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第六十八話

 京都での研修から戻ってきた俺達は、そのまま四学期に向けて最後の短期休暇に入る事になった。

 クォーター制度っていうのはイマイチ馴染みがないんだけど、四学期はほぼ進級試験とその準備期間だけの学期ということらしい。

 そして、進級出来るとは限らないのだが、俺達生徒は次の年度に受講する講義をこの時期に決めて提出しなくてはならないのだった。


「ユウキ、ちょっと裏の町に買い物に行くのですが、一緒に行きませんか?」

「あ、行きます」


 京都での出来事は、まだイクシアさんに話してはいない。だが、あのお守りとピーマン柄のワッペンがとても役に立った、とは言ってある。

 ついでに、コウネさんにあげた事も。

 いつかイクシアさんも是非京都に連れて行ってあげたいなぁ……俺も初めての京都だったけど、そこまで自由に見て回れなかったのに、随分と印象に残っている。

 あれだ、カタナスキーの俺としては、是非新選組所縁の地とか訪れてみたい。

 外に出て、すっかり秋も深まりそろそろ半袖が寒くなった関係で、秋物の服を着ているイクシアさんと共に山を下っていると――


「すっかり山も色づいて来ましたね。ふふ、去年の秋は研究所で様々な研修を受けていたので、あまりこういった景色は見られなかったんです。綺麗ですね、とても」

「そうだったんですね。秋はあれですよ、実りの秋、食欲の秋ですからね。美味しい物が沢山あるんですよ?」

「ふふ、そういえばコウネさんもそんな事を言っていましたね。キノコ狩り、今度行ってみましょうか」

「そうですね。十一月の七日までは休みですから、それまでにこの辺りの山で探してみましょうか」


 戻って来た日常。たぶん、来年度の前に保護者を集めた説明会、今回の件について説明する場も開かれるが、今はこれでいいじゃないか。


「ユウキ、ユウキ! 見てください、イガグリが転がっていましたよ! この山にも栗の木が生えているんですね? 帰りに少し探してみましょう!」

「おー! 了解、じゃあついでに軍手でも買って帰りましょうか」








 極々短期間とはいえ、生徒に休暇を出し、サークル活動も全面停止、学園の敷地内には寮生以外一切の生徒がいない状態の秋季休暇の今、学園では一つの行事が行われていた。


「なるほど、今年は一七名ですか。国内外から推薦状が送られていたのは確認済みですが、具体的な生徒の出身校や素性は入試課と総務課の方々に任せていましたからね。今年は何名が推薦入学を果たせるのでしょうか」

「去年は、確かアラリエルと、Sクラスに所属しているリィクという生徒が推薦合格を果たしていました。年々、グランディアからの推薦希望者の比率が上がってきています」

「そうですね。実際、あえて推薦試験を受ける人間は少ないというのが実情ですからね。授業料の免除があるとはいえ、そもそも我が学園を受ける地球の生徒の大半は、金銭的に余裕のある人間ばかりですから」

「はい。それに、難易度も高く、ここで落ちたら一般受験も受けられない以上、あえて狭く固い門に挑む人間も少ないのでしょう」


 昨年、ユウキが受験生の実技試験を見学していたスタジアムで、今まさに推薦入試組の実技試験が行われていたのだった。

 それを見つめるのは、理事長であるリョウカと、実技の審査員もかねているジェンだ。


「正直、アラリエルとリィクは両方SSクラスに所属させるつもりだったのですが……結果はアラリエルだけと判断したのは、リョウカさんでしたね」

「ええ。リィク君には少々荷が勝ちすぎると判断しました。彼は、あくまで統一された規格の中で満点を取る生徒であり、自身もそれ以上を望もうとはしていないと感じました。ただの勘ですが……彼には野心があっても、それを叶える為に泥にまみれる覚悟を感じませんでしたから」

