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第八十四話

「コウネさん、そちらの瓶を取ってください」

「これですか?」

「はい。これで、後は私が術で変化させるのみです。コウネさんはもう休憩してください」

「いえ……でも」

「大丈夫です。ユウキはじきに目覚めます。私の薬は強力ですからね。今は身体の損傷、体力の回復に重点を置いています。ですので、今日中に目を覚ますはずですよ」


 シェザード家にて、イクシアとコウネの二人が白衣に着替え厨房で作業をしていた。

 衛生的でスペースが取れ、そして水と火を自由に使える場所、という事でこの場所を選んだのだが、そこで二人はユウキを回復すべく、薬の調合に勤しんでいた。


「意識が戻り次第、魔力の充填、そして魔力が通う道を修復します。これは意識がないと効率が悪いですからね。治癒術師さんが目立った怪我を全て治してくれましたし、心配しなくても大丈夫ですよ」

「……術式に守られているはずの闘技場で、あそこまでの怪我を負うなんて」

「ダメージの転化が間に合わない程の速さで肉体を損傷したのでしょうね。そして、ユウキは体内で自分の身の丈以上の魔力を練り上げ、内部から自分を破壊してしまいました。これは……私のミスでもあります。ユウキの力を引き出せた事に満足し、それにより身体がどのような状態になってしまうのか、想定出来なかった……そうです、ユウキは元々魔力を放出出来ない体質なのに……急激にここまで力を使ったら……こうなってしまうのは分かり切っていたのに……」

「……ごめんなさい。私の所為で、ユウキ君は……」

「いえ、コウネさんの責任ではありません。これは間違いなく私の責任です。子の成長が嬉しくて、つい伸ばす事だけを考えてしまっていました。……母親失格です」

「そんな事……ないです。ユウキ君、すっごく嬉しそうに話していたんですよ。『やっとイクシアさんが俺と戦ってくれた。一人前だって認められたみたいだ』って」

「……それも、私のエゴが招いた結果です。私はユウキをずっと認めていた。ただ、可愛い息子に手を上げる事が出来なかっただけ……急激に大人になり、それで少し、私も浮かれていたんです。だから、こんな事に……」


 コウネの慰めも大きな効果を見せず、イクシアは一心不乱に薬を調合する。

 膨大な術式と魔法を同時に薬に込め、一瓶で国が傾くほどの価値のある、まさしく神の薬とすら呼べる代物を作り上げていく。

 口にはしないが、イクシアは気が付いていたのだ。

『ユウキは、もしかしたら元の健康な状態に戻らないかもしれない』ということに――








 あー……たぶんこれ知ってる。前にこういう感覚味わったなぁ。

 確か、春の研修で爆弾抱えて跳んだ時だったかな。あの時もこんな風に全身が痺れたような、徐々に感覚を失っていくような、熱いような痛いような、訳の分からない刺激に苛まれて苦しんだっけ。

 俺は今、眠ってるのか? この意識はなんなんだ? 明晰夢みたいな物なのか?


「暗い……何も見えない……夢の中なのか、それとも……」


 まさか、死後の世界とか言わないよな? だって俺、別に負けて……。


「負けてない、負けてないぞ俺……でも、なんで……」


 するとその時だった。自分の思考と口から出る言葉しか聞こえてこない暗闇の世界に、第三者の声が響いて来た。


『あーあ、実質一回死んじゃったんだよ君。なんでかは分からないけど。次はないからね、しっかりリョウカに報告する事! それと無理はしないこと! 肩代わりの術式って本来不可能なんだからね、これが発動したって事はまた作り直さなくちゃいけないんだから……もう』

「え!?」


 女性の声だった。

 姿は見えないが、聞き覚えのある若い女性の声が確かに暗いこの世界にこだまする。


「あの! 誰ですか!?」

『なお、これは自動的に再生されるメッセージです。返事は出来ないから悪しからず! じゃあ起きたらしっかり報告する事。あとR博士にしっかり感謝しておくれよ? じゃあね!』


