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第六十七話

 焚火の炎が消えかけ、うっすらと空が白んできた頃、遠くからジェン先生の声が聞こえてきた。


『みんな、どこだ! カイ、ユウキ! アラリエル、コウネ! カナメ、セリア! 返事をしてくれ!』


 すでにみんな疲れ切って再び眠りについている中、申し訳ないとは思うが、大声で返事をする。


「先生こっちー! ちょっと今から狼煙上げるから、それ見てー!」




「みんな! 無事か!? 生きてるのか!?」

「無事じゃないけど、全員生きてる。ごめん……ちょっとまだ体力戻ってない」

「これは……呪い!? ここまで呪いを放つ存在がこの国にいるなんて……今回はリョウカさんに……私もガツンと言わないといけないぞ、これは……」

「はは……俺も言いたい」


 結局、聖騎士さんは来なかった。完全に俺一人でみんなを防衛したと言っても良い。

 さすがに、怒りも湧いて来る。……どんな事情があったのか、全部話して貰わないと納得出来ない。


「今救助の人間がこっちに向かってる。全員、必ず助かるからな、絶対だからな!」

「OKOK。先生泣くなよ、笑われるぞ」

「泣くに決まってるだろ……! なんで……なんでこんな……ユウキ、後で細かい報告をしてもらう事になるが……大丈夫か?」

「りょーかい……ただまぁ……今はみんなの治療を優先してね、先生。任せた」


 エナドリの効果か、それとも夜を越えたからか、みんなの身体の異常は殆ど残っていない状態だった。

 それにも関わらずジェン先生は俺達を見て『ここまでの呪い』と言っていたことから……本当に俺達は死の瀬戸際に立たされていたのだろう。

 その後、救助ヘリが俺達のところまで直接迎えに来て、そのまま病院に運ばれたのであった。






 病院の集中治療室の中でも、とくに機密性やら隠匿性の高い病室に一人だけ移送された俺は、他のクラスメイトが無事なのか心配しつつも、やがて来るであろう人物にどんな言葉をぶつけるべきか考えていた。

 すると、電子音と共に厳重に施錠された扉が開き、一人の人物が現れた。


「俺一人だけこういう部屋に移送された段階で、来ると思っていましたよ、理事長」

「……失礼します。この度は……心より謝罪させて頂きたく参りました」

「無理にそんな言葉使わないで下さい。たぶん、そういう態度に満足するのは、権力者だけだと思いますから」


 初めて、理事長に皮肉をぶつけながら、少しだけ棘のある言葉を選ぶ。


「全て、私の責任です。今回、万全の下準備も出来ず、どこか浮かれていた節が私にありました。国に認められたと、この関西の呪術、仏閣を取り仕切る組織から許可を得られたからと、浮かれていました。結果、事が起きた時に迅速に動けず、生徒達を危険な目に合わせました。今回の事は全員の保護者に報告、改めて謝罪の場を設ける所存です」

「妥当ですね。たぶん、俺達は入学の段階で、ある程度の危険は承諾していたんだと思います。でもこれは……明らかに生徒の手に負える相手じゃありませんでした。護衛として潜り込んでいた俺が言うのも筋違いかもしれませんけど」

「いいえ、その通りです。私も、聖騎士を実際に動かす事が出来ませんでした。あくまで区画内に立ち入ることが出来るのはSSクラスのみ。部外者である護衛は絶対に認めないという言葉に何も言えず、防護策をとる事しか出来ませんでした」

「防護策とは?」

「禁止区域全体を別な結界で覆い、内部の存在を弱体化させる方法です。ですが……それでなお、貴方ですらこの重症でした。聞けば、貴方は事前に危険に気が付き、情報を得ようと動いていたと、キョウコさんから報告も上がっています。私は……その下調べすら出来ていなかった。他でもない、私がこの国の、この世界の呪術を……軽視していました」


