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第七十三話

「おぉ……広い、広すぎる……」

「んだよ、そんな田舎ものみてぇな反応――って田舎者だったな」

「うるせぇ、ノースレシアだって田舎みたいな物だって聞いたぞ。ていうか俺はここ初見なの」

「クク、そういやそうだったな。あとノースレシアは田舎じゃねぇ、辺境ド田舎大陸だ。次元が違うんだよ」

「自信満々に言うなよ……」


 やってまいりました大講堂、そして進級試験当日。

 一年、二年、三年で実地日は異なるらしく、今日は一年生だけだ。というのも、先日ランドシルト先生の言っていた通り、一年生が他の学年の倍以上いるからだとか。

 俺の知っている全校朝礼とは全然違う、パイプ椅子ではなく、まるでコンサート会場のような豪華な座席に一年生全員が座らせられ、理事長がステージ上に上がるのを待つ。

 やはりそれなりにピリついた空気が充満するが、割と余裕そうな表情を浮かべている生徒もちらほらいる。相当、努力してきたのだろう。

 そして、壇上に理事長、リョウカさんが現れた。



「一八三名。これが、なんの数字か皆さん覚えているでしょうか。……そう、今年入学した一年生の総人数です。そして今この講堂に集まっている一年生は一五一名です。既に、自主退学した者や私がこの学園に相応しくないと退学にした生徒が、約一クラス分はいる、という事です」



 まず最初に語られたその言葉の内容に、講堂がざわめきで埋め尽くされる。

 そんなに……? たった一年でそんな人数が退学した……? マジかよ。



「我が校は、コネや裏口で入学する人間が毎年少なからずいます。そして、親の権力でこれまで自由に振る舞って来た生徒も必ず存在しています。ですが……目に余る者は即刻退学。異を唱え噛みつくのなら、私は秋宮グループ総力を駆使し、相手を必ず潰します。皆さん、ここまでは前置きです。いいですか、そもそもここは最難関、そして最高の教育を与える最高の環境であると私は自負しているのです」



 離れているのに、リョウカさんの言葉に背筋が凍る。

 本気の覇気を、覚悟を、冷徹さを俺達に知らしめるような、強い言葉選びに俺だけでなく、全生徒が怯えていた。

 ……そうだ。この人はそれを実行する権限と力を持っている人なんだった。



「そして今から残酷な話をします。来年、この場所に座れる生徒は、今から半分になります。毎年一年から二年に進級出来る生徒は、最高でも半数を超える事はありません。追試も救済処置もない、文字通り退学です。私は貴方達に他では得られない最高の設備と教育を提供しています。その成果を見せられない者に、この学園に居続ける価値はありません。そして――親がなんとかしてくれると考えている、この期に及びまだ勘違いしている生徒は……喜びなさい、この演説が終わったら試験を受ける事も出来ず退学になります。単位も足りず試験の結果も振るわず、態度も悪い生徒は今もこの場に『七名』存在していますからね? ええ、把握していますとも。この後担当教官に呼び出されますので、安心してここを去ってください」



 こえええええええええ!!!! リョウカさん物凄くこえええええええええ!!!!

 全校生徒が、修羅場をくぐってきた我らがクラスメイトも完全に震えているのですが!? というか俺も恐いんですけど!? これが、これが日本最大の財閥にしてグランディアに最も近いとされる組織の、若き総帥の本当の顔なのか!?


「……ユ……ユウキ……俺ダメかもしんない……この後退学になるんだ……」

「バカ、何言ってんだよ……今から萎縮してどうするんだよカイ!」


 あ、隣でカイが完全に心折れてる。大丈夫だって……わざわざお前引き留めるのにあんな催しまで開いたんだぞ。って、成程そう言う事か。

 この進級試験でこの学園の恐ろしさをこれまで界隈に広めていた手前、SSから自主退学を出す訳にはいかなかった、という面もあったのか。……大人特有の裏の事情ってヤツか。

