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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
六章

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第七十話

「なるほど、奥義ですか」

「です。これが今の俺達の課題なんですよ。イクシアさん、なんかこう……凄い技とか生前見た事ないですか? どんな事が出来るのか、なにかの参考になればと思って」

「ふむ……私が生きていたのはそれこそ、神話扱いされていた時代ですからね……今とはだいぶ勝手も違うと思いますが……」


 帰宅後。昼前に戻れたので、今日はイクシアさんお手製の焼きそばを頂いているのだが、俺は今日の出来事を含め、彼女からなにか助言はもらえないだろうかと質問する。


「そうですね……遥か上空から漆黒の炎の竜巻が降り注ぎ、それと共に強烈な斬撃が大地を割り、一帯を崩落させる技を見た事あります」

「なんですかそのラスボスみたいな技。もっと俺に出来そうなのってありますか?」

「となると風ですよね……私は風の魔法で自身の機動力を上げる事が出来ますが、それを鍛えてはどうでしょう? もっと小回りが利き、自由に動ける様になれば出来る事も増えると思いますよ」

「なるほど……なんにしても機動力は必要ですか」

「剣術に拘らないのでしたら、詠唱魔導や紋章魔導というのもあります。ただ、こちらはかなり難しいものになりますから、もし興味があるのなら、学園で正式に基礎を学んでから手を出すべきですね」

「そっか、魔法でもいいのか……」


 選んだ講義的にも、良いヒントになってくれそうだな、これ。


「ところで、今日の焼きそばはどうですか? 今日は少しソースを工夫したんですよ」

「なんかちょっとフルーティーで美味しいですね、これ。凄い、お祭りで食べるのよりずっと美味しいです」

「ふふふ……実は市販のソースにリンゴジャムと、ちょっと多すぎるくらいのコショウ、それと蜂蜜を少々加えて、仕上げにお醤油を少し焦がしたんです。これはBBチャンネルではなく、コウネさんに以前教えて貰ったんですよ。彼女、BBチャンネル意外にも、日本の料理について沢山勉強していたらしいのです」

「へー! そっか、こんなに美味しいの作れるんだ……」

「ふふ、いいお料理友達です。そういえば、最近彼女は元気ですか? 実はお芋掘り以来、こちらに来る機会もなくなってしまったみたいで」

「あ、そうだったんですか。なんでも、裏の町に引っ越すみたいな噂がありましたよ。それで準備で忙しいんじゃないんですかね」

「そうでしたか。では、お引越しが終わったら、何かお祝いの品でも持って行きましょう」


 そりゃいいや。食べ物か、それとも調理道具がいいだろうか?


「ではユウキ、新技開発、応援していますからね。何か手伝って欲しい事があればなんでも言ってくださいね」

「はい、有り難うございますイクシアさん」


 そうして、四学期最初の週は特に波乱もなく過ぎていった。

 翌週からはいよいよ新しい講義、中でも月曜日には紋章学と魔術理論が早速始まる。

 一応、これまで講義で行っていた基礎的な部分は復習もかねて教えてくれるらしいが、やはり途中から受講するのはそれなりに大変だ、とは元魔導師のセリアさんの弁。

 まぁ彼女は基礎が完全に出来ているので、いつ復帰しても問題はないのだろうが。

 そして、土日を予習に費やした俺は、ついに初めての魔術理論と紋章学の講義を受けにやってきた。

 講師は初めて見るエルフの男性だ。ん? 初めて? いや、たぶん前に一度だけ学園の敷地内を通っている時、イクシアさんに話しかけてきた人だったかな? かなり前に。

 この講師が魔術理論、紋章学の両方を担当してくれているらしいが、まずは魔術理論の講義だ。


「おはようございます、皆さん。四学期最初の講義となりますが、今回から新たに受講する生徒が二名います。まずはおさらいを兼ねて、基本的な魔術理論、魔術の仕組みについて振り返っていきましょう」


