第八十話
【速報】ユウキ氏、夢にも見なかった一九〇台になる【推定】
やぁやぁどうも、目隠れロンゲ長身お兄さんのユウキです。
現在帰宅したコウネさんに事情を説明しつつ、不審者と勘違いし抜剣したシェザード卿の一撃を防いでおります。
「本当です、本当にユウキです! ほら、髪で隠れていますけどほら!」
「ぬ、ぬぅ!? 確かに面影が……なんということだ……最後に見た時とは別人であろう……」
「まぁ……すっごく大きくなりましたね? 私より頭一つ以上大きいですよ? たぶんアラリエル君よりも大きいんじゃないですか?」
「え、マジ!? これは来年度のアイツの驚く顔が見られそうですなぁ……」
いやぁ……ついに俺の時代が来たんですよ! さっきなんでイクシアさんが突然部屋から出て行ったのかと思ったら……寝巻きがはだけて色々見えてしまっていたからなんですよね。というか……イクシアさんもああいう反応する事があるんですか……。
「ユウキ君、身体の具合はもう大丈夫なのですか?」
「うん、イクシアさんも『もう完全に空気中の魔力素と身体が適合しています』って太鼓判押してくれたよ」
「なるほど、それは良かったです。後で、観光のリベンジにでも行きませんか?」
「ああ、それが良いだろう。ユウキ君どうかね、二人でまた出かけるというのは」
「はい、大丈夫ですよ。俺も少し歩いて身体を慣らしたいと思っていましたし」
その提案に賛成です。どうだ、これでもう『恋人の弟』なんて誤報はさせないからな。
誤報と言えば……結局、公からの呼び出しとやらはどうしたのだろうか?
「あ、おかえりなさいシェザード卿、コウネさん。城からの御呼び出しはどうだったのでしょう?」
「ああ、イクシア殿、いやはや……驚きましたな、ユウキ君の変化には。城からの件なのですが、それは追々という事で、まずは……彼の服をどうにかしないといけないでしょうな」
「分かりました。……ええ、本当に驚きました……一気に息子が大人になってしまい、動揺が隠せません……」
「ふははは、地球には『男子三日会わざればかつもくして見よ』という言葉もあるのでしたかな? ふむ……その身長ならば、私の若い頃に着ていた服が丁度良いかもしれないな」
「あ、すみません……街にいったら、ついでに合う服も買ってきますね」
何気に、シェザード卿ってかなりガタイが良いんですよね。さすが騎士の家系の主である。
そうして着替えた俺は、やや衣装に着られている感も否めないが、貴族らしい衣装を身に纏い、コウネさんと二人で初日以来の都市観光のリベンジへと赴くのであった。
「それにしても……本当に変わりましたよねぇ、ユウキ君。服を買う前に散髪をしにいきませんか? それでは歩きにくいですよね?」
「うん、正直オールバックって苦手だし、切っちゃいたいかな」
「ふふ、どうします? せっかく長い髪ですし、長髪のまま揃えます?」
「いやぁ、さすがに元の髪型に戻すよ。手入れとか大変そうだし」
凄い、振り向くとコウネさんの頭頂部がみえる。そしてこちらを見上げるコウネさんがなんだか新鮮だ。
……なるほど、世の長身連中はこんな世界で生きているのか。女の子の見上げ顔ってなんかこう……良い物ですね。
「では、私が利用するヘアサロンに向かいましょうか。ブティックと隣接していますので、服も買えちゃいますよ」
「おー、それは助かるよ」
例の冊子の影響だろうか、周囲からの視線が気になるところではあるのだが、俺達は路面列車を使い、やや高級な店が立ち並ぶ区画へと向かうのだった。
コウネとユウキが屋敷を出た後、イクシアが再びシェザード卿に訊ねる。
『呼び出しでどんな事を言われてしまったのか』と。
「ユウキには、聞かせたくない内容だったのですね?」
「ふふ……イクシア殿には隠し事は出来ませんな。ええ、コウネも私も……今回ばかりは諦める他ないようでしてね。コウネには……せめて自分の口から、ユウキ君に地球へ戻るように伝えろと言っておいたのですよ」
「……やはり、私の浅知恵では限界、でしたか。事態を余計に混乱させてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「いやいや、私達も貴女の計画に一抹の希望を見出したのは事実ですからな。ただ……エレクレア公国は、他国の人間が思うよりも、複雑なしがらみが付きまとう国だったという事ですな。そして同時に……シェザードという家も」
「……私からは、ユウキに何も言わないと約束します」
そして、ナリアはイクシアに、会合の場で聞いた話を全て語るのであった。
「なるほど、そういうことでしたか。……ええ、そうですね。この地は、この国は……戦いの国、でしたもの」
「ええ。イクシア殿、仮にどんな決定を二人がしても、私達大人はただ、それを尊重しようと思うのだが、構わないですかな」
「ええ、そうします。もう、私からは何も言わないと約束します」
それぞれの親は、子供達の決定を尊重する。そう取り決め、二人が戻って来るのをただ待つのであった。
一方その頃、コウネ行きつけのヘアサロンにて無事に長髪を切り落とし、元通りのミディアムに戻ったユウキは、今度はコウネの着せ替え人形になりながら、やたらと高そうな服を試着させられていた。
「いや俺別に貴族になる訳じゃないんだから……そこまでソレっぽい衣装にしなくていいから……」
