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第九十二話

 ユウキが学園で一悶着あったその頃、イクシアは入院の為、本土にある秋宮の施設、ニシダ主任の管理している研究室に呼び出されていた。

 とはいえ、基本的に普通の検査入院と同じ内容であり、あくまでイクシアの特殊な生い立ちに配慮したため、この場所に入院する事になったのだが。


「では、今回はこちらの部屋をお使い下さい。ただの検査ですので、とくに行動の制限や決まりごとはないのですが、午後九時以降の飲食は控えてくださいね。出来ればお水も控えて貰えると助かります」

「分かりました、ニシダさん。魔力を使う事も控えた方が良いのですよね?」

「そうですね、出来れば。他に何かご質問はありますか?」

「質問……ではないのですが、少し要望を出しても良いでしょうか」

「はい、なんでしょうか?」


 イクシアの要望。それは勿論『R博士』という人物とコンタクトを取る事。

 一方ニシダ主任は、普段あまり要望や希望を出さないイクシアの言葉に、少しだけ驚いていた。


「先日、グランディアにてユウキは一時的に命を失い掛けました。しかし、R博士なる人物の協力により、それを未然に予防出来たと聞きました」

「あー……一応そういうことになっていますね」

「恐らく、秘術中の秘術。安易に『伝授して欲しい』と言う事は出来ないと重々承知しています。ですが……恐らく、その方は『私同様、古の時代に生きたエルフ』なのではないでしょうか? 願わくは、その方に師事したいと考えています。私も……まだ上を目指せるのなら、ユウキの為にも学びを得たいと思っているのです……」


 そうイクシアが言い切ると、ニシダは酷く困惑し、そして同時に『どうしたものか』と考えていた。

 基本、召喚された魂が人間である事はないし、他の生き物だとしても、それが前世と関りのある他の魂と遭遇する事はない。かつて、人ではないが、高い知能を持つ精霊種が『グランディアに行きたい』『故郷がどうなっているのかを知りたい』と願った事例は存在した。

 だが、過ぎ去った年月は環境を、種を大きく変える。結果としてその精霊は大きなショックを受け、心を病むという結果に終わってしまった。

 故に『再び生を受けた存在は、極力過去と関わらないようにする』という規則が生まれた。

 尤も、エルフであり、途方もない過去から来たイクシアは、そこまで厳重な措置など取らなくても問題ないだろう、という事で行動の自由が許されていたのだが。

 事実、イクシアはグランディアの地に踏み入っても、心乱される事なく過ごす事が出来た。

 だが……『もしもお互いに神話の時代に生きたエルフだったら』『どちらも同じ世代に名を馳せたであろう術師だったら』。

 その可能性が、ニシダの首を中々頷かせてくれないのだった。


「……やはり、難しいのですか?」

「……R博士は、本来秘匿すべき存在です、貴女同様。お互い、引き合わせるのは……私の独断で決める事が難しいんです」

「やはり、そうですか……いえ、こちらこそ無理を言って申し訳ありませんでし――」

『……うん、ごめんね。私達は過去を求めたらいけないんだ』


 その時だった。室内に何者かの声がスピーカー越しに伝わって来る。


「な……R博士!?」

『チセちゃん。ちょっとだけ、二人きりでお話させてくれないかい? 大丈夫、通信で、ね』

「……分かりました。イクシアさん、突然で申し訳ありませんが……聞きたい事が聞ける事を、祈っています」


 イクシアの求めていた相手からの提案。

 ここに、神話時代を生きた、偉大なエルフ同士の邂逅……声だけではあるが、それが叶ったのであった。


「……R博士、とお呼びして良いのでしょうか。『過去を求めてはいけない』とは、どういう意味でしょうか」

『そのままの意味だよ。私達はこの奇跡みたいな時間を貰ってこの世界にいる。大きすぎる過去の力を持って、ね。でも、その力を無暗に世界に広めてはいけない。それは分かるよね』

「……はい」

『それと同様、君が過去に置いて来た知識を、今求めちゃいけない。それは【歪み】になる可能性すらあるんだ。なによりも……あの術は正確には私の術じゃなく、私を召喚した人の術。そしてそれは人に伝授できる類の術じゃないんだ』

「……そう、だったのですか。しかし……貴女は私以上の力を持っている。それを、子の為に求めるのは……やはり、間違いなのですか……?」


 イクシアはただ子の為を思い、その願いを告げる。


『君は十分に強いよ。それに、困った時は私だって協力する。でもね、先生になってあげる事は出来ないんだ。……それは過去に触れるのと同義。今を生きる君の【毒】にだってなるかもしれない。……今の幸せの為にも、私達は会わない方がいいと思うんだ』

