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第九十話

 皆と別れ、俺も自分の家へ向かおうと思ったのだが、もう人がいなくなった正面門付近で一人、ポツンと本を読んでいる女子生徒の姿が目に入った。


「あれは確か……ナシアと同じSS編入を打診されていたって子か……」


 見たところ、すらりと背が高く、本が良く似合う文学少女……という風貌だ。

 どことなくアンニュイというか、大人っぽいというか……本当に新入生か?


「けどそろそろ夕方なのに、まだ残ってるのは……」


 ちょっと彼女に話しかけてみる事にした。


「こんにちは、新入生さん」

「……ん、あ、はい。新入生です、こんにちは」

「午前中からずっとここにいたけれど、さすがにそろそろ寒くなって来るし暗くなるよ。寮生って訳でもなさそうだから、時間を潰すなら食堂おすすめ。誰か待ってるにしてもその方がいいよ」

「なるほど、確かにそうですね。つい、興味深くて。貴方は、先輩……という事でよろしいのですか?」

「なんで疑問なのかは気にしないでおくとして、先輩です。食堂は結構暗くなるまで解放されてるから、そこで本を読むと良いよ」


 なんだろう……どことなく浮世離れしているような、そんな感じがする。話してみた印象だけど。


「……ふふ、本当に興味深いです。……この学園も、先輩も」


 その時だった。悪寒でも恐怖でもない。ただ、純粋に全身の毛穴が、彼女に反応するかのようにざわめいた。……なんだ、今の。


「では、失礼します。先輩」

「うん、じゃあまたどこかで、後輩」

「ああ……『細葉ホソハ 雨乃アメノ』と申します。先輩のお名前は?」

「ホソハさんか。俺はササハラユウキ。好きに呼んでいいよ」

「ではササハラ先輩か、ササちゃん先輩、ですかね?」


 お、なんだ以外とお茶目だぞこの子。つい雰囲気に飲まれてしまったけど。


「じゃ後者希望で」

「あら、では……ササちゃん先輩、お先に失礼しますね」


 そう言い残し、食堂に向かって行くホソハ後輩。……なるほど、確かに独特の雰囲気、風格を感じさせる子だったな。

 そうして、今日は昼飯抜きだった俺は、大急ぎで家に帰るのだった。




「ユウキ、今夜は少し外食しませんか? 実は裏のシンビョウ町に、美味しいレストランがあるとママ友の皆さんに聞きまして」

「いいですよ。そういえば、裏の町ってぶぅぶぅマートとドラッグストア以外、どんなお店があるのか知りませんでしたね」


 家に帰ると、イクシアさんにそう提案されたのだが……何故だろう、どことなくイクシアさんの表情が緊張しているような、硬いような印象を受ける。

 少し気にはなるが、早速レストランへと向かう事に。

 曰く、そのレストランは不定休……というよりも、不定営業と言うべき場所で、極稀にしか開いていないのだとか。

 で、最近オーナー兼シェフの人間が戻って来て、営業を再開しているのだとか。

 が、いつまた休業するか分からないので、今の内に行ってみよう、とのこと。

 ……予約、しなくても大丈夫なんですかね、そこ。


「安心してください、お話を聞いてすぐに連絡を入れたところ、丁度一つ空きがあるという話でした。個室だそうですよ」

「へぇ、運がよかったんですね」


 夕焼けが徐々に闇に染まる中、人気の少ない町中を歩いて進むのは、なんだか少しだけ地元を思い出し懐かしくなる。

 都心部だとこの時間も明るいからなぁ、お店やら街灯やらの明りで。

 そうしていつもはぶぅぶぅマートに行く為の道を通り過ぎ、町のはずれへと進んでいくと、一件の小ぢんまりとしたお店が見えてきた。


「ええと……『追月夜香』っていうお店なんですね」

「ええ、ここのはずです。では入りましょうか」


 店内に入ると、恐らく秋宮の学生と思しき、若い店員さんが席に案内してくれた。

 不定期だからこそ、学生バイトを期間限定で雇っているのかな?