「なるほど、確かにそうかもしれませんね。アイツは……アラリエルは私が受け持った生徒の中でも、とびきりやんちゃでしたが、根性はありましたから」

「ふふ、そうでしょう。素行に多少問題はありましたが、それを大きくしないように立ち回る感覚にも秀でているように思いました。……ジェン先生、どうです、もうまもなく今年度も終わりを迎えますが、初めてSSという規格外の生徒を集めたクラスを持って」


 視線の先では、次々と受験生が試験官に叩きのめされている。

 残念ながら、二人の目を引く生徒はまだ現れていないようだ。


「……かなり、波乱に満ちていました。恐らく来年の間に、私では抑えきれない成長を果たす生徒も出てきます。本当に、このまま私が担任、いや担当教官でいいものか……」

「貴方にしか無理でしょう。力うんぬんではなく、信頼関係的に。あの子達は良い子です、信頼している教官を裏切るような事はしないでしょう。だからこそ、教官を続投させるのですから」

「リョウカさん……では、来年度の新入生からはSSクラス制度を廃止するというのは本当ですか?」

「ええ。正直今年が異常だったのです。一之瀬流剣術始まって以来の天才剣士、そしてその師範代にして正統後継者の一人娘。歴代最強と言われたアマチュアバトラーチャンピオンに……外に出たがらない北方魔族の中でも最上級の魔族。セカンダリア大陸の古からの大貴族シェザードの次期当主に、大企業USHの次期社長。そして……本人には知らされていないようですが、セリュミエルアーチ王家直轄地区に住む、王家の流れを汲んだ天才魔導師……全員、一〇〇年に一度生まれるか生まれないかの大天才ばかりでしたから」

「……そうですね。正直、私もセリアを始めて見た時は、王家の人間が混じっているのかと勘違いしました。それに……一之瀬の強さは、もう私を越えている。そしてそれを負かす柳瀬カイも……」


 二人は今年一年間、SSという特例措置とも取れるクラスで活躍してきた生徒についてそう語る。だが……リョウカはあえて、一人の生徒の事を口にしないでいた。


「リョウカさん。アイツは……ユウキは何者なんです。こんな人間の中にいて、アイツだけは異端です。魔力量も戦闘センスも発想力も、そして座学にとりかかる姿勢も、無邪気な顔で平気で天才を凌駕していく……私は、あんな小さく可愛い子をどうしてSSクラスに入れたのか不思議でならなかったんです。けど……蓋をあけてみたら、誰よりも強かった」

「……特異点。私は、ユウキ君がなんらかの特異点としてこの世界に現れた、極めて特別な存在ではないかと考えています。平凡な家庭で生まれ、平凡とは言い難い幼少期を過ごし、それでも普通の子供として育っただけの。それなのに、彼は特異点なんです」

「つまり、具体的な正体については何も言えない、と」

「私自身、まだ分かっていないだけなんです。ただ――彼は、恐らくこの先、時代が大きく変わる場面にも立ち会う事になる。そんな予感がするんです。来年度からは彼もグランディアで活動していく事になります。ジェン先生、くれぐれも彼から目を離さないようにお願いします。そして――もしも私に何かあったその時は、学園を守って下さい」


 今年度から徐々に見え始めた世界の歪み。異なる世界同士が繋がった故の弊害が徐々に表に現れ始めた今、リョウカは確かに歪な何かを感じ始めていたのだった。


「……はい。守ります。私はこの学園が居場所ですから、何があっても学園という存在だけは守り通します……それがたとえ、リョウカさんが望まない形だとしても……」

「ええ、それでいいんです。大人達の思惑で、ここにいる生徒達の学び舎が失われる事だけはあってはならないのです。私がいなくなっても……ここをお願いします。秋宮の力は既に他の人物に託していますから、その方と協力してくださいね」

