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第八十五話

 あ、あれ? これってもう二日過ぎたのか? それとも薬が効かなかったってオチ?

 もうすっかり見慣れた天井、つまりコウネさんの家のベッドで目覚めた俺は、誰もいない広い部屋を見渡しながら、自分の身体の調子を確かめるように手足を動かす。


「あ、あー……声も出るし手足も動く……魔力もちゃんと使えるな」


 本当にもう、完全に復活したと言える己の身体に活を入れベッドから降り立つ。

 じゃあ……みんなの所に挨拶に向かわないとな。




 寝巻きというか病人が着る入院着のような服のまま屋敷の階段を下り、途中でメイドさんに皆の居所を尋ねると、今は応接室にイクシアさんとコウネさん親子が一緒にいるのだとか。

 というかですね……何気に生メイドさんと話したの初めてなんですけど、というか見るのも初めてなんですけど。今までどこに隠れていたし。

 ともあれ応接間へと向かい、扉をノックする。


「すみません、先程目を覚ましたユウ――」


 名乗り終える前に唐突に扉が開き、中から滑り出るようにコウネさんが現れた。

 なんだ? なんでそんなに慌てているというか、焦っているんだ?


「ユウキ君、今はちょっと隠れていた方がいいです……!」

「え、なになに? もしかして来客中だった?」

「はい……ちょっと面倒な事になりそうなので――」


 すると、こちらの会話を中断するように扉が大きく開かれ、なんと現れたのは――


「やっぱり、声に聞き覚えがあったからね。こんにちは、ユウリス君。目が覚めたようでなによりだよ」


 まさかの……ディースさんその人だった。

 うわぁ複雑なんだけど……引き分けって事らしいけど、意識を失っていた俺の方が実質負けみたいなところあるし、ちょっと悔しさがこみ上げてきそうなんですが。


「ディースさん、いらしていたんですか。はい、お陰様で先程目が覚めましたよ」

「それはよかった。今、丁度今回の婚姻の正式な破断、それについての話をしに父と来ていてね、是非君も加わって欲しい。さぁ、中に入って」


 そう言うと彼は中へと戻り、コウネさんと俺だけが取り残される。

 え……? つまり公王様も今この中にいるの? 全力で逃げ出したいんだけど。


「間に合いませんでしたか……ユウキ……じゃなくて今はユウリスの方がいいですよね。覚悟を決めて入りましょう? たぶん少しお話する程度で済みますから」

「いやさすがにこの格好で公王様と会う訳にはいかないでしょ……ちょっと着替えてくるから先に中に入って説明しておいて」

「あはは……ですよねぇ。じゃあ、ちゃんと来て下さいね」


 このままとんずらする訳にはいかないよなぁ……。

 一度部屋に戻り、コウネさんと以前出かけた時に買った服に着替え、覚悟を決め応接室へ向かうのだった。


「失礼します、ユウリスです」


 部屋に入ると、ソファに公王とディースさん、そして対面する席にコウネさんとシェザード卿、そして何故かイクシアさんも同席していた。


「お初お目にかかります、公王様。先程はお見苦しい姿でしたので、こうして身支度を整えて参りました。お待たせしてしまい申し訳ありません」

「いや、こちらこそ突然の来訪だったのだ、謝る必要などない。むしろ、病み上がりだというのに申し訳なかったな、ユウリス君」


 初めて見る公王は、なるほどディースさんの父親というだけはあり、若い頃はさぞやイケメンだったんだろうな、という、いわゆるナイスミドルだった。


「ユウリス、目が覚めたのですね。身体の方はもう大丈夫なのですか?」

「はい、おかげで今はなんともありません。少しだけ寝すぎて身体が硬くなっている程度ですかね」

「ユウリス君、すまないね。こちらの家の問題に今回は巻き込んでしまって。さぁ、隣に座りなさい」


 特に険悪なムードという感じでもないし、本当にただ話をしにきていただけなのかな?

