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16話 二人の男

 双子達は大騒ぎだった。端から端まで並べられたおもちゃを説明されるユーリは辛抱強くその話を聞いて、彼らが満足してからアンジェの家を出た。


『今日は楽しかったわ、ユーリ』

『アンジェ、僕も楽しかったよ』

『あ、ユーリ。髪のリボンが曲がってるわ』

『おや……』


 ライナスとルシアの歓待を受けたせいだろう。ユーリの髪を結ぶリボンは取れかけていた。アンジェはそれを結び直してやる。


『これでいいわ』

「――アンジェ!!」


 その時である。鋭い声が道の向こうから飛んできた。


「ルーカス……」


 馬車を降りたルーカスはカツカツと足音を鳴らして近づいて来ると、アンジェの手をバッと掴んだ。


「……何してる?」

「え?」

「この男は?」


 ルーカスは燃えるような激しさを秘めた目でユーリを睨んだ。


「彼は……私の幼馴染みよ。へーリア帝国から来てくれたの。……手を離してルーカス」

「あ……すまん」


 ルーカスはアンジェの手首が赤くなるほどに強く掴んでいることに気が付いて、すぐにその手を離した。


『アンジェ、その人は……?』

『この人が私の婚約者、ルーカス・エインズワース伯爵よ』


 ユーリはへえ、という顔をしてルーカスの顔を見た。そしてエレトリア語で彼に名乗った。


「はじめまして、エインズワース伯爵。私はユーリ・フィレンコフ。へーリア帝国の使節団としてきました」

「……よろしくフィレンコフ氏」


 ルーカスはじろじろと無遠慮にユーリを見た。


「ちょっとルーカス……」

『アンジェ、彼はなにか怒っているのかい』

『それは……』

「そのくらいのへーリア語はわかりますよ、フィレンコフ氏」

「そうですか」


 あくまでにこやかな顔を崩さないユーリと不機嫌そのもののルーカス。アンジェはその間に挟まって、居たたまれない気持ちになった。二人の間に見えない火花が見えるようだ。


「二人ともいい加減にして!」


 アンジェは辛抱たまらなくなって二人の間に割って入った。


「ルーカス、ユーリはエレトリアへの訪問の挨拶に来ただけよ。……じゃあ、ユーリまたね!」

「あ……うん。また」

「ええ、また」


 ユーリを押し出すように引き離して、アンジェは強引に別れの手を振った。ユーリはあからさまにしょうがないな、という顔をして去って行った。


「……もう! ルーカス、態度が失礼すぎるわ」

「君こそなんだ、あんな……」

「なに?」

「髪に……触れていた」


 相変わらずぶすっとした顔でルーカスが答えたのを聞いて、アンジェは思わず笑いそうになった。


「それは、ライナスとルシアのいたずらでリボンがとれかけていたからよ」

「だがこんな通りで……。婚約者がいるのに、自覚が足りないんじゃないか?」


 偽物の婚約者だけどね、とアンジェは心の内で唱えたあと、ルーカスの言うことももっともだとは思った。


「軽率だったわ、ごめんなさい」

「……わかればいい」

「では今度、ユーリとカッセルの名所を回るんだけど、ルーカスも付いてきてくれるのよね?」

「え?」

「毎晩夜会ばかりで、私達観光もしてないのよ。でもいいわ、お忙しいようなら……」


 連日の夜会にうんざりしていた鬱憤をぶつけたアンジェにルーカスは一瞬きょとんとした顔をした。


「それはすまなかった。……しかし」

「私の大事な幼馴染みよ、仲良くしてね」


 アンジェはルーカスの返事を待たずににっこりと笑った。


「……夜会で婚約をふれまわる以外が無駄だってのなら来なければいいわ。私はユーリと双子達と好きな所に行くだけよ」


 そしてそのままアンジェはバタンとドアを閉めて家の中に入ってしまった。


「観光……だって……?」


 残されたルーカスはというと、アンジェの意外な反撃に目を白黒させていた。なぜ今さら観光などと、と考えてルーカスはハッとした。


「そうか……アンジェ達はずっとへーリアで育ったから、カッセルの街を知らないのか」


 そのことに思い当たってルーカスは頭を掻きむしりたくなった。


「来なければいい……って、行くに決まってるだろう!」


 行かなければ、アンジェはあの男とカッセルの名所を楽しく見てまわるのだ。そう想像するとルーカスは不愉快な気分に襲われた。


「なんだ、幼馴染みって……アンジェをあの廃屋から救ったのは俺だぞ」


 ルーカスは急に横やりを入れられた気持ちになって、苛立ちながら馬車に戻った。


***


「やっと言ってやったわ!」


 一方でアンジェは言いたいことを吐き出して、スッキリした気分で居間で勝利の美酒……ならぬ紅茶を味わっていた。


「どこに行こうかしら。一日では足りないわね、きっと」


 この首都カッセルにはライナスとルシアが連れて行ってもらった動物園の他に、美術館や劇場に展望台、大聖堂など色々な観光名所がある。中でも植物園は最近出来た近隣各国に類を見ない規模のもので、エレトリア王国を代表するシンボルだった。

 アンジェはそれをハンナが持ってきた新聞記事で読んで、いつか行ってみたいと思い、ユーリへの手紙にも書いたのだ。


「確か切り抜きをとっておいたはず……」


 アンジェは部屋に戻ると、日記を開いた。そこに丁寧にのり付けされた記事を見つける。


「なんと一面ガラス張りの巨大な温室には、南国の見た事のない奇妙かつ魅惑的な美しさを持つ植物が茂り、中央の噴水広場には花園と名匠アルトゥーロの手がけた国王夫妻の彫像が……」


 記事には記者の驚きと興奮が綴られている。アンジェは再びその記事を目にしてまだ見ぬ植物園の様子を想像して胸をときめかせた。


「ふふふ……楽しみ」


 アンジェは記事を張ったページを胸に抱いてくるりと回ってベッドに倒れ込んだ。


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