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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
七章

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第七十五話

お待たせしました、本日より七章の終わりまで毎日更新します。

 中々染みついた感覚、習慣というものは抜けない物で、俺が通っていた中学は前期、後期に別れている二学期制、高校では三学期制だったので、いまいちこの学園の四学期制というのが分からない。そもそもの話、俺達SSクラスは実務研修の関係で他の生徒とは一部休暇の日取りがずれていたり、ちゃんとした四学期制度ではなかったのだ、今年度は。


「では、これより搭乗します。ユウキ君とイクシアさんは――」


 そして、そんな慌ただしいスケジュールの中、グランディア行きが決まっていた俺は、新年早々に飛行機に乗せられ、異世界グランディアへと続くゲートに向かうのだった。

 無論、俺の奥義登録の為にリョウカさんも、そして偽装婚約作戦の為にコウネさんも。


「ユウキ君のお母さん、もしかしてそれってBBの新しいレシピ本じゃないですか?」

「ふふ、そうですよ。予約しておいたので手に入ったんです」

「わーいいなー! 読み終わったら少し私にも見せてください」

「ええ、勿論です」


 当然イクシアさんも一緒だ。彼女からしたら……うん千年ぶりの故郷となるのだろうか? そして相変わらずレシピ本を機内に持ち込むという。


「ではこの後のスケジュールですが、実はグランディアには一時間かかるかかからないか程度で到着するんです。ですが、到着したファストリア大陸からコウネさんの故郷のあるセカンダリア大陸までが中々長い船旅になるんです。ユウキ君には今日のうちに私と一緒にファストリア政府機関に向かい、正式に開発した奥義を審査、登録をしてもらいます。恐らく無断でグランディア内にて使用した際には分かるように契約もされると思いますが、そこは我慢してくださいね」

「いやーそれはなんとなくわかります。個人が大量破壊兵器持ってたら警戒して監視つけるのは当然ですし」

「理解が早くて助かります。……コウネさんとイクシアさん達の座席が離れているのが幸いです。正直、リミットを掛けた学園内であそこまでの規模の技を使ったのです、私としても……言いたくはないのですが、貴方をただの生徒として見る事はもう出来ないんです。こういう話は、お二人には聞かせられないですから」


 そりゃそうですよね。


「私は、イクシアさんとの契約によりユウキ君を守る事を最優先してしまうでしょう。ですが、いくらでも抜け道はある、という事を肝に銘じてください。……最強のジョーカーは、既に貴方を有事の際の警戒対象に入れています。どうか、道を間違わないで下さい」

「前から聞きたいと思っていたんですけど、何者なんです? そのジョーカーって」

「詳しくは言えませんが、単独で世界の常識、支配体制を塗り替えられる程の力を持っています。ですが、彼は決してそんな事をしない。ある意味では世界のバランサーとも言えます。……そうですね、少しだけ情報を出しておきましょうか」

「……情報、ですか?」

「その人物は、ある意味では貴方と同じような境遇にあります。召喚実験で……途方もない力を手に入れてしまった一般の男性なんです。制約はあれど、条件さえ整えば……嘘偽りなく、グランディアも地球も完全に支配下に置ける、そんな力です」