 それなのにコウネさんの退学を一度は受理した……一体コウネさんの実家ってどんな力があるんだよ……。



「さて、試験の課題は既に知らされていますでしょうし、皆さんも対策はしてきているでしょう。具体的な試験方法と合否の方法について解説したいと思います。まず――」



 そして、そこから語られた内容の方が、俺達には衝撃だった。

 審査員はリョウカさんを始めとした全教員。そして……ここにいる俺達全員だ。

 生徒全員にも合否の投票権を与えられ、生徒一人一人が皆の前でミスティックアーツとして自分の技を披露する事になるのだ。

 そして合否を投票する側、生徒の票の大きさは教員のそれより遥かに小さい。微々たる物だ。だが……投票した結果が、合否と逆だった場合、そんな予想を外すような、見る目のない結果が多く続いた場合、その生徒もその時点で不合格となる。

 観察眼も鍛えられず、また八百長にも似た行為に加担したり、神聖な試験で変な嫉妬心を持つような生徒もいらない、というポーズだそうだ。

 徹底している。不正を絶対に許さない、不純物を間違いで入学させたとしても、絶対に進級はさせないという強い意思を感じる。

 そりゃあ……シュヴァ学を卒業したってだけで物凄いスカウトの嵐なのも頷ける。

 なんだよ……入学した後の方が遥かに辛いじゃないか。


「では、これより第一競技場に移動します。試験は今日中に終わらせます。持ち時間は一人一〇分。一〇分以内にこちらの用意したターゲットを、自分の技で撃破してください。また……少なくとも一般的な生徒が入学したてではギリギリ倒せない強さに設定されているマシンですからね、そもそも勝てないようならお話になりませんから」


 あ、まだ厳しい条件つけてくるんですか……もう講堂の中完全にお葬式ムードですよ……。

 すると、最後にリョウカさんはとびっきり明るい声で――


「皆さん、試験頑張って下さいね! 来年、みんなで新入生を迎えられる事を心からいのっております!」


 天使のようなスマイルでよく通る美声でそんな事をのたもうた。その様子に、思わず他の教員の皆さんも苦笑い。そうか……これ毎年恒例なのか……。

 講堂から出ると、宣言通り、やはり数名の生徒が担当教官に呼び止められ、そして生徒の怒声がチラホラと聞こえてきた。……脅しじゃないんだよな。そうだよな。

 すると、背後から俺達SSクラスに向けて――


「SSクラスの皆さん、少し待ってください」

「は、はい!? あ、あの! まさか僕達全員不合格なんですか!?」

「いえ? ただ、皆さんは観覧する席を教員と同じ観覧室にして、より一層審査をしやすくするので案内しようと思って」


 リョウカさん……さっきの流れで俺達を呼び留めるとか心臓に悪いですよ。


「そ、そうでしたか……」

「ふふ、皆さんは試験を受けられますよ。ただ……全員が、貴方達に期待をしている。つまりそれだけ審査の目が厳しくなっていると考えてください。試験順、SSは最後です」

「……なるほど、了解しましたわ。とことん、私達をお試しになるおつもりですのね?」

「ふふ、未来のライバルである貴女には、この程度のコケ脅しは効かないでしょうね」

「勿論、そうですわね。私達全員、審査員全員が目を剥く結果を出して見せますわ」

「けけ、よく言ったなキョウコ。理事長サン、まぁ見とけよ」

「お、俺も頑張りますから……」

「うん、僕も全力であたらせてもらいます」

「私も今回は全部使います!」

「ふふ、理事長のご期待に応えてみせます」

「とても張り合いがありますね? ユウキ君」


 まぁ委縮しているのはカイだけって感じだが、カイだって大丈夫でしょ、絶対。

 ……認めたくないけど、俺を追い詰めた男だからな。


「理事長、んじゃ観覧室に案内よろです」

「ええ、分かりました。行きましょうか」




 観覧室は以前、ユキとしてコウネさんの試合を観戦した時に来た事があったので、特別驚くことはなかった。

 対戦場の様子が大きな映像として表示されるので、全体の様子や戦っている様子の両方が良く見える。

 そして、いつの間にか消えていたリョウカさんが、対戦場に現れ、そして一台のマシンをフィールド上に呼び出した。

 あれは……俺が初めてイクシアさんの魔導を見た時に研究施設で彼女が戦ったマシンだ。

 あれを生徒達に倒させるのか……。


『このマシンは一定以上のダメージを受けると停止します。制限時間内に停止させてください。くれぐれも、自分の技をしっかりと使うように。倒したら合格というわけではありませんので。そして観戦している人間も審査員だという事を忘れないように』


