第八十九話
本校舎の二階、俺達SSクラスの教室から、本校舎前の広場を窓から眺める。
入学式も無事に終わり、今は恒例の『サークルの新人勧誘合戦』が行われている最中だ。
俺の時はずっと生徒指導室にいたから、入学式はおろか、ああいうちょっとしたお祭り騒ぎすら経験出来なかったんだよなぁ……ちょっと羨ましい。
「んで……お前は勧誘にいかなくて良いのかよ、カイ」
「俺か? ……いやぁ、確かにこういうのは二年の仕事なんだけど、俺が行くと無関係の生徒まで集まる可能性があるからって、外されたんだ」
「右に同じくです。私とカイは、去年の文化祭で少々目立ち過ぎてしまいましたから」
「なーるほど。けど、やっぱ名門校でもこういうのあるんだな?」
「私達SSクラスは、実は去年勧誘合戦を経験していなかったんですよね。クラス発表の最中、理事長に呼ばれて、そのままSSについての詳しい説明を受けていたんです」
「で、それが終わる頃には勧誘合戦ももう終わっていたって訳だ」
「へー、そうだったのか」
なんだ、みんなもこの騒ぎは初体験なのか。
そんなたった一年しか違わないのに、妙に初々しい制服姿の新入生達を眺めていると、意外にもアラリエルがその人混みの中に紛れているのを見つけた。
「お? アラリエルがいるぞ。何かのサークルに今から入るのか?」
「そういえば、二年から新たに入るのもありだよな。キョウコなんかは『デバイス研究会』ってところに入ったぞ」
「マジで。あの人本当好きだなぁ……」
「私は……実は今になってから『製菓サークル』や『料理サークル』の存在を知ったんですよね……去年勧誘されていたら絶対に入ったのに……サークルの掛け持ちって禁止なんですよ。さすがにバトラーサークルをこのタイミングで抜けるのも不義理ですし……」
コウネさん、ガチ凹み中。いや、まぁ確かにこの人にはうってつけだけど……。
「ん……そういうユウキはどこかに入らないのか?」
「ああ俺? 俺はいいよ、研究室に専念するから」
それにたぶんサークル活動にはあまり参加出来そうにないし。
「って、あれアラリエル新入生と喧嘩してね?」
「うお、マジだ! ……相手もなんかソレっぽいな」
見れば、アラリエルが新入生に胸倉を掴まれ、それと同時に一瞬、新入生の腹部にボディブローを叩きこんだのが見えた。恐ろしく速い拳、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
「今……殴りましたよね?」
「あ、ああ……」
訂正。俺以外にも見えてたわ。
すると、新入生が蹲るのとほぼ同時に、今度はジェン先生が現れ、アラリエルをどこかに連行していった。
……南無。
「なにやってんだよアイツ……」
「ふむ? どうしたんだ三人共、そんなところで」
「お、ミコト。ちょっと正門広場を見ていたんだよ」
すると、今度は一之瀬さんが教室にやってきた。
ちなみに、在校生は入学式に参加する必要がないので、今日は本当に新年度の挨拶の為だけに集まってました。一之瀬さんはもう帰ったと思ったんだけど……さてはカイを探していたな?
「ああ、サークルの勧誘か。今私も通って来たが、バトラーサークルに勧誘された。まぁ……さすがにお断りさせて貰ったんだが」
「ま、さすがに一之瀬流の師範代はなぁ?」
「お前がそれを言うか……」
「ミコトちゃんはどこかに入らないの?」
「そうだな……出来れば研究室に専念したいな、私は」
「お、仲間だ一之瀬さん」
そんな話をしていると、今度は疲れた顔のアラリエルもやってきた。
おお……無事だったか! 戻って来た、戦士が戻って来たぞ!
「クソ……今年はユウキじゃなくて俺が生徒指導室に閉じ込められるところだったぜ」
「人聞き悪いな、俺はなんもしてないっつーの」
「なんだ、早速何か問題を起こしたのかアラリエル」
「そうなんだよ。こいつ、さっき人混みの中で新入生と喧嘩しててな」
「な……お前、昨年度も自己紹介の最中に騒いだだろう……」
「ちげぇよ、タチの悪ぃナンパしてるアホがいやがったんだよ。だから止めるように言ったらああなった」
「え、マジ?」
おいおい、なんだよ一年間でお前も変わったなぁ!?
