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第八十六話

「ふぅ……やっぱりこっちの世界の船って凄いよね、全然揺れないし、行よりも速いし」

「今回は快適さよりも速度を優先しましたからね。多少揺れは増えましたけど」

「いや、それでも地球の船よりは快適だったよ」

「そうですねぇ。それよりイクシアさん、また船酔いしてしまったんですか?」

「はは……そうなんだ。船室で休んでいるよ」


 ファストリア大陸に向けた船旅も、残すところあとわずか。

 行きは三日掛かった日程も、今回は二日で到着してしまうのだから、本当この世界の船舶の質は高い。

 で、案の定イクシアさんは自分を封印しているわけです。

 まぁ、それもまもなく終わるのだが。


「見えてきましたよ。理事長が飛行機のチケットの手配を終わらせているんですよね?」

「そのはずだよ。明日の朝の便で地球に戻るってさ」

「ふぅ……なんだか戻りの方が『里帰り』って感じがしますね。もう二月も中旬に入りますし、そろそろ学園の三年生の皆さんも卒業、ですね」

「ああ……そういえばシュヴァ学の卒業式って、在校生は出席しないんだね」


 いやもしかしたら大学ってそういうものなのかもしれないけど。


「そうみたいですね、ご両親や保護者の方、それと卒業後の進路によってはその関係者もご出席なさるとか」

「じゃあ、やっぱりどの道早く地球に戻らないとだね、理事長は」

「そうですね。港に迎えに来てくれるんでしたっけ?」

「そのはずだよ。じゃあ俺はイクシアさんを呼んでくるから、そっちも下船の準備、お願いね」


 いやぁ……改めて実感するな、自分がもう二年になるんだって事を。

 確かもうシュヴァ学の受験も終わってるんだったかな? つまり俺に後輩が出来る訳だ。

 目まぐるしく変化していった一年間だったが、来年度はどうなることやら。


「イクシアさーん……はまだ封印中か。ええと『オキー・テオ・カサーン』だったかな」

「はい起きました」

「うわはや!」

「ふふふ、ユウキの声にはすぐに反応するようにしていますからね。もう港に到着したんですか?」

「はい、たぶんもう五分くらいで下船出来ますよ」


 イクシアさんと共に荷物を運び出していると、丁度船のタラップが下ろされるところだった。

 コウネさんと合流して港に降り立ったところで、周囲にリョウカさんの姿がないか探してみる。


「えーと……あ、いた!」


 向こうもこちらに気が付いたのか近づいて来たので、早速挨拶に向かおうとすると――


「おかえりなさい、イクシアさん、コウネさん。ユウキ君はまだ船ですか?」

「あ……ふふ、違いますよ理事長。ね? イクシアさん」

「ああ、なるほど。リョウカさん、ユウキならもう降りていますよ」


 近づいて来たリョウカさんが、キョロキョロと辺りを確認し始めた。

 あ、俺を俺と認識出来ていないんですね? これはちょっと面白そうだ。


「はて? あら……コウネさん、こちらの方は? もしや、お家の方でしょうか」

「いえいえ、違いますよ。実はですねぇ……」


 さぁネタばらし。リョウカさん、貴女の忠実な部下にしてエージェントのユウキ君でございます。


「理事長、俺ですよ。ユウキです。グランディアの魔力で身体が変化したんです」

「……? いえ、さすがにそれはありえませんよ。コウネさん、イクシアさん、騙すにしてはちょっと無理がありますよ?」

「いえ、この子はユウキですよ。ほら見てください、目元に面影があります。それに眉の形、耳の形、生え際もユウキのままですよ? それに脇腹のほくろも――」

「だー! やめてくださいこんなところで」


 服を捲ろうとしたので死守。いやさすがにこの人通りの多さでそれはね?