 それは思った。そして実際、キョウコさんは蟲毒を始めとした情報を、ネット上でも見つけられなかったと語っていた。

 重要ではないと。特筆して探る物でもないと。そうこの世界の人間は認識していたのだ。

 だが実際には、魔法が存在するこの世界で、それらは秘術として想像以上の力を持ち、存在していたのだ。

 ……俺だけが、知っていたと言っても良い。正直、全て理事長の所為ではないと頭では分かっている。けど! そこまで……割り切れるだけ俺は……まだ大人じゃないんだ。


「見直しを。地球の呪術の専門家を引き込み、もっと研究して対策を練られるようにした方が良いと思います。後……今回の事件、なんだかおかしいです。偶然にしては……出来過ぎています」


 蟲毒だけじゃない。『理事長が後手に回り、対策を練る事が出来なかった』という事実が既におかしいのだ。まるで……こうなるように仕組まれていたのかの様に。

 俺の至った考えに理事長も至ったのか、黙り込んでしまう。


「……そろそろ、限界なのかもしれません。もう……私や秋宮を、地球は邪魔だと考えているのかもしれませんね……」

「……溝が深かった、ということですか」

「はい。今回の件は断続的に調査します。ですが……この任務、もしかしたら……重大な事故、取り返しのつかない事故を引き起こす為にしくまれていたかもしれません……だからといって私に責任がないとは微塵も思いませんけれど」

「……そうですね」

「ユウキ君、怒って下さい。本気で私を怒ってください。貴方にはその権利があります。私は、貴方とその友人を、危うく殺すところでした。だから、怒ってください」

「……はい、怒ってます。だからもう仮面をつけてください。なんだか、慣れませんし卑怯な気がしますから」


 今日、理事長は仮面をつけずにここにやってきた。

 泣きはらした目を隠そうともせず、今も涙を流しながら頭を下げ続けていた。

 その姿だけで、怒っていたはずなのに、逆にこちらの方が申し訳なくなってくるのだ。

 卑怯だ。卑怯だろこの人。狙ってやっていたのなら、悪劣極まりない人だよ。

 まぁそうは思わないけど。


「それで、他の皆はどうなりましたか? 後遺症はありそうですか?」

「今、私の元に所属している聖騎士が浄化をしている最中です。必ず、元以上の健康体に戻すと約束します。どういう訳か……ユウキ君は一切汚染の痕跡が見られませんでしたが」

「たぶん、イクシアさんと契約したからだと思います。どんな契約かは分かりませんけど、強力な加護を得ているって、神社で言われました」

「まさか……それは……なるほど、どおりで……」


 理事長はそれがなにか、分かっているようだった。


「それは古のおまじない。原初の祝福にして最強の術。親から子への、無償の愛と絶対の庇護を約束する物……文字通り、貴方の身は常にイクシアさんに守られ、同時にイクシアさんも貴方に守られている……そういうおまじないです」

「おまじない、ですか?」

「はい。ですが……力ある者の純粋な願いは、時に万難を排し、時空を超え、絶対の庇護を与える強い力を生みます。……本当に、貴方は心の底から彼女に愛されているのですね……」

「……そうだったんですか」


 つまりワッペンやペンダントでなく、俺その物がアンデッドを寄せ付けない加護を得ていた、と。


「別に、変な意味で聞いてるんじゃないんですけど、イクシアさんって何者だったんですか? なんとなく……理事長なら詳しい事を知ってるような気がしたんですけど」


 以前、理事長とイクシアさんが真剣に話し合い、なにやら契約を交わしていた事を思い出す。

 あの時、理事長はイクシアさんに何かを言いかけていたと思う。何を……知っているんだろう。

 これは疑いじゃない。俺以外の誰かが、俺の知らない家族の情報を知っているという状況が我慢できないのだ。

 ましてや……今回の件で、少しだけ俺は……この人への信頼を失いかけたのだから。


「……言わない、という選択肢はありませんね、今回は。ですが、これは私の憶測が半分であり、彼女が貴方に伝えていない以上……全てを話す訳には行きません。あくまで、私の推測、それを彼女が認めた訳ではないですから」