「俺と……同じ……一体何を呼び出したんです、その人は」

「……それは言えません。ですが、その人物は『三つ』の力を呼び出してしまったのです」

「……なにそれこわい」


 あ、察し。俺がイクシアさんを呼び出した事すら規格外らしいのに、それに似た状況で三つ……絶対に目をつけられるような事はしないでおこう……。

 誇張表現に聞こえないんだよなぁこの人が言うと……。俺も滅多な事でこの技は使わないようにしないと。

 そうして、俺達は速度が速すぎる飛行機に乗り、気が付けばゲートをくぐり抜けていた。

 そしてついに、憧れの異世界『グランディア』に降り立ったのであった。




「では、私はこのままユウキ君と共にファストリア政府の元へ向かいます。お二人はホテルでくつろいでいても良いですし、好きに過ごしてください」

「分かりました。……本当に久しぶりのグランディアですからね、少し辺りを見てきたいと思います」

「……ええ。どうか存分に見て来て下さい、イクシアさん」


 ホテルで二人と別れた俺は、そのままこの大陸全土を統括する施設へと向かう。

 出来れば俺もイクシアさんと色々見て回りたかったんだけどなー。


「それにしても……凄いですねリョウカさん。本当にヒューマンよりも獣人やエルフの方が多いなんて……」

「元々、この国は地球と一番近い場所とされていますから、グランディア中から観光客が来ているんです。それにユウキ君が先攻している古術学の教授。ジェニス先生などは、元々はノースレシア大陸の魔族だったのですが、この大陸に移り住んでずっと地球の文化について研究していた人なんです。それこそ、ゲートが開いてすぐの頃から」

「え!? じゃああの人今いったい何歳なんですか……」

「女性の年齢を聞くのも気にするのも感心しませんよ? ……まぁ、ヒューマン、人間よりも寿命の長い種族はいくらでもいますからね」


 あ、それもそうか。そもそもエルフのセリアさんだって生きた年数は三〇超えてるって話だし。


「それにしても……いつ来てもこの大陸はお祭り騒ぎですね」

「ははは……確かに活気が凄いです。まるでお祭りのときの商店街みたいな」

「本当に。……今のグランディアの姿を見て、イクシアさんはどう感じているのでしょうね。少しだけ……気になります」

「それは確かに……神話の時代とはやっぱりだいぶ違うんですよね?」

「どうなのでしょう。少なくとも……この世界は数百年単位では停滞していたと私は見ていますが」


 それは、なんとなくセリアさんと東京観光に行った時に俺も感じた。なんだか、凄くゆっくり時間が流れているような、急激な変化なんて必要ないとこの世界の人間は感じているような、そんな印象。


「さて、着きましたよ。ここが目的地です」

「おお! なんかめっちゃ緊張してきますね、こういう場所って」


 到着したのは、まさしく『権力者やお偉いさんが働いている行政機関ですよ』と言わんばかりの、どこか固いイメージの立派な建物だった。

 既にこちらが訪れる事を知っていたのか、スムーズに俺は建物の奥へと通され、なんというか……聞こえは悪いが、法廷の証言台のような場所に立たされた。

 あ、俺知ってる。元の世界で有名なファンタジー映画でこういうシーンあったわ。未成年の魔法使いが尋問を受けるみたいな。じゃあ俺あれか、ユウキ・ポッ〇ーか。


「では審査対象、姓名ササハラユウキ。満一八歳。秋宮財閥の経営するシュヴァインリッター総合養成学園一期生で間違いないですか?」

「はい。間違いありません」

「秋宮財閥所属の研究補助人員と登録されていますが、間違いありませんか?」

「間違いありません」


 これは、表向きの俺の肩書の一つだ。リミッターやデバイス、俺自身の体を調べるのに定期的に秋宮の研究所に顔を出しているが、その際にバイト扱いというか、一応協力者としての肩書としてそういう物がある。


「今回、君はグランディアの魔導書。通称『悪戯魔女の秘儀書』を読み解き、それを組み合わせロストマジック、失伝魔導を単独で行使、再現した。間違いありませんか?」

「はい、間違いありません」

「それは、秋宮の研究の産物ですか? または秋宮からの要請で生み出した物ですか?」

「いいえ、違います」

「では、どうしてそんな魔導を再現しようと思ったのでしょうか」

「はい。それは単に自分が未熟で、とにかく自らに向けられた期待に応えようとしたからです」


 そして、俺はあらかじめリョウカさんと打ち合わせしていた通りの受け答えをしていく。

 まぁ簡単に言うと、調子にのって再現しちゃっただけです。自分はただの学生で悪い事なんてしていません、と形式ばって説明しただけなのだが。

 が、一応この場所で虚偽や嘘の証言をすると一瞬でばれるような仕組みになっているらしく、今俺が述べた答えは全て真実だ。

 そして十分以上の問答の後、ようやく質疑応答が終わる。


「では、最後に実演をして見せて貰います。その評価によって、どの程度の枷、契約魔法を課すかを判断したいと思います」


 そのまま施設内にある、訓練場のような場所に通された俺は、多くの役人、そして見るからに魔術師風のローブを来た人間達に見守られながら、俺のミスティックアーツ、奥義を披露する。

