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Cafe Shelly

Cafe Shelly 一度きりの夏

作者: 日向ひなた

 夏。セミの声が激しく頭に響き渡る。おかげで勉強なんて手につきゃしない。まぁセミの声がなくても勉強なんてする気はさらさらないのだが。さっきから一行も進まない数学の問題。そりゃそうだ、頭の中はこの夏をどうやって楽しく過ごそうか、それしか考えていないのだから。それにしても、マジ焦るなぁ。

 高校二年の夏。来年は受験でこんなふうにぼんやりと過ごす暇はない。地元では一応進学校という名が通る学校に通っているのだから。それなりの大学には進まないと。でも大学って何のために行くんだろう? 特にやりたいことがあるわけでもない。就職に有利なように、それなりの学校を出てそれなりの勉強をする。そのくらいしか考えつかない。そもそもオレの成績は中の中、いや、下手すると中の下ってとこか。高望みしなければ地元の三流大学くらいは通るかな。なぁんて甘い考えは持っているが。

 進学なんて今はまだどうでもいい。それ以上に深刻な悩みがある。今年の夏こそ彼女をつくらねば。青春を謳歌するには、彼女の存在は必要不可欠だ。ペンを握る手に思わず力が入る。

 彼女かぁ。思い切ってナンパ、なんてできゃしない。オレはいたって普通の、気の弱い男子高校生だから。ベッドにごろんと寝ころぶ。まだ午前十時前か。小学生の頃の夏休みは、十時になるまでは家を出ては行けませんって言われていたな。その変なクセが身に付いているんだろうな。未だに十時を過ぎないと家を出て行く気になれない。かといってどこかに出かける用事なんてのもないのだが。

 あ、電話だ。オレは机の上に置いていた携帯を手に取り、電話をかけてきた主の名前を確認した。なんだ、友貴か。

「はいよ」

「慎吾、おまえ暇してるだろ?」

 何の根拠でオレが暇だと言っているんだ。といいつつ、実際暇ではあるが。

「昼からプール行かねぇか、プール」

 ガキじゃあるめぇし、何が悲しくて男二人でプールなんだよ。しかし友貴の声は興奮している。

「裕介がよ、商業の女の子を昨日ひっかけてよ。そんでもってその子達とプールに行く約束をとりつけたんだよ」

 なにっ、それなら話しは別だ!

「も、もちろん行くぞ。時間は? うん、十一時に駅前に集合だな。よし、わかった」

 さすが、持つべきものは友だ。友貴と裕介、高校に入ってからの友達で、よく三人でつるんでいる。その中でも裕介はちょっとばかりイケメン。なのにオレと友貴同様、決まった彼女がいないというのが悩みのタネ。実は裕介はあまりにもナルシストなのが欠点。だから女の子をナンパはできるんだけど、後が続かない。友貴も見た目はそんなに悪くない。中の上ってとこか。けれどこいつにも最大の欠点がある。とにかくアニメオタクなのだ。だから会話を始めると女の子が退いてしまう。

 そしてオレ。正直なところルックスは二人に負けている。運動も得意じゃないし。ファッションのセンスもイマイチ。何も取り柄がない、ドラマや映画では通行人A役みたいな男。強いて言えば、一般大衆に紛れたらどこにいるかわからないというのが特技かも。いわゆるごくごく普通の男子高校生。けれどこの三人には大きな野望がある。この夏の間になんとかして彼女をつくる。くどいかもしれないが、青春を謳歌できるのはこの夏しかないのだから。一度きりの夏を楽しまなきゃ。

 オレは早速プールに行く準備をして自転車にまたがり駅前へとペダルをこいだ。商業高校はレベル高い子って聞くからなぁ。裕介のことだから、もちろん相手も三人いるんだよな。期待に胸ふくらませて駅に到着。

「慎吾、こっちだ!」

 友貴が手を振ってオレを待ちかまえていた。

「あれ、女の子は?」

 辺りを見回すが、そんな姿は見あたらない。

「おい、肝心の女の子は? まさかドタキャン、ってことは…」

「ふっふっふっ。そんなバカなこと、あるわけないじゃないか」

 カッコつけながらそう言う裕介。

「一度きりの夏をエンジョイするためには、絶対にここで商業の子と仲良くならねぇとな。だから作戦会議をするぞ」

 さすが、友貴。こいつ、女にはもてねぇけど頭はいいんだよな。これでオタクじゃなゃなぁ。

 ともかくオレたちは作戦会議。裕介が言うには、相手も三人。いきなりターゲットを絞るのではなく、まずはグループ交際として進めよう。そのほうがあっちも警戒心がゆるむだろうから。今回のプールをきっかけに、いろんなところに誘ってみよう。まぁおおざっぱにはこのような作戦。しゃべっていたのは友貴一人だったが。オレたちはその作戦にノリノリ。

