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第八十八話

(´・ω・`)邂逅

 実験から三日経ったある日。

 粗方新学期に必要な物も揃え終え、残り少ない春休みをだらだらと家で過ごすという、珍しく怠惰な日々を送っていた。

 あー……こっちはもう桜も咲きつつあるんだなぁ……北国出身だと、この時期に桜が咲くのって違和感があるんだよねぇ。

 ふと、居間のテーブルで何やら書類を書いているイクシアさんが目に入る。

『春休み映画特集』を見ていないだと……!


「イクシアさん、それ、なんです?」

「ああ、これですか? 四月に行われる『SSクラス生徒保護者の皆様への説明会』の出席確認の手紙ですよ」

「出席確認……未だにそういうの、手紙で来るんですね」


 元の世界よりも文明が進んだ世界でも、やっぱりこういうのは紙媒体で送られてくるんだな。


「けど、説明会って一体?」

「昨年度末、最後の実務研修でユウキ達に大きな被害を出した、という件についてですよ。私はリョウカさんに直接聞く事も出来ますが、せっかくの機会ですから出席して他の皆さんのご両親と顔合わせが出来たら、と」

「なるほど……そういえば、説明会をするとか言ってた気がしますね。でもコウネさんのご両親はさすがに無理なんじゃないですか? 絶対今忙しい時期でしょうし」

「そうですねぇ……グランディア出身の生徒さんのご両親は、出席は難しいでしょうね」


 なるほどなぁ……イクシアさんもやはり保護者同士の付き合いは必要だと考えていたのか。

 仮に出席するとしたら、一之瀬さんのご両親とか……アラリエルの母親とか?

 キョウコさんのご両親ももしかしたら? いや、でも秋宮のライバル会社の社長だし……あ、そうだ。カナメやカイの両親は来そうだな。

 なんて考えていると、来客を知らせるチャイムが鳴る。


「あ、俺が出ますよ」

「はい、お願いします」


 はて、来客の予定なんてないし、何か通販の注文も……してないよな?

 だが、来客は宅配便の配達員さんだった。


「ありがとうございましたー。っと……差出人はニシダ主任だ」


 あ、もしかしてチョーカーの調整が終わったのか?

 そう思い小包を開けてみたら、どうやら中身はブーツのようだ。

 ありゃ? なんでブーツなんて……。


「ユウキ? 荷物ですか?」

「あ、そうなんです。ニシダ主任からなんですけど……何故かブーツが」


 何やら普段使いも戦闘にも使えそうなコンバットブーツに見える。というか箱にそんなうたい文句が書いてある。何気に良い品ですよこれ……高いし。


「あ、手紙も入ってる……ええと……『誕生日おめでとう、ユウキ君。足のサイズ、これで合っているわよね? 三日以内だったら取り換えられるから』……あ! 今日俺の誕生日だった!」


