草根ガール×冒険JK
空港に着いて翌日に札幌市を観光して。
そして三日目の朝。
私たちは出発の準備を進めていた。
日程については大体みんなで話し合って決めていたけれど、この三日目についてだけ、私は何も聞かされていない。
クルミさんが「まだ秘密ぅ~!」とか言って教えてくれなかったのだ。
けど、そろそろ教えてもらってもいいはずだ。
クルミさんはどうせ教えてくれないから、静寝さんに尋ねてみることにする。
「あれ、クルミちゃんまだ言ってなかったのかー。今日はね、マンドラゴラを収穫にいくんだよ」
「え。マンドラゴラですか?」
それって確か、漫画とか映画でたまに出てくるアレのことだろうか。
根っこの部分が人間の形をしているだとか。
土から引っこ抜けば断末魔をあげるとか。
惚れ薬の材料として使うとかいう、あの伝説の薬草?
「あ! シズ姉バラしちゃったの⁉ まだ秘密にしとくつもりだったのにぃ」
「クルミさんが面白がっていつまでも教えてくれないからです」
勝手にブーたれているクルミさんのことは放っておくとして。
それにしても、急にとんでもない名前を聞かされた。
そっちの方が気になる。
「マンドラゴラなんて、信じられません。実在するんですか?」
「あるよー。私のお店でも扱ったことあるしー。北海道で手に入るってことクルミちゃんに教えたら、じゃあ『採りにいこう!』って話になったのよねー」
本当らしい。
なぜそんなものが北海道で手に入るのかとか、どうやって収穫するのか、それも疑問だけど。
そもそもの話。
「何となくスゴいものっていうのは分かるんですけど、そんなもの手に入れて何に使うんですか?」
そもそも使い道が思い浮かばない。
まさか惚れ薬なんて作るつもりじゃあるまいし。
「ほら、マンドラゴラって人間の形をしているでしょー? 錬成につかえば美咲ちゃんの身体を完成させるのに役立つんだよー。美咲ちゃんなら分かるんじゃない?」
「……言われてみれば、確かに良さそうです」
植物であるのに、『人間に似ている』ということであれほど有名な一品だ。
これまでの錬成でだって、ネコっぽいものを混ぜればネコっぽい能力が。馬っぽいものを混ぜれば馬っぽい能力が得られたりした。
なら、人の形に似ているマンドラゴラならどうなるだろう。
考えてみれば、これほど人間を作るのに向いてるものもそう無さそうである。
少なくとも、また人の遺骨を調合したりするよりずっと良い。
誰かの死体を利用するだなんて、本来なら許されることじゃないのだ。
「まぁバレちゃったもんはしょうがない。じゃ美咲、そういうことだからマンドラゴラ探しに行くぞー!」
「違うよークルミちゃん。マンドラゴラは探さない。収穫にいくんだからー」
「あれ? それってなんか違う?」
クルミさんが不思議そうに首を傾げた。
彼女はちゃんと把握してなきゃいけないと思うんだけど……多分、静寝さんの話を半分くらいしか聞かなかったのだろう。
伝説級の薬草が採れると聞いた時点で、予定に組み込むことを了承したのだ。
「マンドラゴラは、探す必要ないってことー」
「どういうことですか?」
探さないのならどうやって収穫すると言うんだろう。
まさかお店で売ってるわけじゃあるまいし、そんな珍しいもの滅多にあるわけがない。
実在することさえ信じがたい薬草だったけど、続く静寝さんの言葉はもっと信じがたいものだった。
「これから行く場所にもうあるから。ワタシの知り合いがやってる農家さんなんだけどね、そこでマンドラゴラを《《栽培》》しているのよ」
***
ホテルを出発して、車に揺られること四時間。
太陽がてっぺんに登り切るより少し前に、私たちは目的地へと辿り着いた。
あたりを山々に囲まれた、小さな集落である。
最近まで緑一色だったであろう山の一面には、ところどころ紅葉の色が混ざりはじめていた。
都市部のガスっぽい臭いが全然無くて、空気がおいしい。
高い建物は少なく、代わりに畑やビニールハウスとかが多い。遠くまで楽に見通せる。
私たちが住んでいるあたりとは随分と景色が違っていて、居るだけで新鮮な気分を味わえた。
そんな集落のとある一軒家で、私たち三人は車を降りた。
静寝さん曰く、ここがあの『マンドラゴラ』を栽培している農家さんとのことだったけれど……。
「あれー? 居ないなぁ……」
玄関からインターホンを鳴らしてしばらく待ってみたけれど、誰も出てくる様子はない。
誰も居なさそうだ。
「お知り合いさん、出かけてるんですか?」
「そうみたい。電話してみるからちょっと待ってねー」
静寝さんがスマホを取り出して、おぼつかない手付きで画面を叩く。そういう姿はちょっと珍しい。
彼女はこの手の端末をあまり使わない。
機械は苦手なのだと前に言っていた。
さすがに電話をかけるくらいは平気みたいだけれど、それも無駄に終わった。
「電話とらない。畑でも手入れしに行ってるのかなー」
「そうですか……もうすぐお昼ですし、戻ってくるかもしれません」
「ねぇねぇ美咲ぃ! 裏庭に道があるよ! 山に入っていけそうじゃない?」
こっちはどうするべきか悩んでいるのに、クルミさんは相変わらずマイペースだ。
彼女が指差したところを見やると、裏庭から山へと入ってく道があった。
けもの道っぽいし、公道とも繋がってないから使う人は少なそう。
家主さんが使うために開いた道だろうか?