「そろそろ時間だな…おっ、来たぞ!」

 裕介が指さす方を見ると、三人の女の子の姿が。そのうち一人が明るく手を振ってくれている。

「あの子をひっかけたんだよ。結構かわいいだろ。他の二人は初めて見るんだよ」

 裕介がそう解説。一人は明るい顔で軽く手を振ってくれている。この子も結構かわいい。だがもう一人は物静かに他の二人の後ろをついてきている。ゆっくりと歩くその子は下を向いて恥ずかしそうにしている。髪の長いメガネをかけたその子。他の二人よりもちょっと目劣りはする。が、なぜだろう。オレはなんとなくその子が気になっていた。

「裕介、そっちを紹介してよ」

 女の子三人のリーダー格で裕介がひっかけた子が積極的にオレたちにアプローチをかけてきた。裕介はオレらのことを紹介している。が、オレの目線はあの子に釘付け。おかしいなぁ、かわいさや明るさから見れば他の二人の方が上なのに。どうしてオレはこの子が気になるんだろう。

「じゃぁ今度はこっちの自己紹介ね。私は工藤真希、こっちのショートカットが新堀沙帆」

 真希ちゃんに沙帆ちゃんか。沙帆ちゃんは明るく手を振っている。

「そして髪の長いメガネの子が佐々木和子」

 佐々木和子、か。他の二人に比べると、なんだかありふれて平凡な名前だな。

「ほら、和子っ」

 真希ちゃんにつつかれ、恥ずかしそうに前に出てくる和子ちゃん。

「は、はじめまして、佐々木和子です」

 そう言うとすぐに後ろに引っ込む。

「まったくもう、和子はいつもこんな調子なんだから。ま、今日は楽しくやろうよ、よろしくね」

 リーダー格の真希ちゃんは明るくさばさばした子だな。

 それから六人でマックで昼食。食事中、真希ちゃんは終始しゃべりっぱなし。それにあわせて沙帆ちゃんもよくしゃべる。オレたちは聞き役にまわるが、これがうまいのが友貴。逆に裕介は自分が何かしゃべろうと間を計っているのだが、真希ちゃんと沙帆ちゃんの勢いに押されて出番なし。で、オレはというと。二人の後ろでふんふんと首を縦に振るだけ。その間も視線は実は和子ちゃんへ向けられていた。彼女はほとんどしゃべっていない。あまり楽しそうじゃないな。そしていよいよプールへ。

「よぉし、遊ぶぞぉ~」

 裕介はがぜん張り切っている。

「おまたせ~」

 その声に振り返ると、ばっちり水着に着替えた三人が。真希ちゃんは思いきったセパレート。沙帆ちゃんはワンピースだが、背中が結構開いている大胆なデザイン。そして和子ちゃんは…

「和子、かっわいい~」

 ピンクでフリルのついた水着。ちょっと幼い感じもするが、それはそれで似合っている。それよりもオレが釘付けになったのは、メガネを外した和子ちゃんの姿。

「か、かわいい…」

 オレはおもわずそうつぶやいた。マンガではよくあるが、メガネを外すと実はとてもかわいかったというやつ。和子ちゃんはまさにそれだった。

「おい、お前らは誰を狙ってんだよ?」

 一通りはしゃいで休憩しているときに、裕介がそう話を振ってきた。

「オレは沙帆ちゃんだな。あのセクシーで大胆な姿は期待できるからなぁ。裕介は当然真希ちゃんなんだろう?」

 友貴の言葉に裕介は当然だろうという意思表示。

「で、慎吾はどうなんだよ?」

「えっ、オレか?」

 正直、面と向かって和子ちゃんだ、とは言えなかった。和子ちゃんは正直言って他の二人とは見劣りがする。が、オレにとっては他の二人よりも気になる存在。

「お前は和子ちゃんにしろよ。そうすりゃそれぞれでアタックできるだろう。プールが終わったらちゃんとカップルタイムを用意しておくからよ」

「あぁ、わかった」

 裕介の提案に無理押しされた形で、オレは必然的に和子ちゃん狙いとなった。まぁいいか。オレは日陰で休んでいる和子ちゃんを見つめた。プールでもそんなにはしゃぐことなく、物静かに過ごしている。あの子は今、何を考えているのだろう。その遠い目の先には何が写っているのだろう。なんだかミステリアスな印象さえ受けてしまう。そして気づけば夕方。そろそろ行こうということで、三人娘の水着姿を名残惜しく後ろから見つめてプールを後にした。

「で、これからどうすんだよ?」

 裕介はこのあと二人っきりになれるカップルタイムをつくるという。

「大丈夫、オレにまかせとけ」

 プールの出口で待っていると、ようやく女性陣が出てきた。そしてすかさず裕介はリーダー格の真希ちゃんのところへ。二人でなにやらこそこそと相談をしている。それが終わると裕介はオレたちにこう伝えた。

