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第七十一話

「まぁ! まぁまぁまぁ! コウネさん、ユウキと結婚するんですか!?」

「ええと……まずはお父様が気にかけているユウキ君と私が、結婚を前提に付き合っているとでも知らせて、それでユウキ君が異議を申し立てれば……考え直してくれるかもしれません」


 え、それはそれで凄く困るというか、なんというか!

 俺にはいつか振り向かせたいというイクシアさんがいるのです! でもコウネさんの為にここは一芝居うつのも手なのか……?


「話が流れさえすればいいんです。さすがに、私がユウキ君と別れたからと言って再び婚約を迫るのは……貴族としてのプライドが絶対に許しません。まぁ……私はきっとお父様にひどく怒られると思いますし……もしかしたらユウキ君も?」

「すみませんめっちゃ恐いです。俺すっげぇ悪人じゃなん。娘の将来を台無しにしてから捨てたただのクズ男じゃないですか」

「勿論、私もかばいますし、なんでしたら真実を言います。全て私が悪い事なんだ、と」


 ならいいのか? いやでも異議申し立てっていうのが凄く恐い! 貴族ってどんな規模でどんな権力を持っているのかイマイチ分からないのだが!? でも理事長ですら丁重に出迎える相手で、一時は公国のトップだった事もあるって言うし……。


「ユウキ、コウネさんを助けましょう。貴族の義務とはいえ、子の望まぬ未来を押し付けるのは見過ごせません。それに……本当にユウキのお嫁さんになって私の娘になりますか?」

「それもありな気がしているんですよね、最近は。ユウキ君の意志もあるのでここは保留という事で……ユウキ君、無理なお願いだとは思うのですが、引き受けてくれる気はありますか?」

「……異議申し立てって、具体的にどうすれば……」

「進級試験の後、来年度まで休暇があります。私は一度実家に戻りますので……一緒に行きましょう、ユウキ君」

「やっぱそうなるんだ……」


 俺、勝手にグランディアに行っても大丈夫なのだろうか?

 リョウカさんから何か任務を言い渡されるかもしれないし、相談、した方がいいよな。


「……前向きに検討したいと思います。その、俺の後見人みたいな人に、グランディア行きの事、話してみます」

「! 本当ですか! これで……きっと……私、グランディアにはまだ戻りたくありません。冬の味覚も、冬の北海道も、春のサクラモチも、食べたい物や知りたい物がまだまだたくさんあるんです!」

「食べ物ばかりな件。けどまぁ、確かにまだまだ美味しい物は沢山あるね、絶対」

「それに、みんなと一緒に卒業したいです、私も」

「それは……勿論俺だってそうだよ。きっとクラスのみんなもそうだろうさ。そんで皆で成人して、ちょっとお酒なんて飲んじゃったりしてさ、大人の仲間入り―なんて……」

「ふふ、それは楽しそうです。聞いたところによると、居酒屋というのはご飯の進むお料理を食べながら、ご飯の代わりにお酒を飲む場所と聞きました。みんなと卒業して……一緒に居酒屋で美味しいご飯。私の細やかな夢です、これは」


 そんな、なんとも貴族令嬢らしかぬ夢を語るコウネさんは本当に嬉しそうで、俺もつい、このちょっと修羅場に突入しそうな作戦も、本気で挑もうと心に誓った。




「それでは……私は明日からの生活の為、理事長に一度退学についての相談をします。ユウキ君、進級試験前にこんなお願いをして本当に申し訳ありませんでした」

「ん、大丈夫。コウネさんこそ、講義の予定とか改めて決めないとだし、頑張ってね」


 夜、コウネさんを見送ると、改めてイクシアさんが語る。


「貴族の在り方は、今も昔も変わりません。横暴な者、民を思う者、貴族としての義務を果たそうとする者。それらはかならず生まれ、世界に影響を与える。恐らくコウネさんの御父上は義務を果たし、なおかつ国と民を思い、その決断をしたのでしょう」

