表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/315

第七十九話

 全身を襲う激痛は、イクシアさんの薬をもってしても抑える事が出来ず、無理に痛みを和らげて致命的な痛みを見逃すのは危険だからと、なんとか気力と対処的な治癒で乗り切る方向となり、俺は想像よりも遥かに長引く痛みと付き合いながら、コウネさんの屋敷の中で四日間も過ごす事となった。

 そして五日目の早朝。今朝になってようやく痛みが弱まり、ベッドから起き上がる事が出来るようになっていた。

 いやもう初日以来寝返りすら辛くて、布団も出来るだけ軽い物じゃないと激痛が走るレベルだったんですよ……。


「ダメだな俺……こっちに来てから何も出来てない……」


 そう一人呟くと、部屋がノックされイクシアさんがやって来た。


「これは……これが、最終的な反動の結果……変化なのでしょうか……ユウキ、身体の痛みはどうですか?」

「イクシアさん……おはようございます。まだ痛みというか、痛みの残滓みたいなのが残ってますけど、せいぜい重い風邪をひいた時くらいですかね……」

「なるほど……これならもう、私のエリキシルを飲んでも大丈夫でしょう。安心してください、効力は弱めてありますので、酷使された筋肉を癒す程度の効果しかありません。飲んで下さい」


 そっか、ようやくこの痛みからも解放されるのか。俺は久しぶりに、イクシア印の魔剤(治癒効果増し増し版)を口にする。

 うん、やっぱりこっちの方が美味しい。なんでこんなに美味しいんだろう……。


「……あ、だるさが抜けました。……ただ、少し喉に違和感があるというか……声がおかしいです」

「そうですね、仕方ないのかもしれません。ユウキ、立ち上がる事は出来ますか?」

「ん……っと。あれ……なんか上手く立てない……ほぼ寝たきりだったから……」

「ええ、それもあるでしょう。体のバランスも変っているはずです。少しこの部屋でリハビリしましょうか」


 マジでか。満足に歩けない程身体が弱っているとな。

 それに魔力で身体のバランスが……? 勝手に身体強化でもされているのだろうか?


「コウネさん達にも俺が起きた事、伝えないとですね」

「それなのですが、今コウネさんとシェザード卿の二人は、公王直々に呼ばれ、先程謁見に向かいましたよ。お母様の方は、いつものようにお茶会に向かいました。順調に、ユウキとコウネさんの噂は広まっているようです。それこそ……どうぞ、この都市で刊行されている情報誌です」


 イクシアさんからこの都市についての新聞というか、タウン誌のような物を受け取る。

 凄いな、こういうのも毎日発行しているとか……海上都市でもこういうのないのかな?


「ええとなになに……『公爵令嬢の悲恋! 愛する恋人と最後の思い出作り!』うわ、もう見出しが完全にゴシップ紙テイストなんですけど!」

「ええ、この手の冊子とは別に、政治に特化した物や他国、他大陸に焦点を当てた物もあるのですが、昨日あたりからはその冊子が飛ぶように売れているそうです」

「へー……なになに……『強引な改革の犠牲となった若き乙女は、自らの恋を諦め、ディース氏に嫁ぐ決心を決めるのか、今後の動きに注目が集まる。また噂では、恋人の弟と思われる少年と観光中、何者かの襲撃に遭い弟さんが倒れたという報告もある』……誰が弟じゃい!」


 くそう! 所詮ゴシップ紙だ! デタラメじゃねぇか!


「しかし、この事件で信憑性も増しましたし、より王権復古派の評判も下がりました。恐らく、今朝コウネさんとシェザード卿が公王に呼び出されたのも、この記事が関係あるのでしょう。……ユウキ、いよいよ事態が動き出しました。ここから先……何が起きても不思議ではありませんからね」


 そう念を押され、ごくりと喉を鳴らす。そうだな、こんなとこでふらついてる場合じゃない。早く体力を回復しないと。


「それよりも……また新しい寝巻きをお借りしてきます。……色々と見えてしまいますので、さすがに息子とはいえ……今のユウキは少々私にも刺激がありますから」

「え? はい?」


 そう言い残すと、イクシアさんがそそくさと部屋から出て行ってしまった。はて?