 そして――Dクラスの生徒が一人、フィールドに現れたのだった。

 試験、開始だ。




「……なるほど、剣術学で学べる技を独自にアレンジ、使用武器に合わせて改造、って感じが一般的なんだ」

「魔術による牽制や技の挟み方、俗にいう乱舞のような技が目立つな。しっかりと修練を積んできた生徒は見ればすぐに分かる」

「まぁ、無難っちゃあ無難だが、よく出来てると思うぜ、上手いヤツなんかはそれこそ、喰らったら抜け出すのが難しいヤツだってある」

「そうですねぇ……ミスティックアーツか? と問われると疑問符が残りますが、十分な成果だと感じますね。そもそも……あのマシン? 凄く強いじゃないですか」


 DとCクラスを見終わったところで、皆が感想を言い合う。そうだ、皆修練の跡がはっきり見える。一つの技として、一連の動作もしっかり繋がっているように見えるし。

 中には明らかに付け焼刃と分かる、ただ真似をして適当に技をやたらめったら放っている生徒もいるが……申し訳ないが俺の評価は不合格かな。


「俺達だけじゃない。みんな、ここまで努力を積み重ねてきたんだ。理事長が言っていた半数以上が退学っていうのは……半数以上が環境に甘えて、怠惰に過ごしていたって意味なんじゃないかな」

「うん、僕も同意見だね。剣術学の講義でも、魔力応用学の講義でも、一定数『ただ流す程度』にとどめる生徒はいた。全力で事にあたらなかった生徒は……ここで振るいに落とされるっていう意味なんじゃないかな」

「まったく嘆かわしい……ここまで恵まれた環境など他にないというのに……」

「うう……耳が痛い、耳が痛いぞミコト……」

「それは勿論、お前にも言っているからな?」


 ははは、カイは将来ミコトさんの尻に敷かれる旦那さん、なんて感じになりそうだな。

 そして、クラスの序列的には中位の扱いである、BとAクラスの試験が始まった。

 基本、CとDとあまり変わらない光景が続いていたのだが、やはり練度というより、そもそもの魔術や剣術の精度、速度が上に見えるし、時折見た事のない魔術を披露する生徒も現れ始めていた。だが……珍しい魔術を出したところでなんの意味もない。それは技でもなんでもない、オリジナル要素はどこにもないのだ。


「……ある意味、怠惰なんだろうな、ああいうのも」

「才能を見せたらそれでいける、とでも思ってたんじゃないのかな? この学園の魔術指導って、地球的にはかなり高水準だけど、私とかコウネ、アラリエルからするとまだまだなんだよね。それこそ、一年のうちに習ったり調べられる術には限度もあるんだし、ちょっと努力の方向間違えたのかな……」

「結構辛辣だな、セリア。伊達にラッハールで魔術主席は取ってないじゃねぇか」

「ふふん、まぁね」


 不思議な事に、明らかに不合格だろ、と感じる生徒の数が、CDよりもABの方が多いような気がする。まさしく『慢心』ってヤツなのだろうな。

 気が付けば、午前中から始まっていた試験だが、もう昼食の時間をまわっていた。

 一度食事を摂る為の休憩をとってくれたのだが、摂るかどうかは任意だそうだ。

 そうだよなぁ……緊張でそれどころじゃない生徒も多いよなぁ……。


「ユウキ君、今日はお弁当じゃないんですか? 残念です」

「……まぁ無縁の人もここにいるけどさ」

「何か言いました?」


 とにかく、俺達は食堂に移動し、いつも通り昼食を摂るのだった。






「ハッ! SS様はいつも通り余裕だな? 合格は当たり前とでも思ってるのかよ」


 俺達が固まって食事をしていると、知らない生徒が唐突にこちらに絡んできた。

 ふむ……Sクラスか? 今日は試験の関係で全員が制服だから、ピンバッジで所属クラスが分かる。

 あからさまにつっかかってくるような態度に、我がクラス一番の切り込み隊長、アラリエルが目をギラギラさせて立ち上がろうとしたので――止めておく。

 まぁ任せなさい。ここは煽り耐性がゲームで鍛えられた、なおかつ煽りスキルもそれなりのこの俺に。


「まぁ、俺達は相応の努力を積んで来たからねぇ……落ちるとしたら、関係ない場面で乱闘騒ぎでも起こして心象を悪くする……とかいうアクシデントでもないとね? しかし君も随分余裕あるねぇ、ここで俺達に話しかける勇気あるんだもん。君が俺達に絡んだだけの力があるのか、是非見させてもらうよ。なんかどういう訳か……クラスの序列が上がるほどイマイチな人が増えてるんだもん。Sクラスの意地っていうの見せて欲しいな」