 風による魔導の分身。そして疾走。縦横無尽にフィールドを駆けまわり、その軌跡を地面に刻み込み、一瞬で巨大な紋章を地面に描き、そのまま次の段階へと移行する。

 目視できる程の魔力を含んだ風が渦巻く空間が生まれ、そこに向かいダメ押しの『風絶』を分身と同時に叩きこみ、それを合図に風の渦巻く空間が不可視の刃となり、何重もの斬撃音を一つに重ねたような大きく鋭い音を鳴らし――標的として置かれていた木偶人形を一瞬でただの砂へと変える。

 だがその瞬間、猛烈な眩暈と共に全身の力が抜け、気が付くと俺は――








「ロストマジックの多重発動……分け身ですら最後に確認されてから数十年は経っているというのに……」

「それよりも最後のアトモスだ。あれはアーティファクトか大規模な紋章儀式が必要な魔導だ。まさかこんな短時間で発動、それも一個人で……これは、これは大問題だぞ」

「それに加え、座標指定魔導。あれは完全にオリジナルに見える。ここまでの戦力を地球に持たせるのは……」


 ユウキが倒れ伏したのをそのままに、審査をしていた人間が口々にそう漏らす。

 だが、同じくこの場の様子を見ていたリョウカが鋭く『それよりも私の生徒を病院に! 彼は初めてグランディアを訪れたのです、何が起きてもおかしくなかったのです!』と言い放ち、すぐにユウキがどこかへと運ばれていく。


「……私は、せめて一日は彼をここの魔力に馴染ませてからにして欲しいと言いましたが、それでもそちらの命に従いました。その結果がこれです。彼は、自身が扱うには強すぎる技を生み出してしまい、結果としてこのように苦しんでおります。それを、危険だなんだというのはあんまりではないでしょうか?」

「ぐぬ……だがあの力、地球の元に置くには……」

「その通りだ。ただでさえ地球は……『魔女の秘宝』を持ち去ったという疑惑があるだろう! 例の男、お前達が『調停者』と呼ぶあの男の力は、その秘宝による物ではないのか!」

「本来であれば件の男もここに呼んでしかるべきではないか……」


 ユウキの力を見た事に端を発し、議会の人間達はくちぐちに地球への不満を漏らす。

 そしてそれは、いつしかリョウカが『ジョーカー』と呼ぶ人間へと波及する。

 だが――


「本当に、お呼びしてもよろしいのですか? 恐らく私が呼べば、顔くらいは出してくれます。……本当によろしいのですか?」

「ぐ……今はその少年の話だけで良い。皆、この話は一度終わりだ」

「ああ、分かった。その少年の処遇についてであったな」


 それは、半ばリョウカの予想通りのシナリオだった。彼女はユウキが倒れる事を予期していたのだ。そしてその上で、ファストリアの命令を聞き、今日ユウキに技を使わせた。

 未熟で、力を扱いきれない子供だと印象付ける為に。野心なんて抱いていない、危険人物ではない存在だと印象付ける為に。

 そして幸か不幸か、より強大で危険な力が既に存在する事を思い出した議会は、さらにユウキへの警戒度を落としたのであった。


「なればこそ、彼はこちらの魔導学園で教育を受けた方が良いのではないかね?」


 すると、一人の老人がそう提案する。


「……いいえ、学園長。彼はこのまま、私の学園でお預かりします。今年度はそちらもサーディス王家の人間を預かっている身。不安要素を傍に置く訳にはいかないでしょう?」

「……ふむ、その通りだな。よく分かった秋宮理事長。彼はこれまで通りそちらでお預かりください。ただ、我がファストリア魔導学園はいつでも彼に対して編入の門を開いておくと伝えておいてもらいたい。それで、今回は終いにしようと思う」