「……話してください。契約で守られたなら、俺はキチンと家族の事を、知りたいです」


 元孤児院の院長。元領主代行。少なくとも二千年以上過去のグランディア、今では神話として語られている時代に生きていたというエルフ。

 七〇〇近くまで生きた、子供好きで、凄く優しいお母さん。

 でも……それだけだ。それだけなのだ、俺が自分の家族の事で知っているのは。


「彼女は……神話の時代に大きな功績を残したという、偉大なる母と呼ばれたエルフ本人だと思われます。数々の偉人、歴史に名を残す人物を育て上げ、彼女自身、今日まで残る魔術や錬金術の基礎理論を幾つも築き上げ、数世代に渡りグランディアを発展させた存在。名は伝わっていなくとも、その功績と存在は確かに歴史に刻まれている。それが……彼女です。そんな彼女だからこそ、我々秋宮は細心の注意を払い、便宜を図り、そしてどんな契約も受け入れました。貴方は、そんな人物を呼び出した存在。彼女同様、貴方の存在はこの事実を知る私にとっては、最も守りたい、大切な人物でもあります」


 ……大方予想通りだった。ただの長生きなエルフのおばあちゃんの訳ないよ。

 だって、今回は日本のどこかの神をガチでビビらせたらしいし。俺、もしかしたらイクシアさん、グランディアの神様かなにかだと思ってたんだ。


「そうだったんですね。じゃあ……そんな凄い人に、思いっきり怒られてください、理事長。それで今回の事は水に流したいと思います。まぁ途中で詰まるかもしれませんけど」

「はい、それで良いです。詰めて詰めて、いつでも逆流させて怒りを私にぶつけてくださって結構です。私は……今回だけではなく、貴方に大きすぎる借りを作りました。もうユウキ君は私の部下候補でも生徒でもない、対等な契約相手です。尊重し、そして逆らい、気負うことなく私に立ちむかい、時に諫め牙をむく事を許した……本当の友人です。対等な、友人だと思いたいと考えています」

「……畏れ多いですけどね、それ。でも……分かりました。今度からもっと色々口答えしちゃいますからね、理事長」

「リョウカで構いません。貴方にはそれを許可します。異性で名を呼ばせる事なんて滅多にないんです。でも、許可します。貴方は対等の立場から……私を諫める権利があります」

「……みんなの前ではやめておきますね。でも、分かりました、リョウカさん」

「はい。……では、そろそろ動きます。今回の事後処理や保護者の方々への連絡がありますから。念のため、これから四日はここに滞在してください。病室も夕方には他の皆さんと同じ病棟に移しますね」

「助かります。じゃあ……また、学園で」

「はい、ユウキ君。ではどうか……安静になさってください」


 そう言って、リョウカさんは病室を後にした。

 相当参ってるな、あれ。少し前から学園への風当たりが強くなっている風に感じるし、国との溝も出来ていたって知っている身としては、多少甘い言葉をかけるべきなのかも、って思ってしまうけれど。

 でも……元々、俺は先方の都合でこの学園に入り、そして自ら受け入れたとはいえ、このクラスに配属させられたのだ。少しくらい、本当に少しくらい、不満を口にしてもいいではないか。