 そう最後に言い残し、それっきり声が聞こえなくなった。

 それと同時に、暗いこの世界に光が満ち初め――


「……あれ」


 いつの間にか、俺は屋敷のベッドで寝かされていた。

 試合は? ディースさんに俺は勝てたのか? なんだ、記憶があいまいだ。


「イクシア様、息子さんが目を覚ましました」

「っ! そうですか、では後の事は私に任せてください。治療、感謝致します」


 ベッドの周りにいた、医者風の人間達がイクシアさんの指示に従い退室していく。

 するとイクシアさんが感情を失ったかのような、能面のような表情でこちらへと近づいて来た。


「ユウキ、具合はどうですか? まだ、四肢に力が入らないと思いますが」

「ええと……はい、まだ動かないです。あの、試合はどうなったんでしょうか?」

「試合は引き分けという形で中断。婚約についても無事に解消されました」

「本当ですか!? よかった……本当に」

「……よくなんて、ありません。私は、ユウキが一番大切です。そのユウキが……こんな目に遭ってしまったのですから」

「う……でも、こうして生きていますし……」

「ええ、生きてはいます。ですが、魔法的には致命傷です。もう、満足に魔力を練る事も出来ないかもしれないんです。……私の責任です。地球出身の人間に、ここまでの力を使わせた私の責任です。今、ユウキは一切の魔力運用が出来ない状態なんですよ」


 え……?


「今、私の薬でどうにか出来ないか試してみます。命は繋ぎ止めたと確信しましたが、魔法的にはほぼ……死んでいるような状態です」


 まさか。いや、ショックはショックだが……そっか。俺、もう魔力を扱う事が出来ないのか。


「……じゃあ、もう俺はただの学生に戻る事になりますね。今の学力でどんな道に進めるか……考えないとですね」

「っ! 何故、平然としていられるんです。ユウキ、貴方はもっと私を責めるべきです! リスクを考えず、貴方に力を使わせた! 本来ならばもっと慎重になるべきだった親の私が、子供の身体を理解せずに、自壊の道へ進ませてしまった!」


 でも、元々俺は……魔法のある世界の住人じゃないんだ。

 残念だし、もうみんなと同じ戦いの世界に身を置けない事が悔しいけれど……それでイクシアさんを責めるなんて発想、俺には微塵もないからなぁ……。


「でも、生きていますし……それに日常生活で役立つ程度の身体強化なら出来そうですよ。ほら、今だってちょっとだけ強化が使えますし、手足だってこうやって強引に動かせますし」


 動かなかった手足に魔力を込め、無理やり動かして軽く毛布を持ち上げて見せる。

 うわ、手足おっも……しかもめっちゃ痺れてる。

 けど……日常生活でちょっと力持ちになれるのは、十分に便利なのではなかろうか?

 たとえば大きい家電だってひょいって持ち上げられるし――


「え? ユウキ、今身体強化を使っているんですか?」

「はい、ちょっとだけ。すみません、悪影響が出るかもですよね、止めておきます」

「まさかそんなはずは……ちょっと失礼します」


 すると突然、イクシアさんが毛布をはぎ取り、さらにこちらの寝巻きを脱がせ上半身を裸にした。


「失礼します。……ちょっと、胸を触りますからね」

「あ、はい……」


 ひんやりとした指が胸を這い、くすぐったさに身をよじる。


「ユウキ、少しだけ身体強化を使ってみてください」

「はい」

「……修復が始まっている……いえ、もう完全に魔力路が死滅していたはずです……投薬前なのにどうして……修復どころか、これでは蘇生です……」


 まるで訳が分からないと、信じられない物でも見るような表情を浮かべるイクシアさん。

 初めて見る顔だ。


「あの、もしかしたらただの夢かもしれないんですけど……さっき首のチョーカーの調整を担当した博士の声が意識の中で聞こえてきたんです」


 俺は、無関係かもしれないが、先程脳内に響いたR博士の言葉を伝える。


「R博士……ですか? すみません、ちょっと失礼します」


 すると今度はチョーカーにイクシアさんが振れ、何やら解析でもしているかのように目を閉じていた。


「……分かりません。信じられない事ですが……解析不明の術式が大量に組み込まれています……リョウカさんに聞いた方が早いかもしれません……」

「なるほど……リョウカさんが言うには、現状世界一の技術者みたいな事を言っていましたよ。何かセーフティ機能でも組み込んでいたのかな……」

「……現代の魔導師や術者に、これほどまでの仕事が出来るとは到底思えません。これは……セーフティどころではありません。私が最初に見た時、確かにユウキの体内にある魔力路は死滅、修復は不可能でした。かろうじて日常生活に支障が出ないレベルまで整える事は出来るかもしれない、そう思い薬の調合をしていたのです……」


