第八十一話
茂みから飛び出した人影が、その手に握る武器をこちらに振るう。
だが、俺がそれを防ぐよりも早く、コウネさんが魔法でその相手を拘束してみせたのだった。
氷の枷に手足を封じられ、地面に横たわっているのは、年の頃一二かそこらの少年。
……その髪色は、コウネさんとそっくりな薄い青色。つまり――
「“キリヤ”! どういうつもりですか!」
「放してください姉さま! 姉さまをたぶらかしてディース様との婚約を邪魔する男を討つのです!」
予想通り、この少年はコウネさんの弟、という事で間違いないようだ。
確か初等部の寮に留まっているって話だったが……。
「謝りなさい、キリヤ。今回の件については深い事情があるんです」
「嫌です!」
「あー、いいよいいよ、俺も同じような境遇だったら襲ってただろうし」
仮にイクシアさんに婚約者みたいな人が出来たら間違いなく〇しに行くし。
「しかしユウキ君……」
「とりあえず、お父さんの所に行こう」
「父様をきやすく呼ぶな!」
思いっきりじたばたと暴れる少年を、コウネさんが氷でさらに拘束して担いでいく。
いやぁ……良い感じにシスコンな弟君ですな。
「そんな……! そこまで、ディース様との婚約がお嫌なのですか……エレクレア公国始まって以来の『親子二代に渡り公になるかもしれない』とまで言われているディース様との婚約なのに……僕の義理の兄になるかもしれないのに……」
「うむ……キリヤにも説明してしかるべきだったか。いきなり今日寮から戻ったので何事かと思っていたが、まさかこんなことをする為だったとは」
屋敷に戻り、コウネさんがお父さんの前にゴロンとキリヤ君を転がし、事の顛末を話すと、シェザード卿が今回の俺とコウネさんの嘘について説明してくれた。
ふむ、キリヤ君はそのディース様とやらに心酔している様子だな、やはり悪い人間ではないんだろう。
「して……コウネよ。その、なんだ、話は済んだのか、ユウキ君との」
「はい。お父様、今日中にユウキ君を建国祭の剣術大会出場のエントリーをしてください」
「……つまり、有終の美を飾らせる事にしたと……? ユウキ君、本当にそれでいいのか? まだ学生の君に……大舞台での敗北は……良い経験とは言えない」
「いえ、優勝してディースさんに挑ませて貰います。俺は、コウネさんに救いを求められてここに来ました。『条件が変わった、状況が変わった』そんな理由で約束を違えるつもりはありません。俺、古風な人間らしいんで、約束は守りますし、二言はないんです」
負けんが? シェザード卿、そんな俺が優勝できない、ディースさんに勝てない前提で語らないで下さいよ。
「な……君は本当に……この剣術大会は、国の祭事、形だけの大会ではなく、グランディア中から腕に覚えのある人間が集まるのだ。それでも挑むというのかね」
「はい」
「……地球規模で言えば、君はその年齢の中では恐らく上位に入る腕前なのだろう。君の戦いを直接見た事はないが、その雷名……活躍は耳にしている。無論――オーストラリアでの事件もな」
「っ! ……さすが、大貴族中の大貴族。そんな事まで知っていましたか」
「ああ。君はもう、一人の戦士として完成している。だが――この大会、いやディース殿は……君ではまず勝てない。何せ、あの『一之瀬』の長男、彼と引き分けた男だ」
はて? ミコトさんのお兄さんとな。そんな人の話題が何故こんなところで。
こちらの反応に気が付いたのか、シェザード卿はその一之瀬の長男について語ってくれた。
「現在、グランディア、地球の両世界で課題となっている『魔界』。そちらの世界で言う異界の調査だが、現在その内部に入り、日々強大な魔物との戦いを繰り広げているのは、地球の精鋭と、グランディアの精鋭による混合軍だ。その中でも『一之瀬セイメイ』は群を抜いた強さを持っている。神話の再現とさえ言われる剣術と魔法を駆使する、悔しいがこの世界で一番強い男だ。そして……ディース殿はかつて、そのセイメイと引き分けた事もある」
へー! 異界の事って実はあんまり習っていないんだけど、そんなやばいところなのか。
まぁ両世界が本気で対策してるって事は当然それだけ危険なんだろうと思うけど。
……って、そうか。一之瀬さんのお兄さんが最強なのか、凄いな。
そういえば……夏休み中、合宿で一回だけ手合わせしたプロのバトラーさん『ロウヒ選手』あの人もミコトさんのお兄さんと知り合い、みたいな事言っていたような。
……あの人も底が知れなかったよな。ちょっと軽い気持ちで挑むには不味い相手なのか。
そうだよな、俺でも倒しきれない相手なんてまだまだ幾らでもいるんだよな。
「あ、それでなんですけど、実は俺、偽名で登録しようと思っているんですけど」
俺は、まだ『恋人の弟』として認識されている今の状況を逆手に取り、この成長した姿の自分は別人として印象付け、後々面倒な事にならないようにしようと考えている、と伝える。
所詮その場しのぎだけど。
「ふむ……なるほど。確かに現段階で君の正体に気が付く人間はいない、か。弟というのもただのゴシップだ。そもそも兄弟ですらないとシラを切る事も可能か。そうだな、では君には……なんと名乗ってもらおうかな?」
「えーと……」
何か良い案はないかとイクシアさんの方に目を向けると、イクシアさんが丁度床にまだ転がっているキリヤ君の手足の氷の枷を溶かしているところだった。
「はい、どうやら凍傷にはなっていないようです」
「感謝する。お父様、家の今後を左右するかもしれない事情がある事は重々理解しました。ですが、何故このような場に新人の使用人を同席させているのです?」
なんだとコラ。いくら燕尾服着てるからってこんな高貴で美人な使用人いるか!
