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第九十一話

 講義を終え、皆で食堂に移動する。

 俺はもう『年間食券無料パス』の効果が切れたので、極力お弁当にしているのだが、とりあえずみんながここで食べるのならご一緒しましょう。話も聞きたいし。


「ナシア後輩、これが券売機だ。ここで食べたい物のチケットを買って、それを食堂のカウンターに渡すと番号札が貰える。完成した料理と番号札を交換するんだ」

「へー! お店側の人が助かりますね、この方式は! メニューの名前覚えたりしなくてもいいですし、配膳の必要もありませんね」

「お、いいところに気が付いたな。うちの学園って、大人数が利用する割には、基本的に出来立てを提供してくれる関係で、中で働いている人が凄く忙しいらしいんだ。少しでも従業員の負担を減らしたいんだろうな」


 そう、何気にここって『大鍋で作ってある料理を取り分ける』という方式でなく、注文が入ってから一人分ずつ作っているから、本物のレストランのようなクオリティなのだ。

 まぁだから値段も張るのだが……貴族やら大企業の御曹司やら身分の高い家の出が多いのだし、これくらいはしかるべきなのかもしれないな。

 まぁその所為で気軽に食券を買えない生徒もちょいちょいいるのだが。

 俺はまぁ経済的にはむしろどの学生よりも『自分で自由に出来る金』は多いので、もう困る事はないんだが、どうしても有料になると尻込みしちゃう小市民ソウルの持ち主なので。

 なお、年間無料パスは本来、成績優秀者に渡される非売品とのこと。


 ……ちゃんと実務研修の度に護衛代が振り込まれるし、リョウカさんから任務を与えられた時も、とんでもない額振り込まれたしなぁ……あと石崎のじいちゃんからも。

 うちの実家の修繕、結構がっつりお金かけたんだけど、通帳にまだ八ケタの額残ってるから……。


「ユウキ先輩、大変です! デザートまであります! どうしましょう、一日に使う金額は決めているのですが、オーバーしてしまいそうです!」

「ナーちゃん、ここの料理って結構量が多いから、なるべく少なさそうなのにしたらいいよ。出費も抑えられるし」

「なるほど……ではこの『ゴマ団子』だけにします。お団子は知っています、お腹が膨れるデザートなので、今日はこれだけにします!」

「じゃあ私もそれにしよーっと」

「もし足りなさそうなら、俺のお弁当分けるよ。なんだか今日はイクシアさん、凄い気合い入れて作ってくれたから」


 たぶん、昨日俺が言った事が嬉しかったんだと思います。朝から凄い気合いの入れ方で、スマ端でBBクッキング見ながら熱心に作ってましたよ。

『今日は海外で生まれたという、日本料理のアレンジレシピを真似しましたよ』とのこと。

 セリアさんとナシアが注文を終えたのを確認し、席を取りに行く。

 新入生の姿もちらほらと見受けられるな。最初は少し尻込みしちゃうんだよな、ここ使うのって。上級生も多いし。


「席確保。この一角使おうか」

「うん、じゃあ料理が出来るまで、私達の話でもしよっか」

「そうですね。セリアちゃんと会うの久しぶりだし、私もお話聞きたいな」


 そうして、セリアさんからナシアについて語られる。


「ナーちゃんって、実はこう見えて私と同い年なんだよね、確か。で、ナーちゃんは普段、私の里とは違う、主都の方に住んでいるんだけど、毎年夏休みになると私の里に遊びに来ていたんだ。まぁ半分勉強合宿みたいな感じなんだけど」

「そうそう、だからセリアちゃんとはほぼ幼馴染なんだよね!」

「で、私達はまぁ……ちょっと特殊な学校? みたいなところで一緒に勉強していたんだけど、私がラッハールの学園に編入する事になってから、それっきり。だからもう七年ぶりくらいかな?」


 え、それって結構の間会ってないって事じゃないか。よく一瞬で知り合いってわかったなぁ……あ、そうか。

 エルフだから七年程度じゃそんなに見た目も変わらないのか。


「私が地球に来ている事についてだけど……正式に次期聖女に決定したから、最後に地球で見聞を広めるべきだろうって、初代様からお告げがあったからなんだって」

「ちょ、ユウキに聞かれちゃう……!」

「あ、一応俺も知ってるから。まぁ聖女がどんな物なのかイマイチ分かってないけど」


 あれですか、巫女さんみたいなヤツの国を挙げて選ばれる奴みたいなのかね?