 新たに講義を受けるのは、俺とカイの二人だ。

 カイは夏休み中に雷の適正が発現したばかりだし、俺も風の属性がようやく使えるようになってからまだ一年と経っていない。初心者中の初心者だ。


「あいつ……SSクラスの柳瀬とササハラだろ……なんで魔術理論なんか……」

「柳瀬君、文化祭で雷の魔導を身に纏っていたわよね。SSクラスは魔導の扱いも規格外なのね……」

「あのササハラはどうしてだ? アイツが魔法を使うところなんて見た事ないぞ」


 あ、そうか。SS以外の生徒は俺が魔法を使うところなんて見た事ないか。

 半面、カイは文化祭でのエキシビションマッチ以来、全校生徒の注目の的だった。

 見栄えの良い雷属性に、容姿が変化して金髪。そしてユキという規格外の相手に必死に食らいつく姿は女子を夢中にさせ、熱い向上心を持つ生徒には尊敬の眼差しを注がれていた。

 え? 俺? そんなとっくに過去の人ですよ。実は校内であんまり目立ったことしてないんですよ俺。せいぜい試験前に実技の訓練の相手を買って出たり、ちょっとしたアドバイスをする程度でございます。後、こそこそ『可愛い』とか言うな、そりゃ誉め言葉じゃないぞ。


「いやはや、興味はあったのですが、恐らく私の講義には参加してくれそうにないと思っていた二人の参加は嬉しい限りです。では、これから来年の四学期まで、出来ればその後まで宜しくお願いしますね、二人とも」

「宜しくお願いします、先生」

「宜しくご鞭撻のほど、お願いします」


 うん、浮いてる。俺達根っからの剣士だから。たぶんこの中に俺達以外に剣を使う生徒なんていないぞ。少なくとも剣術学で見た事のある生徒は誰もいない。

 俺、一応剣術学の講義には出ていたんだけど、結構みんなの顔は覚えてるんですよね。

 名前はともかく。


「さて、では幸い、この講義には魔術のエキスパートとも言える生徒がいますからね。彼に解説して頂きましょう。リィク・ビゼハン君。魔術の基礎理論とはなんなのか、ご教授お願いしますよ」


 あ、リッくん。そうか、こっちには彼もいるのか。

 この講義、セリアさんは受けていないんだよな。理論の方はもう学ぶことがないとかで。

 たぶん彼もそうなのでは? まぁここにいるって事は何か得られる物もあるのだろうが。

 それより、コウネさんがいない事に驚きだ。てっきり今期も受講すると思っていたのに。


「……はい。魔術とは空気中の『魔素』を含んだ自然界のエネルギー、もしくは体内から発生する生命エネルギーと『魔素』を混ぜ込んだ力。即ち『魔力』を、力と意志を込めた言葉と共に具現化する術です。基礎的な呪文の他、自身が強く集中できる言葉でも発動可能とされ、熟練者となると、言葉を必要としなくなり、意志と動きだけで発動させる事が可能となります」

「はい、その通りです。地球ではこの『呪文』の研究が盛んに行われており、今では短くて明確な意味と現象を想起しやすい単語を呪文としています。これは、私やリィク君の故郷であるサーディス大陸でも最近研究が行われている分野でもありますね」


 ほほう、改めて解説されると……なんとも中二心というか、ゲーム脳を刺激する分野ではありませんか。やばい楽しい。俺の場合呪文じゃなくて動きに意味を見出して発動させているんだけど。


「さて、前の学期まで私達は、基礎的な理論を元に、古代から伝わる呪文を地球に存在する言語、単語に置き換え、効率よく発動させる為の理論、そして必要な知識、現象を学んできました。当然、さまざまな現象を実際に目にしてきたという経験の有無が、大きな差となります。今日はここで……そうですね、前学期までに私の講義を受けた生徒達が、どの程度呪文を使えるようになったのか、記録映像を見ながら振り返っていきましょう」


 なるほど……知覚した経験も必要になって来るのか……面白そうだ。

 一方、カイはいまいち話が理解していなかったのか、一生懸命先生の話をノートにとりつつ、ボイスレコーダーで記録していた。


「ユウキ、今の意味分かったか?」

「大体は。ただ俺、あんまり呪文の才能ないからな」


 まぁ……知覚経験が物を言うのなら、ゲームやアニメを見た経験も、もしかしたら役に立つかもしれないのか……?