 個室に案内されると、メニューなどは用意されておらず、簡単なコース料理として料理が次々に運ばれてくる形式だという。


「へぇ、俺こういうお店は初めてです」

「ふふ、私は生前に何度かありますが、今の人生では初めてです。テーブルマナーなどは必要のないお店と聞いているのですが」


 さて、じゃあそろそろ聞こう。きっとイクシアさんは、何かを俺に伝える為にここに来たのだろう。今も、少し表情が硬いのが分かる。

 一緒に暮らし始めてすぐの頃は、ここまで彼女の感情の機微を感じ取れなかったのに。


「イクシアさん、何か話したい事があるんじゃないですか? ゴハンの前に終わらせちゃいましょうよ」

「っ! ……凄いですね、ユウキはなんでも私の事が分かってしまうんですから」

「そりゃあ、二人きりの家族なんですから。なんでも話してください」

「……はい。実は、明後日から数日間、入院する必要があるのですが……」


 瞬間、血の気が引いた。


「どこか悪いんですか!?」

「いえ、定期健診では至って健康、おかしなところは一切ありません。ただ、召喚からまもなく二年が経つので、一度精密な検査を受ける為に入院が必要だと前々から言われていましたので」

「な、なんだ……驚かせないで下さい……寿命が百年くらい縮まりましたよ……」

「ユウキ、それはヒューマンにとっては即死では?」


 ナイス突っ込み。いや、本当それくらい驚いたので……。

 しかし、それが相談したい内容だったのだろうか?


「ここからが本題なのですが、その際にリョウカさんやニシダ主任に相談して、どうにか『R博士』という方に師事したいと思いまして。……やはり、ユウキの命を救ったのはその人物の手による所が大きいようですし、先日戻って来たその首のチョーカーも、私では解析すら出来ない複雑な術式が組み込まれています。やはり私も、もう少し上を目指したいと思いまして」

「なるほど……確かに世界一だってリョウカさんも言っていましたね。別に良いんじゃないですか? 弟子入りしても」

「ですが、そうなるとどうしても家を空ける時間が増えてくると思うのです……子供を家に一人にさせるのがなんだか私には心苦しくて……」


 な、なるほど……いや、現代だと割と普通の事だと思うんですが……。

 両親共働きなんて珍しくもなんともないし、それに俺だってもうすぐ大人ですから。

 その考えを彼女にも伝えると――


「ほ、本当にいいのですか? 家に帰ってもお母さんが、私が迎えてくれなくてもいいのですか?」

「俺は、イクシアさんがやりたいことをしてくれる方が嬉しいですよ。安心してください、イクシアさんが遅くなる時は、俺が代わりにご飯作って待ってますから」

「ユ、ユウキ……なんと立派な……ユウキ!」

「ちょ、大人しく料理待ってましょうよ」


 イクシアさんがガタっと立ち上がったので、座るように言う。

 大袈裟です、俺はもう一九才です。

 相変わらずどこか子供扱いされているような気もするのだが、イクシアさんの胸のつかえがとれたので、良しとしましょう。

 その後、料理が着々と運び込まれて来たのだが、どうにもここは創作料理のお店だったらしく、初めて食べる沢山の料理たちに、終始イクシアさんとうっとりとしながら至福の時間を過ごさせて貰った。

 ううむ……また是非来たいな。







 翌日。今日から新入生のオリエンテーションとして、各講義の様子を新入生が見学に来る事になっている。

 いや懐かしい、去年は俺が見学する側だったんだよなぁ。

 今日は丁度、俺が受講している『紋章学』『魔術理論』の講義がある。


「じゃあ移動しようか」

「だな。改めて思うけど、魔術理論を受けてるSS生徒が両方剣士っていうのも不思議だよな」

「ごめんなさい、やっぱり今年からは魔術関連より、剣術の方を専攻したいと思いまして」


 実は、コウネさんは結局、今年度からは『紋章学』も『魔術理論』も受講せず、新たに『剣術学』の講義を受ける様になったのだった。

 SSクラスからは一之瀬さんとコウネさん、そしてカイが受講しているらしい。

 俺は今年は受けないのだが……じつは担当講師から『今年も受講する気はないか』と何度か打診されているのだが……俺はどこまでいっても『ゲームの再現』がしたいだけだからなぁ……自分のスタイルに口出しされそうだし遠慮しておいた。

 いや、一応去年の三学期までは取っていたんだが、さすがにもう必要ないかなって。


「んじゃ行くか、カイ」

「おう。なんだか場違い感もあるけどな」




 講義の内容は、以前俺達が新たに加わった時同様、この講義での基本的な学習、魔術を発動する際の呪文の簡略化や複雑化、効果の変化を教えるという事を新入生に説明していた。

