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13話 夢の社交界

「お姉様きれい……」

「うふふ、ありがとう」


 アンジェはグローブをはめながら、きらきらした目で見上げてくるルシアを見て微笑んだ。仕立てを頼んでいたドレスも出来上がり、とうとう社交界デビューの日が訪れた。アンジェの白く輝くドレスはほっそりとした彼女のスタイルを際立たせ、繊細なレースとフリルが彼女の若々しさを際立たせている。


「ルーカスさんもきっとうっとりするわ」

「……そうかしら」


 ルシアの言葉にちくりと胸を刺されながら、アンジェは部屋を出る。


「お姉様! ルーカスさんがきたよ!」


 ずっと下で待っていたライナスが、アンジェを大声で呼んだ。


「こんばんは、アンジェ・ハンティントン嬢」

「良い夜ですね。ルーカス・エインズワース伯爵」


 ゆったりと階段を降りてくるアンジェ。その姿にルーカスは思わず見とれた。


「綺麗だ」

「……ありがとう」

「ルーカスさん、お姉様をよろしくね!」


 力いっぱいにライナスに頼み込まれたルーカスは苦笑しながら答えた。


「ああ、もちろんだ小さなナイト君」

「じゃあ、ハンナの言う事を聞いてちゃんと寝るのよ」

「はーい」


 ライナスとルシアに見送られて、二人はエインズワース家の馬車に乗り込む。


「では行こう、婚約者殿」

「心得てますわ」


 途端に固い表情になったアンジェの手をルーカスはそっと掴んだ。


「大丈夫、俺が側にいるから」

「……え、ええ」


 そうして馬車は王城へと向かっていく。絢爛豪華なエレトリアの社交界へと。


「ルーカス・エインズワース伯爵、アンジェ・ハンティントン男爵令嬢のご到着です」


 従僕の声にアンジェは、ルーカスの腕を取り前へとすすむ。噂の伯爵様の横にいる見知らぬ令嬢に刺すような視線が飛ぶ。アンジェは貼り付いたような微笑みでそれを受け止めた。


「……まあ皆さん興味津々よね」


 彼らの気持ちを考えればそれもいたしかたない、とアンジェは割り切るしかない。


「行こう、婚約者殿」

「……ええ」


 アンジェはルーカスの腕に引かれて、広間へと進み出る。


「こんばんは。まあ、可憐ですこと……」


 するとすぐにグレンダがアンジェのそばにやってきた。アンジェはドレスの裾をつまみ、彼女に挨拶をする。


「カーライル公爵未亡人……ごきげんよう」

「ふふふ……ほら、皆さんご紹介しましょう。このご令嬢は亡きハンティントン男爵の長女、アンジェ・ハンティントン男爵令嬢ですのよ」


 グレンダが取り巻きの紳士淑女にアンジェを紹介する。


「さっき、エインズワース伯爵がエスコートをしていたようだが?」

「ふふ、正式に告知はまだですが二人は婚約してますの」

「おお……ついにあの『鉄の伯爵』が……おっと……」


 その間、アンジェはあいまいな笑顔を扇で隠してやり過ごした。それにしても王城での舞踏会がデビューの場所になるとは……。いや、アンジェは父に付いてへーリア帝国の宮殿に行った事もあるのだ。外国語だって話せるし、他の令嬢達になんらひけをとることはない。


「アンジェ、大丈夫かい?」

「なんてことないわ」


 耳元でささやくルーカスに、つんとすましてアンジェは答えた。ルーカスの助けなどいらない。私は私の立場を全うしてみせる、と。その時だった。朗々とした声がルーカスの名を呼んだ。


「ルーカス!」

「殿下」


 振り返ったルーカスの視線の先には金髪の巻き毛の貴公子がいた。年の頃は二十代前半といったところだろうか。


「……で、殿下ですって?」

「ああ、クリフォード王太子殿下だ」


 気軽にルーカスを名前で呼ぶ王太子殿下は、にこやかに近づいてくる。ルーカスとアンジェは彼に頭を下げた。


「顔をあげてくれ。久し振りではないか、わが命の恩人」

「殿下、それは臣下として当然のことですので」

「しかし、事実だ」


 王太子殿下はそう言いながら横のアンジェをちらりと見た。


「しばらく社交界から姿を消していたと思ったら……」

「婚約者のアンジェ・ハンティントン男爵令嬢です、殿下」

「なんとまあ……よろしくハンティントン男爵令嬢」

「は……王太子殿下」


 さすがにこの大物の登場にはアンジェはかちんこちんに固まってしまいそうになった。


「では後ほどゆっくり話をしよう、ルーカス」

「はい」


 そう鷹揚な態度で殿下は去って行った。


「ああ……おどろいた……」

「きさくな方なんだ」

「あなたがお気に入りとは知っていたけれど、あんなに親しげとは知らなかったわ」

「これで、俺が令嬢から追いかけ回されるはめになったのがわかっただろう」

「そうね……」


 アンジェはちらりと会場を見渡した。すると何人もの令嬢がひそひそと何か話しながらアンジェを見ている。なかにはじっとりと睨んでくる者もいる。


「……大変そうね」

「だろう」


 ルーカスは冷や汗をかいているアンジェの様子を見て、苦笑した。


「大丈夫かい、これから国王陛下と王妃陛下に拝謁するんだろう」

「それとこれとは……」

「ま、頑張ってこい。あそこでグレンダが待ち構えている」


 ルーカスに言われてアンジェがグレンダを見ると、彼女は扇で口元を隠しながらこちらを見ていた。その目が早くいらっしゃいと語っている。


「い、行ってきます!」


 アンジェは慌ててグレンダの元へと駆け寄っていった。その姿をルーカスが見送っていると、王太子殿下が戻って来る。


「ルーカス……かわいらしいご令嬢だな」

「……お好みですか」

「おお、怖い。そんな顔をしないでくれ」


 殿下は大仰におどけて答えた後、声をひそめた。


「彼女が……例の……」

「はい」

「……頼むぞ。信頼のおける君だから任せている。『鉄の伯爵』殿」

「承知しております」


 一見談笑しているように見せかけて、王太子殿下もルーカスも鋭い視線を交わした。


「……ふ」


 王太子殿下がようやく去った後、ルーカスは自嘲気味に薄く笑った。婚約をしただけでは駄目だ。もっと彼女に近づかなくては。きっと自分達の目的はアンジェの近くにあるのだから。


「つらい役目だ」


 彼女は魅力的だ。儚げな容姿と裏腹な気丈さ、気高さ。そして幼い弟妹に惜しみなく注ぐ慈愛の情。そして今日の装いはどうだ、白い清楚なドレスはまるで天使だ……!


「……どう思うのだろうな」


 目的が済んだら、アンジェには真相を話そう。それが誠意というものだ。だが……ルーカスの近づいた理由を知ったら彼女はなんと言うのだろう。そのことを考えると、ルーカスは憂鬱な気持ちになった。


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