 そうして上映され始めた映像は、生徒達が様々な自然現象を魔術で発生させる映像だった。

 同じ詠唱、違った形容詞、全て同じだけれど発動に使う媒体が違う者。

 いろんな検証結果や呪文の改良を加えて試している様子だが、これが面白かった。

 基本的な『炎を飛ばす魔術』だが、これは属性の適正がなくても、ある程度なら発動できる初歩中の初歩らしい。だが、やはり属性の適正有無で効果も変わっていた。

 ただ驚いたのが、炎に適正のなかったはずのリっくんが、誰よりも弾速のある火球を飛ばしていたのだ。これは、純粋に本人の力量によるものなのだろう。


「さて、最初の講義はこんな物でしょう。興味があれば私のところまで来なさい、映像を見せてあげますよ」

「お、どうするカイ? 俺はこの後の紋章学が終わったら見せて貰おうと思うんだけど」

「んー……俺はいいかな。この後剣術学と魔力応用学を受けたら寮に戻るよ」

「さよか。んじゃ、また明日な」


 そうか、カイは剣術学続投で、さらに魔力応用学を研究室だけじゃなくて講義も受けるのか。

 そうして魔術理論の講義を終えた俺は、そのまま先生の後ろをついていき、次の講義が開かれる教室に一番に入るのだった。

 どうやら、魔術理論を紋章学と同時に受講している生徒は少なくないらしく、俺に続いて数人教室に入って来た。すると、その中にセリアさんも混じり、こちらの隣に座る。


「あ、本当にユウキいた。魔術理論どうだった?」

「凄く興味深かった。俺、普通校出身だから、全然前知識がないんだよ」


 もしかしたらあったのかもしれないけど、高校三年の夏からの記憶しかないし。

 教科書読み漁ったりしたけど、あの頃は結局使えないからって勉強もやめてたし。


「そっかそっか。こっち紋章学の講義だと、主に何かに紋章を描く事になると思うから、今度新しく文房具を一式買いそろえた方が良いと思うよ。今日は私の貸してあげる」

「あ、本当? ありがとう、助かるよセリアさん」


 あれ? そういえばセリアさんも今回から魔導、魔法関係の講義に復帰したけど……必要な道具はちゃんと持ってきていたんだ。


「これ? 昨日買って来たんだ。ちょっと必要になってさ」

「ほうほう……さてはミスティックアーツに関係あると見た」

「へへー正解! 楽しみにしていてよ、すっごい技作っちゃうから」


 和気あいあいと話していると、何やら視線を感じる。はて?

 その気配を追ってみると、そこにはリッくんの姿が。

 そうか、セリアさんが魔導関係の講義に復帰したから気になっていると見た。

 が、俺がいるから近づけない、と。


「おや? 紋章学の講義を受ける事にしたのですか、セリアさん」

「あ、『ナハト先生』、ご無沙汰しています」

「ははは、そうだね。ただそれは氏族名だから、出来れば『ネスツ先生』と呼んでもらいたいね。そうか、君はササハラ君と同じSSクラスだったね。どうか彼に色々教えてあげて欲しい」

「お? 先生とセリアさんって知り合いなんですか?」


 講義の準備をしていた先生がセリアさんに話しかけてきた。

 ふむ……なるほど『ネスツ・ナハト』先生か。茶髪に緑の瞳の、外見年齢は三十路程度の、線の細いエルフの男性だが、とても優しそうで、同時に好奇心にあふれていそうな印象だ。


「私は二年程前までは、ラッハール魔術学園の教師をしていてね。彼女は私の教え子だったんだ」

「なるほど、そうだったんですね」

「君が再びこの講義を受けるという事は……やはり魔導師に戻るつもりなのかな?」

「いえ、あくまで戦士です。ただ魔導を使う戦士だっているでしょう? 魔法剣士みたいに」

「なるほど、そういう事か。ふむ、となると……コウネ君が受講を辞めたのは惜しかった。お互いに刺激になると思っていたのだが」

「え!?」


 え、コウネさんこっちの講義も受けないつもりなのか!? 人の事いえないけど、一体どんな受講内容にしてるんだあの人。


「コウネが……? どうしちゃったんだろう本当。そういえば、私コウネがどの講義を受けるのかなんにも知らないや。もしかしたら一緒かもしれないって思っていたのに」

「俺も意外だな……前期でだいぶ学園からの評価も上がってたし、これからもっともっと鍛えていくんだろうなって思ってたのに」

「ふむ……なるほど、私の方からも聞いておきます。さぁ、そろそろ講義の時間ですね。準備をしてください」


 そうして、紋章学の講義が始まった。

 こちらも基礎中の基礎からおさらい、という形で解説されたのだが、どうやら様々な属性、現象、規模に対応する図形や文様があるらしく、それらを無理なく組み合わせ、綺麗な形として納める事で、通常では長い詠唱が必要な魔法や魔導を、ノータイムで発動させるものらしい。