 本日三月二五日は、俺の一九歳の誕生日でした。

 いやぁ……高校に入る頃にはもう爺ちゃんも婆ちゃんも死んじゃったから、もう誕生日なんて祝った事暫くなかったからなぁ……すっかり忘れてた。


「な……なんですって!? ユウキ、それは本当ですか!? 私、知りませんでした! 去年もお祝いしていませんでしたし!」

「あー、去年は引っ越しやら何やらで忙しかったですし、俺自身忘れていましたからねー」

「……こうしてはいられません……ご馳走を作らなくては……ユウキはお留守番をしていてください! 私はこれから買い出しに行ってきます!」


 すると、怒涛の勢いでイクシアさんが家を飛び出して行ってしまった。

 あー……前もって教えておくべきだったか。いや、でも俺もこの荷物届くまで忘れていたし……。


「イクシアさんに悪い事しちゃったなぁ……」








「……困りました。誕生日ケーキはすぐには作ってもらえないのですね……とりあえず予約はしておきましたが……」


 ぶぅぶぅマートのケーキ屋さんで、ユウキの誕生日ケーキを購入できないと知った私は、代わりに今日作る事が出来る誕生日の御馳走をどうしようかと思案する。

 ピーマンと鶏肉……それに人参。ユウキの好物ですが、この食材で特別感を演出するのは少し難しいです……私にもっと料理のレパートリーがあれば解決出来るのに……。


「困りましたね……最近はBBチャンネルの更新もありませんし……」


 鶏肉を手に取り、これをどう料理しようか考え込む。

 から揚げ? ユウキはから揚げが好きですからね。ですが……お誕生日……。

 一人お肉売り場で考え込んでいると、背後から何者かの声が。


「あの、どうしたんで――ああ、すみません人違いでした」

「え、あ、はい」


 振り返ると、そこにはショッピングカートに山盛りの食材を積んだ男性の姿が。

 な、なんですかこの量は……どこかの施設向けの買い出しでしょうか……?


「申し訳ない、知人と似ていたのでつい話しかけてしまいました。何かお困りごとですか?」

「あ、いえ大丈夫です。……物凄い量のお買い物ですね」


 実は、知らない人間に話しかけられるのは一度や二度の事ではありません。

 それについて、ニシダ主任には『もう少し警戒した方が良い』と言われていましたが……この人から『いわゆるナンパ目的』という感じはしませんね。

 そもそも、この買い物量でナンパな訳ありませんよね。


「ああ、これですか。職業柄、変わった食材があると買い溜めしてしまうんですよ。このスーパーは変わった品が多いですから」

「なるほど、そうだったんですね」


 確かに色々な品がありますからね、ここ。実はグランディア産の食材もありますし。

 ……ふむ。職業柄ですか。この大量の買い物も、食品関係の仕事をしているから?

 私はダメ元で、この男性に少し相談してみる事にしました。


「ぶしつけで申し訳ありませんが、もしも料理にお詳しいのなら、少し相談してもいいでしょうか?」

「ええ、構いませんよ。どうしたんですか?」

「実は、息子の誕生日に好物を使って料理を振る舞いたいのですが、中々良い案がなくて……ピーマンと鶏肉、人参なのですけど」


 ……やってしまった。いくら困っているからと、こんな相談を見知らぬ人にしてしまうなんて。


「…………ふむ。良いお子さんですね、ピーマンや人参も残さず食べ、それを好物と言うとは。そうですね、お誕生日ならば少し特別感を演出した方で良いでしょう。ああ、それと一つの料理にその食材全てを使う必要なんてありませんよ。例えば一品料理に人参の付け合わせを添える、のような感じでも問題ありませんし。たとえば――」


 いえ、訂正します。相談して正解でした。

 その男性は、こちらが求めていた答えを全て語って聞かせてくれました。

 ……本当に詳しいんですね、お料理に。


「と、普段はあまり行わない手法で作る事で、定番の料理でも特別感を演出出来ます。そうですね……家にオーブンがあるのでしたら、煮込むのではなく焼く事も出来ますね。その場合はソースを拘ってみましょう。市販のデミグラスソース、そこに八丁味噌とトマトを加えて――詳しい配分を書いておきました、お試しください」

「あ、これはご親切にどうも。……驚きました、本当にお詳しいんですね」


 それに……この『ピーマン丸ごとの肉詰め』は以前、BBチャンネルでも見たことがあります。その時は煮込み料理でしたけど、これは随分と本格的に焼き上げる手法のようですね。


「いえ、こちらこそつい話し込んでしまって。メインが一品出来たら、後は得意な物を数品、それと飲み物を高級な物にすれば、それで立派なバースデーディナーですよ」


 よかった、これでユウキの誕生日を祝う事が出来ますね。

 他にもプレゼントを用意したいところですが……今から買いに出かけては遅くなってしまいそうです。それにユウキは何を欲しがるのかも分かりませんし……。

 確か、ニシダさんはブーツを贈っていましたね。戦闘にも使える機能性重視の品でした。ならば私は……そうです、グローブにしましょう! グローブなら近くのお店でも取り扱っていますし!