「ああ、外部教員のチセ教授ですか。あの人とはあまり話す事もありませんでしたね……なんというか、まるっきり逆のタイプですから……」

「ふふ、案外気が合うかもしれませんよ。彼女もお酒、大好きですから」


 そうして再び彼女達はスタジアムに集中する。

 先程からも見ていたのだが、やはり目を引く生徒もなく、まもなく最後の生徒の戦いも決着を迎えようとしていた。


「ふぅ、SSは廃止するとはいえ、Sに割り振れるような生徒すらいないとは……」

「あれでは合格者は三名程、Aが関の山でしょう。戦士として見れば既に新人の域は出ていますが、この学園の基準で考えると……」

「仕方ないのかもしれません。グランディアから流れてくる魔力の量は年々減少傾向にありますから、地球出身者の能力低下は必然。そして……グランディアにおける異界に続くゲート、現在の位置がサーディス大陸である以上、どうしても目ぼしい人材はあちらの大陸の学園に向かってしまう……」

「ええ。私も、父から家に戻るように打診はされています。無論、応じるつもりは一切ありませんけど」

「やはり……向こうの情勢も変わりつつあるのでしょうね」


 全ての試験が終わり、スタジアムを後にしようと二人が立ち上がったその時だった。

 フィールドから、この場に似つかわしくない、少女の声が響き渡った。


「なんで終わりなんですか! 私の番がまだじゃないですか! 勝手に欠席扱いしないでください! さ、フィールドに戻ってくださいな!」

「いや、君受験生だったのか!? てっきり誰かの娘さんが迷い込んでいたのかと……」

「失礼ですね! はやく始めてください、私はこれが終わったら、裏にある町でお菓子を買う予定なんですからね!」


 それは、本当に小さな、言ってしまえばユウキよりも背の低いエルフの少女だった。

 亜麻色の長い髪。そしてあどけない顔は、誰がどう贔屓目に見ても、エルフである事を差し引いても受験生には見えない、そんな幼い子供のように見えたのだった。


「あれは!? ナーシサス様!?」

「なんだって!? リョウカさん、ナーシサス様がどうして推薦受験を……一般入試で入るはずだったのでは!?」

「急ぎフィールドへ向かいます。こんな場所で彼女に戦われては……他の生徒の目もあります……!」


 二人が慌てて動き出すも、既に試験が開始され、そして――二人が試験を中断させるよりも早く、彼女の試験は終わりを迎えたのだった。

 ……小さな少女の勝利という形で。


「勝った! あ、理事長先生じゃないですか! 来てくれたんですね! どうです、私勝ちましたよ! これで推薦合格間違いなしです!」

「ナーシサス様……何故いるのですか……何も聞かされていないのですが……」

「ふっふっふ……実は入学にあたって偽名を使う事になっていたんですけど、その名前で推薦状を出してもらったんですよ! これで、もう来年まで勉強しなくても入学できるんですよね!?」

「……偽名、そんな話聞かされていませんでしたが……」

「秘密にしていました。びっくりしましたか? 倒したら合格になるんですよね?」

「すみません、勝敗はそこまで関係ないのです。あくまで内容を見る試験ですので……」

「え……ではまた勉強漬けの日々に逆戻りなんですか……?」


 まるで小さな子供が、大好きなお菓子でも取り上げられたかのように悲しげな表情を浮かべる姿に、さすがのリョウカも若干の罪悪感を覚えてしまう。


「……戦ってしまった以上、正式に審査する必要があります。ナーシサス様、今回は誰の引率でこの場所まで……?」

「はい、私の家庭教師が今回の推薦入試から移動まで手配をしてくれました。今はたぶん、理事長先生に会おうとしていると思います」

「それは……分かりました。私はその方と話してきます。くれぐれも、一人でどこかに移動しないようにお願いします。一先ず……ジェン先生、私の信頼する部下と一緒にいてくださいね」

「この後は裏町にあるというお菓子屋さん、ばぁむくうへんなる物を食べに行く予定だったのですが……」

「すみません、少し我慢してください。……一歩間違えば大問題でした。軽率な行動は……申し訳ありません、こんな事を言いたくはないのですが、この世界はナーシサス様の育った『聖地』ほど安全でもなければ、自由でもないのです」