 尤も、決まった図形を刻みいつでも使えるようにしたとしても、一度使うと紋章は劣化して再び使う事は原則出来ないらしいのだが。

 まぁ、例外と言われるのが貴重な素材で出来たマジックアイテムやアーティファクトなのだが。

 俺としては『図形版〇じぴったん』って感じで、パズルゲームみたいで楽しいと感じたのだが。


「時間ですね、では今日の講義はここまでです。ササハラユウキ君、確かこの後、映像を見たいと言っていましたね? 視聴覚室を借りてきますので、先に行っていてください」

「あ、了解しました」

「うん? なになに、何か見に行くのユウキ」

「うん、魔術理論の講義でこれまでどんな事をしたのか、参考に他の皆がアレンジした魔術の映像を見せてもらうんだ」

「へー! 懐かしい、私もその訓練受けたよ小さい頃! そっか、じゃあ実際に練習する時は私も呼んでね? アドバイス出来るかもだから」

「うん、お願いするよ。じゃあ、また明日、セリアさん」

「うん、またね」


 うむ、相変わらずの人当たりの良さと明るい性格だ。最近あまり話せていなかったからな、講義でも研究室でも。相変わらず男子人気も凄いのは、俺が離れた瞬間に他の生徒が集まっている姿で一目瞭然だ。

 出来れば俺も一緒にお昼といきたいところだが、今日はお弁当なので視聴覚室で頂きます。


「視聴覚室って初めて来たかも……すげえ設備」


 元々どの教室にも大きなモニタのある学園だが、視聴覚室はそれよりも輪に掛けて大きく、そもそも部屋そのものが、ちょっとしたコンサートでも開けそうなくらい広かった。

 それに、スピーカーと思われる設備が随所に設置されている。


「く……こんな環境でス〇ブラとかしたかったな……! 追加キャラって誰だったんだろう」


 今は遠き、元いた世界でのゲームメモリー……思い出は儚くも美しいのだ。

 少しすると、ネスツ先生がやってきた。


「お待たせしました。では、こちらが三学期の終わりまでで生徒達が行った実際の魔術発動の映像です。一学期は火球の改良、二学期は風の応用、三学期は複合属性に挑戦する生徒を中心となっています」

「態々すみません、その……俺一人の為にこんな場まで用意してもらって」

「いえいえ、貴方には以前から目をつけていたのです。魔力応用学で見せたすさまじい身体能力強化、もしも魔術に転用したら……セリアさんに匹敵する魔導師になれるのではないか、と」

「いやぁ……残念ながら俺は風の魔法しか使えないんです。生まれつき、魔力の放出に必要な孔? っていうのが小さくて、属性を付与してからだと体外に放出出来ないんです」

「なんと……! それで放出しやすい風なのですか……しかし、単独属性でも高みに至った人間は数多く存在します。なにも、悲観する必要はありませんからね」


 なるほど、悪い先生ではなさそうだ。まぁセリアさんが恩師として親しくしている以上、悪人だとは思っていないのだが。

 そうして、生徒達が呪文をアレンジして、ただの火球を大きくしたり、連射する魔術にアレンジしたり、色々と楽しい映像を見る事が出来た。


「面白い……俺も色んな属性が使えたらなぁ……」

「おや? だから一緒に紋章学も学んでいるのではないですか? あれは魔力を体外で魔法に昇華させる術、貴方でも他属性を使えると思いますよ」

「え!? そうなんですか!?」

「はい。これから、基礎を共に学び、貴方独自の紋章を生み出していってください。最後に物を言うのは現象への想像力。様々な物に触れ、インスピレーションを沸かせるのですよ」

「お、おお……! 先生、俺頑張ります!」


 よっしゃ、帰ったらイクシアさんに色々紋章を教えて貰って、畑で練習しよう!


