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10話 苛立ち

「お姉様……」


 その日、アンジェはイライラと玄関ホールをぐるぐると歩いていた。その様子をライナスとルシアは階段の上から隠れて見ている。


「アンジェ様、私は気にしておりませんし……」

「私が気にするのよ」


 そうハンナが苛立つアンジェに声をかけた時だった。その苛立ちの元凶がドアを叩く音が聞こえた。


「やあ、ごきげんよう」

「……これはどういうこと? ルーカス?」


 アンジェの家を訪れたルーカスはいきなりそうアンジェに噛みつかれて面食らった。


「どういうこと、とは」

「勝手に従僕とメイドを寄越したでしょう」

「ああ……トビアズとモリーは役に立っているかい」


 アンジェ達三人とハンナが新居に移った直後、エインスワースの屋敷から使用人が二名送られてきたのだ。


「……役に立ってます」

「なら何の問題もない」

「そういうことではなくて……」


 アンジェがさらに言いつのろうとした時だった。ルーカスの後ろからグレンダが顔を出した。


「ルーカス、この家の主人はアンジェなのだから一言聞かなくては。そういうことでしょアンジェ?」

「……そうです」


 アンジェは苛立ちの理由をずばりと言い当てられて頷いた。


「だけどこの家をメイド一人で回すのは無理な事は分かるわよね」

「でも……慎ましく暮らせば……」

「いけませんよ。しっかりと使用人を使うことで女主人としての格が出るというもの。ルーカスの婚約者としてふさわしくあらねば」

「はい……」


 グレンダの言葉に、アンジェはまったく反論出来なかった。そんな時だった。それまで黙っていたルーカスが口を開いた。


「今度からは君に一言言ってからにしよう」

「……あ、あの……ごめんなさい」


 ルーカスにそう言われてしまうと些細なことでいらいらしていた自分が恥ずかしくなった。うつむいたアンジェに、グレンダはポン、と手を鳴らして声をかけた。


「さ、それよりも! 新しいドレスを仕立てに行きますよ」

「え……?」

「グレンダ未亡人がドレスを見立ててくださるそうだ」

「若い女性の仕立てを手伝うなんて久し振りよ!」


 グレンダは頭の中でアンジェをどう飾り立てようか考えているのか、じーっとアンジェを見つめてくる。


「と、言う訳で二人は仕立て屋へと行ってくれ」


 ルーカスの口調には「あきらめろ」というニュアンスが滲んでいた。


「ルーカスは……?」

「俺は双子達の面倒でも見ていよう」


 ルーカスがそう言うと、階段の上から様子を窺っていたライナスとルシアが思わず声をあげた。


「えっ、ほんとう!?」


 その声にルーカスは二階にヒラヒラと手を振る。その様子を見て、アンジェはふうっとため息をついた。


「……わかりました。それではよろしくお願いします」

「ああ」


 こうしてアンジェとグレンダはドレスを仕立てに出かけた。


「さて……」


 これで家の中にいるのはルーカスと双子達である。ライナスとルシアはさっそく二階へとルーカスを連れて行こうと彼のズボンを引っ張っている。


「ねぇ、ルーカスさん。私たちのお部屋に来て」

「いっぱいおもちゃありがとう」


 双子達の無邪気さは、今のルーカスにとっては好都合だった。ルーカスの狙いはこの屋敷の二階……おそらくはアンジェの私室だったからだ。


「ね、こっちこっち」

「わかったよ」


 ルーカスは微笑みながら、双子の部屋に向かった。……その隣がアンジェの部屋。そのドアをちらりと見て、ルーカスは子供部屋に入る。


「ルーカスさん、このドールハウス素敵ね……へーリアに置いて来たのにとてもにてるの」

「そうなのか」


 ちょっとおっとりとしたルシアはひたすら人形で遊んでいる。


「シュン! シューン!」


 一方でライナスは汽車の模型を走らせていた。


「こっちの汽車にも乗りたいな。僕、窓から景色を見るのが大好きなんだ」

「そうか……夏になったら汽車で避暑地に行くのもいいな」

「避暑地! それなら海がいいな」


 二人の口調から察するに彼らの中では何もかもがへーリアが基準になっているようだった。無理もない。何不自由なく暮らしていたのはあちらの国にいた時でエレトリア王国に来た後の思い出はつらいものばかりだっただろうから。


「へーリアからエレトリアに来るのは大変だったろう」

「うん……お人形も置いて来ちゃったし」

「でもお姉様がいたから怖くなかったよ!」

「うん、そうよ。おねえさまはすごいの!」


 二人は口々にアンジェのことを褒め称えた。ルーカスが婚約者だから褒めている、という訳でもなく、二人は心からそう言っているみたいだ。


「お父上のことは気の毒だった。……もっと早く知っていたらな」

「うん……お父様には……もう会えないんだ……」


 アンジェにどこか似た気丈なライナスの目が潤んだ。そのままぽろりと涙がこぼれた。つられてルシアも死んだ父親のことを思い出して肩を震わせる。


「ごめん……ルーカスさん……」

「すまない、思い出させてしまったな」

「……ううんっ。ルーカスさんがお姉様をたすけてくれてよかったわ……」


 ルーカスは二人を抱き寄せてその背を撫でた。すると二人は逆に安心してしまったのか火がついたように泣きだした。


「うわぁぁん!」

「ひっく……ひっく……」


 ルーカスは子供らしく泣く暇さえなかったライナスとルシアの境遇を思いつつ、泣きじゃくる二人を抱きしめていた。


「……」


 しばらくそうしている間に二人は泣き疲れて眠ってしまった。ルーカスはライナスとルシアを抱き上げて、そっと起こさないようにベッドに寝かせてやり、涙で濡れた頬をハンカチでぬぐってやった。


「……さて」


 こんな二人の姿を見た後で気が乗らないが、仕事の時間だ。ルーカスはそっと子供部屋を出ると、その隣のアンジェの部屋に向かった。そして静かにそのドアを開ける。


「失礼……」


 ルーカスは形ばかり誰も居ない部屋に向かってそう言うと、アンジェの部屋に体を滑り込ませた。

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