 はい、言葉上では一切問題のある事は言ってませんし、反論内容も常識内に収まっている、模範的解答だったのではないでしょうか。まぁどういう意図でどういう意味で語ったのかは、本人が一番よく分かっているのだろうが。

 どうせ、アラリエルあたりを挑発しようと思ったのだろうが……残念でした。


「っ! そうかい、じゃあ君達の試験も精々楽しみにしているよ」


 狙いを達成出来なかったからか、足早に去っていく生徒。……まぁ、ああいうタイプは落ちるでしょ。どういう訳かこの手の勘違いおぼっちゃんって……二年生からは一切存在しないんだよな。退学か、それともこの試験で心を入れ替えて努力をするようになるのか、どっちなのだろうか。


「ユウキ、別に心配してるような事なんてするつもりはなかったんだが? あんな野郎軽く脅せば引き下がるだろ」

「ここが食堂じゃなきゃそれでいいんだよ俺も。ただ飯が不味くなる。そんだけ」

「……クク、そうかい。お前もコウネみてぇになってきたな」

「ちょっと、それどういう意味ですか!? ご飯は平和に落ち着いて食べるに限るのは当然でしょう」

「ま、僕としてはユウキ君がどう切り返すか面白そうだったからいいけど」

「慇懃無礼、というヤツだな。ササハラ君も慣れているのか、こういう輩には」

「まぁ、それなりに。一之瀬さんも慣れていそうだね」

「それは慣れるさ。年下の私が師範代を務めている事に納得がいかない先輩が多いからな」


 なるほどなぁ、跡継ぎって言うのも大変なんだな。

 それから特に他の問題も起こらず、昼食を終えて観覧席に戻るも、やはり多少はみんなも緊張していたのか、いつもよりは静かだった。

 まぁいつも通り三人前をペロリと平らげる人もいますが。


「美味しかったですねぇ……焼き芋パフェ。ミコトちゃんも頼んでいましたよね」

「う、うむ……美味いしいと思う。コウネはあんなに食べて平気なのか?」

「問題ありませんよ、昔から太りにくい体質なので」

「そうか。……そうか」


 たぶん魔力と胃袋が密接な関係にあるんだと思います、この人。

 そうして、昼の休憩が終わり続々と競技場に生徒が戻り、午後の部が始まった。

 トップバッターは……さっき絡んできた生徒か。

 Sクラスは本来、この学園のトップ、エリート中のエリートだ。

 昨年度までは文字通りこの学園の看板、注目の的だったのだが、今年は違う。

 まぁさっきのようなトラブルはこの一年で良く起きていたし、みんなそれを受け流してきていたが……元からSって不合格者とか多かったのかね。


「個人個人の力量は確かに高い生徒も多いのだろうが……同時に一番権力に近いクラスでもあるからな、私達を抜いては」

「そっか、あの人そういう生徒だったんだね。よくあれで試験受けようと思ったね……」


 クソザコナメクジ。ここに来て初めて、マシンにすら勝てずに失格となる生徒が現れた。

 合否を待つまでもなく、あの生徒はそのまま観客席に戻される事なく競技場から退場となる。

 そして嘆かわしい事に……あの生徒だけではなかった。なんとか倒す事だけは出来た生徒や、逃亡を計る生徒、前に他の生徒が使った技をそのまま真似た生徒など、散々たる結果だった。