「ところで、さっきから食べているお弁当、ここは飲食禁止ですよ? 本当は」

「え! すみません、次から気を付けます……」

「ははは、是非そうしてください、今日は特別です。ところで……美味しそうですね、サンドイッチですか」

「はい、俺の保護者の女性が作ってくれたんです」

「ほうほう……もしかして、以前一緒にいたエルフの女性でしょうか? 実は以前、貴方と彼女が敷地内を歩いているのを見かけた事があるんです。話もしたんですよ?」

「あ、覚えていますよ」

「……これは変な意味で聞いているのではないですか、あの方はその……独身なのでしょうか」

「先生の事嫌いになりたくないんでその質問は聞かなかった事にしますね。行動次第じゃ全力で抗戦します、庇護者として」

「っ! 冗談です、冗談ですとも……いえね、かなり珍しい髪と瞳でしたから、気になってしまって」


 あ、そうか。本当、俺のイメージだと金髪に緑の目はエルフの代名詞って感じなのだが、実際には凄く珍しいらしい。少なくとも俺はイクシアさんとノルン様、そしてセシリアしか見た事がない。あ、ナシアは瞳は緑だけど髪が亜麻色だったからな。


「ああ、よく王族に間違えられるって言ってましたよ。なんでも、祖先にもしかしたら関係者がいるかもしれないけれど、自分は無関係だとか」

「あ、そうだったのですね。ふむ……となると、もしかしたら魔力や魔法の素養も遺伝しているのかもしれませんね。是非一度魔法を使う姿を見てみたいです」

「ははは……残念ながらそういう事とは無縁の人ですから」


 嘘です。少ししか見た事ないけど、あの人魔法の達人だと思います。

 今でも思い出すなぁ……蒼炎を剣の形に放出して、巨大なマシンを一刀両断にしたあの技……俺も似たような事したいなぁ……。






「ミスティックアーツ……補助的な魔法と技を組み合わせるってのはどうだろう……うーむ」


 自宅への帰り道、今日の講義を参考に自分の技を考えながら、頭をひねる。

 カナメに負けた以上、最低でもあれと打ち合っても負けない威力が欲しいところだが、逆に相手に反撃させず、文字通り一撃必殺、それも回避不能の技っていうのもロマンがある。

 ゲームにおいての一撃必殺とは? やっぱりイメージとしては、当たりにくい技だ。

 あれですよ、次の攻撃が必中になる技を使ってから狙うんです。いやはや懐かしい。


「ん? あれ? コウネさん?」


 まもなく我が家というところで、家の前でうろうろしているコウネさんを見つけた。

 まさかきのこ狩り? とも思ったが……違うな、なんか迷っているような気がする。


「おーいコウネさん、どうしたの家の前で」

「ユウキ君!? てっきり家に戻っているのかと思っていたのですが……」

「ちょっと勉強がてら学園で色々見てたんだよ。それで、どうしたの家の前で。なんだか入るか迷ってるような素振りをしてたけど」

「それは……」


 やっぱりおかしい。京都に行った時もそうだし、ここ最近の態度もそうだ。

 それに……もしかして、講義を受けていないのも、引っ越しの準備らしき動きをしているのも……。


「コウネさん、上がってってよ。ここいるって事は何か話すか話さないか迷ってる証拠。家でお茶でも飲んで落ち着いて、それで考えを纏めてから決めたら?」

「……そうですね、そうします。じゃあ……お邪魔しますね」

「ちなみに今日の晩御飯は栗ご飯です。ちょっと前に栗拾いしたんだよね」

「まぁ! 少し元気が出ましたよ、ユウキ君!」


 あ、なんか嬉しい。いつものコウネさんだ。

 その後、イクシアさんに嬉しそうに出迎えられたコウネさんは、一緒に栗ご飯を作り始めていた。

 あれだ、栗ご飯と言っても他の具材も入ってる、栗おこわって感じでした。非常に良い香りがします……。


「料理をしていると心が落ち着きます。あの、ユウキ君のお母さん、そしてユウキ君……少し、お話を聞いてもらえますか?」

「勿論。コウネさんは大事な友達だからね、なんでも聞くよ」

「ええ、勿論。悩み事ならなんなりと話してください」


 そうか……言う気になったんだね。

 席に着いたコウネさんは、そのまま暫く黙り込み、意を決したように口を開いた。


「あ、あの! 実はですね……その……」

「……学園、辞めるつもりなんでしょ」

「っ!? どうして分かったんですか!?」

「なんとなく分かるよ。俺、結構コウネさんの事見てるんだからね。付き合いだって長いし」

「……そうですか」


 まぁ主に食べ物とられないか警戒してる時とか、外にいる時何か食べてるんじゃないかという好奇心とか。


「あの……コウネさんが学園を辞めるというのは貴女の意思なのですか?」


 それだ。まずそれが気になる。俺には、彼女が惜しんでいるようにしか見えないのだ。

 思えば京都にいた時の言葉……京都を離れたくないと言っていたけれど、本当は地球、日本から離れたくないと思っていたのではないか?