「どうどう……ユウキ君落ち着いて」
「いやつい。キリヤ君、その人は使用人じゃないよ」
「はい?」
「そんな恰好してるけど、俺の母親だから。正式なお客です」
「ふふ、ごめんなさいね、紛らわしい恰好でしたね」
「も、もうしわけありません!」
いやぁ……まぁ立ち居振る舞いとかが合いすぎてるんですよ……一応、元本業なのか……? なんか昔貴族に仕えていたとか聞いたことあるし。
「しかし新しい名前ですか……ユウキ、私がつけても構いませんか?」
「あ、お願い出来ます? ほら……俺ってネーミングセンスありませんから」
ユキとかあまりにも安直でしたから。かといって『ダーインスレイヴ』みたいなのも仰々しすぎるし。
するとイクシアさんがこちらをじっと見つめた後――
「でしたら……『ユウリス』などどうでしょう。ユウキからもじった部分と、先程庭でハム……でなくて、リスを見かけたので……」
「な、なるほど……リス、いたんですか」
なんだか思いつきにしてはちゃんと名前になっているのでそれで良いと思います。
リス……都会にもリスっているんだなぁ。
「ユウリス、か。分かった、ではそれで登録させておこう。して……武器はどうするつもりだね? まさか君のデバイスを使う訳にもいかないだろう?」
「あ、確かにそうですね……」
一応、首のチョーカーの内部には大剣も収納してあるのだが、あれはユキとして使う物だし、黒くコーティングしたヤツはダーインスレイヴとして使う物だし、使う訳にはいかないか。
「あ、そうだお父様。ユウキ君……ユウリス君はまだ身体が慣れていないので、訓練場で慣らしてあげたいと思っているんですけれど」
「分かった、使用出来るようにしておこう。あとは武器なのだが……ユウリス君、希望はあるかね?」
「あ、できれば長剣でお願いします。そうですね……えーと」
想像よりもだいぶ身長が伸びたので、今のデバイスと同じ長さだと少し短い気もする。
けど、慣れているのは今までの長さだしなぁ。
「シェザード卿。出来れば両刃の片手半剣、刃渡りは一三〇センチ付近の物をお願いします。これが、今現在ユウリスが扱える最もリーチを生かせる大きさだと思います」
「ええ……一目でわかるものなんですか……?」
「おおよそですけれど。もう少し訓練する期間があれば、もっと長い剣でも問題ないのですが、現状ではこれが精いっぱいです」
なるほど、そういうものなのか。
「分かりました。では……ユウリス君、君に合いそうな訓練着を用意しておこう。コウネ、お前も訓練に付き合うのなら準備をするが」
「お願いします。今回は私も協力すると決めましたから」
いやはや……こりゃこっちも本気で取り組まないとな。なにせ相手はこの世界最強と呼ばれる人と引き分けたっていうし。
「では、訓練場には私が案内しますね」
「うお……こんなすんごい訓練場っていうか……ほぼスタジアムなとこで訓練してたの? コウネさん」
「これでも騎士の家系、その最上位ですからね? 今でこそ縮小していますが、古い時代には国を守る大規模な騎士団も存在していたんです。その頂点に立っていたのが我が家なんですから」
「驚いたかね? 今では親善試合や催し物、騎士学校の行事で使うか、コウネやキリヤの自主訓練でしか使う事はないが、設備は一流の物にしている。存分に戦ってくれ」
屋敷の裏手にはさらに広大な土地が広がっており、その先に学園にあるような大規模な競技場があった。
ここが自分の家の訓練所とか、ちょっと規模が違いすぎでしょコウネさん。
俺は、用意されていた訓練着に着替え、とりあえず備え付けの長剣を一本手に取る。
「へぇ、なんかマジでファンタジーRPGの装備みたいだ……」
訓練着は、よくRPGで鎧の下に着るような布製の服、に見えた。
だが実際には金属のような繊維を縫い込まれ、同時に多数の魔術が付与されているらしく、軽く丈夫、そして衝撃を打ち消すような効果もあるという。
そして剣の方も、デバイスではなく、ただの実剣。訓練場にかけられた力で殺傷能力を抑えられるからと、刃引きもされていない剣だった。
「すげぇな……学園とは全然違う。じゃあ行くか」
身支度を済ませフィールドに出ると、既にコウネさんも準備万端といった様子で、自身も召喚した細剣を携えこちらを待ち構えていた。