 っていうか……冷静に考えると今ここにいるの、大国の公王と、そこの大貴族の当主様っていう、とんでもないメンツなんだよな……胃痛くなってきた。


「先程もう伝えたのだが、君にも伝えよう。この度、息子のディースとコウネ嬢の婚約は正式に解消する事となった。ふっ、つまり君とコウネ嬢の間にはなんの障害もなくなった、という訳だな」

「あ、そうですね、そういうことになるんですね」

「僕としても、君のような人間が我が国の貴族に連なるのなら、大歓迎だよ。あれは、本当に良い戦いだった。僕はね、本気で戦える相手なんてもう出会えないと思っていたから」

「いやぁ……あの時は無我夢中で……もう二度とあんな戦いは出来そうにないですよ」

「ふふ、そうか。……命をとして戦う一人の男の姿。そしてそれに見合う実力を示した君の戦いぶりは、まさに敬意を表するに相応しい物だった。……そうだね、もしも父上が戦いを止めなかったら、どちらが勝っていたと思うかな?」


 う……親子そろって答えにくい事聞いて来るなぁ……。

 けどまぁ……。


「俺ですね。そしてたぶん、そのまま死んでいたでしょう。試合に勝って勝負に負ける、だと思います」

「……君も、そう思うんだね。父上、よくぞ戦いを止めて下さいました」

「うむ。私も、お前が負ける……そのまま命を落とすのではないかとすら思ったからな。かつて……あの男と戦った時のように」

「一之瀬セイメイ氏ですか。ふふ、そうですね……彼が手心を加えてくれなかったら、今頃私は死んでいたかもしれません。父上は本当に心配症だ」


 ええ……なに、一之瀬さんのお兄さんってさらに強いの? どうなってんの?

 地球出身者なんだよね? おお恐い恐い。


「して……これはあくまで好奇心からの質問なのだが、君は何者なのかな? ナリアやコウネ嬢に訊ねても、言葉を濁すばかりだ。どうやら秋宮に連なる者だそうだが」

「僕も気になっていたね。学生ではないみたいだけど、コウネさんとはどこで知り合ったのかな?」


 あ、まだイクシアさんがバックストーリー捏造する前でしたか……。

 よしよし、そろそろ俺もそれらしいこと言えるようにならないと……。


「ユウリスは私の息子です。それ以上でもそれ以下でも――」


 あ、それはもう言っちゃうんですか。それだとちょっと後々面倒な事になりそうだなぁ。


「イクシアさんいいよ、俺から説明するから。俺は秋宮に所属する研究員、みたいな物ですね。ほぼ臨時で手伝う程度のフリーランスですが、学生と年齢が近いからという事で、よく学園に出入りして様々な行事の手伝いをしていたんですよ。コウネさんとはそこで知り合いましたね。時期的には……そうですね、丁度昨年、コウネさんが実技試験を受けに学園を訪れた時になります。イクシアさんは、下宿先のお母さんになります。別に息子という訳ではないのですが、イクシアさんの息子であるユウキ君という青年と親しいので『そのまま兄弟になればいいのに』と、よく俺の事を息子として紹介しているんですよ」


 どうだ、割とうまい作り話ではないでしょうか?


「なるほど、実は僕がコウネ嬢と初めて会った時は、そのユウキ君という少年が倒れていた時だったんだ。彼はどうしたのかな」

「ユウキ君はグランディアの魔力が合わなかったらしく、今はゲートに近いファストリア大陸の病院にいますよ。実は彼がコウネさんと同級生なんです」

「ふむ、そうであったか。……しかし、秋宮の人間の層の厚さには時折恐怖すら覚えるよ。出来れば、良い関係を築いていきたいものだ」

「そうですね、俺自身、秋宮に籍を置く身ですが、少々力が集結しすぎている面もあると思います。本人に他意、企みがあるようには思えませんが……それが外部の人間に伝わるかは別問題、ですからね」

「……うむ、私がまさにそれだ。もう少し、地球や秋宮と関りを強く持つのも必要かもしれんな」

「僕がもう三才くらい若ければ、一緒に学園に通えたのだけどね。ともあれ、君の無事を確認出来た事だし、伝えるべき事も伝えた。父上、そろそろ城に戻りましょうか」

「うむ、そうだな。なにせ、色々な予定が変更になったからな? ナリア、お前にもこれからは存分に働いて貰うぞ?」

「ははは、勿論お手伝いしますとも」


 本当に最後まで和やかな空気のまま終わる、公王親子の訪問。

 これで、今回の一件は本当に幕引きと見て良いだろう。

 少なくとも俺から見た限りでは。

 二人の魔車を見送り、そしてこちらもそろそろ地球に戻る事を考えようとイクシアさんの方を向いたところで――


「……何故親子ではないと?」

「う……そんな恨めしそうに見ないで下さいよ……もしもの事を考えて、ですよ。俺、つまりユウリスとユウキは同時に存在しえない。その状態で下手に今の俺まで息子になってしまったら、いつか矛盾が出てくると思うんですよ」