「……私は、卒業までここにいたいと考えています。しかし……お父様から家に戻れと、セカンダリア大陸にある貴族向けの女学院に転入しろと言われました」

「……おかしいですね。以前お会いした時は、コウネさんがこちらで学んでいることに対して肯定的だったと記憶していますが。情勢が変わったのでしょうか?」

「はい。私の事を知った国のある人物が、是非婚約を前提にお付き合いをしたい、家同士の結びつきを強くしたいと打診があり、貴族である以上、これはついては責任でもあるので、むげにする事も出来ず……また、今回ばかりは断るのが難しい相手でもありますので……」


 うお、本当にあるのか貴族の婚約にまつわるいざこざ! 物語の中だけだと思っていたけど……そうか……大貴族中の大貴族だもんなぁ……。


「あれ? でもコウネさんの家って大貴族の中の大貴族って触れ込みじゃないっけ? 断れない相手なんているの?」

「あはは……同格の家はいくつかあるんです。……今回、私との婚約を望んでいるのは、現公主を務める『メイルラント家』の嫡子です。年齢は私より四つ上の二二才、正直国内での人気もありますし、決して悪い話では……いえ、これ以上ない良縁だと、さすがの父も私を呼び戻す程ですから……」

「そう……なんだ。お見合いみたいな事もせずにそのまま婚約なの?」

「そうなります。私もさすがに断る事も出来ませんし……断る為の理由も用意出来ませんから、ね」

「そうなんだ……正直、凄く寂しいというか……うん、辞めちゃうのは寂しいよ」

「ええ、私もそうです。婚約するにしても、卒業まで待って欲しいと言っても……それも難しいんです、グランディアの情勢的にも」

「情勢? そういえば、コウネさんのところって色んな情報も入って来るって言ってたね。なにか……婚約を急ぐ必要が出てきたの?」

「……あまり口外する事ではありませんが、我が公国の立場はそこまで良くありません。異界探索の最前線としての立場を持つセリュミエルアーチ王国と、地球との架け橋として最も栄えているファストリア大陸政府。ノースレシアとエンドレシアの北方大陸は、そもそも他の大陸とはあまり関わらず、独自の在り方を貫き、またそれを可能とする武力を持ち合わせていますし……セミフィナル大陸を治める政府もまた、地球との関係を強固にしています。ですが私の住む公国は、歴史こそあれ、その影響力の薄い古い国。時代の変化に置いて行かれまいと、今再び公国から王国、つまり統一された王家による統治をすべきという声も上がってきているのです」


 途中からよくわからなくなってきたけど、とりあえず公国が弱小国家になりつつあるから、王家を一つ決めて結束を強くしようとしているって事ですかね?


「なるほど、それでシェザード家と、そのメイルラント家が婚姻、次代の子を新たな王家の礎としていきたい、という考えなのですね」

「そうです。私は……無理に自分達の立場を周囲に知らしめる必要なんてないと思っていますが、そうではないと思う貴族が多いのも事実ですから、ね」

「なるほどなぁ……で、それがどうして俺の家の前でウロウロしていた事に繋がるんだい? 学園を去る話なら、何も俺の家じゃなくて、みんなにも一緒に告白するべきだったんじゃ?」

「いえ、一応……私としては、一番仲が良いのはユウキ君だと思っているので、先に教えたいと……」


 そこが話の肝だと思い質問したのだが、どうにもまたコウネさんが言葉を濁しているように感じた。


「……全部、教えて。ちゃんと聞くからさ」

「……仮に、仮にです。お父様を納得させるだけの言い訳があれば、もう少し猶予が貰えるのではないかと考えたのです……ですが、さすがに他人に迷惑をかけるのは――」

「それでコウネさんが残れるなら、俺なんでも協力するよ。みんなで揃って卒業したいじゃん」

「そうですか? では……ちょっと無理かもしれないお願い、してもいいですか?」


 さぁどんとこい。でもその嫡子さんを暗殺してこいっていうのはナシでお願いします。

 さすがにそれは――


「ユウキ君。一学期に広まった噂、私との事にしてくださいませんか?」

「え?」

「ユウキ君。私と婚約して、お父様にこの話に異議を申し立ててくださいませんか?」


 前言撤回。暗殺の方がまだ難易度低そうな気がしてきた。


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