「いえいえ、それでもこの都市にいる間は我が家のお客様ですからね? しっかりと衣装を決めませんと」
「だったらコウネさんのお父さんの服でいいじゃないか」
「ダメですよ、あんな古臭いデザイン……ちょっと待ってくださいね、あまり装飾のないデザインを持ってきましたから……」
そうして、ユウキはさらに追加の衣装を着せられ、最終的にシックなスーツに似た衣装を身に纏い、観光の続きへと繰り出す事になったのであった。
「しかし……ユウキ君改めて自分の顔を見てくださいよ。元々童顔だったのに、良い感じに成長しましたよね? 学園に戻ったら絶対モテモテですよ」
「元童顔なのは否定しないけど、そうかねぇ? ……まぁ輪郭が長くなったのは確かかも」
「ふふ、今ならむしろ『年上の彼氏』って紹介してもバレないくらいですよ? これは来年度が――来年度が、楽しみですね」
観光中、再び屋台で買い食いがしたいからと、見晴らしの良い公園に来ていた二人。
噴水の前で水に映る自分の顔を見ていたユウキに、コウネが語る。
だが……『来年度』と口にした瞬間、思わず言葉が詰まってしまった。
もう、彼女の心は決まっていた。『このまま嘘をついて、彼とこの地で別れよう』と。
「でもあれだね、これなら婚約者って事で周囲にアピール出来たんじゃない? さっきサロンにいた時とか服買う時も注目されていたし」
「そうかもしれません。もう、十分にユウキ君は役目を果たしたと言えますよ」
「そう? なら、よかった」
「はい、ですので、もう二日程観光をした後、地球行きの便を手配しますね。船での移動も考えると、それくらいで丁度良いと思います。ただ、今回は私とは別になりますけれど」
「え? もういいの? 今日公王様から呼び出しを受けていた事について話して貰えると思ったんだけど……もしかして?」
「ええ『さすがに今の状況で婚姻を進めるのは難しい』だそうですよ。なので、この後は各方面に報告をして、ちょっと面倒な挨拶回りをしてから地球に戻りますね。たぶん、来年度には間に合うと思うんですけど」
そう、コウネはなんでもない風に語る。
彼女は、物分かりが良い。自身の母親もそう言っていたように、彼女は頑固なところもあるし、諦めが悪い部分もある。だがそれは最初だけなのだ。
避けられないと、どうしようもないと自分でも理解した時は、それに従う。
それが『公爵家』という家に生まれ『天才』と呼ばれ学校生活を送って来た彼女の処世術。
まだ友人も持たず、孤高の公爵令嬢として生きていた頃に身に着けた生き方だった。
だが――
「ん-、そっか。じゃあやっぱりこじれちゃったんだ。俺あれだよ、もうコウネさん察しが良いから分かってると思うけどさー」
だが、ユウキはあっけらかんとそれを口にする。
「俺さ、イクシアさんの事が大好きなんだけど、たぶん同じくらいコウネさんの事好きだよ、家族として。もし俺に姉さんでもいたら、コウネさんみたいな人だったらいいなって思えるくらいには」
「え、は? 何を言ってるんです? 突然」
「だから、まぁ今回だけだけど……犯罪になりそうな事だろうと、なんだってやって見せる。俺は絶対に失敗しないから。どんな依頼だって達成してみせるよ。だから遠慮しないでよ。俺、前にも言ったと思うけど、コウネさんの事、結構しっかり見てるつもりなんだから」
なんでもない風に。平然と『コウネは嘘をついている』という前提で語り始めるユウキ。
そう……処世術、人を見る事に関してなら、ユウキだって負けていないのだ。
人とは少し違う家庭環境で幼少期を過ごし、自分以外全てが変わってしまったこの世界で暮らし始め、そして人とは違う裏世界で生きているユウキには……コウネの被る仮面など、通じないのであった。
「……今、さりげなく私、フラれたみたいな感じになってません? 今の姿で言われると、告白した訳でもないのにショックを受けてしまうんですけど?」
「あ……いやごめん、そういうつもりじゃなくて。ただ、今コウネさんが嘘をついてることくらい分かるよ。たぶん、俺に遠慮してるんでしょ? いいよ、問題ないからさ」
「……今はまだ、ユウキ君の事はこの国の一部の貴族しか知りません『セリュミエルアーチに大きな借りを作った秋宮の生徒』という情報は、広まってしまえばまた、去年の春みたいに勧誘、誘惑、面倒なしがらみが増えてしまいます。それは、ユウキ君の望む事ではないですよね?」
「ん-……まぁそうだね。でも、俺やっぱり仲の良い友達が困ってるなら助けたいよ。その気持ちの方がずっとずっと大きい。……大丈夫だよ、最後の手段だってあるし」
そして、ユウキは語る。もう慣れてしまっている方法だが、それを知るのはユウキやイクシア、そしてリョウカと直近のニシダ主任のみという、反則とも裏技とも呼べる妙案を――
「だってさ、俺って少なくともこの間までは『恋人の弟』って形で広まってたんだよね?」
「あはは……その、言いにくいんですけど……やっぱり身長が……」
「……大丈夫、自覚はあるから……でもさ、それを逆手に取る方法もあるんだよ」
コウネさんは、やっぱり隠し事をしていた。この人思い切りは良いけど、思い切った後に急に冷静になって後悔しちゃうところあるんだよね。普段の食事風景とかでもそうだし。
いっぱい頼んでおいて後半になるとちょっと苦しそうなんだよね、君は食べ放題に来た男子中学生か!
