一息ガール×質問タイム
お風呂からあがって、リビングに案内してもらった。
はじめて入る家って、なんだか独特の香りがする。
変な匂いってわけじゃないんだけど、つい鼻をクンクンしてみたくなる。
「やっぱ私の服じゃちょっとサイズ合わないねー。からだ冷えてない?」
裸だったので、クルミさんが部屋着をかしてくれた。
さすがにダボッとしてて、右肩の袖がずり落ちそうなところをギリギリ踏ん張っている。
リビングのテーブルは四人用。
クルミさんは私を席に座らせて、温かいココアをくれた。
一口飲んでみる。ズズ。
味も、香りも甘くて、ホッとする。
迎えられた気分になって、ココアが喉をとおりすぎた後にはお家の匂いも感じなくなっていた。
「やっぱり分かんないことだらけです」
落ち着いたのはいいけど、ここまできて状況はさっぱり飲み込めない。
なんで知らない人の家で、しかもバスタブなんかで目覚めたんだろう。
「あー。いやそれはしょうがないよ。だって生まれたばっかりだし」
「そこからして分からないんですけど……」
生まれたばっかりの人っていうのは、普通赤ちゃんのことをいうはずのに。
なのに私は小学生くらいだし、やっぱり分からない。
「説明。うん、難しいねぇ。お話に出てくる創造主たちは、ゴーレム相手にどうやって説明したんだろうね」
「……ゴーレム」
またその単語。居心地の悪さが再び湧きあがってきた。
「まぁ頑張って説明するよ。ねぇ、ゴーレムってそもそも知ってる?」
「まぁ……なんとなくですけど。土を固めてできた、動く人形みたいな」
錬金術によって生み出される人工生命。そんな感じだったかな。
「話がはやいねー。結論から言っちゃうけどね、君は私が作ったゴーレムちゃんなんだよ」
「んんんんんん――」
「いや分かる。納得できないよねぇ。うん。大丈夫、順番に説明するから」
「……はい」
とりあえず説明はしてくれるみたいだけど、もうすでに落ち着かない。
だって私は人間じゃないんだって、もう断言されちゃったんだから。
心を軽くするような話は聞けそうにない。目覚めて三十分、すでにお先真っ暗だ。
モヤモヤしてると、クルミさんはテーブルのはしから黒くて滑らかな石をひとつ摘みとった。
目の高さでくりくりと弄びながら、私に見せてくる。
「簡単にいこう。賢者の石は知ってる?」
「えっと――錬金術の話にでてくるやつ」
「それそれ! 美咲ちゃん賢いねぇー。ニシシ」
う、凛々しい顔立ちにたいして、表情はほんとうにあどけない。
ギャップが大きくて、どっちが本当の彼女が分からなくなる。話に集中したいのに、気があっちこっちに散らばってしょうがない。
「でさぁ、賢者の石だけど。とりあえずすごい力があるってのはよく聞くよね。たとえば、ただの石を金に変える力。水に溶かして飲むと不老不死になる石。あらゆる傷を癒やす霊薬――どれも非現実的っていうか、ありえなさすぎるけど」
「まぁ、そうですね。実在しないはずですから」
「そう。ないはずだったけど……でも、実在してた。ねぇ美咲ちゃん。これはね、本当に賢者の石なんだよ」
「いや、んー」
「信じられないのも当然だけどさ、美咲ちゃんが今こうして喋ってるのがどうしようもない証拠なんだよ。君はこの石の力で生まれたんだから」
苦笑いがでそう。
クルミさんは真剣な顔してるけど、まだ冗談にしか聞こえない。
だけど、自分がさっきバスバブなんかで目覚めたときのことを思い出すと……あんまり笑える気分じゃなくなってきた。
「賢者の石を作るのにね、素材として『生命を宿した水銀』が必要ってお話があるんだよね。生命だよ、美咲ちゃん」
「……はじめて、知りました」
「だよねー。私も調べてから知った。で、さっきはあえて言わなかったんだけど。賢者の石はさ、ゴーレムに命を吹き込む『核』としての使いみちもある。素材からして、生命そのものを宿してるわけだからね」
「えっと、言いたいことは――はい。なんとなく分かります」
「いやほんとう、理解が早くて助かるよ」
「そりゃ、自分の生まれのことですから。必死にもなります」
自分の生まれと、自分のこれから。どちらにも関わる大事なことだ。どれだけ突飛でも聞かなきゃいけない。
「実際、私もうまくゴーレムができるなんて思ってなかったんだよ。ただ試すだけのつもりだった。だけど、この石は想像以上に力があって、予想外にも本物だったね」
「……つまり、私は土を固めて出来たゴーレムで。この命は、賢者の石からもたらされるもの――ってことですか?」
「そうそう! 美咲ちゃんすごい! いや、私が逆の立場だったら混乱してるよ」
クルミさんがまたニシシと笑う。
うーん。人工生命を作り出すとか、あまりやっちゃいけないことしてると思うんだけど。
クルミさんの態度がゆるすぎて、なんだか力が抜ける。
うん。
せっかく誕生したんだから、せめておいしいものくらいは楽しんでみるか。
最初にもらったココアをもう一口。
ほどよく甘くて、とっても落ち着く。
「――ふぅ。ま、いっか」
「ニシシ。美咲ちゃん可愛いー。我ながら傑作だぁ」
ココアから立つ湯気のむこうで、クルミさんがニコニコしながらそんなことを言う。
この人が私の創造主かぁ……なんだか人形みたいに遊ばれそうで、そこだけが不安だ。