「まさか本当に? 申し訳ありません、さすがに信じがたいのですが」

「いえ、本当にユウキです、理事長。あの、一応このチョーカーで証明になりませんかね」

「……本当にユウキ君なんですか?」

「は、はい。その、このチョーカーの件で理事長に報告しなくちゃいけない事もありますので、とりあえず信じて貰えると……」


 ようやくこちらの言葉を信じてくれたのか、こちらを見上げながら口をパクパクさせるリョウカさん。

 おお……まさか理事長を見下ろす日がこようとは……この人女性としては結構身長高い方だしなぁ。


「これは……なるほど、確かに色々と『調整』が必要かもしれませんね」

「はい……いやお手数おかけします」

「いえいえ。中々、新鮮な驚きというものには縁遠い身ですが……久々に心の底から驚いていますよ。なるほど……中々の男前ですね? ニシダ主任あたりが気に入りそうです」

「あ、そうなんですか? じゃあちょっと反応が楽しみですね」

「ええ、本当に。では、一度ホテルに移動しましょうか」


 ホテルへ向かう道すがら、結局コウネさんの件はどうなったのか、軽い触りの部分というか、結果はこの通りコウネさんと無事に戻れた事を伝える。

 詳細を伝えるのが恐いな、国全部を騙すような事をしたのだから。

 そうしてホテルに到着した俺達は、事の詳細を理事長に報告したのだった。




「それは……また随分と思い切った事をしてくれましたね……」

「いやぁ……想像以上に大ごとになってしまいました」

「申し訳ありません、理事長。我が国のいざこざにユウキ君を巻き込んでしまい……」

「ですが……悪い事ばかりでもない、と見ても良いのかもしれませんね。地球とエレクレアの関係改善の兆しが見えてきた、とも取れますし」

「あ、それは確かにそうかもですね」

「実は、こちらも少々立て込んでいまして、今新たにグランディアの国との連携を深めたいと思っていました。渡りに船、ですかね」


 リョウカさんは話を聞き、あきれた様子だったのだが、得る物があったのだろう、語調が少し明るくなっていた。

 何かあったのだろうか。


「なんにしても、お疲れ様です。イクシアさんも不慣れな船旅でしたのでしょう? コウネさんもお疲れ様です。部屋の鍵は渡しておきますので、どうぞお部屋で休んでおいてください」

「分かりました、ではこれで失礼します、理事長」

「お心遣い感謝致します。では私も少し休憩してきます」

「はい。あ、ユウキ君は少し残って下さい」


 ですよね。俺も、色々と今後の事で相談したかったし。

 二人が退室したのを見計らい、リョウカさんが真剣な表情を浮かべながら話を切り出した。


「何もかもが、想定外でしたね。ユウキ君にだけはお伝えしておきますが……来年度、グランディアで行う予定だった実務研修が、キャンセルされてしまうかもしれないんです」

「……それは、俺の所為ですか?」

「『そうです』とも『違います』とも言えます。元々、この大陸の遺跡地帯、そこに蔓延る古の魔導傀儡を排除する、簡単な討伐依頼を体験させる予定でしたが……先方の言い分では『強力過ぎる生徒を、我々の生徒と共に行動させる訳にはいかない』と」


 あ……これはあれか、俺が生み出した奥義の所為なのか。


「ですが、恐らくユウキ君はダシに使われたのでしょう。貴方の件がなくても、何かしらの理由を付けて断るつもりだったのだと思います。……少々、秋宮グループ全体が、グランディアでの不信を招いているようですので」

「……それはどうしてでしょう?」

「そうですね、八方美人は嫌われる、というところでしょうか? 私は、日本にもグランディアの各国にも好かれようと裏で動き過ぎました。警戒されるのは当然です。なにせ、あくまで私は国ではなく、ただの企業、財閥の当主でしかありませんから」


 いわば一般人みたいなものか。

 強すぎる一般人を、国が警戒するのは当たり前、と。

 うーん、秋のオーストラリアの件で日本との関係もだいぶマシになったと思ったんだけどなぁ。


「ですが、聞けばセカンダリア大陸、エレクレア公国と繋がりを深められそうではありますからね、近いうちに研修について秘密裏に打診してみたいと思います。これは大手柄ですよ」