「友貴、慎吾、お前達は狙いの女の子をそれぞれ家まで送っていく役目をおおせつかったからな。今日はここで解散。あとはお前達の自由だ」

「おい、お前ひょっとして真希ちゃんと事前にこのことを打ち合わせていたのか?」

 友貴のその質問に裕介は親指を突き出しウインクで答えた。なんて手回しのいいやつだ。女性陣も真希ちゃんがうまく伝えたのだろう。

「友貴くん、よろしくね」

 沙帆ちゃんは明るく友貴の腕に抱きついてきた。肝心の和子ちゃんは…まだ後ろの方で恥ずかしげに下を向いている。真希ちゃんも裕介のそばへ。

「じゃ、あとはよろしくね」

 真希ちゃんはそう言うと裕介と一緒に歩き出していった。

「じゃぁオレたちも行こうか」

 友貴と沙帆ちゃんも反対方向へ。後に残されたのはオレと和子ちゃん。しかし二人の間にはまだ距離がある。

「あ、あの…」

 オレはどう声をかけていいのかわからなかった。

「ごめんなさいっ」

 和子ちゃんが突然謝ってきた。

「ど、どうして謝ってるの?」

 オレはわけがわからない。

「だって、私みたいなのを押しつけられて。真希や沙帆みたいにかわいくも明るくもない私なんか面倒なだけだし」

「そんなことないよ。和子ちゃん、とても清楚でしなやかで、そしてメガネを外した顔がとてもかわいくて…」

 思わずそう言い返してしまった。和子ちゃんは恥ずかしそうに下を向いている。オレはゆっくりと和子ちゃんに近づき、思い切ってその両手をしっかりと握った。

「オレはね、そんな和子ちゃんが気に入ったからここにいるんだよ」

 ちょっと歯の浮くようなセリフ。でも我ながらうまく言えたな。和子ちゃんはまだ下を向いたまま。

 さて、これからどうしようかな。せっかくいい雰囲気なのに、このまま和子ちゃんを家に送るだけじゃもったいない。オレの心は期待とはやる気持ちでいっぱい。だがこれからどうすればいいのか、まったく頭に浮かばない。もうちょっとデートコースの勉強をしておくんだったな。裕介や友貴はどこに行ったのかな?

「あの…あ、ありがとう」

 やっと和子ちゃんが口を開いた。オレも和子ちゃんのその声でなんとなく落ち着きを取り戻した。

「じゃ、行こうか。家まで送っていくよ」

「うん」

 それから肩を並べて一緒にバス停へ。特に何も話すことはない。ただときどき見せる和子ちゃんの笑顔。それだけで幸せな気分になれる。結局ろくに話もできずに、和子ちゃんの家の近くのバス停まで来てしまった。

「今日はありがとうございます」

 深々とお辞儀をする和子ちゃん。えっ、ひょっとしてこれで終わりなのかな。よく考えたらまだ連絡先も聞いていない。や、やばいじゃないか。心の中で焦る自分とは裏腹に、至って冷静な態度をとるオレ。けれど顔はひきつっている。どうしよう、このままだと和子ちゃんとはこれで終わりだ。

「あの…ひとつお願いしてもいいですか?」

「えっ!?」

 突然の和子ちゃんの声に驚くオレ。

「あ、な、何かな?」

「もしお暇だったらでいいんですけど、一緒に行ってもらいたいところがあるんです。あ、忙しかったら別にいいんですけど…」

「暇ひま、全然ひまっ!」

「よかった」

「じゃぁ、明日はどう?」

 やばい、そんなに焦るなよ、オレ。

「えっ、いいんですか? じゃぁ明日の午後に。今日待ち合わせをした駅前で」

 き、きたぁ~っ! オレは心の中で思いっきり叫んだ。

「じゃぁ明日ね」

「はい、今日はありがとうございました」

 そうして和子ちゃんと別れた後、オレは一人スキップをしながら帰路についた。今のオレって輝いてるなぁ。翌日の午前中は勉強なんか手につきゃしない。どの服を着ていこうか、一緒にどこに行こうか。そのことばかりが頭にふくらんでいた。あ、でも和子ちゃんはどこかに一緒に行ってもらいたいって言ってたよな。それってどこだろう? 一人じゃ行けないところ、だよな。ひょっとして…やべっ、妄想ばっかふくらんでるわ。

 気がつけばあっという間に昼。オレは駅まで自転車を飛ばす。待ち合わせ場所には和子ちゃんの方が先に来ていた。

「ごめん、ごめん、待った?」

「いえ、どうせだから早めに来てぶらぶらしてました。なんだかワクワクしちゃって」

 おぉっ、オレとのデートをそんなに楽しみにしてくれてたのか。

「で、どこに行くのかな?」

 何気ない質問だけど、このセリフはかなりドキドキしながら言っている。だって、ひょっとしたら…なぁんて期待がふくらむからなぁ。

「はい、喫茶店なんです」

「へっ、喫茶店?」

 和子ちゃんのセリフを聞いて、オレはちょっと拍子抜け。なんで喫茶店?