「ほう……揉め事を起こしたのはいただけないが……やはり一年間でお前も成長していたんだな……見直したぞ」
「ああ、俺が目つけた新入生の女子に先に声かけやがってよ。だから軽く追い払おうとしたら、結局女子にも逃げられちまった」
「……前言撤回だ」
そんなことだろうと思いました。
「ん? なんだかまた人だかりが出来ているぞ? 喧嘩って訳じゃなさそうだが」
「あん? まぁ一人や二人くらい有名人でもいるんじゃねぇか?」
「ふふ、今日くらいはああいう盛り上がりも良いのではないか?」
ふむ、ちょっと耳を澄ませてみると、黄色い歓声の中から聞き覚えのある声が。
この子供のような独特の声色は……。
『放して、放してください! 私はれっきとした新入生です! 迷子じゃありません!』
あ、ナーシサスことナシア後輩の声だ。さては女子生徒に捕まったな?
見れば、人混みの中から小さな手が見え隠れしている。あ、抜け出した。
……また飲み込まれそうだし迎えに行ってやるか……?
「俺、ちょっと知り合いの新入生を迎えに行ってくるよ」
「あん? 新入生に知り合いがいんのか?」
「へぇ、知り合いって事は同じ地元なのか? ……可愛いのか?」
「ああ、間違いなくみんな可愛いって思うぜ」
ただし可愛いの質が違います。
「な……カイ、お前は少々浮かれすぎではないか?」
「ヒュー、案外やるじゃねぇかユウキ。連れて来いよ、紹介してくれ」
「あらあら、ユウキ君の交友関係も思っていたよりも広いんですねー」
「ん、まぁね?」
再び外の様子を見れば……あれ、今度はちょっとヤバくないか?
何やら、人混みから離れた場所で、なんだか挙動不審な生徒がナシアの事を……ありゃ隠し撮りか? なんていうか犯罪臭がひどいんですが。さてはロリコンだなオメー。
さっきのナンパといい盗撮といい、去年も結構一年が退学になった事を考えると、学園での問題行動や退学が一年に多いのは本当なんだな……。
ちょっと急ぎ足で正面門広場に向かうと、丁度ナシアが怪し気な生徒に腕をとられているところだった。
「ここ、煩いし静かなところ……いかない? ねぇ」
「あの、私見たいサークルがあるので……」
「サークルなんていいって。あんなの馬鹿が騒ぐだけの集まりなんだからさ」
なんという偏見。いや、確かにそういう側面もあるのかもしれないけど。
さすがにこの学園にはそういうところはないだろー。……ないよね? ヤ〇サー。
「おーい探したぞ。久しぶりナシア後輩!」
「あ! ユウキ君せんぱ……じゃなくてユウキ先輩!」
「悪いね君、ちょっと用事があるから彼女は連れていくよ」
「な……! なんだよお前」
「先輩。お前じゃないよ後輩君」
とりあえずさっさと行きましょう。ここにいたら……認めたくはないが、俺まで迷子扱いされそうだし。
とりあえず俺よりも小さいこの後輩を連れ、校内へと向かうのだった。
「物凄い量の人でしたよ! 同じくらいの子がこんなに集まっているのは初めて見ました!」
「そうなのか。ナシアって学校に通うのは初めてなのか?」
「はい、人生初登校です! 一応、教育機関みたいなところにはいたのですが、私を含めて四人程度しかいない場所でしたし、そのうち一人はそれこそ、途中で別な国の学校に移ってしまいましたし」
ナシアを引き連れ校内を歩いていると、そんなナシアの学生(?)時代の話を聞いた。
聖女候補っていう話だし、そういう人間専門の施設でもあるのかな?