「そうなのですか? こんなにも広く、見た事のない物に溢れ、好きな物を食べられる世界ですのに……」

「はい。今は少しだけ、我慢してください。入学後は不自由な思いはさせませんから……」


 世間知らずが過ぎるこの少女の言に、リョウカは頭痛をおぼえ始めていた。

 だが同時に、本当に見た目通りの子供としての常識しか持ち合わせていない子供をそそのかし、自分にも告げずに今回の入試を受けさせたという彼女の周囲にもまた、少なくない苛立ちを感じていた。


「えーと……ブゥグルマップによると……ここですね……こっそり行けば……」


 そして、珍しくグランディア出身であるにも関わらず、完璧にスマ端を使いこなしているナーシサスが、まだバームクーヘンを諦めていなかった事に、リョウカは気が付かないのであった。








「いやぁ……凄い行列でしたね」

「はい。いつもそれなりに行列が出来ていたのですが、今日はその三倍は並んでいましたね。なんでも、秋の新作、今回買ったマロンバームがテレビで紹介されていたそうです。ふふ、これは食べるのが楽しみですね、ユウキ」

「なるほど。それにしてもイクシアさん、それ本当気に入ったんですね? よく買ってきますし」

「ええ、そうなんです。ただ……どちらかと言うとユウキが食べる姿を見るのが好きなんです。一生懸命周りから剥がして少しずつ食べる姿が……ふふ」

「うっ……だってつい……」


 気分転換も兼ねたショッピングを終え、長蛇の列を並び今日も焼き立てのバームクーヘンを買えてホクホク顔のイクシアさんと帰路につこうと思った時だった。

 元々大型ワゴン車をそのまま利用した移動式の店だったのだが、完売したのか店じまいをしてそのまま駐車場から走り去ったその瞬間、駐車場の入り口から、猛烈な子供の鳴き声が辺りに響き渡る。

 あれ……なんか既視感が……駐車場の端っこでおもいっきり泣いてる子供……あれ……。


『うぉぉぉぉぉおおおおん!! どうじでええええ! まだがっでないのいいいい!』


 あれはまさか……バームクーヘン、バームクーヘンの所為なのか!?

 お菓子が買えなくて号泣とか本物の子供なのでは!?


『バァムグウヘエエエエン!! まだがっでないのにいいい!!」


 あ、これマジだわ。マジでバームクーヘン買えなくて泣いてるわあの子。

 すると、隣にいたイクシアさんが、物凄い勢いで走り出し、泣いている子供へと駆け寄っていった。

 でしょうね! イクシアさんが泣いてる子供を放っておけるわけがない!

 俺も近くへ向かうと、イクシアさんがこの子供を一生懸命あやしているところだった。

 確か、理事長のお客さんだったよな? えーと……聖女候補? 来年受験するみたいな事を聞いた気がする。名前は……忘れてしまった。

 泣き声を憚ることなくあげている女の子。まさしく項垂れ膝をつく小さな女の子に、イクシアさんが声をかける。


「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」

「だいじょうぶじゃないでずーーーー! わだじもたべだがっだー!!」

「……あんまり大きな声で泣くもんじゃないぞ、バームクーヘンなら……分けてあげるから、な?」

「は!?」


 凄い勢いで顔を上げると、相変わらず可愛い泣き顔がこちらを見て、どこか不服そうな顔に変化した。なんだなんだ、今度はなんだ?


「お姉ちゃんは別に泣いていませんよ! けれども君が一緒に食べたいなら特別に食べてあげましょう!」

「……おい、子供扱いしてるだろ君」


 あきらかにこちらを子供と思っているのか、泣きはらした顔で急にお姉さん風を吹かそうとしているのが良く分かる態度を取り始めた。

 くっ……来年から後輩になるくせに……!