まぁともあれ、俺はもう……既に二つ持っている『仮面』に、新たに一つ追加する方法を提案する。
「俺は、ユウキじゃない。ユウキの兄の、架空の存在だよ。だから俺に注目が集まっても、ユウキへの影響は最小限に留まる。っていうのはどう?」
もう既に『ダーインスレイヴ』と『ユキ』という仮面を持っているんだ、今更一つくらい増えたところでいいじゃないか。まぁ後々正体がバレるとは思うけど……。
「あ……確かに……別人、にしか見えませんね……」
「そういうこと。だからさ、教えてよ。コウネさんが吹っ掛けられた無理難題を。それを俺がパパっと解決するよ、絶対に」
そう促すと、コウネさんは城で公に告げられた『婚約を穏便に破棄出来る唯一の方法』という名の『事実上の最後通告』を俺に語って聞かせてくれた。
その内容は……もうね、もうね、王道オブ王道じゃないですか……。
なんだよ、それ古き良きRPGで出てくるような王道イベントみたいじゃん……。
「なにそれめっちゃテンション上がるんだけど。コウネさん抜きにしても大会には出たいくらいなのに、そんな条件飲むしかないじゃん、喜んで飲むよ。優勝してさらに前大会優勝者と戦う? それが望まぬ婚約相手? 勝てば婚約解消? もうお膳立てってレベルじゃないんだけど」
もう中盤の山場じゃん。RPGなら中盤で一番盛り上がるイベントじゃん。思わずセーブデータ分けて何回もそのイベント見ちゃうくらいのイベントじゃん!
「そ、そんなに盛り上がる事ですか……? ユウキ君の力を疑うつもりはないです、たぶん上位には確実に食い込めると思います。ただ……優勝するなら、最低でもあのお姉さん、ユキさんでしたか、彼女くらいの実力は必要です。それに……私は去年の大会、見てはいないんです、地球に移住していた関係で。ですが、ディース様の強さはきっと、それをも上回ると思います。我が国の剣士に贈られる最上位の称号『剣聖』を授かり、さらに二つ名『緋色』も受けているんです。我が国の歴史でも、類を見ない程の強さだと思います。……ユウキ君、勝算はあるんですか?」
もうやめて、これ以上お膳立てしないで。もう完全にイベント戦じゃん。
この間カイとユキとしての俺が戦った時みたいなイベント戦じゃん。負けイベントじゃん。もうシチュエーションが完全にそれじゃん。主人公が最強の相手に挑んで負けるパターンじゃん。
でもな、そういう負けイベントを無理やり勝って進めるのがゲーマーのさがなんですわ。
「勝つよ。今の身体にはまだ慣れていないけど……慣らす。大会っていつ? 今すぐ戻って準備に入りたいんだけど」
「早速、ですか……今回は私も全面的に協力します。ほかならぬ……私の為、ですからね」
「じゃあ組手の相手でもしてもらおうかな、イクシアさん絶対俺相手に戦ってくれないから」
「ふふ、良いですよ。我が家は騎士の家系、当然我が家の訓練所もありますから。そういえば、私って授業も研究室もサークルもユウキ君と違うせいで、実習で共闘する事はあっても、戦うのは初めてでしたよね? なんだか楽しみです」
「お手柔らかに頼むよ、まだ満足に走れないくらい不慣れなんだから」
「ふふふ……では今がユウキ君に土を付けるチャンスなんですね? カイにカナメ君に続いて、私が三人目です」
「カイには負けてないっつーの!」
先程までとは全然違う、心からの笑みを浮かべるコウネさんと共に、観光を切り上げて屋敷に戻ることにした。
だが、彼女の屋敷の敷地内に戻った瞬間、俺は茂みから飛び出した人影に襲われ――