「……言ってしまえば、これは俺とコウネさんの我儘、って事ですよね」

「はい。ですが、同時に子に責任を負わせる親の我儘でもあります。ユウキが声を上げ、少しでも彼女が幸福に近づくことが出来るのなら……私はそれを尊重します」


 そうだな、今更ごちゃごちゃ考えても仕方ない。精々、お父さんを説得させる方法でも考えるさ。その前に技の開発しなくちゃいけないけど。






 翌日。本日最初の講義は昨日に引き続き魔術理論だったが、なんとコウネさんも出席していた。

 元々評価も高かった彼女故の特権、こういう部分はSSクラスなのが理由なのだろう。

 あと、退学については既に理事長とジェン先生も知っていたらしい。……やっぱり隠し事が上手だよ、大人っていうのは。


「理由は教えていませんが、退学の件は一時保留という事で話がまとまりました。後は……ユウキ君次第です」

「了解。今日中に後見人みたいな人と話してくるよ」


 そうして、今日もしっかりと魔術の基礎を学びつつ、俺の師匠でもあるコウネさんに詳しく解説してもらうという、贅沢な時間を過ごしたのであった。


 そして、理事長室。もはやこの学園で教室以外で最も来る頻度の高いその部屋をノックすると、中から『入ったらすぐ扉をしめてくださいね』との声が。


「しつれいしま……うわコゲ臭! リョウカさん、なにしてるんですか!」

「ちょっと火を使っていたら焦がしてしまいました。廊下の報知器に反応されると面倒ですからね、閉めてください」

「どうして室内で火なんて……」

「密書です。決まった形にちぎらないと封を開けられずに燃えてしまうんです。大昔に間者が使っていた手法ですが、魔術的に改良して実験していたんです」

「それで、やぶり方をわざと間違えたという訳ですか」

「そういうことです。……火力が強すぎです、机に焦げ跡が……」

「実験室とか、ニシダ主任のところでやればよかったじゃないですか……」

「ああ、じつはニシダ主任は暫く学園にはこられないんです。本社の方と研究所の方で忙しくて……来年度の受験生の召喚実験の事後処理です。イクシアさんの様な例はありませんが、それでも召喚された霊魂に肉体を与えたり、召喚された物品がグランディア側に正式な所有権があった場合等ありますから……」

「あー……大変そうですね」


 そういえば最近見かけないと思っていたけど、そっか。

 主任はあくまで外部から来てる非常勤の講師だった。


「それで、どうしたのですかユウキ君。私を尋ねるとなると、中々に厄介な案件ですか?」

「ですね。かなり厄介ですし……ちょっと迷惑をかけるかもしれません」


 俺は、コウネさんとの昨夜のやり取り、そして彼女を取り巻く環境について話す。


「彼女からの退学の話は、少し前に相談されていました。通常の生徒とは違い、彼女はSS。実家からの指示とあれば無理に引き留める事は出来ませんでしたが、それが今日になって取り消して欲しいと便宜を図ったのですが……そういう事でしたか」

「はい。それで……俺、今学期が終わったらグランディアに行っても良いんでしょうか」

「それは構いません。どの道、貴方には春休み中、向こうに行ってもらうつもりでした」

「え!?」


 なんとそんな予定が!?


「来年度から向こうでの研修が始まります。ですが、貴方はSSクラスで唯一、グランディアを訪れた事がない。それ即ち向こうの魔力を一度も身体に適合させた事がない、という意味です。倒れる者、身体が変化する者、症例は様々ですが、研修でいきなりそういう症状が出ては困りますからね。事前に一度向こうに渡ってもらうつもりでした」

「そうだったんですか……あ、じゃあ俺の髪とか変わったりも?」

「ないとは言い切れませんね。変化は千差万別。中には老化したという例もあります。出来るだけ万全の耐性で向かわせるつもりでしたが……イクシアさんと共に向かってください。彼女なら、どんな事が起きても対応可能でしょう」

「そうですか……あの、下手したら貴族の面倒事に巻き込まれるかもですが」

「問題ありません。私は地球よりも、むしろあちらの方が人脈に恵まれていますから」

「……ちょっと恐いです。ですが分かりました。地球のパスポートで大丈夫なんですよね?」

「ええ、イクシアさん共々問題ありません。便の方は……コウネさんにお任せしましょう。良い機会です、向こうでの見識を広めて来て下さい。それに……異世界の貴族というのがどういうものか、その目で見るのも良い経験になるでしょう」


 なるほど……しかし思いのほかすんなり許可を貰えたな。これでコウネさんの心配事も一つ減るってものだ。


「ところで、進級試験の対策は大丈夫ですか? ミスティックアーツは、既存のロストアーツを模倣しても評価はされません。オリジナルの技が必要なのです」

「実は結構悩んでます。参考になりそうな話を色々聞いてるんですけど……そうだ、リョウカさんはグランディアでも人脈があるって言っていましたよね? なにかこう、凄い技とか見た事ないんですか? 参考に聞かせてもらえると……」