 だが、やはりS。真面目な生徒もちゃんと存在し、そういう生徒は会場全体、俺達をも沸かす剣術や魔導、オリジナルの技を披露してみせていた。

 そして、ちょっとご縁のあるSクラス、リっくんもまた、不思議な体術と魔導を組み合わせた技を披露していた。


「へ、やるじゃねぇかあのお坊ちゃん。今ならそれなりに俺とも戦えるんじゃねぇか?」

「ふむ。縮地走法に似た動きだ。初動からトップスピードに至るのが早いだけでなく、さらに風と雷の魔法で自身の速度を上げているのだろう。良い技だ」


 なんというか、昔漫画で見たような、超高速の突きを繰り出していた。

 ありゃ俺達クラスじゃないと回避不可能でしょ。一之瀬さんやカイクラスというか。リっくんもやるなぁ……。


『これにてSクラスの試験を終了します。次、SSクラス。全員、控室に移動してください』


 おっと、俺達の番か。んじゃ行きますか。案内はコウネさんとカイに任せる。


「誰からだろうな……出来れば早く終わらせたいよ俺は」

「私もそうだな、早い方が皆の技を集中して見られる」


 一切の騒音、そして話し声のしない無人の通路を、俺達の足音だけが響く。

 あ、段々緊張してきた。これから試験なんだよな。ただ戦うんじゃなくて。

 一度あそこで戦った経験があるくせに、結構心臓がバクバクしてきた。


「控室と、出たところにベンチもある。どうやらそのベンチで観戦する事も可能なようだが」

「うーん、出来ればトップバッターがいいかな。緊張ではないけれど、こういうのって待たされるの嫌いなんだよね、僕」

「カナメはいつも通りだな。やっぱり慣れてるのか?」

「そうだね、慣れというか……周りの目が気にならないタチなんだよ僕」


 そう話し込んでいると、控室の扉が開かれ、ジェン先生が入って来た。

 いつものような調子ではなく、神妙な顔で、手にしていた紙を読み上げる。


「これより試験順を言い渡す。一番『一之瀬ミコト』二番『香月キョウコ』三番『コウネ・シェザード』四番『セリア・D・ハーミット』五番『アラリエル』六番『柳瀬カイ』七番『吉田カナメ』そして最後に『佐々原ユウキ』以上だ」


 女子から先にやるのか……そして最後が俺、と。やだなー……なんか凄いハードル上がった後じゃんそれ。


「ふふ、私が一番手か。教官、フィールドのベンチに移動しても問題はないのでしょうか。皆の様子をモニタではなく直接見たいのですが」

「構わないぞ。じゃあ、先生は戻る。呼び出されるのを待つように。ベンチに移動しても良いからな」


 ベンチに移動すると、観覧席からでは聞こえなかった、他のクラスの生徒の声がしっかりとこちらに届いて来た。




『いよいよSSクラスだな……少なくとも柳瀬とシェザードさん、一之瀬さんは合格だろ……他は正直分からないが』

『私はササハラ君がどうなるか気になりますね、試験前によく訓練に付き合って貰いましたし、春の一件もあります。あの方が強いのは知っていますが、どこまでなのか未知数ですし』

『アラリエルはどうなんだ? アイツ、講義の時間に学園から出てく姿を見るし、まともに講義なんて受けてるのか?』

『アイツがSSな理由ももしかしたら分かるんじゃないか? それより吉田君だ。彼の戦う姿は高校時代に見た事がある。どこまで強くなったのか、一人の戦士として興味深い』

『カヅキ様はどうなるのだろうか……あの方が戦う姿、誰も見た事がないのではないか?』


 おーおー、やっぱり噂されてる。そうか、俺って学園内じゃほぼ戦ってないし、直近で話題になったのは、カイに負けた『とされる』一戦のみか。

 すると、アナウンスで一之瀬さんの名前が呼ばれ、彼女は静かに競技場中央に向かって歩いていく。

 対面するのは、体長四メートルはありそうな、魔法瓶に手足が生えたような形のマシン。


「不格好だよね、あれ。キョウコさんもそう思わない?」

「ええ、そうね。美学を感じませんわね。恐らく秋宮で開発されたのでしょう」


 あ、平常運転。


『それでは試験を開始してください』


 その瞬間、一之瀬さんがマシンの目の前に移動する。

 マシンがそれに反応し、手を振り回し、薙ぎ払う動きを見せるも、彼女はどうやって避けたのか分からない程の速度でそれをやり過ごし、しばしの間マシンの猛攻を回避し続けているようだった。

 が、唐突にマシンの動きが止まり、一之瀬さんが手を上げた。


「申し訳ありません、破壊してしまいました」


 その宣言と同時に、マシンの手足が外れ、そして動体が包切りにされる。

 ……あの人いつ刀抜いた? 回避してる最中に抜刀してたのか?