客席というか、ベンチにはイクシアさんやコウネさんの家族も座っており、他にも治癒術師と思われる人間や警備の兵も随所に配置されている。いやーこれは凄い、マジで大貴族の御令嬢なんだよな……剣を向けるのが畏れ多いというか。
「き、緊張しますね。こうやってユウキ君の前に立つと、プレッシャーで震えてきますよ」
「それはこっちのセリフだって。もう俺完全にアウェーじゃん」
「あはは……では、参ります!」
瞬間、コウネさんが駆け、剣を構えながら同時に空中に無数の氷の杭を召喚した。
波状攻撃かと思われるそれに向かい、こちらも魔法で対処しようと風の刃を飛ばす。
すると甲高い音と同時に杭が半分に折れ、それと同時にコウネさんから繰り出される突きを剣の腹で受ける。
が――受けたと同時、折れた氷の杭、地面に落ちた氷の欠片たちが一斉にこちらに飛んできた。
「っ! はぁ!」
気合いと共に全身から魔力を放出。空気を全身から噴出するイメージを頭で描きながら、同時に大きく剣で薙ぎ払う。
すると――
「きゃあ!」
コウネさんが、氷と共に大きく吹き飛ばされ、訓練場の壁へと激突しそうになる。
が、その寸前でイクシアさんが回り込み、それを優しく受け止めて見せた。あれは……恐らく風の魔法だろうか。って……何冷静に観察してるんだよ俺!
急ぎこちらも走り出し、彼女の元へ向かう。
「コウネさん、大丈夫!?」
「は、はい……驚きました……凄い勢いで弾かれて……」
「ユウキ、今何をしたのですか?」
「いや、ただちょっと魔法とコウネさんを同時に防ごうとして魔法を使いながら剣を振っただけで……」
「……出力が異常に増えていますね。ユウキ、剣を見てみなさい。恐らくいつもの癖で剣に魔法を纏わせたのだと思いますが……その出力に耐えられていないようです」
視線を向けると、そこには大きく欠け、ヒビ割れ、そして折れ曲がった、まるでボロボロの針金のような姿になった剣の姿があった。
「……ユウキ、『ここ』確認してくださいね」
「あ……分かりました」
イクシアさんに首のチョーカーを調べる様に示され、コウネさんを助け起こしそのまま自分の控室に戻り設定を見直す。
「……おかしい。学園内と同じレベル五四〇でリミッターをかけているのに……」
魔法の出力が違い過ぎる。それに……身体強化の強さがおかしい。
すると、イクシアさんがやってきた。
「ユウキ、手のひらを私に合わせてください。以前、治療していたようにお願いします」
「あ、分かりました」
そういえば、俺って元々は魔法を外に出せない体質なんだったっけ。
「ユウキは、元々魔力を排出する為の穴がほぼ塞がっていたので、私が掌の穴を広げたのです。そして、ユウキは魔力をコントロールする力を磨くために、著しく扱いの難しいデバイスで戦ってきました。いわば、魔力の扱い、コントロールに関しては達人の域に達しています。小さな穴で扱える魔法を完全にコントロールしていたのです、当然といえば当然ですが」
「そう、なんですね……でも今はコントロールが全然効いていないというか」
すると、手のひらを合わせていたイクシアさんがゆっくりと告げる。
「ユウキ、身体の成長に合わせて、貴方の魔力を放出する穴が全て解放されています。今、貴方はなんの障害もなく魔法を扱える身体になっているのです。そして……膨大な魔力量と、意思による魔力のコントロール。その全てを兼ね備えた今、咄嗟に今までと同じように研ぎ澄まされた魔法を全力で放出した結果が……先程のコウネさんです。私が受け止めなければ、恐らく……怪我では済まなかったでしょう」
え……。
「ユウキ、今の貴方は……危険です。リミッターのレベルを自分で上げてください。息子にこんな事は言いたくないのですが……ごめんなさい」
「え、いや……教えてくれて助かりました……そんな……そこまで……」
リミッターを上げる。これまでの倍ではまだ安心出来ないからと、レベルを一五〇〇まで上げてみる。
すると、全身に倦怠感のような物を感じるが、それが一瞬で馴染み、動けるようになる。
「あ、なんかいつもの調子みたいな……」
「では、そのレベルで訓練を再開しましょう。……今、ユウキは大人と同じですからね、いつまでも子供扱い、出来ないですよね……。ここからは私がお付き合いします、良いですか?」
「え!? イクシアさん戦ってくれるの!?」
「軽く、身体を慣れさせる程度ですけれどね」
マジでか! ついにイクシアさんと戦えるのか!