「はは……それはもう本当不幸中の幸いでした……」

「で……今後は色々考えないとですね。ユウキ君の装備一式の調整や、学園の制服、コンバットスーツに……ユキ、ダーインスレイヴの存在をどうするか。さすがに、その体格でこれまでのように変装は出来ないですし」

「あー……じゃあユキとダーインスレイヴはお役御免、ですかね」

「むぅ……ちょっと惜しいですけど仕方ありませんね」


 いや、もうユキになるのは勘弁なので、それは別にいいかなー?

 ダーインスレイヴだって、別のダーインスレイヴとして黒づくめになれば問題なさそうだし。


「ま、全ては向こうに戻ってからですね? ふふふ……これはジェン先生あたりが嘆きそうですね、あの人……背の低い子が好きでしたから」

「……やっぱりか。いいんですよ、男の子はいつだって成長期なんです」

「ふふ、そのようですね。それと、既にイクシアさんから報告が上がっているのですが、そのチョーカーには一度限りの超回復の仕掛けがほどこされていたようです。こちらはR博士に確認がとれたのですが……二度目は期待しないで下さい。その力は、ほぼ再現不可能とされるものですから。今後は無理な戦いは避けてくださいね」

「肝に銘じておきます」


 ですよねー……ゲームで言うところのリ〇イズを毎度掛け直してもらうとか、卑怯すぎるし便利すぎるもんな。


「話は以上です。長旅でお疲れでしょう? 夕飯までしっかりとお休みください、ユウキ君」

「はい。この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした、リョウカさん」


 そうして、俺も自室へと戻り、そこで電池が切れた玩具の様に、ベッドに倒れ込み眠りについたのだった。






 翌朝。朝一の便で地球に戻る事になった俺達は、相変わらず人の少ない飛行機の座席に陣取り、出発を待つばかりとなった。

 現状、グランディアから地球へは、正式に手続きを踏んだうえでないと渡れないので、どうしても学生や仕事の関係者が多く、一般的な観光客が地球に渡るのは、観光シーズンだけなのだとか。


「ユウキ、お腹は空いていませんか? 身体が大きくなりましたからね、これまでより沢山食べたいでしょう? 機内で注文も出来るみたいですよ」

「はは、大丈夫ですよ。じゃあ、家に戻ってから一緒に買い物にでも行って、それを食べましょうか」

「ふふ、そうですね。きっとデートだと思われてしまうかもしれません。こんなに大きくなって」


 隣の座席のイクシアさんが、嬉しそうに笑いながらこちらの頭に手を伸ばしてくる。

 いいぞいいぞ、そういう勘違いどんどんしてください!

 いやぁ……この発言が出てくれるようになっただけで、今回のグランディア行き大成功と言えるんじゃないですかね!?

 それに心なしか、子供扱いが減ったような気がする。それはそれで寂しいけど。

 そうこうしているうちに飛行機は離陸し、ゲートへと向けて高速で飛び立つ。

 凄いよな……本当は凄い重力というか、反動を身体で感じるはずなのに、一切そういうの感じないんだもんな。

 これも魔法の力のたまものなのだろう。


「ふふ、懐かしの地球ですね? ああ……お土産を買うのを忘れていました」

「いやー……今回は観光じゃなかったんですし、またの機会がありますよ」


 俺も、個人的に武具店とか行ってみたかったけど。

 すると、機内にポーンとシートベルトを外しても良いという合図が鳴る。


「ふう、じゃあシートベルトをっと……ありゃ? ガバガバだ」


 なんだ、これじゃシートベルトの意味もないじゃないか。故障かね?


「……ユウキ?」

「はい?」

「……ユウキ!?」

「え、だからどうしたんですか?」

「ユウキ!?」

「ちょ、機内ですよイクシアさん、どうしたんですか」


 すると突然、イクシアさんが目を剥いて声を大きくしつつ繰り返しこちらの名前を呼び出した。

 なになに、どうしたの!


