混みを眺めていた。そのざわめきはなんだか少し遠く、時間がゆっくりと進んでいくような気さえする。こんな風にルーカスと二人きりで過ごすのはもしかして初めてかもしれないと思った。


「ルーカス……ごめんなさい」

「どうしたんだ、いきなり」

「今日は来なくてもいいなんて言ってしまって」


 アンジェは先日ルーカスに言ってしまった暴言を詫びた。それを聞いたルーカスは少し口の端をあげて微笑んだ。


「どうしたんだ、いきなり」

「その……悪いと思ったから……」

「気にしてないよ。俺も悪かった。君の気持ちを考えてなかった」


 ルーカスはアンジェの手を握った。彼女の繊細な手に、ルーカスは少し驚く。出来ることならこのまま馬車に乗せて、誰もいないところに行きたいと思った。


「ルーカス、それはただの私のわがままよ。なにもかもあなたに世話になっているのに……私ったら」

「アンジェ。もういいじゃないか。双子達も、みんな楽しそうだ」


 ああ、もう認めよう。自分はアンジェに惹かれている。この素直でない一筋縄ではいかない娘が愛おしい。家族と自分を守ろうとするその強い心を解きほぐし、自分だけを見て欲しい。ルーカスはそう思った。


「ルーカス?」

「あ……そろそろ、皆戻って来るかな?」


 だが、ルーカスはアンジェの青い目を見て我に返った。自分がどうして彼女に近づいたのかアンジェが知ったらきっと軽蔑するだろう。ルーカスは、その前に彼女の偽りの婚約者としてことがすんだら離れた方がいいとそう思い直した。


「ユーリとは……いつから知り合いなんだ?」

「そうね……もう十年前くらいかしら。家が隣だったの。そこには立派な樫の木があって、勝手に入って遊んでたら降りられなくなって、でユーリに会ったの」


 そう、アンジェには頼もしい幼馴染みがいるじゃないか。婚約を破棄したらきっと彼がアンジェを支えてくれる。


「あ、戻って来たわ!」


 その時、双子達とグレンダ達が戻って来た。


「まああ……どうしたの?」

「人混みでよろけて足をひねってしまって。でももう大丈夫です」


 そうして、初めてのカッセル観光は終わった。帰り道、ルーカスとアンジェは互いに複雑な思いにとらわれていたが、表向きは楽しく今日目にした珍しい風物について馬車の中でしきりに話していた。


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