 オレは今まで喫茶店なんてところ、行ったことがない。マックやスタバなら何度かあるけれど。喫茶店って、大人の世界って気がして。和子ちゃん、昨日はあんなに控えめだったのに、今日はオレをぐいぐいと引っ張っていく。オレは和子ちゃんに置いて行かれないようについていくのがやっと。

「この通りにあるの」

 和子ちゃんが指さしたとおり。そこは車一台が通れるくらいの道幅しかない。いや、道幅はそれなりにあるのだが、両端にブロックでできた花壇があってちょうど歩道ができている。通りはパステル色のブロックで敷き詰められ、とても明るい感じがする。

「こんなところ、あったんだ」

 オレはゆっくりと歩きながら通りに並んだ店をキョロキョロ眺める。まるで田舎ものが都会に出てきたときの心境だな。

「ここなの」

 和子ちゃんが立ち止まったところには、小さな黒板でメニューが描かれた看板がある。

「CafeShelly…カフェ・シェリー?」

「うん。どうしても一度ここに来てみたかったの」

「そうなんだ」

 あれっ、ってことは和子ちゃんもこの店に来るのは初めてなんだ。でもどうしてこの店なんだろう? 疑問に思いつつも、和子ちゃんは階段を軽快に駆け上がっていく。

カラン、コロン、カラン

 軽快なカウベルの音とともに、店の中から聞こえてくる「いらっしゃいませ」の声。へぇ、喫茶店って初めて入ったけど、なかなかいい雰囲気じゃない。

「こんにちは、マイさん」

「あらぁ、和子ちゃん、来てくれたんだ」

 和子ちゃん、このお店のお姉さんと知り合いなのか。

「はい。マイさんの言ったとおりになったから、報告に来ました」

「うん、それはよかった。今ちょっと混んでいるから、カウンター席でいいかな?」

 マイさんと呼ばれた喫茶店のお姉さんが言ったとおり、店内はお客さんでいっぱい。といっても小さな喫茶店で、窓際の半円型の四人掛け席と真ん中にある三人掛けの丸テーブルの席があるだけ。十人も入れば満員というところだ。カウンター席は幸いまだ空席。オレと和子ちゃんはお姉さんの案内でその席についた。

「君が和子ちゃんか。初めまして、ここのマスターです」

「はい、マイさんから聞いています。ステキなダンナさんだって」

 へぇ、ここのマスターってさっきのお姉さんのダンナさんなんだ。ってことは結構年の差があるんだな。

「マイさん、あのとき言われていたコーヒーをいただけますか?」

「はい。そちらの彼は何にするかな?」

「えっ、あ、はい…」

 喫茶店なんて来たことがないから、何を頼めばいいのかわからないよ。あわてているオレに和子ちゃんがこんな言葉をかけてくれた。

「お薦めのコーヒーがあるの。私と一緒のにしない?」

「あ、じゃぁオレも同じのを」

 やばいなぁ、オレの方がリードされてるじゃないか。しかし昨日の和子ちゃんからは考えられないくらいの積極ぶり。

「和子ちゃん、ここのお姉さんとは知り合いなの?」

「うん、マイさんはカラーセラピーっていうのをやっていて、それで私のことを見てもらったの。そのとき、アドバイスをもらって」

「カラーセラピー?」

 初めて聞く。何だろう、それは?

「ほら、カウンターに二色のボトルがいっぱい並んでいるでしょ。そこから四本のボトルを選ぶことで、自分の今の状況や未来に向けての行動がわかるの」

「占いみたいなもの?」

「うぅん、占いとはちょっと違うかな。でもそのおかげで、私…」

 そこまで言いかけたとき、急に和子ちゃんは恥ずかしそうに下を向いた。か、かわいぃっ。はにかむ姿が何とも言えない。活発な真希ちゃんや大胆な沙帆ちゃんにはない、清楚な奥ゆかしさがある。

「慎吾くんはこの夏までにやりたいことってある?」

 またもや和子ちゃんの突然の質問。

「えっ、やりたいこと?」

 そう言われて、オレの頭の中に浮かんだのは「彼女をつくること」。これしかなかった。けれどそれを口にするのはちょっと…。

「私ね、どうしても叶えたいことがあって。そのことをマイさんに相談したの」

「和子ちゃんは何を叶えたいの?」

 今度はオレが質問。けれど和子ちゃんはオレの質問をスルーして話を続けた。

「そのときにね、こんなアドバイスをもらったの。人生って一度きり。過去を後悔しても意味はない。未来ばかり見ていても何も起こらない。大事なのは今という瞬間を真剣に、大事に、必死に生きることだって。それが願いを叶える最大のコツなんだって」

「そう、今このときを大事に生きること。これがポイントよ。はい、シェリー・ブレンド。やっとこのコーヒーを飲めるね」

 喫茶店のお姉さん、マイさんがコーヒーを運んできてくれた。

「はい、おかげさまで。これで私が望んでいる未来がはっきり見えてくるんですね」

「うん、自分の未来を見て今をしっかり生きる。これをさらに意識してみてね」

 未来が見えるってどういうことなんだ? 和子ちゃんは目を閉じてコーヒーを口にしている。オレはそれをじっと見る。上を向いたまま黙っている和子ちゃん。どうしたんだ? すると突然パッと目を開けて、にっこりと微笑む和子ちゃん。

