11話 捜索
「ここか……」
アンジェの部屋に侵入したルーカスは、部屋をぐるりと見渡した。と、言ってもルーカスが指示して入れさせた家具があるくらいで、荷物の箱はそのまま開けてもいないようだった。ルーカスはおそらくアンジェが触らせなかったのだろうと思った。
「引っ越しくらい従僕に手伝わせればいいものを」
ルーカスはとりあえず、使った形跡のある文机の前に向かった。
「……手紙」
そこにはアンジェの几帳面な文字がつづられた便せんが置いてあり、その横にはきちんと束ねられ箱に収められた手紙があった。
「親愛なるユーリへ……」
その手紙の書き出しはそう始まっていた。ルーカスは箱の中の手紙の差出人を確かめる。
「ユーリ・フィレンコフ……男か」
名前からして恐らくへーリア帝国の男性と思われる。アンジェに男の文通相手がいると知って、ルーカスは少し驚いた。ルーカスは書きかけのアンジェの手紙と、束ねられていない最近のものと思われる手紙を開いた。
「幼馴染み……」
それはへーリアの幼馴染み同士のただの手紙だった。ユーリの手紙には、近況を尋ねたり叔父ブラッドリーの横暴を批判する内容が書いてある。ルーカスの事も信用できるのか、と書いてあった。机の上のアンジェの返答を見て、ルーカスは頬を掻いた。
「きっといい人……か。そんなものではないよ」
自嘲気味にルーカスはそう呟くと、ここには有益なものはないと判断して手紙を元に戻した。
「と、なるとここか……?」
ルーカスはアンジェの手つかずのトランクを見た。ファーナビー卿の探し物がここにあるといいのだが。
「レディの荷物を漁る趣味はないぞ……」
ぶつぶつ言いながらトランクを開く。すると、ルーカスはいきなり出てきたものにぎょっとした。
「……銃」
アンジェのトランクの一番上には銃が一挺しまってあったのだ。
「なぜ……銃なんて……」
ルーカスは女性の荷物に銃なんて物騒なものがあることに驚いた。手に取ると、持ち手の美しい装飾にハンティントンの家紋が入っている。
「……へーリアからエレトリアまで、子連れの旅に……男爵が渡したのだろうか」
最後に、子供達の無事を祈って彼が渡したのかもしれない。そうルーカスが考え込んでいると、階下で物音がした。ルーカスは慌てて銃を戻し、部屋を出て階段の下を覗いた。
「ルーカス!」
グレンダはルーカスの姿を見ると、手を振る。とてもご機嫌なようだ。
「静かに……子供達が眠っています」
ルーカスはそう言いながら階下に降りた。
「買い物は楽しめたかい?」
「あ……ええ……」
一方アンジェの方はちょっとぐったりしているようだ。
「どれも最新のデザインにしたわ。この金髪に白い肌ですもの、何でも似合うから楽しくて……」
口数の少ないアンジェの代わりにグレンダが答えた。きっとアンジェはさんざんグレンダに着せ替え人形にされたに違いない。
「じゃ、夜会で会えるのを楽しみにしていますよ」
そう彼女は言い残して上機嫌で去っていった。
「お疲れ様」
「……ほんとよ」
グレンダが居なくなると、アンジェはようやく本音を漏らした。アンジェがしおらしくしているよりもいいとルーカスは苦笑した。
「ライナスとルシアを見てくれてありがとう」
「あ……それなんだが……」
二階で眠る双子達について、ルーカスはアンジェに詫びないといけないと思った。
「話の流れで、へーリア帝国と……亡くなったお父上のことを思い出させてしまった。二人はそれで泣き疲れて眠っている」
「泣いたの? 二人が?」
「ああ。すまない」
「……」
それを聞いたアンジェはしばし黙っていた。そしてルーカスの顔を見上げると、少し微笑んだ。
「いいの。へーリアを去るときも、父様の葬儀でも、あの子達……決して泣かなかったのよ」
「……そうなのか」
「きっと……もう泣いても大丈夫だって思ったんだわ」
「そうか」
アンジェは怒るどころか少しほっとした顔をしていた。その顔と、先程のトランクの中の銃の重みがルーカスの中で重なる。
「君は……泣いたかい?」
「え?」
「住み慣れた場所を離れて、父親を亡くして、あんな暮らしをして……君は泣いたかい」
「……私は」
「君だって泣いていい」
ルーカスは思わずアンジェを抱き寄せていた。胸のあたりでアンジェが息を飲む様子が伝わってきた。しかし、アンジェはそっとルーカスを押し戻した。
「泣かないわ……」
「アンジェ」
「泣いてなんていられないの。私は……あなたとの契約だってまだこれからだもの」
「……そうか」
そう、アンジェは泣いてなんていられない。そう思った。もし泣くとしたら全てが終わって、三人の静かな暮らしが始まったら……一人で泣こう。ルーカスの胸の中で泣くのは却って辛すぎる。
「すまない。……もう帰るよ」
「ええ」
アンジェはそう頷いて、ルーカスの腕の中からするりと抜け出した。
「……では、また」
ルーカスはアンジェの家を出た。ドアを閉ざすとその家を見上げる。彼はアンジェの家に忍び込んで特段、なんの情報を得ることも出来なかった上に、なにか重い気分だけが残った。
「しかし……早く見つけなくては」
ルーカスはそう思いながらアンジェの家を後にした。
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