 やはり剣士と同じく魔術師志望の生徒は多いらしく、沢山の新入生が俺達の後ろに控えていたのだが――


「ユウキ、あの子来てるぞあの子」

「ん? ……あ、ナシアだ」


 見学者の中に一際小さい女の子が。ナシアが何やらキラキラした目で教壇の方を見つめている。こういう大勢で学ぶ姿が新鮮なのだろうか。

 講義が終わると、ナシアもこちらに気が付いていたのか近くに寄って来た。


「ユウキ先輩、魔術師だったんですか!」

「ふふふ、さてどうでしょう?」

「また会ったなナシアさん。俺もユウキも、一年の最後らへんからこの講義を受けているんだ」


 興味津々といった様子で近づくナシア。だが、どうやらこちらに興味があったのはナシアだけではないらしく、新入生の一部も、こちらの様子を見ながら小さく話していた。


「あれって……去年戦ってた人だよな……剣士じゃなかったのか」

「一緒にいるのって、去年少しテレビで紹介されていた人だよな、魔術師だったのか……」


 おお……まだ俺の事を覚えてる人がいたのか。


「テレビって、あのパソコンみたいなヤツですよね? ユウキ先輩テレビに出た事あるんですか?」

「ん-、俺が直接出たわけじゃないよ、ちょっと紹介されただけ」

「あれ、ナシアさんは知らないのか。ユウキはセリュミエルアーチの偉い人達の命を救ったので有名なんだぞ」

「ええ!? そうだったんですか……私、地球に来るまではあまり世間の事を知る機会がなかったので……たまに来る地球の知り合いがお話してくれる程度だったんです」


 まじか。そういや聖女候補とか言ってたし……俗世とは離れて暮らしていたのかもしれない。


「さてと、んじゃ俺は次の講義があるから移動するよ。じゃあな、ユウキにナシアさん」

「あいよ。んじゃまた後でな」


 剣術学に向かうカイを見送り、俺はそのままここで待機する。

 実はこの後、同じ教室で『紋章学』の講義も開かれるのだ。


「ユウキ先輩は行かないんですか?」

「俺はこのままここで開かれる紋章学も受けるんだよ」

「あ、じゃあやっぱり魔術師なんですね!? ユウキ先輩、実は私は上位の魔導師なんです、だから分からない事があったらなんでも聞いてくださいね!」

「えー、後輩に聞くのかー……けどま、ナシアは優秀だっていうし、そのうち何か相談するかもな」


 そうこうしている間に紋章学を受講しに来た生徒達が集まって来る。

 そういえば、セリアさんもこの講義受けていたっけ。


「あ、ユウキいた。隣空いてるー?」

「お、セリアさん。いいよ、どうぞどうぞ。今新入生の知り合いと話して――」

「あ、セリアちゃんだ」


 ナシアを紹介しようとした時だった、先にナシアの方がセリアに話しかけた。

 ありゃ? もしかしてもう会ってた?


「……え? あれ、ナーちゃん!?」

「セリアちゃん久しぶりー! そっかーセリアちゃんもここの生徒だったんだー」

「え、じゃあナーちゃんも? 嘘、ナーちゃん地球に来て大丈夫なの?」

「うん、だってここの受験を勧めてくれたの、国の人達だもん。そっかーセリアちゃんもここ受けてたんだー」

「う、うん去年……ユウキ、ナーちゃんと知り合い?」


 いや、むしろ俺がその質問を貴女にしたいのですが……。


「うん知り合い。去年ちょっと縁があったというか」

「ユウキ先輩にはよくして貰ったんだー。そっかーセリアちゃんユウキ先輩と友達だったんだ」

「うん、同じクラス。講義始まっちゃうから、終わったらまたお話しよう?」

「うん、じゃあ見学してるね」


 いや驚いた……まぁエルフ同士って事で、知り合いだった可能性もあるのだろうが……凄い偶然だな。ふむ……なんか前にナシアからそれっぽい事聞いたかも?

 氏族名かなんかで……。


『引きこもり気味のハーミットの一族とも違う、明らかに私達のような華やかな魔力を感じるんです』


 あ、そうだ。確か自分の氏族とか王族について語っていた時だ。

 確かセリアさんの家名? 氏族名も『ハーミット』だったはずだ。

 ……もしかして、セリアさんって王族とかではないけど、かなり古くて有名な氏族だったりするのだろうか?

 気になる事が増えてきた中、なんとか講義に集中し、無事に午前の講義を全て終わらせ、話を聞く為にセリアさん、そしてナシアと共に食堂に向かうのだった。

 ――明らかにこっちの様子を窺っている一人の生徒に気が付かないフリをしながら。


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