「なにが見え……あれ!? あれなんだこれ!? なんだこれええええええええええ!!!!」








 ユウキが屋敷で起き上がったのと同時刻、エレクレア公国首都の公宮に、コウネとその父、シェザード卿ことナリアが呼び出されていた。

 謁見とはいえ、玉座のような場所から見下ろすのではなく、あくまで対等な関係だと言うように、公、ナリア、コウネ、それに続き公側近の貴族達が大きな円卓を囲む。


「シェザード卿、いやナリアよ……こうして席を共にするのは久しいな」

「ええ、公。社交界で顔を会わせても、こうして同じ席に座るのは、公就任以来ですな」

「うむ。旧交を温める絶好の機会だというのに……その議題がゴシップ紛いな噂の影響というのも、なんとも恰好がつかない、そうは思わないか?」


 歳の頃、五〇に差し掛かるか否か、まだまだ美丈夫と呼べる容姿の公が語る。

 それは、近頃都市内で噂となり、冊子に取り上げられ、一般の人間にも知れるところとなった『シェザード家とメイルラント家の婚約』についての噂についてだった、


「公、その噂は……まことに言いにくいのですが、事実に御座います。我が娘はディース殿との婚約を決める前に、せめて最後の思い出にと、地球で出会った青年に自分の故郷を見せたいと願いました。確かに少々軽率ではありますが……許してもらえませんか」


 そうナリアが口にした瞬間、席を共にしていた貴族達が口々に声を上げる。


「そういう話ではないでしょう! これではメイルラント家が略奪愛をしかけた、そう民達にとられるではありませんか! 今こそ我が国は一丸となり新たな段階へと進もうとしている時に、国を揺るがすような風説が広まるのは避けたい!」

「そうですぞ! コウネ嬢の口から大々的に『恋人などではない』そのような内容を発信するべきでしょう!」


 恐らく、王権復古を求める家の人間がそう口々に声を上げる。だがそんな中、公はただ静かに目を閉じ話を聞いていた。


「少し、静かにしてもらえないか。コウネよ、其方の言い分を聞かせて貰えないか」


 事の中心人物とも呼べる、コウネの言葉を待つ公。


「そうですね、私は突然持ち上がった話に抗議しようと思っていました。ですが、事はそれを許さない。我が国はどうやら早急に私とディース様を婚約させたいご様子でした。私は、これも貴族の責務なのだろうと観念し、恋人とせめて最後に私の生まれ故郷を見て回りたい、そう考えてしまったのです。その軽率な行動が今回のような騒動を起こしたことについては深く反省しております。……まさか、国民がこれ程までに両家の縁談よりも、私の個人的な思いに共感するとは思ってもみませんでしたわ」


 それは暗に『王権復古の為の婚約など国民は支持しない、祝福しない可能性すらある』と言う、コウネからのメッセージでもあった。

 そう、そうなのだ。既にスキャンダルでは済まず、自分達の国の進む道を民に否定されるかもしれないと突きつけられた状態なのだ。


「うむ、そうだろうな。お主に落ち度があるとは思わんよ。だが――仮に縁談をなかったことにした場合、何が残るのか。両家にとって傷を残す結果にしかならない、その状況こそが問題なのだ。……出来るだけ傷を負わずに事態を収拾するには、どうするべきであろうな?」

「……ディース様が私を振る、縁談を破棄する……というだけでは済まないのでしょうね」

「無論だ。民の声に耳を傾けた結果、と言えば聞こえも良いが、それでは我が国の長たるメイルラント家の評判も落ちるというもの。騎士の国メイルラントにおいて、弱さを見せる人間など、上に立つ資格などない、違うかね?」

「……はい、その通りです」


 通常の国よりも、エレクレア公国は『強さ』に重きを置いている。

 それ故のプライドが貴族達の中にはあった。それは無論、コウネにも。

 屈強な騎士団と、それを養成する学園と銘打つ教育機関が都市の三割を占める程の広大さで運営されていることが何よりもの証拠であり、だからこそ公とそれに連なる者が『地球の人間に婚約の座を奪われた』という事実など存在してはいけないのだ。