 ファストリア政府の議長にして、魔導魔術におけるあらゆるトラブル一手に引き受ける部門の長。そしてファストリア魔導学園の学園長でもある老人がそう決定づけることで、ようやく周囲の人間の議論、警戒が解けたのであった。






 一方、ユウキが病院に運ばれていたその頃、イクシアとコウネはホテル周辺の街並を見て回っていた。

 賑やかな人々の営み。そして神話時代から聳え立っていると言われている巨木をそのまま使った魔導学園。それらを見て回りながらイクシアは『やはり、懐かしい』そう感じていた。


「イクシアさんは久しぶりのグランディアなんですよね?」

「ええ、そうなりますね。ここも様々な種族の人が増えましたね」

「そうみたいですねー。元々は魔導学園に通うエルフや元々ここで多く暮していたヒューマンばかりだと聞いているんですけど、今は獣人の皆さんも魔族の皆さんも多いです」

「なるほど……私が初めて地球に来た頃はまだそこまで交流がなかったので、変わりように驚いています」


 持ち前の作り話スキルを駆使し話をあわせているイクシアだったが、その内心では『大きな争いも起きていないのでしょう。だからこそ異種族同士が共存している……素敵な事です』と、密かに感動していたのだった。

 二人で様々な出店を覗き、時折楽しそうに駆け回る子供を眺めて時間を潰し、そろそろホテルに戻ろうとすると、丁度ホテルにリョウカが送った伝令が訪れていた。

 その内容は勿論――


「ユウキが倒れた……ですって?」

「まさかこちらの魔力とうまく適合出来ていなかったのでしょうか……」

「今は安静にしておられます。命に別状はなく、じきに目を覚ますと総帥は仰っていましたが……」

「分かりました。病院へ案内してください」


 当然、イクシア達はユウキが運ばれた病院に向かうのだった。








「いやー、こっちに到着してからは特に異常とかなかったんですけどねー」

「いえ、恐らく魔力を消費した段階で異常が出てくるとは思っていました。ですが、これで先方にユウキ君の力を誤認、過度な警戒をさせずに済みました。事前に説明していなかった事を謝罪します」


 もう何度目になるか分からないが、頭の中でお決まりのフレーズ『知らない天井だ』を呟きながら、ベッドの脇にいたリョウカさんに言葉をかける。

 なるほど……こちらの体調が崩れるであろう事も織り込み済みでしたか。中々に非人道的ではありますな、さすがです。悪い気はしないけど。ちょっと感心したくらいだ。


「もう二日程、安静にしてください。幸いコウネさんの用意した便が出るのは二日後ですから」

「そういえばそうでしたね。結構長い船旅かー……イクシアさん大丈夫かな」

「と、言いますと?」

「イクシアさん、船にトラウマがあるみたいなんですよ。救命胴衣とか用意しておいた方がいいかな……」

「……初耳です。大丈夫ですよ、グランディアの船は地球よりも安心出来ます。海路を使って来た歴史が違いますから」

「あ、そういえばこっちって飛行機がゲート行きのしかないんですよね。どうしてなんです?」

「それは空が『魔神龍』の領域だからですよ。異なる世界に続く為ならば、と、この周辺の空は自由に飛行可能ですが、それ以外の空は魔神龍の領域です。決して人が自由にして良い領域ではないのですよ」


 何それ初耳。講義でも聞いた事ないんだけど。


「所詮モンスターの一種だろうと、どこぞの馬鹿な国がグランディアに戦闘機を持ち込んだ事もあったそうですが、見事に撃墜、グランディア中の反感を買い、グランディアに出禁を食らっていますね。どこの国かは申し上げませんが……まぁ必死に主導権を握ろうと焦っている国があるんですよ」