「……過去に触れる? 貴女は……私を知っているのですか?」

『……関りがあったんだと思うよ。秋宮が私達の接触を拒んでいるんだもん』

「っ! そう、なのですか」


 その言葉だけで、イクシアもまた、何かを悟ったようだった。

 自分以上の力を持つ、自分と知り合いかもしれない人物。

 そんなもの、本当に限られているのだから、と。


「……確かに私達は会わない方が、良いですね」

『うん。それぞれの道を進んでいるのに、引き返すような事はしたくないもんね、お互い』

「……はい」

『……何か奇跡みたいなものだよね、こうして同じ時代に生きた者同士がまた言葉をかわすなんて。最後に何か、言う事はあるかい?』


 そう、R博士に優しく問いかけられたイクシアは、ただ静かに目を閉じながら――


「……お互いに、幸せになりましょう、とだけ」

『ふふ、そうだね。うん、お互いに……幸せになろうね』


 それが、最後の言葉となった。

 ただ余韻だけが残された部屋で、イクシアは一人思う。

『遠い未来で、同じ時に再び生を受けた仲間の存在は、ただそれだけで心を満たす』と。

 それは、本人でも気が付かない、無意識の『孤独』を完全に消し去り、イクシアに新たな気持ちを、強さを、そして喜びを与える事となった。


「……はい。この奇跡を、思い切り堪能しなければもったいない、そうですよね――」




 一方、人気のない研究室の中で一人、映像の中のイクシアの姿を見ていたR博士は、ただ懐かしむように、慈しむようにモニターを見つめていた。

 R博士という通称を名乗るこの人物は……イクシア同様、現代の地球に召喚された存在だったのだ。

 そして、過去、現代、そのいずれにおいても、最も優れていたと自負する術師である彼女は、当然イクシアの事、その生前の姿までをも、微かに感じる建物内にいる彼女の魔力だけで突き止めていたのだった。

 たとえ、互いに生前の姿と差異があろうとも、いくら見た目が変化していたとしても、その本質だけは決して間違わない。

 だからこそ、直接会う事はしなかったのだ。会ってしまえば……イクシアもR博士の正体に気が付いてしまうから、と。


「そっかー……あの子が召喚したの、彼女だったんだ……私を召喚したヨシキに匹敵する力があの子にもあるのかな……それとも『同じくらい特異な存在』なのかな……」








「……久々に食べるカップ麺、美味しいと感じるかなって思ったけど……全然だな」


 イクシアさんが入院してしまい、家に戻っても誰もいないという寂しさを埋める為、彼女がいては絶対に出来ない事をしようとしていたのだが、そこはかとない虚しさが訪れている今日この頃。

 いや、冷蔵庫の中に日持ちする料理が入れておいてあるんですけどね? ただこれは明日お弁当として持って行くつもりなので。


「しっかし厄介な新入生もいたもんだよな……マジ他に目撃者いなかったら殺してたわ」


 イクシアさんのお弁当をみすぼらしいとか、コウネさんじゃないけど極刑だわマジで。

 ともあれ、明日も新入生向けのオリエンテーション、それも研究室に重点を置いたものが開かれるので、今日は早めに寝ておくことにした。

 ああ……確かまず初めに『古術学』の講義を受けて……その後は問題の『実戦戦闘理論』の研究室だ……絶対汚物処理班になるやつだ……。


「明日の朝ごはんどうしようかな……たまには購買でなにか買ってみるか」


 そうして、この家で一人きりという、初めての状況で眠りについたのであった。




 翌朝、念のため早く起きた俺は、イクシアさんが作り置きしてくれていたおかずと食パンを適当な弁当箱に詰め込み、学園へと向かう。

 今日最初の講義は『古術学』だ。相変わらず受講生は俺とキョウコさん、そして一之瀬さんの三人だけなのだが……新入生が見学になんて来るんですかね?


「うーやっぱ腹減った。まだ早いし先に購買に行くかなー」


 流石シュヴァ学の購買部は、通常のコンビニ三つ分くらいの大きな施設ではあるのだが、それでも利用者の数に対しては若干手狭であり、中でも食品関係は値段の張る学食に手が出せない生徒達にとっては生命線でもあるのだ。