「まぁ……ユウキ、どうしましょう……この子とても可愛いです、連れて行ってはダメですよね、誘拐になってしまいますよね?」

「……イクシアさん、ちょっと耳貸してください。……この子、俺がユキだった時に少しだけ話した事があります。なんか理事長のお客さんで、結構偉い人っぽいです」

「こそこそと何を話しているのでしょう? あ、お姉さんは私と同じエルフですね! すみません、情けない姿を見せてしまいました、あまりにも悲しい出来事があり、つい胸の内を吐き出してしまっていたのです」


 お菓子買えなかっただけの癖に。


「まぁまぁまぁ……きっと感受性豊かなんですね。バームクーヘンが食べたいのでしたら、もしよければ我が家で一緒に食べませんか? 安心してください、今連絡を――」


 一応、理事長のお客さんだろうからと連絡を入れてみると、少々焦っているかのように、ワンコールで通話に出た。


『ユウキ君ですか!? すみません、今少々たてこんでいて――』

「すみません、ちょっと理事長のお客さんと思しき女の子を確保したんですけど、代わってもいいですか?」

『まさか! すみません、お願いします!』

「了解。はい、これ出て。たぶん君の知り合いだと思うから、一応俺達の身元確認というか、ついていっても大丈夫な人だっていう証明もかねて」

「む? なんです、お姉ちゃんの事を『君』だなんて。特別に『ナーシサスお姉ちゃん』って呼ばせてあげますよ」

「……いいからはい」


 クソ、クソ! たぶん七センチくらい俺の方が背も高いんだが? 何故にそんなに子供扱いしてくるんだこの子は。


「はい代わりました。……ああ、理事長さん。そういえば、私の端末番号、教えていませんでしたね。……え? はい、実は少し前に契約して……ええ、今も持っていますよ」

「ユウキ、よかったですね、お姉ちゃんが出来ましたよ」

「絶対に呼びたくないです。たぶんこの子、俺の後輩になる予定なんですよ」

「まぁ、そうだったんですか。ふふ、帰ったら三人でお茶にしましょうね。栗拾いはまた明日にしましょうか」


 何やら通話中のナーシサス嬢が焦っている様子だが、何か行き違いでもあったのだろうか? 理事長も少し焦っている風だったし。


「ええ、はい……え、そうなんですか? はい……分かりました、夕方前には戻り――分かりました、迎えに来てくださるんですね」


 話がまとまったのか、通話を切り端末を恐る恐る返してくるナージサス嬢。

 すっかり涙も引いているようですな。……可愛いなチクショウ、俺ですらこうなんだ、イクシアさんなんかはもう本当に自分の娘にするとか言い出すんじゃないんですかね。


「……はい、お返しします……先輩?」

「そう。俺は先輩、来年二年になる君の立派な先輩です。というか君の方が小さいだろ」

「私はそういう種族なんです、成長しない一族なんです。……本当に先輩?」

「疑うな! まぁいいや家に行こう、理事長が俺達の身元も証明してくれただろ?」

「私は初めから疑っていません。そのお姉さんからは凄く清浄な魔力を感じますし、貴方からも似たような気配を感じました。悪い人のはずがありません!」

「なるほど。まぁ行こうか、結構近くだから」


 お目当てのバームクーヘンが食べられるからと、こちらの案内を無視して駆け出したので、ちょっとこの子に手綱でもつけようかと思いました。




「はぁ……なんという眼福でしょう……」


 ちびエルフ、いんざまいはうす。

 早速午後のティータイムとしゃれこんでいると、もう何度目かになるかわからない、イクシアさんのため息交じりの呟きが聞こえてくる。

 その隣では、フォークを器用に使い、バームクーヘンを綺麗に一口大にカットして、幸せそうに頬を膨らませているナーシサス嬢。く……やはり一枚一枚外皮を剥いで食べるのは俺だけなのか!