「そうですね……巨大なドラゴンを一撃で葬り去る斬撃を天空からお見舞いして、深さ五〇メートルの穴を地面に穿つ技を見た事があります」

「だからなんなんですかグランディアの人間って……化け物じゃあるまいし」

「ふふ、そうですね、今のは忘れてください。まぁ……重要なのはインパクトと実用性です。貴方ならきっと出来ますよ、頑張ってください」




 グランディアって人外魔境かなんかなんですかね。神話時代ならまだしも、リョウカさんまでそんな技を見た事あるって……こりゃ相当派手で強そうな技じゃないと評価されないな。だったら……オリジナルだ再現だなんて拘っていられない。知ってる凄い技をいろいろ組み合わせた、いいとこどりな奥義を開発しようじゃありませんか。


「まず身動きを封じる……一瞬で拘束する方法とか欲しいな」


 ちょっと今日、ネスツ先生に紋章術の参考書で一番難しそうなヤツはないか聞いてみよう。


「さてと……今日の講義の残りは古術学か。場所は……第三校舎のVR室なんだ」


 あまり行く事のない第三校舎。殆ど第一、第二校舎でしか講義は開かれず、第三校舎は研究室で放課後に使われるか、C、Dクラスの教室があるのみだ。

 俺の勝手な感想だけど、ここの生徒は向上心に溢れているので、実は結構好きだし、試験期間になるとよく話したりもするので、割と仲が良かったりする。

 やがて、校舎の四階、その端にひっそりと存在しているVR室に向かうと、訓練室としての側面の強い他のVR室とは違い、一見するとただの教室の様な部屋だった。


「普通に席もある……こっちの方がむしろ視聴覚室っぽい雰囲気だな」


 窓もない、壁も防音仕様に見えるし、VRの為なのだろうが、視聴覚室感がある。

 席について待機していると、再び部屋の扉が開き、意外な人物が入って来た。


「あれ、キョウコさんに……一之瀬さん。一之瀬さんもこの講義受けるの?」

「ああ、君と同じ理由でな。前回の研修、私は君達と一緒に戦えなかったが……それでも結果は変わらなかった。知っているという事の大切さを知った思いだよ」

「私はオペレーターを務めている以上、あらゆる知識に精通している必要がありますもの」


 おお……さすがうちのクラスでの優等生ツートップ!

 だがしかし、一向に他の生徒が室内に現れる事はなかった。


「やはり、マイナー中のマイナー講義ですものね……正直、この学園だからこそある講義だと思いますわ」

「そう、だな。古術に関する物は、私も実家の道場で軽く触れる程度で、本格的に学ぶ学問だという認識がなかった、というのが本音だ。だが……前回、ササハラ君が知っていたからこそ最悪の事態は免れたのではないか? そして万全の用意していたからこそ退けられたのではないかと思ってな……ここで、何か学べると良いのだが」


 マジか、そんな不人気な科目、学園的に成り立っているのか?