 ふふ、学園が近いお陰で、そういう専門店もあるんでしたね。


「……ふふ」

「凄く、嬉しそうに笑いますね」

「あ! すみません、つい考え込んでいました。相談に乗ってもらい、有り難うございました」

「いえいえ、どういたしまして。では、俺はこれで失礼しますね」


 そう言って、男性はショッピングカート押してレジへと向かいました。

 ですが、最後にこちらに振り返り――


「そうだ、最後に一つ聞きたい事があるのですが……先程、本当に嬉しそうに子供のお話をしていましたが……貴女は今、幸せですか? どうにも気になってしまって」

「ええ、勿論幸せです。毎日が幸福に満ちていますよ」

「はは……なるほど、やはり子供は良いものですね。ありがとうございました」


 そう言い残して、今度こそ去っていきました。

 ありがとうございます、名も知らぬお料理上手さん。このレシピは大事に使わせて頂きます。







 大量のレジ袋を車に詰め込んだ男――ヨシキは、先程の女性の事を考えていた。

 知っていたのだ。あの女性が、ユウキが呼び出した古のエルフだと。


「……幸福か。子の幸福を願うのは当然……血の繋がりなんて関係ない」


 時が幾ら流れようとも、そしてどんなに離れていても、親が子を心配するのは当然。

 ヨシキは助手席に積んだ食材を眺めながら、満足そうな笑みを浮かべ走り去って行ったのだった。








「う、美味い……イクシアさん、今日の料理本気で美味しいです……誕生日だからっていきなりここまで美味しくなるものなんですか!?」

「これは驚きました……私も、ちょっと料理が得意という人にコツを聞いただけなのですが……ここまで美味しくなるものなんですか」

「うわー……涙が出るくらい美味しいですよ、この料理。俺の知ってるピーマンの肉詰めじゃないですよ……レストランに出てきそうです」


 夕方頃に帰って来たイクシアさんが、物凄い勢いで晩御飯の支度をし始めたと思ったら、あっという間に出来たのが今日の料理だった。

 なんと、普段はあまりお菓子作り以外で使わないオーブンを駆使し、ピーマンまるごとの肉詰めを作ってくれたのだ。なんでも、丸ごとオーブンで焼いたので、肉汁が全て閉じ込められているのだとか。


「これは……今度お見掛けしたらお礼をしなくてはいけませんね」

「お見掛けって……知り合いじゃないんですか?」

「はい、偶然買い物中に。なんでも、お料理関係のお仕事をされているとかで、ならばと思い、相談してみたんです」

「へー……即興でこんなの教えてくれるとか、マジのプロだったんですねぇ……本当にありがとうございます、イクシアさん。最高の誕生日プレゼントですよ」

「ふふ、実はこれだけじゃないんですよ? はい、こちらをどうぞ!」


 すると、今度は小さな包みを手渡してくれた。

 開けてみると、それは黒い、革の手袋だった。

 しかもただの革じゃない、しっかりと金具やアジャスター、グリップ力を増す為の加工もされた――


「おお! バトラー仕様のコンバットグローブじゃないですか! 今でこそ少なくなりましたけど、以前はよく手にマメが出来てたからそのうち買おうと思っていたんですよ!」


 いつも学校の備品のグローブを使っていたのだが、これは明らかにモノが違う。

 うわぁ……高そうだなって思ったら、見覚えのあるロゴが入ってる。

『USH』キョウコさんのとこの製品だ。


「喜んでもらえて嬉しいです。今回は急でしたけれど、来年からはしっかり準備も出来ますからね、期待していてくださいね?」

「はは……そうですね! あ、でも来年は俺、二〇になりますよ? お酒も飲める歳なんですよ?」

「おや、そういえば! なら、どこか美味しいお酒の飲めるお店を探しておきますね?」

「おー、すっごい楽しみです」


 たぶん、今まで生きてきた中でもトップクラスに幸せな誕生日なんじゃないか、今日。

 俺だけこんなに幸せでいいのかね……なんて思ってしまう程だ。

 そうして、俺の一九を迎えた誕生日の夜が更けていった――






「イクシアさん、さすがに一緒に寝るのはなしで」

「な、なぜ……」


 お祝いムードのままベッドに潜り込もうとしたので、さすがにそれは却下です。


(´・ω・`)誰が親で誰が子なのか。

ここはちょっとだけ前作の要素を知っているか否かで意味が変わって来ますね

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