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17話 大植物園

「ルシア、その人形は置いていきなよ。どっかで落としたらでてこないぞ」

「でも兄様ぁ」

「モリーに聞いたんだ。植物園はすごい大人気だからいっぱい人がいるって」

「そうか、しかたないわね。レナータ、あなたはお留守番」


 今日はユーリと植物園に行く日だ。……もちろんルーカスも付いてくる訳だが。


「もう……ふたりとも準備はできた?」

「できたよ姉様!」

「あとは二人ね……」


 そしてしばらくするとトビアズが顔を出した。


「お客様です、アンジェ様」

「お通しして」


 そうして先に顔を出したのはルーカスだった。


「あら、来たのね」

「そりゃ来るさ」


 そう答えたルーカスの後ろから、ひょっと顔を出したのは……グレンダだった。


「私もね」

「あら……」

「ふふ、お邪魔だったかしら」

「そんなことは……」

「他に殿方もいるのでしょう。付き添い人として……なんて、本当は私も植物園に行ってみたいのだけど」


 グレンダはそう言ってころころと笑った。


「ほら、私まだ気軽に流行りの場所に出かけられる立場じゃないでしょう? でも付き添いなら仕方ないわよねぇ」


 半喪服に身をつつんだグレンダはまだ一応喪中なのだ。なるほどね、とアンジェは思った。だが……


「ルーカスさん、こんにちは!」

「はい、今日も元気そうだね」


 ルーカスが双子達に挨拶されている隙にグレンダはすすっとアンジェの耳元に囁いた。


「幼馴染みの男性も来るのでしょう? 見張りが要るわよね」


 そう言うグレンダの目は役目を全うしようというものではなく好奇心が滲み出ていた。


「いいのよ。男性に求められるのは気分の良いものですものね?」

「本当に……ただの幼馴染みですよ」

「ほほほ、そうね」


 グレンダはにんまりとした笑顔を扇の内側に隠し、完全に面白がっているようだった。


「あ、ほら……もう一方の殿方がいらしたようよ」


 そうグレンダが顔をあげると、そこにはユーリが立っていた。長い亜麻色の髪にへーリア風の襟のコート。


「やあ」

「いらっしゃい、ユーリ。こちらは私の付き添い人のグレンダ未亡人よ」

「はじめまして。あなたもへーリアの人なのね。私も出身はへーリアなのよ」

『そうですか、グレンダ未亡人。初めましてユーリ・フィレンコフと申します』


 グレンダの出身地を聞いたユーリはへーリア語に切り替えて挨拶した。


『アンジェのお友達だとか』

『ええ、彼女がうちの庭の木に登って降りられなくなっているのが出会いでした』

『まあ……ほほほ』

『ユーリ! 余計なことを言わないで』


 アンジェは顔を赤くしてユーリをとめた。グレンダはそれを聞いて笑っている。……そんな中、むっつりとして腕を組んでいる人物がいた。ルーカスだ。ところどころしか分からないへーリア語のやりとりに完全に置いてけぼりを食らっている。


「……もういいかな」

「あ、ごめんなさい。遅くなってしまうから行きましょうか。ね、みなさん!」


 アンジェは手を叩いて一向を促した。植物園に向かうのはアンジェ、ルーカス、ユーリにグレンダ。あとは双子達とその面倒を見るハンナ。


「なんだか大所帯になってしまったわ」


 そう呟きながら二台の馬車に別れて目的地を目指す。アンジェの家から大通りを抜けて真っ直ぐ郊外の方に向かって進むと、巨大なガラス張りの建物が見えてくる。


「あれが……」

「王立アッシュクーガー植物園だ、アンジェ」

「でかいな」


 ユーリも思わず声を漏らす。ルーカスは窓から建物を指さした。


「中央の丸く見えているのが、大温室。熱帯の貴重な植物や動植物が展示されている。それからその両脇は会堂になっていて演奏会や展示会が行われている。……最奥には大噴水と国王夫妻の彫像がある」

「ずいぶん広いのね」


 ライナスとルシアは後ろの馬車できっと大騒ぎしていることだろう。ここを見て回るのは本当に一日がかりだ。


「はい、ではライナス、ルシア。迷子にならないようにね。ハンナもしっかり見ていてね」


 カッセルで最も新しい観光名所はかなりの人出だった。人混みの中、最新の建築技術で作られたガラスの温室に入る。


「わーっ、鳥がいるわ。真っ黄色に青い羽根の大きな鳥!」


 入ったとたんにルシアが天井を指差した。キラキラ輝く天井に、極彩色の鳥。……ここはまるで別世界だった。


「アンジェ、この草みろよ」

「なあにユーリ」

「トゲトゲが出てるし茎はどこだ? ……なのに花がついている」


 ユーリも見た事のない植物に目を奪われている。


「熱いわ……」


 グレンダは扇をぱたぱたと仰いだ。きっちり首まで隠す半喪服の彼女には少々辛いらしい。むっとする熱気がこもる温室だからしかたないのだが。


「あれはなにかしら?」


 背の高い傘のような葉っぱの樹をアンジェが指差すと、ルーカスが解説してくれた。


「あれは椰子だ。あの実はなかなか美味い」

「食べられるの?」

「ああ。外交官時代に行った南国で食べた」

「へえ……」


 もしもアンジェの父が北方のへーリア帝国でなく南国に駐在を命じられていたら、アンジェはこんな樹の並ぶ通りを歩いていたのか、と不思議な気分になった。


「お姉様、このお花……夢みたいな香りがするわ」

「どれどれ……」


 ルシアがしゃがみこんでクンクン匂いを嗅いでいる、名も知らぬその白い肉厚の花は、うっとりするような官能的な香りがした。


「ほんとねぇ」

「……この花からできた香水を外の売店で売ってる」

「そうなの……詳しいのね」


 ルーカスの言葉に、アンジェは少しとげのある返し方をしてしまった。だって、はがきやペーパーウェイトならともかく香水の売り場の場所を知ってるなんて……女性と一緒に行ったということではないか、と。


「おい……妹にせがまれて来たことがあるだけだ」

「そ、そうなの」


 そのルーカスの答えに、アンジェは変な勘ぐりをしてしまったのが急に恥ずかしくなって俯いた。


「ルーカスさん、姉様! 庭園の方にも行ってみようよ」

「あ……あ、そうね」


 ライナスの呼ぶ声に、ハッとしてアンジェは顔を上げる。


「人が増えてきた……腕を」

「はい……」


 アンジェは少し気まずい気持ちを引きずったまま、ルーカスの手を取り大噴水のあるという庭園に向かって歩き出した。


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