 すると予鈴が鳴り、それと同時に……なんだか物凄くダウナーというか、テンションの低い声と共に、一人の女性が入室してきた。


「うーわ……本当にいる……ねぇ君達SSから来たって本当? なんでよりによって超エリートが私の講義受けに来たのかしら……」

「知りたいから、としか言いようがありません。私は地球における古代から伝わる術、その性質を学びたいと考えています」

「私も同じく、知識として蓄えておきたいと思ったからですわ」

「右に同じく。いやぁ……知ってると色々得すると思うんですけどねぇ」


 物凄く、面倒くさそうな表情を浮かべていたのを、俺含め三人は見逃さなかった。

 なんだこの人……そうか、仕事したくないのか。


「……ついにお仕事をする日が来てしまったわ……じゃあ、自己紹介から始めましょ。私の名前は『ジェニス・ランドシルト』ちょっと髪型で見えないけど……ほら」


 すると、ジェニス先生はぼさぼさの長髪をかき分けて、こめかみに生えている小さな黄金の角を見せてくれた。


「魔族よ。もうかれこれ六年くらい理事長以外と話しなんてしたことないから……言い間違いとかしたらごめんね」

「……まじかよ」

「……まじよ。じゃあはい、君達も自己紹介して」


 俺達が自己紹介をすると、割と真面目な気質なのか、しっかりとノートにメモをとっているようだった。


「ここ、VR室だから、基本的にみんなの目の前に虚像を投影して解説するから……どうしましょ、何から教えたらいいか考えていなかったわ……」

「……ジェニス先生、だったら今日はとりあえず……アジアの呪術、陰陽道とかそういうのの解説からお願いしたいんですけど」

「あー……いいわね、それ。君達三人共日本人よね。だったら故郷の古い術からの方がいいか……君良い事言うわね、名前なんだっけ」

「さっきメモしてたんじゃなかったんですか……」

「え? あ、これ? 違うわ、ただの落書きよ」


 そう言って見せてくれたノートには、なんだかよくわからない図形が掛かれていたり、変な線が。マジでただの落書きだぞ……。


「じゃ、陰陽道の話から。んー……グランディアと繋がる前の話だから、ほとんど魔力って概念がなかった時代の術なのよねぇ……本当に子供だましみたいな術ばっかりなんだけど、その所為か妙に研ぎ澄まされてるのよね。少ない魔力で効率よく効果を出す。そしてそんな術の所為で、本来生まれるはずのないモンスター……この国風に言うと妖怪ね。そういうのが具現化したのよ。言うなればマッチポンプよマッチポンプ。自分達の探究のせいで生まれた妖怪を、自分達で調服してたって訳。まぁ、元々は中国大陸から伝わって来た術式なんだけどさ」


 あ、意外と真面目に解説してくれてる。ちょっと心配だったが、一応講師として雇われているだけはあるな、この人。

 その後も、アジア圏内に伝わる昔からの術。シャーマンや陰陽師、イタコと言った古い存在について語る。

 なんというか、今のところはオカルトに寄って地球の民俗学って内容だった。

 結構聞いてると面白い。使う言葉も砕けた感じだし分かりやすいし。


「あ、チャイム鳴った。じゃあ今日はここまで。次回は明後日の午後ね。あー……久々に喋ったら喉痛くなった……のど飴買わなきゃ」


 そそくさと去っていくジェニス先生を見送る。


「ちょっと変わった雰囲気の先生でしたわね……講義内容は思ったよりもまともでしたけれど」

「態度に不満はあるが、業務をしっかりこなしている以上なにも言えないが……まぁ、受講者が長年いなかったのなら張り合いがないのも頷ける、か。しかしグランディア出身と思われるが、ここまで地球の事について深い知識を持っているとは」

「確かに意外だったね。まぁ、ちゃんとした講義を受けられるって分かって安心したよ」


 これならそのうち、対呪術の知識だって得られるかもしれないな。


「さてと、私今日は他の講義がありますのでこれで失礼させてもらいますわね」

「私も剣術学の講義がある。ササハラ君は今回から受講を辞めたのだったな……少々張り合いが減ってしまったよ」

「いやごめん、俺って実戦であまり基礎的な動きは使わないから、戦術は魔力応用一本で鍛えたくてさ」

「なるほど、確かにな。進級試験、君の技を楽しみにしているよ」

「ふふ、そうですわね。ではごきげんよう、ユウキ君」


 ……なんか、結構ハードル上がってませんかね……?




 ネスツ先生に出来るだけ高度な紋章魔術について書かれている魔導書を借りた俺は、その足で真っ直ぐ家に戻ろうとする。

 すると、正門前でコウネさんがこちらを待っていた。


「さぁ、一緒に帰りましょう。ちょっと今の内に周囲に印象付けておこうかと思いまして。それに、グランディア行きがどうなったのか聞きたいので待たせてもらいました」

「あ、それなら許可をもらったよ。向こう行きの便とかお願いしても大丈夫かな?」

「本当ですか!? これはいよいよ、私の地球残留が見えてきましたね……! ユウキ君どうします? 本当に結婚しますか? 婿入りでも良いですし、私が嫁いでも良いですよ!」

「冗談か本気か分からない事言わないでよもう……あ、そうだ。丁度良いからコウネさんにもこの本見て貰おう」

「あら? ……これまた古い魔導書ですね『天才! 今日から君も大魔導師! 凄いぞ、こんな大きな氷も一瞬で作れちゃうんだ』ですね」

「……え? この文字、そんな意味なの?」

「ええ、そうですよ。遥か大昔から存在する魔導書で、こういう奇天烈なタイトルがついているのが特徴なんですよ。中々貴重な一冊ですよ、これを参考にする気なんですか?」

「はは……まぁね。ほら、風属性しか使えない俺でも、紋章なら他の属性も使えるかもしれないって言われてさ。まぁそれが無理でも、強力な風の魔導が使えるようになるかもだし」

「なるほど……私も、本腰を入れて進級試験に臨まなくてはいけませんね。半ば進級、ここに残る事を諦めていましたから……」

「そうだよ、そもそも進級しなきゃ話にならないんだから、コウネさんも頑張ってよ?」

「どんとこいですよ。私、こう見えて新しい技の開発は得意なんですからね。切り口から食材を凍らせていく剣術や、お鍋の中身をかき混ぜながら徐々に温度を下げる術、それに不純物を綺麗に取り除いた透明な氷を作る魔法まで開発したんですから」


 全部調理用魔法じゃないですか! やだー!