「どんな味がしたかな?」

 マイさんがそう尋ねる。

「はい、はっきりとわかりました。今の私でいいんだって。無理をすることはない、今の私のままでいけば思いは形になるって。それをシェリー・ブレンドが教えてくれました」

「うん、よかった」

 まだどういう事なのかわからない。キョトンとしているオレに、マスターが声をかけてくれた。

「ははは、一体何が起きたのかわからないって様子だね」

「あ、はい。和子ちゃんはコーヒーを飲んで何が起きたんですか?」

「このコーヒー、シェリー・ブレンドはね、飲んだ人が今望んでいる味がするんだよ。人によっては自分が望んだ未来の映像が見えることもあるんだ」

 そんなバカな。そう思ったのが和子ちゃんにも伝わったのだろうか。

「慎吾くんも飲んでみて。そうしたらマスターの言っていることがわかるから」

 そう言ってにっこりと微笑む。その笑顔、今まで見た中では一番のもの。あれっ、和子ちゃんって本当にすっごくかわいいんだ。オレは急にドキドキしてしまった。

「あ、うん。じゃぁいただきます」

 まだドキドキしてる。なにしろこんなところで本格的なコーヒーを飲むのは初めて。カップにそっと口を付ける。そして、黒くて苦い液体を口に含ませる。えっ、苦くない。それどころかなんとなく甘酸っぱくて、さわやかな味がする。でも間違いなくこれはコーヒー。なんだろう、この味は。例えて言うなら…そう、和子ちゃんと一緒にいると感じるこの感じ。ちょっと恥ずかしくて、でもうれしくて。そう思ったときに声をかけられた。

「ね、どんな味がした?」

 和子ちゃんの声だ。

「あ、そ、そうだなぁ」

 今感じたことをそのまま正直に言うのはちょっと照れてしまう。

「コーヒーなんだけど、ちょっと違う味を感じたよ。なんていうか、その、う~ん…」

 オレが言うのをためらっていると、マイさんがくすくす笑いながらこう言った。

「ひょっとして、ちょっと甘酸っぱくてさわやかな味がしたんじゃないの?」

「えっ、ど、どうしてわかるんですか?」

「うふふ、きみみたいな年頃にはありがちなことだからね」

 マイさんってオレの心が読めているのか?

「甘酸っぱくてさわやかだったんだ。でもそれってどいういうものを欲しがっているのかな?」

 和子ちゃんはまだオレの心がわからないのか。でもその方がいいかな。

「ところでさ、和子ちゃんはマイさんにどんな相談をしたの? 叶えたいことがあるって言ってたけど」

「えっ、私の相談? それは…」

 またまたはにかむ和子ちゃん。やばい質問しちゃったかな。けれど和子ちゃん、パッと顔を上げてオレの方をじっと見つめる。

「わたし…変身したかったの。昨日見たとおり、私って暗くてダサくてかわいくないでしょ。真希や沙帆みたいに明るくかわいくなりたかったの。高校生の夏って、このときしか体験できないんだから」

 思い切って話しをした和子ちゃん。その顔はオレにとってはとてもかわいらしく、許せるならばギュって抱きしめたいくらいだ。

「でもさ、さっきコーヒーを飲んだときにはこのままでいいって言ってなかった? 変わりたいっていう願望とは違うんじゃない?」

「そうなの。そのことをマイさんにアドバイスしてもらったの。私は私なりのいいところがある。そこをわざわざ押し殺す必要はない。今のまま自分らしさを発揮すれば本当の願いは叶うって」

「本当の願い?」

 和子ちゃんはしまったという顔をしている。ちょうどそのタイミングでマイさんが割り込んできた。

「はい、お二人には特別に焼きたてクッキーをプレゼントしちゃおうっ」

 マイさんが差し出した皿の上には、甘い香りのする二色のクッキーが二つずつ並んでいた。

「ありがとうございます」

 和子ちゃんはそう言って白い色のクッキーに手を伸ばす。オレは茶色の方を手にとって口に運ぶ。ん、おいしいっ。そして飲みかけのコーヒーを口に含む。

 このとき、オレは夢を見た。和子ちゃんと仲良く手をつないで、夕日の沈む海岸を散歩している。二人に言葉はない。けれどそれで十分。二人の間には気持ちがつながっている。そんな恋愛、してみたい。

「何か見えた?」

 マイさんのその声でハッと我に返った。

「えっ、いや、その…」

 またまたあわてるオレ。

「あ、あの…マイさん、ちょっと相談があるんですけど…」

 和子ちゃんはモジモジしながらマイさんに相談をもちかけている。

「ん、なぁに?」

「ちょっとあっちで、いいですか?」

「うん、いいわよ」

「慎吾くん、ごめん。ちょっとだけマイさんとお話してきていい?」

「あ、いいよ」

 和子ちゃんとマイさんは窓際の端の方へ移動。オレはぽつんとカウンター席に残されてしまった。

「慎吾くん、だっけ。シェリー・ブレンドで何かいいものが見えたかな?」

 マスターがカウンター越しにオレに声をかけてきた。

「あ、えぇ」

「和子ちゃん、君に脈ありだと思うけどな」

 脈ありって、つまりそういうことなのかな?