 だが――


「だが、かつて我が国は最強の座を地球の者に譲り、婚約を認めた事もあった。そうであろう、ナリアよ。そちが地球の『一之瀬家』と懇意にしているのも、先代の妹君が地球出身の男に敗北し、嫁いだからこそ。我が国は、強さを示す者には寛容な歴史を持つ、そうだろう」

「……ええ。一之瀬に伝わる剣術は、元を辿れば『シェザード流魔剣術』を取り込み進化していった流派。我が家も、かつては地球の人間に血を分けた身です」

「ならば、都合が良いではないか。もしも仮に、その恋人が『ディースが身を引くに値する強き者』なれば、ディースの顔も立つ。それに、どの道地球の人間に我が国の大貴族が嫁ぐのなら、どう転がっても強さを主張する必要があろう?」

「ぬ……それは……そうですな」

「それに……現状、ディースとコウネが国民に認められる形で結ばれるには『ただの略奪愛ではなく、シェザード家に相応しくない者を打ち倒し、民達に強きメイルラント家の姿を見せる』しかあるまい?」


 エレクレア公国の一番大きな歪な点を挙げるとすれば『絶対的な武力信仰』だ。

 暴力が全てを支配する訳では決してない。だが、しっかりと道理と理由が揃った上での決闘は、何よりも尊いとされていた。

 例えばそう……『貴族による略奪愛』ではなく『愛する者を賭けた一騎打ちによる結果』なら、それを国民も納得してしまうという。


「な……それではどうしろと! 恋人をディース様と戦わせろとでも?」

「いや……国民は明らかな弱者をなぶり、婚約を交わしても納得はしないであろう。それ程までに息子は強い。……なので、最低条件を設けることにした」


 ここにきて、公は初めて、どこか柔和そうな顔つきを変化させ、鋭い蛇のような視線をナリアに向けた。


「ここまで譲歩したのだナリア。飲むしかないぞこの条件。建国祭にてその者の強さを証明してみせよ。……最低でも建国祭での剣技大会に優勝し、その上でディースと戦い負かせてみせよ。これが、今回の一連の騒動、さもすればメイルラント、シェザード両家の評判を落とさずに事を収める最良の手段だろう」

「っ! ……金勲章持ちも出場する大会に、地球の学生を出せ、と?」


 それは、譲歩に見せかけた『逆転の一手』だった。

 エレクレアが騎士の国であり、武を重んじる国である事は『グランディア』はおろか、地球にもよく知られている。

 そして新年を迎えると同時に建国を祝うこの祭りで開かれる大会は、各国から選りすぐりの強者が集まるという事を、ここにいる誰もが理解していたのだ。

 それは、かつてリョウカがユウキの戦力を測る為、ダーインスレイブとしての彼にぶつけた私兵団よりも遥かに強い人間が集まるという意味でもある。

 地球よりも遥かに長く戦いの歴史を紡いできたグランディアの中でも、特に水準の高い剣術大会なのであった。

 故に、コウネの恋人は必敗。仮に何かの間違いで優勝したとしても、その上で『歴代最強』とされるディースに勝つ事は不可能。つまり、必ずコウネをディースと婚約させるという、強い意思を乗せた提案だった。