 みんなは今回の事、どんな風に思っているのだろうか。病室がうつったら、聞いてみないとな。






「ユウキ! お前だけ集中治療室に運ばれたって聞いたぞ、大丈夫なのか!?」

「あの時、君だけは動けていたけど、やっぱり負担が大きかったのかい?」

「大丈夫だろ、だからこっちに移されたんだろうが。そうだろ、ユウキ」


 男子生徒が集められた病室に移動した俺は、すぐに他の三人から質問攻めにあうのだが、ここ最近徐々に上がり始めた作り話スキルで――


「それ、逆に動けたから異常はないのかって心配されて詳細な検査が必要だったんだってさ。まぁ結果はここに移動したって事でお察し」

「だよな。だが今回は本気で借りが出来ちまったな、ユウキ」

「だろ? なら今度例の店にこっそりつれてってくれよ」

「いいぜ、長期休暇でもあったら連れてってやる」

「なんだ、なんの話だよ二人とも。何か食いに行くのか?」

「カイ君。それは正解とも不正解とも取れる質問だよ。中々面白いね」


 アホ話が出来るくらいには、みんなももう体調を取り戻しているようだった。

 身体に現れた異常も既に取り除かれているようだし、安心だ。


「カナメ、腕見せて。なんか結構グロいことになってただろ」

「あ、大丈夫だよ。さっき秋宮に所属する聖騎士さんに浄化してもらったんだ。凄いよね、本物のホワイトエルフだったんだ。ノースレシア大陸の希少種族だっていう」

「俺もあそこ出身だが初めて生で見たな。結構若く見えたぜ」

「お前、連絡先聞いたらあっさりと『私は人妻さ、ごめんよ少年』って言われて轟沈してたよな」

「うるせー!」


 あ、もしかしてR博士だろうか? ホワイトエルフだったんだ。

 ホワイトエルフ……通常のエルフとは違い、極めて淡い色素の白髪や銀髪を持つエルフで、ノースレシア大陸で稀に生まれてくるエルフなんだとか。

 通常よりも強大な魔力を持ち、また自然に発生する魔力との親和率も高いのだとか。

 さらに身体能力も高めという、まさに最強の種族らしい。ジェン先生もドラゴニアっていう凄い種族だけど、どっちが強いんだろうか。


「そういや女子は大丈夫なのか? それにあの場にはいなかったけど、キョウコさんと一之瀬さんは?」

「あの二人ならさっきお見舞いに来てくれたぞ。そうだ、二人ともユウキがここにいないからって凄く心配してたから、ちょっと顔見せてきたらどうだ? 今はたぶん、女子の病室にいるはずだぞ」

「んー、出歩いていいのかな、俺」

「いいんじゃねぇ? 俺らは念のため次の診察まで休めって言われたが」

「普通に歩いて移動してきたじゃんユウキ君。行ってきなよ」


 ならいいか。俺は早速、少し離れたところにある女子の病室へと向かう。

 どうやらここも一般の病棟ではないらしく、他に入院患者も少ない様子だったが、やっぱりこういう一般人が近づけない場所っていうのは、どこにでもあるもんなんだな。

 病室に到着してノック三回。女性の病室に入るのってなんだか緊張してしまう今日この頃。

 すると中から『入ってください』とコウネさんの声が聞こえてきた。


「失礼しまーす……あ、みんな起きてた」

「ユウキ!? 大丈夫なの出歩いて」

「ユウキ君、無事だったんですか?」

「ササハラ君、君はもう平気なのか……?」

「ふふ、やはり無事でしたか」


 コウネさんとセリアさんがベッドから起き上がり、その隣にそれぞれ一之瀬さんとキョウコさんが座り、なにやらお互いに手元を見ているところだった。


「みんなこそ大丈夫? キョウコさん、最後に通信した時襲撃されてるって言ってたから心配してたんだけど」

「私の方は一之瀬さんと先生がついていましたので、さほど苦戦する事無く耐える事が出来たんです」

「ああ。だが数が多くてな……ジェン先生と共に長時間拘束されてしまった」

「なるほど。コウネさん、セリアさん、二人は大丈夫? 後遺症とか跡とかない? 一応、二人には俺の魔除けグッズ渡したんだけど」

「あ、やっぱりユウキのだったんだこれ。うん、このペンダント凄いね、タリスマンとしては信じられない程の効能だったもん。イクシアさん作?」

「そ。コウネさんは……なんかごめん、子供のワッペンみたいなの服にはっつけちゃって」

「いえ、私はセリアさん程特別な加護、血に連なっていない関係で……正直、一番の重症になるところだったそうです。たぶん、これがなければ命を落としていたかも、と」

「……そうだったんだ。もう、身体は平気なんだよね?」

「ええ、先程秋宮の聖騎士さんが『もう大丈夫だよ』って言ってくれました。このワッペンを凄く欲しがっていたのですが、ユウキ君からの預かりものなので断っておきましたよ」