 まじでか。じゃあ修復じゃなくて本当に蘇生だったのか。

 うーむ……恐るべし秋宮の技術力。


「ですが、かなり衰弱しています。少々強い薬を調合しました。飲めば暫く意識を失いますが、全ての力が回復に向けられる事となります。効果は保障しますので、飲んでもらえませんか?」


 そう言うと、イクシアさんはこれまで飲ませてくれた魔剤もどきとは違う、まるで宝石を液体にしたかのような、煌めく透明な薬の入った瓶を手渡した。


「恐らく、二日程仮死状態になります。その間、全力でユウキの身体を修復してくれるはずです。正直……こういった薬を勝手に調合するのはリョウカさんに禁止されていましたが、それを破ってでもユウキを優先したいと思います」

「そこまで……分かりました、じゃあ二日間、後の事をお任せします」


 そうして俺は、その煌めく薬を一息に飲み干し、それと同時に訪れた、身体が浮かび上がるような感覚と共に意識を手放した。








「R博士……もしや、私と同じような神話時代の人物でしょうか……」


 私の作り上げた『本物のエリキシル』を飲み干し意識を失ったユウキを見つめながら、私は一人ごちる。

 私ですら届かない複雑な術式と、自動で発動したと思われる蘇生にも似た魔法。

 そんな物を作り上げられる存在なんて、私が生きていた時代にも……。

 本来なら魔力路を回復させる目的でしたが、こうなってしまっては『ちょっと寿命を延ばす程度』の効果と、傷の自己再生の効果しかありませんね。


「……世界は、広いんですね。もしも同じ境遇の人がいるのなら……いつかお話してみたいものです」


 ベッドの周囲に並べられた医療機器や薬品を片付け、毛布をしっかりと掛け直し部屋を後にする。

 すると、部屋の外でコウネさんが心配そうな顔をして待ち構えていた。

 彼女だけではない。シェザード卿や奥様、そして弟のキリヤ君もが、ユウキの様子を気にして下さっていたようだった。


「イクシアさん、ユウキ君はどうでしたか……?」

「ユウキ君はかなりの重体だったという報告を今聞いたところだが……」

「今、肉体的な損傷を修復する為の薬を飲ませて、二日間眠り続けるように処置してきました。治癒師の皆様のおかげで、肉体の損傷は全て問題なく回復するかと思われます。また魔力が伝う魔力路に関してですが、著しく損傷していた状態でしたので、こちらも同時に自己治癒を高める措置を施しました。……恐らく、また元通りに回復するはずです」


 ……今だから言える。本当はもう、元通りになんてなれなかったかもしれない。

 ひとえに秋宮から与えられたリミッターに隠された機能による物です。

 リョウカさんは……私との約束を守ってくれたのでしょう。

『もしユウキに何かあれば、全てを優先してユウキを救う』。

 それを実行する為、恐らく相当な無理をして、あの複雑な仕掛けをユウキに施していたのでしょう。きっと、無理をさせない為に本人にも内緒で。


「よかった……本当に……」

「ああ……彼には返しきれない大恩が出来てしまったな……回復まで、我が家で最高の環境を整えるとお約束します、イクシア殿」

「……僕も、感動すら覚えました。そして同時に……力の代償と、本物の男、忠義というものを知りました……」

「……今言うのも不謹慎かもしれないのだけど……やっぱり本当にコウネちゃんと婚約する気はないのかしら……凄く、凄く感動してしまいましたの、私」


 皆さんが口々にユウキへの言葉を口にする。けれど、そればっかりは、婚約うんぬんは本人の意思、ですからね。

 そうして、大会が終わってからまだ一日も経っていない中、私の戦いとも呼べるユウキの治療は、一先ずの終息を見せてくれたのでした。









「まさか……そんな事態になってしまいましたか……分かりました。地球に戻った際、改めてこちらでリミッターやその他装備の調整をしておきます。今回は本当にお疲れ様でした。目が覚めたらユウキ君にもお伝えください」

『はい、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。恐らく明日には目を覚ますはずですので、今月のうちにはこちらを発ちます』