「私、是非この『製菓サークル』というところに入りたいです! 素敵ですよね、自分で美味しいお菓子を作って食べられるなんて! さっき聞いたら、バームクーヘンも焼けるって言っていました!」
「へぇ、そんなに本格的なんだ。もし入ったら俺にも味見させてよ」
「はい、もちろん!」
うーむ……こうして歩いていると、本当に小学生にしか見えない。
俺よりさらに小さいって、相当だぞ? 確かそういう一族らしいけれど。
そうして校内を進み、気が付けば俺達の教室に辿り着いた。
「ユウキ先輩、ここは?」
「ああ、つい連れてきちゃったけど、俺達の教室。あんまり人いないから、ここならゆっくり話せるだろ?」
「へー、本校舎の二階にも教室があるんですね」
いざ中へ。さぁ喜べ、期待通りの『可愛い後輩』だぞ。
「ただいまー」
「おう、戻ったか。で、どこよその可愛い後輩って」
後ろに隠れていたナシアを前にずずいと押し出す。
「はい、我らが後輩、新入生のナシアだ。ちょっとした縁で知り合ったんだよ」
「は、初めまして。『ナシア・フラウニー』と言います。ユウキ先輩の同級生という事は……皆さんも先輩なんですね?」
ふむふむ、どうやらしっかり偽名としての家名もある、と。
紹介されたみんなは、ナシアのその姿に言葉を失っている。
「な? 可愛い後輩だろ?」
「クク……クハ、確かにな? ハハハ、やるじゃねぇかユウキ」
「いやー照れますね! 可愛いですか! ユウキ先輩私可愛いですか、制服似合ってますか!」
「似合う似合う」
「ほう……確かに可愛いな……」
「なるほど、ユウキ君の言う通りじゃないですか」
皆も同意してくれている中、カイだけが項垂れていた。
お前……まさか本気で出会いを求めていたのか……一之瀬さんに切り刻まれるぞ。
「実は、私の教室もこの校舎にあるんですよ! 近くなので遊びにこられますね!」
「へぇ? んじゃお前Sクラスなのかよ、やるじゃねぇか」
「あ、そうだったのかナシア。凄いな」
なんとまぁ、Sって言ったら文字通りの超エリートじゃないか。まぁその代わり退学者も多く出るクラスでもあるけれど。……ナシアは大丈夫だよな?
「本当はSSクラスっていう、もっと強い人のクラスを作る予定だって聞いていたんですけれど、今年はその基準に到達する生徒さんが少なすぎて無理って聞きました。実は、私も前年度のSSクラスに編入という形を取らないか、と打診されたんですけれど……こっちにいられる年数が一年減っちゃうので、普通にSクラスの新入生として入学しました」
「マジでか! ナシア後輩ってそんなに優秀だったのか!?」
「ふふん、なんといっても今年度の成績最優秀者として、新入生代表でしたからね! しかも特待生なんですから!」
マジか。エリート中のエリートじゃないかこのロリっこ。
なに、リオちゃんといいナシアといい、この世界のロリは化け物揃いなのか。
「へぇ、じゃあミコトと同じだな。ミコトも去年は代表の挨拶、しただろ?」
「ああ、懐かしいな。しかし……凄いな、ナシア君は」
「ふふふ、それほどでもありますー」
へぇ、一之瀬さんって代表だったんだ。去年俺が入学式の映像を見たのは、リョウカさんの挨拶だけだから知らなかった。
……まぁ、筆記試験で上位、さらに実技試験では恐らくトップであろう彼女が選ばれるのは当然の流れか。
「ん-、けど惜しいな。ナシア後輩が俺達と一緒のクラスになる道もあったんだと思うと」
「……へ? ここってSクラスじゃなくて、噂のSSクラスなんですか?」
「そ、ここが噂の『やべーヤツ専用のSSクラス』で御座います」
「む……『やべーヤツ』とは心外だぞ、ササハラ君。それに……その筆頭の君が言う事じゃないだろう」
「ハッ、違いない」
「ええ!? ユウキ先輩って強いの!? 私の中のユウキ先輩は、バームクーヘンチビチビボーイなんですけど! ちなみに、これはちびちび食べるのと、小さいのをかけた高度な――」
「おい待てコラ」
ほっぺむにーんの刑に処す。
「まぁあれだ、研究室の中には他学年合同の物もあるから、それで一緒になる事もあるかもな」
「ああ、そういえば……アラリエルも私も、ササハラ君も研究室はどうするんだ? 実戦戦闘理論の研究室は一年しか在籍できない、となると今年度は新しく別なところに所属するかどうか決めなければ」
「あ、そうだった。……てことはあれか、今年の新入生の試験の手伝いは俺達がやるのか……」
「うげ……なんか結構吐いたヤツとかもいるって聞いたぞ。バックレるか」
「それは許さん。実際の戦場では何があっても不思議ではない……これも試練だ」
そうか、ミカちゃんともお別れか。
……研究室は無理でも、普通の講義だけでも受けるか?