「なるほど、では二月からグランディアに行く事になったのですね?」

「そうなります。イクシアさんの都合は大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。そうですね……春休み中は実家の方にも戻れませんしね」

「ですね。家は改修中ですし。たぶん来年の夏休みには完成しているはずですけど」

「飛行機と向こうでの船の手配は私がしておきますね。ふふ、我が家に友達を招くなんて、ミコトちゃんがまだあっちの学園に在籍していた時代以来です」


 コウネさんいんざまいはうす。今日もイクシアさんと仲良く台所に立っています。

 今晩はサンマの塩焼きにナスの揚げびたし、そしてきのこのお吸い物とサツマイモで作ったポテトサラダだそうです。

 コウネさん、通学用のカバンから食材をぽんぽん出してくるのでびっくりしました。


「晩御飯食べ終わったら、コウネさんとイクシアさんにちょっと解説してもらいたい魔導書があるんですけど」

「構いませんよ。魔導書、懐かしい響きです」

「懐かしい? あ、そういえばユウキ君のお母さん、地球で暮して長いんでしたっけ」

「え、ええ。研究に関するレポートや資料ばかり見ていたので、魔導書というのは懐かしくて。ユウキ、もう少しで出来るので待っていて下さいね」


 一人で読んでいても、いまいちよくわからないというか……本文の癖が強すぎる!

『一瞬で付近の水分をカチカチにして粉々にしてカラッカラにする術式』やら『相手の体内に魔力をズズズって入れて次の操作がしやすくするトラップ』やら、こう擬音も多いしいまいち理解出来ないのだ。

 恐らく、記されている紋章のヒントで効果は予測出来るのだろうが。

 これ、ヒントばかりで明確な答えのない物ばかり書かれているんだよね。たぶん読み解く人間が学ぶ事を求めて書かれた物だとは思うのだが……。

 ていうかかなりぶっ飛んだ解説というか効果もあるが、これはちょっと俺には分かるはずもないような途方もない解説つきだ。

『光を凍らせる事は内部の時を止めるに等しい。時を凍らせる事は通常の魔導師には不可能でも、ほぼ同一の効果、時を半永久的に遅延させる紋章も私は生み出した』とある。

 なんか途中から書いてる人変わった? ってくらい真面目な文章とながったらしいか解説だ。


「ユウキ、出来ましたよ? もう、夢中になっているみたいですね?」

「あ! すみません、気が付きませんでした。おお……美味しそう」

「私、サンマって実は初めて食べるんですよ。秋の味覚の代表って聞きましたから、楽しみです」

「ふふ、私も初めてですね。焼き魚そのものは何度か作った事もあるのですが……」


 しっかり大根おろしも用意されています。いいね、懐かしいね、死んだ爺ちゃんが大好きだった。

 ちなみに我が家ではポン酢よりもスダチと醤油で食べる方が一般的でした。

 ……そう考えると、サンマを食べるのって爺ちゃん婆ちゃんが亡くなって以来じゃ?


「……うんまぁい。最高に美味しいです、イクシアさん」

「ええ、本当に。とてもよく脂がのっていますね。付け合わせの大根とも合いますね」

「確かに……日本の大根は私の国のラディッシュとまったく形が違いますし、味も違いますね。美味しい魚ですね、これ。凄い合います」


 そのほかの料理もどれもこれも美味しく、秋をこれでもかと感じられる料理だった。

 四季を感じられる食事なんて、一人で暮していた時なんて、精々弁当屋のチラシで期間限定商品を買った時くらいだったよなぁ……。


「ご馳走様……美味しかった……」

「本当に美味しかったです。食材だけじゃないです、お魚の焼き加減が絶妙でした」

「ふふ、実は私が凄いんじゃありません、魚を焼いた道具が凄いんですよ」

「ははー……日本の調理器具のこだわりは凄いですよね……グランディアじゃそういうところに技術の粋を集めようなんて考え、微塵もありませんから」


 なるほど、そういうものなのか。日本人って凝り性というか、ある種の変態技術者の国って思われていたからなぁ、元の世界でも。

 食器をかたづけ、後はだんらんの時間ということで、二人に魔導書の解説をお願いする。


「これは高等紋章術の解説が殆どですね。どれもこれも力が強大過ぎて、記している最中に他の呪文が勝手に発動してしまい、完成させられないものばかりなんです。特別な素材になら、しっかりと発動を留めておけるという研究もなされているのですが」