「身体、身体見てください! ち、縮んでいます!」

「え? …………え?」


 え、は? なに、縮む?

 手を見てみると、袖がだるんだるんに余った小さな自分の手が見えた。

 腹を触ると、ガボガボの服を纏った小さなヘソが。

 靴がぶかぶかで……ズボンのベルトもゆるゆるだ。


「え……嘘……なんだよこれ……」

「……どうやら、完全に元の姿に戻っているみたいですね……」

「……泣きそうなんですけど」

「……どうぞ、私の胸で」


 ぐぇ! 久しぶりに抱きしめられながら、俺は声を殺しむせび泣くのだった。

 ヂグジョウ……! 折角、折角デカくなったのにあんまりだ!!

 なんでだよ……カイやショウスケは髪の色、変わったままだったじゃないか……!






「ふぅ……ユウキ君、元気を出してください。よく言えば、これまで通りの日常が戻って来たんですから、ね?」

「そうですよユウキ君。大きな変化は面倒事を生むんです。私は、いつものユウキ君も好きですよ?」


 空港に着いた俺は、そこで二人から慰めの言葉を貰う。

 曰く、大きすぎる変化は、魔力の薄い地球では解除される事も多々あるのだとか……。

 以前も、グランディアに渡ったら種族が変わってしまった人もいたそうだが、地球に戻ると元の人間になった、という話もあるのだとか。

 すると、こちらを出迎えに来たのか、遠くからニシダ主任が近づいて来た。

 何気に久しぶりに会った気がする。


「おかえりなさい、総帥。それに皆さんも……ユウキ君? どうしたのその恰好。そんなぶかぶかの服を着て……」

「……なにも聞かないで下さい」


 こうして、大きな変化と大きな事件に巻き込まれた、俺の年度末最後のイベントは、全てが元通りの、丸く収まったと言っても良い結果を残し終わりを告げたのであった。

 コウネさんが戻ったのは良い……でも俺まで戻る必要はなかったでしょう……!








「以上が、セカンダリア大陸周辺海域で観測された魔力異常のデータです。去年の春先に、グランディアの魔物に寄生されたマグロが地球で観測された事から、恐らくこちらのマグロがこちらで寄生された後、地球に渡ったのではないかと仮説を立ててみたのですが……」

「ありがとう、マザー。うん……そうだね、たぶん、新しいゲートが海中に生まれているんだと思う。恐らく……セカンダリア大陸の周辺海域のどこかに」

「やはりそうですか……これは、少々厄介な事になってしまいそうですね……このゲートの存在が明るみになれば……」


 サーディス大陸某所。人気のない屋敷の中、白い長髪を括り上げ、熱心に報告書を読み上げるエルフの女性『R博士』が、同士である『マザー』と共に、深刻そうな様子で語る。


「問題は地球側のゲートがどこに出来たのか、だよ。確か例の魚は……本来のゲートに近い海上施設で発見されたんだよね?」

「はい。ですが、本来あの海域にこの魚はいませんし、空中のゲートから海中の生物が紛れるなんて事、ありえないです。もしかしたら、ゲートから漏れ出ている魔力を辿り、どこか他の海から……」

「考えられるね……マザー、暫くは地球の方で情報を集めてくれるかい? また『グランダーマザー』として、各国の釣り情報を集めたら、おかしな生態系の変化も突き止められるんじゃないかな?」

「そうですね……大規模でなく、個人レベルでおかしな魚を目撃したという情報なら、私の方が調べやすい、ですか」

「……やっぱり、私達は間違っていたのかな。世界の歪みの原因は……もしかしたら私達の研究の影響かも……」

「そんな事、ないですよ……頑張りましょう。一緒に、この世界が正しく未来へと向かえるように……」


 世界は、少しずつ音を立てて、崩壊の道へ向かっているのかもしれない。


(´・ω・`)これにて七章は終了となります。

八章の開始はまた少し期間が空くかと思われます。

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