「ユウキ君先輩、行儀が悪いと思います。ちゃんとこの層を味わうべきなんです」

「何を言うナーシサス後輩。こうすると毎回香ばしい味を楽しめるっていう寸法だぞ、あと気持ちいい」

「本当ですか!」


 小うるさいと思いきや素直なので、なんとも扱いやすいというかなんというか。


「上手く剥けません、やっぱりそのまま食べます」


 本当に幸せそうに食べているが……お菓子とかあまり食べる機会がなかったのだろうか? 聖女候補とか言われていたが。


「そういえば疑問なんですが、どうして私が理事長のお客さんだと思ったんですか?」

「だってそりゃあ……」


 前に案内した、と言いかけて口をつぐむ。そうだ、あくまで俺は今日初対面だった。


「ほら、エルフって基本的に秋宮とか国に関わるお客さんなんだよ。で、近くに学園もあるし、それで知り合いなんじゃないかなって思ったんだ」

「なるほど、そういえばこちらでは全然エルフを見かけません。お姉さんはどうしてこちらにいるんですか? 見たところ王族の方とお見受けしますが」

「私ですか? よく間違われるのですが、王族とは無関係の一般人ですよ。もしかしたら、祖先に関係者がいたのかもしれませんが……」

「ふむふむ……そうなんですか。魔力の波長が私と似ていたので、てっきり『花の一族』の方かと思ったんですけど、違いましたか」

「花の一族ってなんぞ?」

「よくぞ聞いてくれました! エルフの王族には、実は大きく分けて二つの氏族がいるのですよ! 現国王のブライト族と、今は研究院を取りまとめるアークライトの氏族です。そして、その二つの氏族のどちらにも属さず、国の歴史を見守り続けているのが私、花の一族なんです! 知ってます? ナーシサスって花の名前なんですよ?」

「ほほー、で、イクシアさんが自分に似ていると」

「そうなんです。引きこもり気味のハーミットの一族とも違う、明らかに私達のような華やかな魔力を感じるんです。もしかしたら、血が流れているのかもですねー」


 ふむ……イクシアさんはなにやらとんでもない偉人だったかもしれないと理事長も言っていたし、この子の祖先の祖先のそのまた祖先に関係あったりするのかね?

 でも、確か実子はいなかったって聞いたけれど……。


「ほわぁ! こっちは栗です! 栗の香りがしますよ! イクシアお姉さん、こっちはなんなんですか? 私の情報にはないです!」

「新製品だそうですよ? 一昨日から販売しているそうです。美味しいですか? 紅茶のおかわりはいりますか?」

「美味しいです、紅茶も凄く美味しいのでおかわりしてもよろしいでしょうか!」

「ええ、勿論」


 いそいそと紅茶を淹れているイクシアさんがあまりにも幸せそうなので、俺もちょっと手伝いつつそのご尊顔を間近で……。だが、先程までとろけそうな笑顔を見せていたイクシアさんの表情から、笑顔が消えていた。


「なんと可愛い……どうすれば我が家に迎える事が……」

「イクシアさん、ダメですよ。それは犯罪です」

「は! すみません、つい」


 なるほど、理性が崩壊しかけるレベルだったのか。

 それからバームクーヘンを食べ終えた俺達は、迎えの人間が来るまで一緒に映画でも見る事に。

 無論、どういう訳か常備されている、俺の嫌いなホラー映画を。

 な、なに、心配はいらん。京都での戦いで俺のホラー耐性は――


「ひいいいいい! お姉さん手! ユウキ君先輩も手!」

「お、おう……」

「はい。ふふふ……もっと強く握ってもいいですよ」

「じゃ、じゃあ……」


 なんか俺以上に大げさに驚いてる姿に、ちょっと恐怖が薄れてきました。

 そして抱き着かれているイクシアさんが、もう天にでも召されそうな表情を浮かべていた。


「ここが楽園ですか……迎えの人間なんてこなければいいのに……ユウキ、こちらの手が空いていますよ、さぁ握って下さい」

「や、そこまで怖くないというかなんというか……」

「ひぃぃぃぃぃ! 出てくる、出てきます! 画面から女の人が!」


 あと、この世界でもホラーの鉄板はこのパターンなんですね……。




 映画を見終えると、精根尽き果てたようにナーシサス嬢がソファでダウンしていた。

 自分以上に怖がっていて、それもさらに小さい子だとこう……なんていうか、慰めたくなってくる。何か気の紛れるものでもないかとスマ端で適当な小動物の動画を漁っていると、興味を引かれたのかこちらの画面を覗いて来た。