って……それはあれですか、暗に今までの俺は小さすぎて攻撃する気になれなかったって意味ですか。
競技場に戻ると、コウネさんが苦笑いを浮かべながらやってきた。
「いやー……自信なくしちゃいますねこれ。ユウキ君、強くなりすぎですよ。さすがに無理は家族の前では出来ないので大人しく交代しますけど……ユウキ君の武器、これ使ってください」
「え? いや、ダメだよさすがにこんな……」
コウネさんは、自分が召喚したレイピアをこちらに渡して来た。
「いえ、今のユウキ君に耐えられる武器ですぐに用意出来るのはこれくらいですから。……本番の大会でも、この子を使ってください。私の為に戦うんです、だったらせめて……この子だけでも一緒に戦わせて欲しいんです。ディース様に私の答えを突きつける意味でも」
「はは……中々苛烈な事言うね……うん、分かった。コウネさんの剣、借りるよ」
「その剣は壊れたりしないので、安心してくださいね。では……イクシアさんとの戦い、後学の為に見学させてもらいますね。ユウキ君、頑張ってください。きっと今の貴方なら……大会でも勝てると信じていますから」
そう言いながら手渡された剣を受け取る。
細く、美しく、そして冷たいレイピア。けれどもその冷たさの中に、何か熱い思いが込められているように感じたそれは、まさしくコウネさんその物のように感じた。
「……ある意味、本番よりも緊張しちゃうな、これ」
受け取った剣を構え、定位置に立つ。
視線の先にはイクシアさんが、訓練着に着替えた状態で立っていた。
その手には普段あまり身に着けないデバイスが装着されており――
「では、私も剣を使いましょう“ウルトリクスイグニス”」
「っ! はは……こうして見るとプレッシャー半端ないですね」
イクシアさんの得意な魔法。いや、魔導だろうか。
『復讐の炎』の名を冠する蒼炎の魔剣。あれと打ち合えるのか……?