「そうなのかー……なんか凄そうな術ばっかりだったからワクワクしてたんだけどな」

「実はこれ、タイトルとか著者の地の文の関係で軽く見られがちですけど、現存する魔導書の中では最古にして最高難易度の魔導書なんですよ? なんて言って借りて来たんです、これ」

「う……とりあえず『この程度の魔術書で良いですか?』って聞かれたから『一番難しいのを頼む』って答えたんだけど……」

「難しすぎて現代の魔導師では解明しきれていない魔導書ですよ、これ」

「くそう……この『相手を一時的に封印する呪縛の風』っていうのが凄く気になったんだけど」


 風ですよ風! 俺に持ってこいじゃありませんか!?


「『描いた傍から紋章が消えるから、手早く正確に描くこと!』ってありますけど、そもそも必要な紋章の最小規模がかなり大きいですから……物理的に描く時間がたりませんね。というかこの本、基本的に特殊な素材に記す最上位紋章しかのってませんよ」

「……コウネさん、この魔導書は貴重な物なんですか? 是非一冊欲しいと思うのですが」

「興味ありますか? 割と貴重ですけど、歴史が古いので新装版やらなにやら沢山出ていますよ。ですのでお取り寄せなら手に入ると思います」

「なるほど……ユウキ、ここにある紋章は難しいと思いますので、まずは新しい風の魔法から覚えませんか? この魔導書にも少しだけ魔法について書かれていますよ」


 確かに、詳しい記述ではないが『こういう魔法もあるから、そのうち紋章にして何かに利用できるといいよね!』って書いてある。著者の人……無邪気過ぎない?

 なになに……『移動速度を上げるのではなく、自分と同じ質量と速さを再現する風』とな。

 うん……? よくわからないんだが。


「これ、言ってる事は分かるんですけど、実践するとなると恐ろしく魔力を使いますし、そもそも術のコントロールを手助けする、術者の知識、見識が備わっていないと難しいんですよね。成功させた人も何人かいたらしいですけど」

「え? コウネさん、これってどういう魔法?」

「目に見えない分身を生み出す魔法です。見えないけど、風によって自分と同じ効果を出すんです。相手を同時に攻撃出来るかも、っという事で魔法剣士の間でも再現を試みる人はいるんですけど、結局難易度に対して得られる効果が薄い、なら普通に魔法で切り裂いた方が良いって気が付いて、練習しなくなっちゃうんです」


 なにそのロマン技。目に見えなくても分身は分身、非常に心惹かれるのですが。


「ふむ……かなり高度な魔導ですね。ここまで複雑な物になると、ユウキでは習得は難しいでしょう」

「ぐぬぬ……凄く良い考え浮かびそうになったんだけどなぁ……」


 おぼろげだが……なんとなく俺が目指すべきゴールが分かったような気がする。

 そうか分身……俺がもう何人かいたら……。


「さてと、私はそろそろ寮に戻りますね。……しかし困りましたね。寮の契約は一年更新なんですけど、もう来年度は更新しないって決めてしまったので、来年ここに残る事が出来ても宿無しになってしまいます」

「我が家に住もうと考えないで大人しくシンビョウ町に空き家借りてください。コウネさん、前から自分で言ってたでしょ」

「バレましたか。いやぁ……ユウキ君の家って学園に近い上に最新の台所用品も揃っていて素敵なんですもの。それに……ふふ、気が付いていますよ。冬に収獲する予定のお野菜もすでに植えていますね!? これは何が何でも学園に残留しなくては!」

「ふふ、私はコウネさんが住んでも構いませんよ? 娘が出来たみたいで嬉しいですし」

「いや、さすがに学生同士で一つ屋根の下はアウトですから。コウネさんも、しっかり不動産屋さんに行くこと」

「はーい。……本当、ここに残りたい理由が沢山出来ましたから、今回の事は本当にありがとうございます、ユウキ君」


 珍しく、真面目な調子で語るコウネさんは、帰り際に思わず見惚れるような笑みを向けてくれた。気品というかなんというか……やっぱりこの人もキョウコさんと同じようなお嬢様なんだよな……。


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