 あっ(察し)。そういや夏休み中の選抜合宿でもなんかゴタゴタしていたな。


「さて、では私は再び政府機関に向かいます。来年度以降、ユウキ君達はグランディアでの実習も増えてきますから、その事について打ち合わせがあるのですよ」

「了解です。じゃあ俺は……まだしばらくここで寝ていた方がいいですかね?」

「ええ。恐らく巡回の治癒師が来るはずですので、その指示に従ってください。では、どうかお大事に、ユウキ君。暇潰しに少し本を置いて行きますね」

「あ、ありがとうございます」


 そう言い残し、リョウカさんは病室を出て行った。

 渡された本に視線を落とすと、そこには『世界のブランド豚百選 ~イベリコだけじゃない~』とあった。……あの人の豚へのこだわりは一体なんなんだ……。

 あまりにも暇だったので本当にその本を読んでいると、病室がノックされた。

 言われていた巡回の治癒師さんみたいだが、どうやら俺に頼みがあるらしい。


「今、当治療院では治癒師見習いの学徒の実務研修を行っておりまして、地球出身者の魔力反発の症例として、研修生に容態を見せて貰いたいと考えているのですが、ご協力お願い出来ませんでしょうか?」


 ふむ? 研修医みたいなヤツだろうか? そうか、俺達みたいに実務研修もしてるのか、こっちの学園でも。


「検査ってどんな事をするんです? 下手に身体をいじくりまわされるのは勘弁なんですけど」

「検温と魔法による肉体のスキャニング、多少のカウンセリングとなります。血液の採取などはありませんので、痛い事はありませんよ」

「なるほど……じゃあそれくらいなら……」


 別に恐かったわけじゃないが? 痛い事が嫌だって言った覚えはありませんが?

 採血失敗されやすい体質だからびびってた訳じゃないけど!?


「ありがとうございます、では研修生を連れてきますね」


 ふぅむ……魔導学園っていうのは、看護師養成学校みたいな事もしているのだろうか?

 あ、でもシュヴァ学も色んな分野の実習させてくれるんだっけ。

 少しすると、先程の治癒師さんが二人の女の子を連れて戻って来た。

 何やらどこかの制服のような、おそろいのローブ姿だったのだが――あれ!?


「あれ!? サトミさんにノルン様!?」

「え? あれ、ユウキ君? なんでこっちに!?」

「まぁ……! まさかこちらに入院していたなんて……魔力反発の患者というのは……」

「あ、俺です。ちょっと用事でこっちに来ていたんですけど……」


 それは、俺と同じ高校出身の友人、サトミさんと、エルフの国のお姫様、ノルン様だった。

 二人は『今は実習中だから』と、とりあえず検温や魔法による検査を行い、終わったら改めてお見舞いに来ると約束し、一先ず病室を去って行った。


「ううむ……中々恥ずかしいな、知り合いに診られるのは」


 何気にサトミさんと会うのも久しぶりだし、ノルン様に至っては春の実習以来だったな。

 相変わらずの美しさで御座いました。眼福眼福。

 すると、やはり再び病室にノックの音が鳴る。二人が戻って来たのだろうか?


「どうぞー」

「ユウキ! もう起きて平気なのですか!?」

「うわっと……」


 と、思ったがやって来たのはイクシアさんとコウネさんだった。

 そっか、二人にも連絡がいったのか……。


「ただの魔力反発、地球から初めてグランディアに来た人によく見られる症状みたいですよ」

「そう……ですか……良かった、今は平気なんですね?」

「ですね、少し身体が窮屈というか、確かに身体に空気が馴染んでないような感覚はありますけど」

「あまり、無理はしないで下さいねユウキ君。便が出るのは二日後ですが、少し遅らせる事も出来ますからね?」

「ありがとう、コウネさん。でも大丈夫、今日中にでも退院出来るんじゃないかな? 本当なんともないんだよもう」


 まぁ最悪今日一晩ぐっすり寝たら大丈夫なんじゃないですかね?