「あとはマイに任せておけば大丈夫だよ。それよりも、この後の予定は立っているの?」

「あ、いえ、まだ…」

「じゃぁ私がとっておきの場所を教えてあげよう。真夏だったら本当は暑くて大変だけど、今日は比較的涼しいし。気持ちも最高のところだよ。少し歩くけどいいかな?」

「あ、はい」

 ちょっとお節介な人だな、そう思ったけれど本当のところはとてもありがたい。マスターが言うとおり、オレはこの後のことはまったく考えていなかったし。マスターは簡単な地図を書いてくれた。その場所とは…

「おまたせ」

 戻ってきた和子ちゃんの顔は晴れ晴れとしている。このとき、マスターは目で合図。このあとあの場所へ誘え、という意味なのはすぐにわかった。オレは意を決して和子ちゃんに声をかけることにした。

「あのさ」

「あのね」

 オレと和子ちゃんの声が重なった。

「あ、何?」

「慎吾くんから、どうぞ」

 また照れている和子ちゃん。オレは思わずマスターの顔を見て助けを求めた。マスターはまたもや目でオレに「いけ」の合図。よし、言うぞ。

「あ、あのさ、この後ちょっとつきあって欲しいところがあるんだけど…」

 これでいいのかな? オレは不安を抱えながらマスターの顔を見る。マスターは親指を立てて笑顔でオレに応えてくれた。和子ちゃんはどうしようって顔でマイさんの方を見ている。それに対してマイさんは笑顔を見せるだけ。けれど和子ちゃんは何かを納得したみたい。

「うん、いいですよ」

 よっしゃ! オレは心の中でガッツポーズをとった。つもりだったが、実際に形に出てたみたい。

「慎吾くん、喜びが思いっきり出てるぞ」

 マスターにそう言われて、ちょっと恥ずかしかった。それからはお互いの学校のこととか、友達のことを語り合った。ここで初めてわかったのだが、三人のリーダー格であった真希ちゃんは和子ちゃんと幼稚園の時からの幼なじみだということ。いつも真希ちゃんに頼ってばかりだけれど、真希ちゃんはなぜか和子ちゃんを頼りにしているって言っている。

「でね、入試の直前も私に数学と英語を何とかして欲しいって頼られて。このときばかりは真希を徹底的にしごいたのよ」

「へぇ、なんだか想像できないなぁ」

「真希には夢があって。いつもそのことを聞かされてる。でもそれがうらやましくて」

「真希ちゃんの夢って何なの?」

「真希ね、すっごい料理が得意なの。だからいつか自分のお店を持つんだって。そのために、今は料理の勉強よりも数字に強くなりたいからって、商業高校に入ったの。卒業したら調理の専門学校に行くんだって。そしてね…」

 和子ちゃん、なぜか真希ちゃんの話になると活き活きとしていた。それだけ彼女のことが大好きなんだな。

「じゃぁ和子ちゃんはどんな夢を持っているの?」

 オレがその質問をした途端、和子ちゃんは口をつぐんでしまった。

「それは…」

「あ、無理に言わなくていいよ」

「ち、違うの。その…あ、後で言うね」

 なんだろう、何かワケありなのかな? 時計を見るとちょうどいい頃合い。そろそろマスターおすすめの場所に移動してみよう。

「そろそろ出ない?」

「うん」

 素直に答える和子ちゃん。おとなしくて、でも話すときは夢中で話して。メガネを取ると、とてもかわいらしくて。そんな彼女と一緒にいられるなんて。ちょっと前のオレから考えると、夢みたいだ。こりゃうまくいけば、オレの望んだ夏が期待できるかもしれないな。マスターとマイさんに深々とお礼をして店を出た。

「それでどこに行くの?」

「うん、とりあえず歩こうか」

 やっべ、手に汗かいてきちゃった。緊張するなぁ。これから向かうところ。それはマスターに教えてもらった秘密の場所。秘密、といってもみんな知っている。けれど、この時間のこの場所でなければ体験できない出来事があるらしい。向かう先は堤防の公園。

「ここから登ろうか」

 堤防を越えるための階段は他にあるんだけど、オレはあえて堤防の坂をよじ登ることにした。というか、これもマスターの入れ知恵。

「ここから登れば最短距離だけど、坂が急だろ。このときにそっと手を差し出すんだよ。そうすれば彼女の手が握れるかもしれないぞ」

 マスターのこの言葉を思い出して、一人でワクワク。

「うん」

 よし、まずはオレが先行して…と思いきや、和子ちゃんはなんと一人ダッシュで堤防を駆け上がっていく。うそっ。作戦失敗じゃねぇかよ。にしても、あのおとなしそうな和子ちゃんからは想像つかない姿だなぁ。

「慎吾くん、早くぅ」

「あ、あぁ」

 オレも勢いをつけて駆け上がる。が、途中で足を滑らせておもいっきりこけてしまった。は、はずかしぃ…。息も絶え絶え、やっとのことで堤防の上にたどりつく。

「大丈夫?」

 和子ちゃんがそっと手を伸ばす。

「あ、ありがとう、はぁ、はぁ」

 オレは和子ちゃんの手につかまり、やっとのことで立ち上がった。あれ、結果的には手をつなげたじゃない。でもなんか立場が逆だな。とそのときである。

「なんだ、だらしねぇ男だなぁ」

 頭がつんつんのにいちゃん三人組が、ガムをくちゃくちゃさせながら言い寄ってきた。

「よぉ、そんなだらしねぇ男はよしとけ。ついでだからよ、金もってねぇか、金」

 か、かつあげかよ。にしても、ほとんどマンガみたいな展開だな。ここでオレがカッコよくこいつらを退治すれば、完璧にマンガの展開なんだけど。しかしオレにはそんな勇気も術もない。逃げる、にしてもちょっとカッコ悪すぎる。でもボコボコにされるよりはましか。オレは和子ちゃんの手をギュッと握って、三人の隙間のどこを抜けようか探していた。そのとき、和子ちゃんはオレの手を握ったままこうささやいた。