「分かりました。では私の方で地球行きのチケットを手配します。コウネさんは一緒に戻られるのでしょうか?」

『はい。無事に事が収まりましたので、コウネさんはこれまで通りユウキの同級生として学園に通えるそうです』


 イクシアさんから通信を受け、ほっと息をつく。

 通話を終え、こちらの世界用の通信機を懐にしまいながら思う。

『そんな機能、私はつけていないのに』と。

 自動蘇生……そんな術式、あのサイズのリミッターに仕込めるなんて私は思ってもみませんでした。

 これは一体どういうことなのだろうか。

 ホテルの自室で、一つの可能性に思い至った私は、現在グランディアに来ているかは分からないが、ある人物に向けて通信を試みる。


『もしもし、リョウカ? どうしたんだい?』

「ああ、よかったこちらに来ていたのですね。R博士、ちょっと教えてもらいたい事があるんですけど」

『なになに? なんでも聞いておくれ』


 私はイクシアさんから報告のあった、魔力路の蘇生とも呼べる超回復について、何か知っている事はないかと彼女に訊ねる。


『あ、やったよー。変装の術式を組み込む時に一緒にさ。だってあの子、リョウカの部下としてこれから沢山戦うんだろう? ヨ……ジョーカーの代わりにさ。だからせめて助けになればいいなーって思ってね』

「それは……確かにとても助かりましたが、あの術式はそう簡単に組み込める物でもないでしょう……『彼』の力を借りて付与したのですか?」

『正解。遠隔で自動発動の蘇生なんて私でも無理だもん。私が直接お願いしたんだ』

「……よく許してくれましたね」

『私が『かき氷食べられなくて泣きそうになった時に譲ってくれた優しい少年の為』って言ったら『それなら仕方ないな』ってやってくれたよ』

「…………相変わらず自分の妻にはとことん甘いですね」

『まぁねー! あ、そうそう。マザーがさ、今セカンダリア大陸周辺海域で魔力異常について調査中みたいだから、私も今サーディス大陸でマザーがこっちに来るの待ってるところなんだけど、何か伝言ある? 海の上だと通信不安定だろう?』

「いえ、特に緊急の要件はないですね。ですが……もし、調査結果に異常があれば、すぐに貴女と二人でこちらに戻って来るようにお願いします。少々……風向きが変わってきたようですから」

『……了解。来年度からは例のクラスの子達もこっちで実習だもんね、出来るだけの事はしないとだね』

「ええ、そういう事です。では、この度は私の生徒の命を救って貰い、本当にありがとうございました。そちらもどうか無理はしないようにお願いしますね」

『うん、ありがとうね。じゃあね、リョウカ。また今度一緒に遊ぼうねー』


 通信を終え、深いため息を吐き出す。

 ……なるほど、ある意味ではユウキ君は自分の力でR博士、ひいてはジョーカーの協力を取り付けていたという訳ですか。

 たまに、思う。もしも力で全てを従わせられたらどんなに楽かと。

 己の利益の為に、保身の為に、他人の足を引っ張る事を良しとする人間、国を全て従わせられたらどんなに楽なのかと。


「……そういう訳にも、いかないんですけどね」


 私は、今回軽く終わらせた『一生徒によるグランディアの禁術再現』という一件が引き金となり、想像以上に学園の運営が危ぶまれている事を思い出し、歯噛みする。

 そしてつい、そんな事を考えてしまうのだった。


「なにが『そんな危険な生徒と我が学園の生徒を一緒に行動させる訳にはいかない』ですか……どうせ、ユウキ君の一件がなくても何かに理由を付けてキャンセルするつもりだったのでしょう……」


 来年度における、SSクラスの実務研修地として候補にあげられ調整していた、ファストリア大陸。こちらの学園ともスケジュールを調整していたはずが、今日になって突然それらを白紙撤回されてしまった。

 ……どうしましょうか。今回の一件、コウネさんの件もあり、このタイミングでセカンダリアに研修生の受け入れを打診するのも難しいでしょうし……かといって秋宮の支部が建てられているセミフィナル大陸は距離が離れすぎている……。


「……来年度初の研修地は、また地球になりそうですね……」


 もう一度溜め息をつく。ああ、幸運が脱兎のごとく逃げ出してしまいそうですよ。


「これが、強い力を得た人間の……いえ、強い力を抱え過ぎた人間の代償、ですか……」


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