 なんかこう、微かな圧迫感はあるけど、全然辛いとは感じないのだ。


「ユウキ……お腹は空いていませんか? 何か買ってきましょうか?」

「大丈夫ですよ、むしろお腹が空いているのはコウネさんの方じゃない? もうお昼だし」

「う……さすがユウキ君、よく分かっていますね……さすがに治療院の中で食べるわけにもいきませんから……」

「ここ、食堂あったから何か食べてきなよ。俺はさっき栄養剤みたいなの貰ったから平気。イクシアさんもコウネさんと一緒にご飯行って来ていいですよ?」

「私は遠慮しておきます、ユウキの傍にいます。コウネさん、先に食べてきてくださって結構ですからね? さっきもお腹、鳴っていましたよ?」


 やっぱりな。コウネさんよく食べるし。ほらほら、食べてきなさい。

 そう言われたコウネさんは、申し訳なさそうな顔をしつつも『すみません、ではお言葉に甘えてちょっと昼食を摂って来ます』と言い残し病室を後にした。


「栄養剤……なるほど、この瓶ですね。成分は……ポーションに高カロリーの栄養素は追加した薬品ですか。なるほど……こちらの世界の薬品も、より身体に吸収されやすいように進化しているのですね。ユウキ、それでも液体だけではお腹は満たされないでしょう? もし何か必要になったら遠慮なく言ってください」

「凄いなイクシアさん、瓶見ただけで分かっちゃうんだ」

「ふふ、一応こちらの分野には特化しているので」

「なるほど……あ、そうだ。実はさっき意外な人と会ったんですよ。サトミさん、覚えていますよね? 実は今ここで研修中だったんですよ」

「まぁ! そういえばお芋掘りの時は来られなかったんですよね。確か夏休み中に家で一緒の御夕飯を頂いて以来でしたか? いえ、花火も一緒に見ましたね」


 サトミさん、今も海上都市からここに通っているらしいけど、確かに飛行機で一時間足らずで到着するなら、思っていたよりも無茶な生活じゃあないんだな、自分で来てみて実感した。

 と、その時だった。またしても病室にノックの音が響き、今度こそサトミさんとノルン様がやって来た。


「あ! イクシアさん! お久しぶりです」

「お久しぶりですサトミさん。凄い偶然ですね、ユウキの身体の調子を見てくれたのがサトミさんだったなんて」

「あはは……ちょっと魔法で身体の様子を調べただけです。ユウキ君、用事って学校の行事じゃなかったんだね? イクシアさんもいるって事は」

「あー、一応学校の関係もあるけど、それとは別にクラスメイトの家に遊びに行くんだ」

「あ、なるほど。あ、イクシアさん紹介します。こちら、私がこっちの学園で良くして貰っているクラスメイトの――」


 久々に会った二人。楽し気に会話をしていたが、そんな中一言も発さずに病室に入ってからずっと黙り込み、立ちすくんでいたノルン様が、サトミさんに紹介される。


「あれ? ノルン様? どうしたんですか?」

「……嘘……なんで……」


 ノルン様が、酷く驚いた表情のまま、絞り出すような声を漏らしていた。

 そのあまりの様子にイクシアさんも心配したのか、立ち上がりノルン様の元へ向かう。


「初めまして。ノルンさん……と言うのですね? 私はササハラ・イクシアと言います。ユウキの母親です。どうかしたのでしょうか、一先ずここに座って――」


 その時だった。ノルン様が、勢いよくイクシアさんに抱き着いた。

 しっかりと両腕を回し、まるでしがみ付くように抱き着く。


「……大丈夫ですか? 何か、私はしてしまったのですか?」

「……すみません、他人の空似です」


 ゆっくりと身体を離したノルン様が、目を赤くしながらぽつりと言う。


「ごめんなさい、取り乱しました。……あまりにも、亡くなった親族に似ていらっしゃったので」

「……そうだったのですね? どうぞ、座ってください。ノルンさんの事を、私に聞かせてください。ユウキからはあまり貴女の事は聞いていませんので」


 そういえば話した事、なかったっけ。


「私は、ユウキ様とは少々ご縁がありまして、去年の春、任務でも大変お世話になりました。……私の国の使節団の命を救って頂いたのです」

「ああ、そういえばノルンさんの瞳と髪の色は……王族の方でしたか」

「その節は、大切なお子さんを危険な目に遭わせてしまい、大変申し訳ありませんでした。こちらの身分を知る以上、正式に名乗らせて頂きます。『ノルン・リュクスベル・ブライト』と申します。友人として、そして王族として、心より謝罪致します」