「実はセリアちゃんも聖女候補だったんですよ? というか有力氏族から一名ずつ選ばれているんですけど、セリアちゃんはハーミットの氏族代表です」

「まぁ、でも花の一族が『他の氏族の中から選ばれた』っていう形をとる為の候補だけどねー」

「あはは、確かに。でも、選ばれるっていうのはイコールその氏族では最も見込みのある子供、っていう意味なんだよ?」

「へー……やっぱセリアさん凄いな。俺、実は春休み中にラッハールの方に行ったんだよ。あんな巨大な学園でトップって……正直凄すぎてびっくりだよ」


 あの一区画丸ごと学園の敷地とかいう、マンモス校すら霞むレベルの規模で、魔術科主席って相当だぞ……。


「え? なんでユウキがラッハールに?」

「あ……いやほら、去年のミスティックアーツ関連としか答えられないんだけど……察して?」

「ああ……あれってやっぱり問題になっちゃったんだ……?」


 やべ、コウネさんについての話は一応秘密なんだった。

 とりあえずこれで色々勝手に察して欲しい。

 と、その時。ナシアとセリアさんの番号が呼ばれ、二人が受け取りに行く。

 あぶねー……うっかり口滑らせちゃったよ。

 ……そういえば、さっき教室から移動する時、例の男子生徒……ナシアに付きまとってる厄介なヤツがこっちを見ていたな。

 変な事にならなきゃいいのだが――ダメだ、遅かった。


「ごめんなさい、もう一緒に食べる約束をしているので」

「ごめんねー。もう席取っちゃってるんだー」

「な、なら俺も混ぜてくださいよ! いいでしょう?」


 例の生徒が、セリアさんとナシアに絡んでいたのだった。

 いやーマジかよ。今までどんな環境で生きてきたのアイツ。最低でも一八歳だろあれ。

 いやまぁ……勘違いなぼんぼんは去年俺だって散々見てきたけど、あそこまでは酷くなかったぞ。


「お……マジか」


 さすがにまた俺が向かおうと席を立ちかけた時だった。意外な人物が二人に助け舟を出していた。


「あまり見苦しい真似はしない方がいいぞ、誇りあるシュバインの学生なら。女性に誘いを断られたなら大人しく身を引きたまえ」

「な……なんだよアンタ」

「口の利き方に気を付けるといい、後輩。ここは将来立場ある場所に立つ人間の集う場所だ。あまり、自分の品位を傷つけるような振る舞いはするな」


 そう言い残し、颯爽と立ち去ったのは……まさかのリッくんことリィク・ビゼハンだった。

 いや、お前がそれ言うんかい。去年似たようなことして攻撃してきたのはどこの誰かと。

 いや一年で成長したんだとは思うけど。……人の振り見て我が振り直せってヤツか。


「……ありがと、リィク」

「ありがとうございます、知らない先輩さん!」

「……新入生を助けるのは先輩の役目だからな」


 そうして、さすがにここまで言われたあの新入生も、大人しく自分の食事を受け取りに行ったのだった。


「おかえりー、二人とも。災難だったね。そして……意外だったね?」

「あはは……ただいま、ユウキ」

「ただいまですユウキ先輩。見られちゃいました?」

「うん、ばっちり。いや実はアイツ、紋章学の講義が終わった時からナシアの事つけてたんだよ。もっと警戒すべきだった、ごめんな」

「あや? そうだったんですか?」

「え、なになに、あの子って……?」

「半ストーカー。俺もちょっと警戒してる」


 多分ロリコン甘やかされ我儘ぼんぼんです。いや知らないけど。


「……今思うと、リィクってまだマシな方だったんだね」

「まぁ、セリアさんに対してはね。俺には直接手出して来たから論外だけど」


 いや俺も言い返したり煽ったりはしたけど。

 いいよいいよ、その後しっかり分からせてやったから。