「私もペンダントを凄く欲しがられたね」

「ユウキ君。今回の件については先程理事長が直接謝罪に来たのですが、後日保護者を招いて正式に謝罪の場を開くそうですわ。それで……私が調べた結果、蟲毒の詳細は日本国内には存在しない事になっていました。貴方……さすがに覚えてないでは説明がつきません、何を知っているか教えて下さらないかしら」


 さすがにみんな被害者だったんだし、ある程度は言わないといけないよな。

 ……どうしよう、少しだけ、本当に触りの部分だけ言ってしまおうか。


「誰とは言えないけど、ちょっと中国の立場ある人と繋がりがあるんだ、俺。色んな文献とかもそれで見た事があるんだけど……知ってるのは理事長だけだから、あまり口外しないでもらえると嬉しいかな」

「……国外に人脈。貴方、ただの高校生だったのではなくて?」

「その高校生だったはずなのに活躍した結果が今の状況に繋がったんだよ」


 ちょっとむこうの首席さんとパイプがあるのは事実なので利用させて貰います。

 残念ながら某お姫様みたいに記念撮影はしてないけれど。


「嘘か本当かは、機会があればキョウコさんなら調べられるし、出来れば信じて欲しいかな」

「……そうですわね。ユウキ君は私の力を正確に知っていますし、嘘が無駄なのは知っているでしょうし。……ごめんなさい、疑うような事を聞いて。どうしてもこういう性分なの」

「ふむ……まぁ確かに私の流派にも秘伝のような物もあるからな。そういう知識が存在する事については疑ったりはしないが……なんにして、大きな借りが出来てしまったよ、ササハラ君。カイも、一之瀬流も、今回の怪異には太刀打ちできなかった。もし私があの場にいても、結果は変わらなかったはず。本当に感謝する」

「私も、正直こちらの世界のアンデッドなど、特別な対策など必要ないと考えていました。命を落とす事だってあるかもしれない。入学の際に受けた説明をどこか甘く見ていた節があったのは事実です。感謝します、ユウキ君」

「私もだよ。認識、改めないと……いくら進路を戦士に変えたからって、これまで学んできた魔術を疎かにしちゃいけない……対アンデッドの魔術、また学び直すつもり」


 今回の一件は、俺達全員の意識改革に大いに役立ったとも言えるんじゃないかな。

 俺も……橋での爆発以来、久々に命の危険を、自分ではどうにも出来ない事態という物を知った。

 これ、俺も受ける講義の内容、考え直さないといけないよな……。


「あ、そうだ。ユウキ君、このワッペン、もしも貴重な物でなければ私にくれませんか? お守り代わりに持っておきたいんですけれど」

「ん? どうなんだろ、なんか強力過ぎるようなら下手に受け渡ししたら怒られそうだけど……」

「これ、恐らくですがもうほとんど効力は切れてると思いますよ。触媒が市販の布製品なので、そこまで長く持たないんだと思います。それこそ、今回の研修の為だけに作ってくれたんじゃないですか?」