「クルミちゃんナイス。あれ、きっと畑に続いてる道だよー」
「え、この奥に畑があるんですか? 小さい山とはいえ、ずいぶん鬱蒼としてますけど」
「ほら、マンドラゴラの断末魔を聞いたら絶命してしまうって話あるでしょ? 万が一にも誰かが引っこ抜いたりしないよう、人の来ない場所でこっそり栽培してるのよー」
「あ、そっか」
並の毒草よりずっと厄介な性質をもつマンドラゴラ。
それを栽培するのなら、これくらいの用心は考えてみれば当然だった。
本来ならセキュリティのしっかりした建物でも用意したほうが良いくらいだけど。
「シズ姉ぇー。待ってるのも退屈だし行ってみようよ」
「んー…………ワタシもどんな畑か見てみたいし、そうしよっか」
「よっしゃ決まり! おいで美咲、冒険しよーぜぇー!」
「わぁっ」
話が決まるや否や、クルミさんは私の手をつかまえて山道へと這入っていく。
ちょっとコケそうになるけど、すぐに歩調を合わせて追いついた。
クルミさんのこの感じにも、もうすっかり慣れてしまった。
そんな私たちからちょっと遅れて、静寝さんも山道を進む。
「この森、けっこう深いですね。薄暗くてちょっと怖いです」
道の両脇からはたくさんの草木が手を伸ばして、ただでさえ細い道幅をさらに狭めてくる。
頭上には緑の葉っぱが生い茂り、明るいはずの空をほとんど覆い隠していた。
おかげで森の中はとても暗くて、もう夜が近いんじゃないかと錯覚してしまうほどだった。
時折、長く伸びた草が行く先を邪魔してくる。
それを手で払い除けながら、クルミさんが弾む声で言った。
「ねぇ美咲。こういうのなんか良いね。私、今ワクワクしてる」
「? 山登りが好きだったんですか?」
それは知らなかった。
でも活発な人だし、アウトドアな遊びが好きでも頷ける。
「そういうんじゃないんだよなぁ。なんていうか……ほら、これまでの錬成ってあんまり上手くいってないでしょ。ネコとか馬とか、動物っぽいのばっかりで。ちゃんと完成に近づけそうなものって無かったじゃん?」
「うーん。正直に言うと、そうですね」
「でも今回は違うよ。ちゃんと人間っぽいものを探してる。多分、今までで一番良い錬成ができると思うんだよね」
不安定な山道は、少し歩くだけで体力を使う。
おかげでクルミさんの息は上がりつつあった。
けれど、喋ることはやめない。
多少息が苦しくなっても伝えたいことがあるんだと。そう云ように。
「これまでちゃんと成功しなかったから。お姉さんとしては力不足だし、シズ姉みたいにしっかりしてるとこ見せれなかったからさ。だから今回はちょっと頑張ってみようかなって思ってる。私がマンドラゴラを収穫して、それを錬成に使って、美咲は完成に近づくの。そうしたら私もようやく、いいトコ見せられるんじゃないかって」
この土塊で出来たカラダは、ほとんど疲れを感じない。
だから、今なお喋りつづけるクルミさんの息苦しさは分からないけれど。
彼女の必死さだけは十分に伝わってきた。
「そんで美咲が喜んでくれたら、最高。だから今ワクワクしてるんだ。この収穫が上手くいったら、やっとお姉さんっぽいことが出来るんだって。美咲にいつか、『お姉さん』って呼んでもらえるような、そんな人になれるような気がしてさ」
クルミさんがこちらを振り向く。
額には汗が滲んでいたけれど、そんな疲れなんて忘れてしまったように屈託なく笑った。
山道は草が伸びて、地面は不安定で、昼とは思えないくらい薄暗い。
そんな中にあって、怖がりなはずの私が少しも心細さを感じなかった。
そういえば私はまだ、この人のことを『お姉さん』と呼んだことはなかったっけ。
それは私にとって、クルミさんが『姉』とも呼べない頼りない人だったからだろうか。
それとも、いまさらなんだか呼びづらいような、自分でも気付かない変な照れがあったからだろうか。
理由は分かりきっていた。
「力不足だなんて思ったことありません。私にとっては、クルミさんが一番頼りがいのある人ですよ」
彼女のことをどう思っているのか、ここで教えてあげてもいいのだけれど。
せっかく今は頑張ってくれているから、それはもう少し後にして。
つないだ手をギュッと握り返して。
「だから、今日の錬成はきっと良いものにしましょうね」
クルミさんに負けないくらいに笑ってみせた。
次第に山道が開けてきた。
いよいよマンドラゴラの畑に辿り着いたかと、地を踏む足にいっそう力が伝わった。
その瞬間。
「あんぎゃあああああ! 助けてェ! 誰かあああああああああああああああ!」
すごく気の抜けるセリフの、でも非常に切迫した絶叫が山に響いた。