「ところで……ごま団子思いのほか少ないね?」

「うん、そうなんだよね……安かったからいいけど、ちょっと午後の講義はお腹すいちゃいそう」

「私もさすがにこれは……」

「はは、じゃあ俺のお弁当分けてあげるよ。今日もでっかいランチボックス持たされたから」


 トランク型のバスケットを取り出し、いざ中身を空けようとした時だった。

 俺達が占領しているテーブルの一つ余っていた椅子に、我がもの顔で座る人物が。

 それはもちろん――


「お弁当が余っていると聞いて!」

「うわ出た」

「あ、コウネ先輩! こんにちはです」

「あ、コウネも剣術学終わったところ?」

「ええ、そうなんです。ふぅ、少し出遅れたので、食堂の席が殆ど埋まっていて困っていたんですよ。なんだか知らない新入生さんに『一緒に食べませんか?』と誘われたのですが、ユウキ君達の姿が見えたので」

「……それって、どの新入生?」


 いやな、まさかとは思うんだけど。


「あちら、窓辺のテーブルですね。少し悪い事をしたでしょうか? こっちを睨んでますけど」


 それは、案の定例の新入生だった。お前……女なら誰でも良いのかよ。

 いや確かにコウネさん美人だけど。

 でもお前、コウネさんに下手に言い寄ったら本気で潰されるぞ、この人の実家グランディアの中でも有数の大貴族だぞ……。


「で、で、で! イクシアさんのお弁当が余っているのですよね!? 是非私もご相伴にあずかりたいなーと思いまして」

「え、イクシアお姉さんが作ったお弁当なんですか!? へー……お料理出来るんですねー」

「うん、そうだよ。ユウキのお弁当はいつもイクシアさんが作ってくれてるんだってさ。ちょっと羨ましいよね」

「はい、本当に」


 へへへ、それ程でもある。

 そしていざバスケットを開けると、そこには見たことのない料理がびっしり詰まっていた。

 一瞬、サンドイッチに見えたのだが……これはおにぎり、だろうか?


「わぁ! 『おにぎらず』じゃないですか! 実は私も作ってみたいと思っていたんですよ!」

「なになに、おにぎりじゃないの? ……ええと、ライスのサンドイッチ?」

「綺麗ですねー先輩。ライスは私も食べた事ありますよー」


 それは、なんだか押し寿司のような、一風変わった料理だった。

 ライスの間にサンドイッチの具のような物が挟まった、まさにお弁当の為にあるかのような料理だ。


「それは、ライスで具材を挟み、押し固めた料理なんですよ。握らず包み込み、押し固める。おにぎりの常識にとらわれない、様々な具を一緒に押し固める新しいお弁当の形として、密かにブームになっているんです」

「へぇ……あ、本当だ。これソーセージとレタス挟まってる。それにケチャップライスだ」

「色んな種類がありますねー。ユウキ先輩はいつもこんなに沢山食べるんですか?」

「いやいやいや、さすがにこれは友達と分けるの前提で持たせてくれたんだよ。じゃあとりあえず、食べたいのみんなで先に選んじゃって良いから」


 こりゃ確かにイクシアさん、気合いが入っていそうだ。うーん美味しそう。

 そうしてみんながそれぞれ選び取り、後は俺がどれにしようか迷っている時、背後から何者かの気配を感じた。


「やっぱり小さいと得ですよねぇ? そんな風に構って貰えて。いやー羨ましいですよ、ちょっと活躍しただけでも過剰に持ち上げられるでしょう? 小さいのに凄いって。……ナシアちゃんだけじゃなくて他にもこんなにはべらせて……何様なの君。ここは選ばれたエリートの学園、最高級の食堂なんですよ? そんなみすぼらしい弁当、この場所で食べないで貰えます? 他の皆さんもそんな物食べさせられて迷惑ですよ」