「コウネさん、開始の合図をお願いします。ユウキ、とりあえず……どちらかが場外に出たら負け、という事で良いでしょうか?」
「了解です。じゃあ……行きます」
「これは凄い戦いが見られそうですねぇ……キリヤ、しっかりと目に焼き付けると良いと思いますよ。グランディアでも中々見られないような戦いになるはずですから」
そして、開始の合図と同時に、俺とイクシアさんが駆け出した。
「ふっ!」
「はぁあ!」
レイピアの扱いには慣れていない。けれども頑丈だと言うのなら、刀と同じように薙ぎ払うのみ。
そして微かにこちらよりも剣速が速かったのか、青い炎がこちらの頬に届く寸前だった。
だが、なんとかレイピアでそれを防ぐことに成功する。
うひぃ……こんなに強いのかよイクシアさん。
「“フラルゴ”」
「なっ――」
だが防いだ刹那、イクシアさんが小さく呟いたと同時に青い炎が増し、こちらを飲み込むように爆ぜたのだった。
衝撃と熱を感じながら大きく吹き飛ばされるも、空中で風の魔法を使い、なんとか場外に飛ばされるのを防ぐ。
そして……イクシアさんが本気で戦ってくれている事を理解した俺は、間髪いれずに『風絶』をイクシアさんの周囲全てを覆うように発動させた。
「――良いコントロールです、一瞬でここまで発動出来るようになりましたか」
「動きを止めるならこれくらいしなくちゃ、ですからね」
「ですが――相手は魔法の専門家です、選択ミスです」
彼女の周囲に現れた風の刃が密集する空間。完全に閉じ込めたと思ったのだが、それが一瞬で『相殺』される。
まったく同じ魔導でかき消されてしまった。俺のオリジナル魔導だったのに……。
「息子の技です、親の私が使えて当然です」
「いやその理屈はおかしい」
分かった、魔法で戦おうとしても無駄だ。
大人しく今の状態の全力で身体強化を発動させ、剣で切りかかる。
炎の刃と幾度となく打ち合っているうちに、徐々にこちらの剣速が上がっている事に気が付く。
そして、次第にイクシアさんがこちらの攻撃を防ぎきれなくなったのを感じ――
「シッ!」
抜刀術ではないが、疾走と同時に切り抜ける得意技で一気に勝負を決めにかかる。
そしてその一撃は、たしかに炎の剣を切り裂き、イクシアさんを大きく場外に吹き飛ばしたのであった。
「ふぅ……イクシアさん、大丈夫ですか!」
「はい、大丈夫です。……久しぶりに身体を激しく動かしました……ユウキ、大分身体の使い方に慣れたのではないですか?」
場外きっちりで踏みとどまっていたイクシアさんが、息を吐き出しながら語る。
まじか……一瞬で魔法の壁でも作ったのだろうか?
が、確かに言われてみると、大分動けるようになっていた。
「びっくりしました……イクシアさん本気だったじゃないですか、初めて見る魔法まで使って」
「ふふ、驚きましたか? 折角ですから『お母さんは強いんだぞ』とアピールしようかと思いまして」
「……本気で強いですね。それに明らかにこっちの調子を取り戻す為に調整して戦っていましたし」
「ふふ、どうでしょう」
……イクシアさん強すぎないか? いくらリミッターを上げてこちらも力をセーブしているとはいえ……本当、どういう人生を送って来たのだろうか……。
「はー……良い物見させて貰いました。どうです、お父様。ユウキ君はこれくらい強いのですよ。それに、明らかに私と戦った時よりも上手に力を抑えて! きっと、もっと慣れたらさらに強くなるはずです!」
「……確かに、これならば大会に出ても良い成績は出せるであろう。だが……」
シェザード卿がそう言葉を濁す。そうだよな、これくらいじゃあディースさんには届かないのだろう。
が、今は相手がイクシアさんだったから、俺だってそれなりに攻める手を抑えていたんだ。
それに……身体が慣れてきたのなら、リミッターをもう少し緩めても問題ない。
いや、完全に慣れたらリミッターを全部外して、本気で戦う事だて出来るはずだ。
「シェザード卿! 今のは本当にウォーミングアップです。本番ではこれの一〇倍は強いって思ってください! だから……安心してください。俺は、一度受けたオーダーは必ず達成しますから」
「っ! ……分かった。良い戦士と出会えたな、コウネ。キリヤよ、今回はあくまで偽りの恋人としてだが……中々良い青年だとは思わないか?」
「……はい。地球にも、これほど強い人間がいるのですね。少し……認識を変える必要があります」
そんなご家族で語り合わないで下さい、凄く照れるので……。
「では、家の者に君の出場を正式に登録させておこう。名前は『ユウリス』で問題ないのだな?」
「はい、お願いします」
「……ふふ、少し痛快だな。恐らく大半の貴族は今回の公の申し出、君に身を引かせるか、コウネや私を観念させる為の物だと思っているのだろう。だが……少なくとも、君の強さを国民に知らしめる事は出来る。ふふ、ここまで胸が躍るのはいつぶりか」
「はは……コウネさん、じゃあ大会までしばらくこの剣、借りるね。少しここで自主練しておくから」
「はい。大会は三日後、ほぼ飛び入り参加ですが、きっとユウキ君……いえ、ユウリスなら結果を出せます。応援していますね」
そうして、俺は残りの日数を今の身体を慣れさせるのに費やすのだった。
なお、その度にイクシアさんが『今日の最終確認』と称して手合わせしてくれたのだが……毎日どんどん強くなってますよこの人……どうなってんだ。
そんな日々を送りながら、ついに建国祭当日を迎える。
朝から都市全体に聞こえる開催のノロシの音を聞きながら、俺はシェザード家の面々と共に、大会の開催地でもある『太陽の闘技場』へと向かうのだった――