「慎吾くん、これ持ってて」

へっ!? そうして和子ちゃんから突然手渡されたのはメガネ。和子ちゃん、ゆっくりと一人の男に近寄っていく。

「おう、ねぇちゃん、なかなかかわいいじゃねぇか。オレに惚れたのかなぁ~」

 にたぁっと笑う男を前に、和子ちゃんは一瞬ニッと笑った。と思った瞬間! 堤防に一陣の風が吹き荒れた。

 ドンッ、バッ、ドタッ

 気がつくと、あっという間に三人の男が倒れ込んでいる。

「こ、このアマぁ…」

 腹を押さえながらにらみつける男。だが和子ちゃんはギッと男達をにらみつけ、静かにこう言った。

「さっさと消えないと、佐々木和子が許さないよ」

 その声にはとても重みがあり、その姿には見る者を圧倒させるものがあった。

「さ、佐々木和子って…し、失礼しましたっ」

 男達はあわててその場から立ち去って行く。和子ちゃんって一体何者なんだ?

「てへっ、またやっちゃった」

 やっちゃったって、一体どういうこと?

「慎吾くん、ごめんね。私、普通の女の子じゃないの」

「普通じゃないって、どういうこと?」

「私、というよりも私の家が普通じゃないのかな。うちのお父さん、こっち系の人なのよ」

 そう言って和子ちゃんは人差し指をほほに当てている。こっち系ってひょっとして…

「や、ヤクザ屋さん!?」

 オレの言葉に和子ちゃんはこっくりとうなずいた。それを確認すると、オレは思わず一歩退いてしまった。

「おかげで昔から武道を仕込まれちゃって。お父さん、女も強くなきゃいかんって言っちゃって。小さい頃はそれがあたりまえだと思っていたけど」

 それがさっきの強さの秘密か。

「私ね、もっとおしとやかになりたかったの。だから今年の夏は一生懸命それをやってみたの。そんなときにマイさんに出会って。そしたら無理をすることはない、今のままでも大丈夫って言われて。けれど真希や沙帆からもっと女の子っぽく可愛らしくって言われて。昨日はあんなカッコしちゃった。だから恥ずかしくて…キャッ」

 和子ちゃん、顔を手で覆って思いっきり照れている。さっきの姿とは大違いだ。どっちが本当の和子ちゃんなんだろう。

「慎吾くん、こんな女の子ってやっぱイヤだよね。ごめんなさい、無理につきあわせちゃって」

 オレは思わず首を横に振った。

「そ、そんなことない。和子ちゃんはとても可愛らしくて、そして格好良くて、そして、その、あの…」

 オレは思い切って和子ちゃんの両手をギュッと握った。正面を向いて、一度目をギュッとつぶって深呼吸。パッと目を開けて、その勢いでこの言葉を吐いた。

「オレはそんな和子ちゃん、大好きだよ!」

 あ、言っちゃった。まさかオレもここまで言うとは思わなかった。口が勝手にそうしゃべったと言った方がいいのかな。しばらく沈黙が続く。和子ちゃん、下を向いたまま何も言わない。

「ごめん、突然こんなこと言って」

 和子ちゃん、そっと顔を上に向けて、オレをじっと見ている。

「あのさ、こんな私でもいいの? 親はあんな仕事しているんだよ。私だって本当はあんな感じなんだよ。こんな私でホントにいいの?」

 半べそをかきながら必死で訴える和子ちゃん。おれはその姿を見て、いたたまれなくなった。ガバッ 和子ちゃんを抱きしめ、そっと耳元でささやく。

「オレはそんな和子ちゃんがいいんだ」

 き、きまった!

 でもホントにいいんだろうか。言ってしまって後悔しないだろうか。だって和子ちゃんの家はヤクザやさん。これが和子ちゃんの親にばれたら、オレ、ひょっとして小指の一本がなくなるかもしれない。まっとうな道に戻れないかもしれない。えぇい、今はそんなこと考えていられるか。自分の気持ちに正直になれ。頭の中ではそんなことがグルグルと駆け回っている。

「慎吾くん…ありがとう」

 和子ちゃん、そう言ってオレを抱きしめてくれた。抱きしめて…抱きしめ…抱き…お、おぉぉっ…

「か、かずこ…ちゃん…く、くるしぃ…」

「あーごめんなさいっ!」

「あーっ、はぁ、はぁ、はぁっ」

 一瞬頭がくらくらして酸欠状態になっていた。危うくこの夏が、いやオレの人生が終わるところだった。

「ご、ごめんなさいっ」

「和子ちゃんって…結構力強いんだね…」

 ふらふらになりながらもなんとか回復。

「だからね、私なんとか普通の女の子になりたかったの。普通におしゃれして、普通に買い物をして、普通に遊んで、そして普通に恋して…きゃっ」

 またまたはにかむ和子ちゃん。こうやっているところは可愛らしい女の子なんだよなぁ。

「あのさ、オレが和子ちゃんに何ができるかわからないけど。普通におしゃれした和子ちゃんと普通に買い物に出かけて、普通に遊びに行くことはできるよ。そして普通に恋することも」