 故に、当然朝だとしても多くの生徒が詰め掛けていたのであった。


「……マジか。あー……この時間も食堂ってやってたらいいのに」


 とりあえず腹さえ膨らめばそれでいいと、適当な売れ残りのパンを片手にいざレジに並ぶ。

 どうやら、人気商品が学園オリジナルのサンドイッチらしく、それを求めて大勢の生徒がつめかけているようだった。

 え、俺は何選んだのかって? 『ミニつぶあんぱん5個入り』です。すっごい売れ残ってた。俺は結構好きなんだけど。


「行列がすっごい……」

「ですねー……もっと早起きしないとです」


 そんなぼやきに応える女の子の声。この声は……。


「あ、ナシア。おはよう」

「おはようございます、ユウキ先輩。ユウキ先輩もここのお店に来るんですね」

「朝食を買いにね。ナシアは? 寮って朝食出ないのか?」

「出ますよー。私はただ、噂のコンビニスイーツというものを買いにきたんです。殆ど売れきれていたので、とりあえずこれだけですけど」


 そう言ってナシアが見せてくれたのは『水ようかん』でした。……なんだよなんだよ、そろいもそろってあんこは不人気なのか……俺は好きなんだけど。


「あー……そういえば去年、コンビニスイーツを驕るって約束したよな。週末にでも裏の町にあるコンビニに案内するよ」

「は! そういえばそうでしたね! なるほど……コンビニはここだけじゃなかったんですね……」


 一応、購買だけどコンビニチェーンでもあるんですよね、ここ。


「ナシアは今日、どの講義とか研究室を見に行くんだ?」

「『魔力応用学』の講義と研究室ですね。受ける講義は昨日の二つと魔力応用学の三つにするつもりなんです」

「なるほど。ちなみに魔力応用学の研究室には俺も所属してるから、もし入れたら一緒になるな」

「あ、そうなんですね。じゃあ入れるように頑張らないと」


 張り切るナシアと別れ、そろそろ講義の時間だからと、俺も古術学の教室へと向かうのだった。

 いいなぁ、こういう後輩とのコミュニケーション。なんだか自分が先輩になったって実感が湧いてくる。




「おー、案の定俺が一番のりだったか」

「そのようですわね。おはよう、ササハラ君。早いですわね」

「あ、おはようキョウコさん。っと、それに一之瀬さんも」


 教室に付くと、すぐ背後からキョウコさんが話しかけてきたと思ったら、そのさらに背後にはもう一之瀬さんもやってきていた。

 この講義……優等生ツートップが一緒だから、講義の進行が凄いスムーズなんだよな。


「おはよう、二人とも。今期も私達三人だけのようだが、宜しく頼む」

「こちらこそよろしくお願いします」

「いやわからないぞー? もしかしたら新入生が来るかもしれない」

「「それはないでしょうね(ないだろうな)」」


 ですよね。一先ず三人固まって席につき、ジェニス先生がやって来るのを待つ。

 ダウナーでやる気の感じられない先生ではあるけれど……来なかった事はないんだよね、あの人。

 とその時、教室の扉が開く音がした。

 お、今日は結構早かった――ありゃ?


「あら……すみません、ここは『古術学』の講義を行う教室だと思ったのですが」

「なん……だと……」

「まさか……」

「お、新入生だ! ってホソハさんじゃん」

「まぁ、ササちゃん先輩ではないですか。すみません、ここは古術学の講義を行っていると思っていたのですが、間違っていたでしょうか?」

「いんや、正解。ここの先生、いつも来るのが二分くらい遅れるんだ」


 なんと、現れたのは先生ではなく、新入生。それも、ナシアから聞かされていた、もう一人のSS候補だったという、ホソハアメノさんだった。


「あら、ササハラ君のお知り合いなんですか?」

「ほう、どうやら後輩のようだが……ああ、そういえば、確かナシア君の言っていた……?」


 青年、説明中。キョウコさんはナシアとも会った事がないからな。


「なるほど、もしかしたら同じクラスだったかもしれないのですね」

「しかし、まさかこの講義を受ける新入生がいるとは思わなかった」

「確かに、古術は地球に住む人間にとっては深く考えるまでもない、迷信のような物ですからね。そしてグランディアの人間にとっては、ただの児戯、有体に言うならば、ウィッチクラフト以下と思われがちですから」

「お、もしかしてホソハさん、詳しかったりするの?」

「はい、多少は。なので、是非この講義を受けたいと思いまして」


 そう語る後輩の姿に、我ら先輩ズは感心し頷いているのだが、そんな最中、静かに開いた扉から、露骨にめんどくさそうな表情を浮かべた人物がこちらを覗いていたのを俺は見逃さなかった。


「ジェニス先生、遅刻。新入生になんて顔向けてるんですか」

「えーーーーーー勘弁して欲しいのよ……他学年がさらに新しく講義受けるの……? 仕事量倍になりかねないのだけど……貴女、考え直さない?」

「考え直しません。大好きな科目ですので、是非」

「……基本的に生徒の要望に沿って解説してるだけなのよね……ねぇ、どうせ試験も独断で私が作るんだから……いっその事合同で良いかしら……」


 うわ、この講師とんでもない事言いおった。いや確かに講義内容って俺達がリクエストした内容について解説してくれるって形式なんだけど。

 ……進捗状況とかあんまり関係ない内容だし、合同でもいいのか?


「それで構いませんよ。私は専門家のお話を聞き学ぶことが出来れば、それで満足ですから」

「だ、そうです」

「……相変わらず、講師にあるまじき人ですね、ジェニス先生」

「まったくですわね。ホソハさん、と言いましたか? 私はカヅキキョウコと申します。このような講義ですが、何卒よろしくお願いしますね」

「私はイチノセミコトと言う。少々締まりのない調子だが、知識量や解説の質は保障しよう。宜しく頼む」


 先生をさしおき、生徒同士で自己紹介を済ませる。

 いやぁ……まさかこうして新しい生徒が増えるとは。


「はい、宜しくお願いします、ミコト先輩、キョウコ先輩」

「……あ、そっちは普通に呼ぶのね」


 ……まさか、提案しなければ俺も『ユウキ先輩』とか呼ばれていたのだろうか。

 ともあれ、新入生を交えて、今日も地球に伝わる呪術や陰陽術、古い西洋の黒魔術について談義するのであった。

 さー……この後はいよいよ問題の実戦戦闘理論の研究室だ……なるべく被害が少ないよーに!


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