「あ、確かにそうですね……地球に戻ってからどうしましょう? ユウキ君、そのまま学園に戻る事になりますよね? もちろんユウキ君の名前のままで」


 そうなんだよなー……今回偽名を使ったのだって、正直その場しのぎの思い付きだったし。

 こりゃ、近いうちに公王様やディースさんにバレそうだなぁ……。


「まぁそういう事なのでしたら……地球への帰還ですが、既にリョウカさんには今月中にはここを発つと伝えておいてあります。少なくとも私とユウキは近々戻るつもりですが、コウネさんはどうしますか?」

「そうですねぇ……お父様、私も今回は早めに戻ろうかと思います。新年度の準備や新居の用意もありますので」

「ふむ、そうだったな。色々と慌ただしい帰省になってしまったが、今年の夏季休暇にでもまた戻って来ると良い。その時は是非、ユウキ君、イクシア殿も一緒に来て下さい。一面のひまわり畑をお見せ出来る事でしょう」

「おー……そういえば、この国の象徴なんでしたっけ」

「うむ、そうなのだよ。エレクレア公国の名前の由来になった『豊穣伸エレクレア』が好んだ花だそうだ。今度はゆっくりと、この首都以外の土地も案内しよう」


 それは随分と楽しそうだ。

 来年度はどんな行事、実務研修が待っているのかまだわからないが、それでも先に大きな楽しみがあると分かっていると、モチベーションもだいぶ変わってくるってものだ。


「では、汽車や船の手配をしておきますね? ふふ……新学期での皆さんがどんな反応をするのか、今から楽しみですね?」

「ははは……そうだねぇ。アラリエルめ、もう身長マウントはとらせないからな」


 悔しがる顔が目に浮かぶようですな!




 そうして、俺の今回のコウネさん宅訪問、国を巻き込んだ婚約騒動は幕を閉じた。

 その後は軽く観光を再開したりもしたのだが、やはりあの大会の一件から、国民に俺の存在が知れ渡った関係もあり、行く先々で人に取り囲まれたりと中々気も休まらなかったのだが、それでも『コウネ様! サービスです! ユウリス殿とどうぞ』みたいな感じで、行く先々で色々な物(主に食べ物)を受け取ったりで、本人が凄く幸せそうだったので良しとします。

 本当……この食いしん坊ガールさんがいなくならなくて良かったよ。






「それでは、お世話になりました、シェザード卿」

「ふふ、そのうちお義父さんと呼ぶ事になるかもしれないな?」

「いやぁ……それはまだなんとも」

「くく、冗談だ。今回は本当に感謝するよ、ユウキ君。イクシア殿も、こちらに滞在中、屋敷の仕事を手伝ってもらい、我が家の家令も心より感謝していました。どうか、またの御来訪を心よりお待ちしております」

「はい、こちらこそユウキの治療からなにまで、本当にお世話になりました」

「コウネちゃん、新しい家が決まったら、一度お母さん遊びにいってみるわね? キリヤもくれぐれも二人に宜しくって」

「ええ、是非。ではお父様、お母様、今回はこれにて失礼致します。キリヤにも、中等部で頑張るよう、伝えておいてください」


 それから数日して、ついにシェザード家を出発する日が来た。

 思えば、俺こっちに来てから大半を寝て過ごしているような気がする。

 だが、それでもこうして家族愛、ぬくもりを身近で触れられたのは、なんだか懐かしいような嬉しいような、思わず寂しいと感じてしまう程、俺の心を温かくしてくれた。

 名残惜しいがこの都市の駅へ向かい、まるで飛ぶような速さでここガルデウスを後にしたのであった。


「ああ……どうしましょう、ライフジャケットは港町に置いているでしょうか……」


 あ、そういえばイクシアさんの船対策……すっかり忘れてた。


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