「なるほど……そりゃそうか」


 もし永続効果があったら、どんなアイテムでも最高級のマジックアイテムに大変身だし。


「んじゃいいよ、あげる。セリアさんもそのペンダントいる?」

「だ、だめだよ! こっちは本気でとんでもないマジックアイテムだよ!? くれるって言っても遠慮するよ、とんでもない価値なんだから!」

「そ、そうなんだ……」

「はい、私はこれ返すね。本当ありがとうね、ユウキ」

「どういたしまして。とにかくみんなも無事でよかったよ。理事長が言うには念の為にもう四日は京都に滞在する事になるらしいから、もしかしたら例の花火、見られるかもね」

「あら? それは嬉しいですわね。どうやらこの病院、市内から離れた山の上にあるみたいですから、きっとよく見られるはずですわ」

「ふふ、そうか。……正直、後悔の残ってしまう形の研修になってしまったのは否めないが……こうして最後に思い出を残せそうでよかったと思っている」

「だな。カイも無事だし、やったね一之瀬さん」

「な……!」


 もう少し、いや、もっともっと強くならないと。

 来年からはいよいよグランディアでの任務が始まるのだから。






 入院、と言ってもほぼ自由に過ごせる状態で院外にも出られる状態なのだが、三日目の夜。

 この日俺達は病院の屋上で、花火が上がるのを今か今かと待ち構えていた。

 入院中、今回の事件について詳細を報告する為、何度も理事長を交え、仏閣や霊地を管理する組織の人間との面会を行った。

 初めは懐疑的な組織の人間だったが、キョウコさんが調べた資料や理事長の言葉、何よりも戦闘の行われた場所での見聞の結果が、俺達の証言を真実と裏付けてくれた。

 恐らく今回も尾を引く事件になってしまうのだろうが……今はただ、和やかに夜空を眺めている皆の姿に、どこか安心感を覚えていた。


「シッ、聞こえてきましたわ……」


 瞬間、大きな破裂音と衝撃波を浴びながら、大輪の花が夜空を彩るのを見上げる。

 初めて見たであろうグランディア組の三人が、一様に感嘆の声を上げていた。

 俺も……夏休み中に『皆と見られたらいいな』なんて考えていた事が実現したことに、ちょっとした感動を覚えていたり。


「綺麗だね、ユウキ。これが花火なんだ……魔法じゃないんだよね」

「火薬と薬のはずだね。良かったよ、みんなと見られて」

「ええ、そうですね。一時はどうなる事かと思いましたが……良い、思い出になってくれそうですわ。ユウキ君、お疲れ様」

「こちらこそ、お疲れ様キョウコさん」


 残念ながら、病院内で浮かれた格好という訳にもいかないので、当然ただの私服姿なのだが、それでも十分すぎるくらい花火に照らされた皆はキラキラしていた。


「ユウキ君、これあげます。さっき病院の売店で買ってきました。噂の林檎飴ではありませんけど、どうぞ」

「またコウネさんは……ありがとう、頂くよ」


 差し出されるのは『ガジガジ君』という、物凄く硬いので有名なアイスキャンディだった。


「……本当に、良い思い出になりました。素敵な記念品も頂きましたし」

「それ、さすがにアクセサリーにするのは無理があるんじゃないかな」

「そうですか? では、今度鞄に張り付けておきますね」


 ワッペンを何故かペンダント風にしている彼女にツッコミを入れる。

 ただ、何故だろう? 以前も少し思ったのだが、こう……妙にナーバスに見える。


「コウネさん、何かあったの?」

「どうしてです?」

「元気ない。なんかいつもと違う。思えば一日目も少し元気がなかったよね?」

「んー、そうでしたか? ちょっぴりしんみりしているだけだと思いますよ。ここって素敵な場所ですから、あんまり長くいると戻る時に惜しいというか、寂しくなってしまうじゃないですか。だから、ちょっと気持ちが落ち気味なんですよ、きっと」

「はは、子供じゃあるまいし。また来る事もあるでしょ、その時を楽しみにしたらいいよ」

「……ええ、そうですね」


 一際大きな花火が打ち上げられる。身体が痺れるような、そんな衝撃を全身に浴びる。

 その時、コウネさんが何かを口にしたような気がしたけど、俺の耳には……届かなかった。

 何故か、頭に手を乗せられたんだけど。やめい、さすがに同級生に子ども扱いはされとうない!

 様々な思い出が出来た今回の実務研修は、こうして終わりを迎えたのだった。


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