「飲んでもらうぞ、ナリア。これが唯一の道なのだ。コウネよ、もしも君が本当に恋人を思うなら……説得すると良い。もう……分かっているのだろう? この提案の意味を」


 そう、最終確認をかねてコウネに提案する公。

 そしてコウネは静かに――


「……分かりました。その提案を、恋人に伝えます。その上で、しっかりとお話します」

「うむ。……すまぬな、コウネ。そしてナリアよ」


 この時、コウネは考えていた。『ユウキ君ならば、勝てるのではないか』と。

 だが同時にこうも考えていた。『それは、ユウキ君にかける負担が大きすぎる』とも。

 ユウキが平穏な暮らしを望んでいること。そして無理なお願いでも、叶えようと努力してしまう人間だとコウネは知っていた。だからこそ――

『もう、いいかな』と、これ以上はさすがに我儘が過ぎると、考えていたのであった。

 仮に勝てても、平穏を失いかねない結果に繋がると思ったからこそ。

 そしてそれは、勿論ナリアも同じ。さすがにこれ以上、自分の娘の我儘に他人を巻き込むわけにはいかない、と。


「では、この決定を以って終了とする。説得にしろ、最後に恋人としての意地で出場するにしても、三日後までに答えを出してもらいたい。では、本日は突然の招集に応じてくれて、心から感謝する」

「……感謝します、公」


 会合が終わる。そして城から戻る魔車の中、ナリアは娘に言う『せめて、お前がユウキ君に全てを伝えなさい。最後になるかもしれない、二人で街を見てくると良い』と――








 そうですよねぇ、確かに他の国なら妙案なんですよね、正直私もうまくいくかもって思ったのですけど……さすがに私たち国民全員に根付いた価値観を利用されると、幾ら平民を味方につけても逆転されてしまいますよねぇ……。

 王権復古にしろ地球との交流を推進するにしろ、そろそろ国の価値観も変化させていくべきだと思っていましたけど……それは、あくまで地球と深く関わっている私だからこそ思う事、なんですよね。

 大多数の人間は『文化を取り入れて交流しても、思想だけは変えたくない』そう思うのが当たり前ですよねぇ。

 ……本当、地球に深く関わり過ぎて、私もお父様も、思想や価値観について柔軟に考え『過ぎて』いました。


「ユウキ君はまだ、具合がよくないのだろう。そうだな……もし起き上がれるようになったら、二人で観光にでも行きなさい。そこで……先程の話を伝えるもよし、嘘をつくもよし。これ以上、彼の負担を大きくしないよう、動いてくれ。……私も、あの若者をこれ以上悩ませるのは酷だと思うから、な」

「ええ、そうですね。お父様、ユウキ君の事本当に気に入ったんですね?」

「……初めは、地球でセリュミエルアーチに大きな恩を売った青年を我が家に取り込めたら、今後有利に立ち回れるだろうという打算目的だった。そして……彼の姉弟子だという女性が、秋宮グループに重用されているという理由から、秋宮とのコネクションになるかもしれない、とも考えた。だが、私はただ単純に『お前が嬉しそうに語る男』がどういう人間なのか、気になったのだ」


 嬉しそうに? そうでしょうか? ただ、小さくてかわいいとか、一緒にご飯を食べてくれるとか、台所を使わせてくれるとか、ミコトちゃんよりも強いとか……そんな事を話しただけです。

 それが、楽しそうだったと? ……楽しかったですけど、凄く。

 ……そうか、私は何よりも、彼の傍にいる事が楽しかったんだ。

 彼は、私を『ただの大食いの女の子』として見てくれる。その事が、楽しかったのだ。


「……すまないな、コウネ。本当に……すまないな」

「泣かないで下さい。幸い、ディース様は……目に見える悪人ではなさそうですから、ね?」

「ああ。伊達に『緋色の剣聖』とは呼ばれておらんよ。剣聖の名は、力だけでは得られない。彼はそれに足る人格と人望を持っているのだから」


 ええ、そうです。悪人ではない。人望も家柄もある貴族に嫁ぐ。そんなのありふれた貴族の日常でしかないではないですか。

 本当に、これは私の我儘なんです。だから、もう良いんです。

 ここまで動いてくれただけで、両親が私の事を思ってくれていると知れただけで、そして大切な友人に、私の故郷を見せる事が出来て、それで満足なんですから。


「さて、では戻ろう、コウネ」

「ええ」


 そして私は、屋敷の扉を開き、なんでもない風な声を装い告げる『ただいま戻りましたー』と。

 ですが――


「ああ、おかえりなさいコウネさん、シェザード卿」

「……へ? あの、どちら様でしょうか……」

「っ! 何者だ!」


 屋敷に戻った私を出迎えたのは、背の高い、長髪の知らないお兄さんでした……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