 やべぇ、ちゃんと見てなかったというか……ただ回避してるだけだと思ったのに……。


「へぇ、びっくり。一之瀬さん、抜刀よりも納刀の方がさらに速い。身体能力の強化の使い方がなんだか洗練されてるね」

「ミコト……あれはまるで……暗殺術……凄い、そんな技の発展のさせ方が……」


 ごめん、マジで見えなくて何も言えない。ちなみに、カイとカナメ以外は全員見えてなかったようでした。


『一之瀬ミコト、試験終了。破壊に関しては問題ありません。耐えられなかった我々の方に落ち度があります。以降の皆さんも、どうか気になさらず破壊してくださいね』

「言ってくれますわね……次は私だというのに……いいでしょう、私なりの壊し方をお見せします」

「キョウコさん、頑張って」

「ふふ、ええ。では皆さん、いってきます」


 呼び出される前に、キョウコさんが立ち上がり、一之瀬さんと交代するようにフィールドへ向かう。

 マシンの交換も済んだようだ。


「ただいま、みんな」

「おかえり一之瀬さん。びっくりしたよ」

「ああ、驚いた。いつ抜いたかはうっすら見えたが、動作の細かい部分が見えなかった」

「ふふ、そうか。そうなるように工夫した甲斐があったよ」


 そして続いて、キョウコさんの番がやってきた。

 マシンが動き出し、キョウコさんはその動き出したマシンの攻撃をギリギリで回避しながら、何度から『ボコン』と軽い音をさせ、手のひらで叩いている。

 そういえばキョウコさんって術式リンカーで魔術を使うって戦闘スタイルだけど……あれ、大丈夫なのかな?

 正直倒せるビジョンが浮かばない、小さな打撃音だけが響く戦況に、みんなも不安に思っていたのだが、不思議な事が起きた。

 マシンが、突然タップダンスを踊り始めた。まぁドゴンドゴン煩い音をさせながらだけど。


「理事長。掌握完了しましたわ。このマシンはもはや私の支配下にあります」

『……戦いの最中に相手の支配権を奪う、ですか』

「ちなみに、人間相手でも可能ですわね。お試しになられますか?」

『ふふ……遠慮しておきます。試験終了、念のためマシンを新しい物と交換してください』


 は? え、見えなかったうんぬんじゃなくて、何したのかすらわからないんだけど?

 スマート過ぎるやり口に、俺達も会場もただ唖然としている。


「ただいま戻りましたわ。ふふ、これが私なりのミスティックアーツ。どちらかというとミステリアスと呼べるかもしれませんわね?」

「ヒュウ、やるじゃねぇか。なんだ、電子精霊でも打ち込んだのか?」

「ま、それもありますわね。残りは企業秘密ですわ」


 おっかねぇ……この分だと、他のみんなの技も不安要素はなさそうだな。




『では、コウネ・シェザードの試験を開始します』


 コウネさんの番だが、これまた不思議な事が起こった。

 マシンが一歩前進したかと思うと、もう動かなかったのだ。

 コウネさんはただ剣を地面に差しているだけ、何かをしているようには見えな。


「すみません、私も壊しちゃいました。分かりやすいように今お見せします―!」


 その瞬間、止まったマシンのあらゆる隙間から、氷の棘が生え、まるで巨大な金平糖のような姿となってしまう。

 うっそだろ……いつ凍らせたんだよ……あの剣、地面に差してなにかしたのか?




『続いて、セリア・D・ハーミットの試験を開始します』


 セリアさんは、開始と同時に空中高くに飛び上がり、そのままさらに空中で跳躍し、マシンの攻撃から逃れた位置で、何やら落下しながら魔術を使っているようだった。

 手にしていた巨大な断頭斧が、吹雪と雷を纏う姿が見える。

 あれは、カナメと似たタイプの技なのか?

 そのまま、斧をマシンめがけて振り下ろすと、それと同時に雷が地面を走り、吹雪が砕けたマシンのかけらを凍らせ、さらに巨大な火柱が、彼女の落下地点から吹き上がる。

 なんだその一撃……単体攻撃に見せかけて超広範囲技じゃないですか。

 ベンチを守る結界がバチバチいってるんですけど!


「ふぅ……壊しましたー!」

『……別に壊す試験ではないのですけれどね?』

「あはは……」


 こりゃ女子全員、合格間違いなしだわ。


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