 そう言うと、ノルン様は深々と頭を下げた。


「顔を上げてください。なるほど、そういうことでしたか……それで、私が似ているというのは……」

「はい。私の母になります。今より二六年前に亡くなったのですが、その……あまりにも似ていらしたのでつい……」

「そうだったのですか……」

「あの、イクシアさんは我が国の出なのですか?」


 あ、やべ。けどイクシアさんの作り話スキルなら余裕か。


「ええ、恐らくそのはずです。ですが私は物心つく頃には天涯孤独の身として、セミフィナル大陸の商会で働いていたと記憶しています。その後、地球に移り住み、秋宮の研究者のお手伝いをさせて頂いているのです」

「まぁ……! それでしたら、もしかすれば私の先祖と同じ血が流れているのかもしれませんね。どこか、私に通じる魔力の気配を感じます」

「ふふ、そうかもしれませんね」


 ふむ……セシリア同様、王族には同族、それも自分に近い血族の魔力を察知する能力があるのだろう。やはりイクシアさんは元王族で間違いないのか……。


「それにしても、王族の身でありながらこういった実習にも参加するとは、感心ですね。それにサトミさんも、自分が進みたい方向を見定めたのですね?」

「あ、いえ私は……とりあえずインサニティフェニックスを召喚したので、少なくとも治療の適正もあるだろうと思っただけで……」

「ふふ、きっかけはそんな感じで良いと思いますよ」

「私も、これまで守られる事の多い人生でしたから、少しでも周囲に恩を返す事が出来るようにと――」


 どうやら、想像していたよりも大きな騒ぎにはならなかったようだ。

 母親に似ている……か。たぶん、冷静さを失うには十分過ぎる出来事なんだろうな。

 俺にはよくわからないけど……婆ちゃんの事だって、ある程度の覚悟は出来ていたし、しっかり割り切っているし。でもそうか……母親を失うのって、本当は辛い事なのか……。

 あー嫌な事思い出した。あの馬鹿女は精々どこかの僻地でのたれ死んでください。




「それでは、私達はこれで失礼しますね」

「ユウキ様、どうかお大事に。イクシアさん、機会があればまた是非ご一緒しましょう」

「うん、二人ともありがとう」

「ありがとうございました。ノルンさんも、中々地球にくる機会には恵まれないかもしれませんが、私がこちらにお邪魔する事がありましたら、連絡を取りたいと思います」

「はい、是非!」


 お見舞いが終わり二人が立ち去る。

 そして残された病室に、なんともいえない空気だけが残った。

 ……いや、別に俺は何かそんな空気を醸し出しているつもりはないのだが、イクシアさんが少しこう……寂し気と言うかなんというか……。


「……フルネームは、調べたことがありませんでしたね」

「イクシアさん……?」

「今の王族、少なくともノルンさんは、私の従弟の遠い子孫で間違いないでしょう」

「やっぱり、イクシアさんも王族だったんですね」

「血、だけはそうですね。私は幼い頃に王族とは無関係の大陸に辿り着きましたから。それで、後に私は王族方達と再会、従弟にあたる人物と良い友人関係を築くことが出来ましたから。ふふ……こうして今も続いていると思うと、改めて嬉しいです。今のこの時代は、確かに私の生きていたあの時代と繋がっている……そう、強く思えましたから」


 そう言うと、イクシアさんはどこか寂しそうな表情から、とても穏やかな笑みへと変化させた。

 俺、実はイクシアさんをグランディアに連れて行くの、半分は恐かったんだ。

 もしかしたら、こっちに戻りたいと思うかもしれない。もしかしたら、嫌な思い出を思い出してしまうかもしれない。そんな事を考えて。

 でも、少なくとも俺の目には……今のイクシアさんが、とても幸せそうに見えた。それだけで、俺の杞憂はすべて吹き飛んだ気がしたんだ――


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