でももう、あそこ受ける必要もないしなぁ……。
「一緒と言えば、私以外にもSS編入を打診された子がいたんですよね。私とその子の二人だけなんですけど」
「へぇ、んじゃその子も相当強いって事なのかね」
「どうでしょう、見た事はないんですけど、戦うところ。ただ、魔導師的に見た限りでは、とてつもない潜在魔力を持っている子でしたよ? そっちの……ア、アラリェール先輩? も魔導師ですよね、それにええと……」
「申し遅れました。コウネ・シェザードです。魔法剣士ですね、私は」
「そうなんですね。お二人もかなりの潜在魔力を保有していると思うんですけれど……その子は、たぶんもっと上でした。地球出身みたいなんですけどねー」
ほほう、そんな逸材が今年も地球にいたのですか。
「ちなみにユウキ先輩もそこそこ多いです。もしかして魔法使いか魔導師なんですか?」
「さてどうかな? そのうち分かるだろうから今は秘密だ」
「なるほど……秘密ですか、かっこいいですね」
気が付けば、俺の奥義って魔導だし、牽制技もよく使う技も魔導主体だったな。
魔導師と言ってもあながち間違いじゃない気がするが……気分は魔剣士です。
ダァーイ! なお兄ちゃんのお父さんです。
なんで秘密にしたかって? なんとなく面白そうだから。
「ん-……あ! 見てください、校門のところです。あそこで本を読んでいる女の子が同じくSS編入を打診された子ですよ。名前は……うう、忘れてしまいました」
「ま、まだ最初だしな。クラスメイトの名前とかは追々覚えていくといいよ」
「ケケ、俺達は八人しかいないからすぐ覚えられたけどな」
「くく、確かにそうだったな。とくにアラリエルとササハラ君は印象に強く残っている」
おっと、これはアラリエルの黒歴史だ。俺? むしろ俺にとっては白歴史です。
思い出すたびに『イヤッホォォォウ!』ってなる雄姿です、俺の。
まぁその後自己紹介させて貰えずに解散させられたけど。
そんなこんなで、新入生であるナシアに、俺達が知ってる基本的な講義の内容や研究室について、他にも学園の施設などを教えていると、そろそろ教室の施錠をするから出る様に、と言われてしまった。
そうか、今日は早く終わるんだったな、学園。
そのまま、流れで一緒に昇降口に向かうと、そこで……先程、ナシアに言い寄ろうとしていた男子生徒が、こちらを見つけて話しかけてきた。
「ナ、ナシアちゃん、よかったら一緒に帰らない?」
「ごめんなさい、私は寮なので、先輩達と帰るんです」
……いきなりその呼び方って事は、もしかして知り合いだったのか?
「お、俺も寮だから、じゃあそこまで……」
「男子寮と女子寮とでは離れているが?」
「うっ……分かったよ! じゃあ、また明日ねナシアちゃん」
しどろもどろになりながら、逃げるように去って行く新入生。
「なぁ、もしかして今のってナシアの知り合いだったり?」
「いえ、名前も知りません。……どういう要件だったんでしょう?」
「ケケ、なんつーかヤベェ匂いしかしねぇヤツだったな。おいチビ子、アイツには近づかねぇ方がいいかもな」
「む! チビ子って私の事ですか!」
「当然だろ。んじゃ、俺は今日寮に転がり込む予定もないし、先に上がらせて貰うわ」
「じゃあ俺は寮に戻ろうかな」
「あ、そういえばコウネさん、引っ越しは?」
「ふふ、私はもう裏のシンビョウ町に空き家を買いましたよ。今度遊びに来て下さいね、皆さん」
「ほう、そういえば寮から引っ越したんだったな。では……ナシア君、私と一緒に行こうか。別にアラリエルの言葉を真に受けた訳ではないが、一緒に寮に戻ろう」
「あ、ありがとうございます、ええと……ミコト先輩?」
「……ほぅ……良いものだな」
一之瀬さん、うっとりしてる。そりゃまぁ、可愛いもんなナシア。
しかしアラリエルの言葉は……ちょっと俺も同意しそうになったな。
あの生徒……まさかここでナシアをずっと待ち伏せていたのか? それに……盗撮の疑いもある。こりゃ確かに警戒した方がいいかもしれないな。
(´・ω・`)ノータッチだぞ