 そう、強い口調で話しかけられた。

 瞬間、隣に座っていたセリアさんに腕を掴まれ、同時に対面していたコウネさんが『だめ』と囁いた。

 二人とも……そんな俺がいきなりこの相手の事を殺すとでも思ってるんですか……。

 ゆっくりと、平静を保って後ろを振り返ると、それは案の定あの新入生だった。

 思い切りこちらを見下すような視線を向けながら、さらに続ける。


「そういう子供じみた方法で取り入るの、やめてくださいよ。っていうか、新入生の交流にさっきからなんで先輩方がクチ出しするんですかね?」


 なんだこいつ、本当にこの学園の試験に受かったのか?

 食事時に騒ぐのはさすがに大人げないからと、穏便に済ませようと口を開きかけたその時、俺の代わりに、食堂中に響き渡りそうな大きな声がすぐ近くから上がる。


「この間から貴方なんなんですか! 失礼です、ユウキ先輩に謝ってください! それにみすぼらしくなんてありません! こんなに綺麗で可愛いお弁当、私は食べさせてもらった事なんて一度もないんです!」

「あぁ……可愛い。ごめんねナシアちゃん。でも本当にそんなのでガマンしなくていいよ? 僕があっちの席でなんでも奢ってあげるからね?」


 怒鳴られているというのに、嬉しそうにそう語る新入……いや、馬鹿ガキ。

 そんな様子に、ナシアはさすがに我慢の限界を迎えたのか――


「貴方みたいな人、大っ嫌いです! 二度と近寄らないで下さい……気持ち悪い!」


 あまりにもドストレートな拒絶の言葉に、さすがに笑ってしまった……俺を含めて周囲の生徒も。

 明確な拒絶、そして嫌い、近寄るなと意志表示をされた馬鹿ガキは、さすがにこの空気の中留まり続ける根性はなかったのか、顔を真っ赤にして走り去っていってしまった。


「なんなんですか、あの人は! あんな人間初めて見ました! 嫌いです、最低です!」

「あー……なんていうかナシア、あれは言い過ぎだ。あれだとお前さんが周囲に『苛烈な女』だって思われてしまう。俺が対応すべきだったんだ。けど、怒ってくれてありがとうな?」

「苛烈な女でいいです! 私、この外見の所為でいっつも子供扱いされます。これくらいで丁度いいんです!」

「そかそか。……みんなもごめんな、飯がまずくなっちゃうな。俺がもうちょい威厳ありそうな人間なら舐められなかったろうに」


 具体的に言うと身長。くそ……ほんの二週間くらい前まで身長一九〇代だったんだぞ!? もう少し長くグランディアに留まっていたら、そのまま身長が固定化されたりしませんかね……?


「けど……正直本気でユウキが怒らないか心配したんだよ? なんていうか……見事に地雷全部踏み抜いた感じだったから」

「そうです、家族のお弁当をけなされたのなら、それはもう戦争ですよ戦争。私が国の長なら極刑に値します」

「や、コウネさんは言い過ぎだから。けどまぁ……多少は成長してるんですよ、俺も」


 これは、俺が既に『任務として何人も人を殺している』『人の命なんて容易く消える』『自分の力は容易に人を殺せてしまう』これらの事を一年間通して嫌という程知ったからだろうな。

 事実、怒りはしたが、ここで動けばあの生徒の命も、周囲からの信頼も、もしかしたらイクシアさんとの関係も消えてしまうかもしれないと思うと、あそこで手を出すという選択は絶対に出てこないのだ。


「まぁ、合法的に痛めつけられる機会があるなら、ユウキ必殺のミスティックアーツが炸裂するということで……」

「塵も残らないじゃないそれ」

「なんですかそれは! なんとなく凄く強そうな雰囲気ですね」

「いつか見せてやるからなー? とりあえずナシアは早くご飯食べちゃいなさい。コウネさんに食べられるぞ」

「ふふ、多いようでしたら一つ私が食べてあげますからね」


 ま、少なくともこの友人達に囲まれている間は、俺がキレ散らかすなんて事、絶対ないでしょ。


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