「ぶぅつべ、ぶぅつべじゃないですか。私もこっちに来た時はよく覗いています! こっちに住み始めたら毎日見られるんですねぇ……」

「あ、そっか。グランディアってまだインターネットがないのか」

「そうですねー、一部の主要施設間を結ぶネットワークはあるんですが、こういう風な物はないです。それに、地球へのアクセスも一般的には難しいですし」

「なるほど……ほら、これ見て落ち着くと良い。猫動画は全てを癒す」

「おお! 猫、猫ちゃん! きゃわゆいですねぇー……本物って実はあまり見た事がないんです。小動物って魔物に狙われやすいので、保護区にしかいないんですよね」

「そういう弊害もあるのか……自由に見ていていいぞ」


 一応、最新機種なので画質も動作も最高です。後結構画面もでかい。

 テレビに繋ぐ方法も教えて、大きな画面で猫動画を堪能していると、操作を間違えたのか、ブラウザを閉じてしまった。

 すると、当然俺の待ち受け画像がテレビに大きく映し出される訳で……。


「あ、ノルンだ。ユウキ君先輩ノルンと知り合いなの?」

「あ、うん。ちょっと知り合い。ナーシサス後輩も知り合いなんだ」

「そうです、知り合いです。というか友達です。小さいころからよく遊んでいました」

「今も小さいけどな」


 痛い叩かないで! やばい、こういうからかえる友達っていないから凄く新鮮。


「あ、そうだ。ユウキ君先輩。君抜きで先輩でいいですか?」

「んじゃ俺もナーシサスって呼んでいい?」

「あ、ダメです。入学したら偽名にするように言われていたので、呼ぶときはナシアでお願いします」

「びびった、名前呼ばれたくないのかと思った。じゃあナシアで」


 聖女って結局どういうポジションなんだろうか? 宗教的なイメージもあるが違いそうだし。

 すると、家に呼び鈴の音が鳴る。彼女のお迎えだろうか?


「はーい、今あけまーす」

「失礼するぞ、ユウキ」

「あれ、ジェン先生じゃん。迎えって先生だったの?」

「ああ。まったく……まさか私が出し抜かれるとは思わなかった。ナーシサス様、学園に戻りますよ」

「分かりました。ユウキ先輩、イクシアお姉さん、バームクーヘンありがとうございました。きっと入学するので、また遊びに来ますね!」

「はい、是非また遊びに来て下さいね。なんでしたら住んでくれてもいいですからね?」

「本当ですか! ちょっと聞いてみますからね本当に!」


 マジだ。マジで自分の娘にする気まんまんだイクシアさん。という事は俺の妹に?

 って、さすがにそれはないか。

 迎えに来た先生は、いつものラフな格好ではなく、まるでSPのようなキッチリとしたスーツ姿だった。それに様付けで呼んでいるし、相当偉い人って感じなのだろうか?

 ……猛烈に泣く子供って印象しかないんだけど。


「んじゃ、またなナシア。無事に合格してこいよ」

「はい! その時は私にお祝いとしておすすめの『こんびにすいーつ』なるものを御馳走してください!」

「ははは……了解」


 まるで逃げられないように掴まえているのか、しっかり手を繋いで帰る二人を見送る。

 そうか……俺ももうすぐ後輩を持つようになるのか。なんだか新鮮だな、この学園で後輩っていうのも。


「……で、いつまで手を振っているんですかイクシアさん」

「……帰ってしまいました。とても、とても可愛らしい子でしたね。ユウキも勿論可愛いのですが、あのなんとも愛くるしい姿は……膝に乗せて抱きしめたくなりませんか?」

「すみません流れで俺の事も可愛いって言われると、同意しにくいです」

「そうですか? ユウキに分かりやすく言うとですね、ユウキもあの子の事、可愛いって思ったでしょう? それと同じだけの気持ちを、常に私はユウキに抱いているという訳です。さぁ、あの子の事ばかり構ってしまい寂しかったでしょう? 今日はいつもより沢山抱っこしてあげます」

「すみませんさすがにお断りします……俺ももう先輩なんで、もう大人なんで」


 いつかもっと大人だと思われたなら、こういう扱いも改善されるのだろうか……?


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