「慎吾くん…」

 和子ちゃんがまたオレのことをジッと見つめている。そして和子ちゃん、またオレに抱きつこうとしているのがわかる。ここで一気にラブシーン。というのが頭に描かれていたが、その瞬間さきほどの馬鹿力で抱きしめられた苦しさがよみがえってきた。

「か、和子ちゃん。ちょっと歩こうか」

 ギリギリのところであの苦しさから逃れることができた。あぶねぇ。いくらオレでも、女の子と天国を見る前に死んだおばあちゃんと天国を見るのだけは勘弁だから。

「うん」

 オレはそっと手をつなぐ。和子ちゃん、ぎゅっと手を握り返す。そしてゆっくりと歩き出した。あれ、この光景どこかで見たことがある。こういうの何って言うんだっけ。そうだ、デジャビュだ。でもそんなんじゃない。もっとハッキリ、確実に見たぞ。しかもごく最近…あ、そうだ!

「和子ちゃん、オレ、一つ願いが叶ったよ」

「えっ、願い?」

「そう。さっきカフェ・シェリーでクッキーとコーヒーをいただいたとき。あのときに見た光景が今そのものなんだ。海岸と堤防って違いはあるけれど。まさにオレはこの状況が欲しかったんだ。夕日を見ながら手をつないで散歩。もちろん相手は和子ちゃん」

「慎吾くん…ありがとう。私もね、一つ願いが叶った。あのときにシェリー・ブレンドを飲んで見た自分の未来が」

「どんな未来を見たの?」

 このとき和子ちゃん、突然立ち止まりオレの方を向いた。そしていきなり… 

 チュッ♪

「えへっ、こんな未来だよ」

 うぉぉぉっ、や、やった、やったよぉぉぉっ!

 彼女いない歴十七年のオレにも、ようやく運がまわってきたぁぁっ。オレはふたたび和子ちゃんの手をギュッと握りしめる。和子ちゃんもオレに応えてくれる。高二の夏、一度きりの夏。オレはこの夏を制した。でもこれがゴールじゃない。ここからがスタートなんだ。よぉし、やったるぞぉ!


 そして迎えた夏休み最終日。オレたち男三人は宿題をほったらかしにしてマックに集合。あれから和子ちゃんとはどうなったかって? それは…

「祐介、真希ちゃんとはうまくいかなかったのか?」

「ダメだわ、あの勝気な性格は。オレにはこれ以上ついていけねぇ。とにかく何でも仕切りたがるんだよ。おかげで振り回されっぱなしだったぜ。そういう友貴はどうだったんだ? 意外にも意気投合してたじゃねぇか」

「それがよぉ、沙帆ちゃんって最初は結構大胆で、かなり期待してたんだけどなぁ。これが鉄道オタクでよ。オレのアニメオタク以上だわ、あれは。どうしても話がかみ合わなくて」

 そうか、二人ともダメだったか。

「で、慎吾はどうだったんだ? あのおとなしそうな和子ちゃんとはうまくいってんのかよ」

 友貴の問いになんて答えればいいのか、正直迷っている。カフェ・シェリーに初めて行った日、和子ちゃんとはキスをした仲。だがそのあとは大変だった。和子ちゃん、どうしても自分の親にオレを紹介したいってことになって。でも和子ちゃんの親はヤクザ屋さん。オレはかなりびびったよ。でもここまできたらオレも男だ。思い切って和子ちゃんの家に行ってみた。その結果がなんと…。

「おっ、慎吾さんじゃないですか。今日はお友達とご一緒ですか?」

 突然声をかけられた。その途端、裕介と友貴はびびってる。

 なぜって? 声をかけてきたのは、つるつる頭でサングラス。もう一人はアロハシャツにまゆ毛無し。どう見ても二人とも普通の人ではない。

「あ、ど、どうも。えっと、神田さんにトモさん、でしたよね」

「おい、あ、あの人達って…」

「う、うん。和子ちゃんとこの知り合い」

 そう、この二人は和子ちゃんところの組の人。和子ちゃんの家に行ったとき、お父さんがオレを気に入ってくれて。組員全員、といっても六人だけど、に紹介してくれた。おかげで街を歩くと、こうやって声をかけられることが多くなったというわけ。

「和子さんのこと、よろしく頼みます。それじゃ」

 こう言って二人は去っていった。

「おい、慎吾、お前なんかすごいことになってるな」

「ま、まぁな」

 冷や汗ものの体験がこれから多くなりそうだ。けれど後悔はしていない。むしろおかげで自分という人間に自信がついた。こんなオレでもこうやって存在を認められているんだから。

 高二の夏、一度きりの夏。ここを境に人生が変わりそう。でも和子ちゃんの家を継ぐのだけは勘弁して欲しいなぁ…


<一度きりの夏 完>

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