第六十六話
夕刻。四方を山に囲まれている関係で、俺達のセーフハウスは既に闇の中に孤立しているような状況に陥っていた。
「では、これより三方向の山にそれぞれ向かう。残りは巡回が終わり次第、合流して向かえ」
「了解。じゃあミコト、キョウコ、ここはまかせたからな」
「ああ、コウネの足を引っ張るなよ、カイ」
「コウネさん、もしも通信が途絶えた際は指揮、任せましたわよ」
「任せてください。では、私達は後方の山へ向かいます」
南に位置する山林へ向かう二人。そして俺とカナメは東、セリアさんとアラリエルは西へと向かう。
一応、山中でも通信は届くのだが、霊障というのだろうか……通信が途絶える事もあるという。その場合は魔術による近距離間の直接通信になるらしいが、それも絶対ではないのだとか。
肌寒い筈なのに、ジワリと汗が滲んでくる肌を撫で、山林に飛び込む。
もう既に、何か得体のしれない空気のような物が渦巻いているように感じる。
「ユウキ君、まずは結界の境界、要石にされている起点を確認してから、山の周囲を哨戒。最後に山頂を確認したら北の山に向かう、いいかな?」
「今回は任せる。悪い、出たら全力で戦えるとは思うけど、正直作戦の判断は今の俺には難しそうだ」
「ん、自覚があるなら問題ないよ。行くよ、たぶん野生動物に擬態した悪霊がそろそろ出てくるから」
「……おう。くそ、やってやるよ……本気ではげ山にする勢いで暴れてやる」
「……程々にね?」
ほぼ駆け抜けるように山中を進み、まずは封絶結界の起点となっている場所の確認へと向かうと、その道中でガサガサと音が立つも、その正体がこちらに迫って来る、という事がなかった。
が、その物音に向かいカナメが斧槍を大きく薙ぎ払うと、その余波で木々のなぎ倒される音に混じり、まるで酔っぱらったおっちゃんがうめいているような声が上がった。
「……逃げていたねこいつ。低級のアンデッドだよ、これ。白骨死体と野生動物が混じったような」
「ひ……なんだよこいつら襲ってこないのかよ……」
「たぶん、ユウキ君から逃げてるんじゃないかな。もしも次に気配がしたら、ちょっと追いかけてみてよ」
「お前結構鬼畜だな? 俺になんの恨みがあるんだよ」
「まぁまぁ、はっきりしたら苦手意識も消えるかも?」
ぬぅ、そういうもんか。
再び駆け出し、またしても物音がしたタイミングで、恐怖を押し殺しその物音へと向かう。
すると、まるで木から出てくる途中のような、めり込んだ状態の……なんだこれ、骨?
とにかく異形の者が、こちらが近づくと全身を震わせ、必死にもがき始めていた。
「くそ……くそ……お前みたいなのがいるからこんな目にあってんだぞゴラ!」
デバイスを使うまでもなく全力で殴ると、木もろとも骨が砕け散る。
……なんだよ、余裕じゃねぇか!
「こ、これ勝てるわ、余裕だし? これ勝てるわ、あー余裕!」
「声すっごい震えてるよ」
「ウルサイワーイ!」
実際、ただの魔物だと思えば正直クソザコなのは分かった。でも、やはり死者が根底に関わっているというのは……嫌だ、不気味だ。
ともあれ、こちらを害なす事は出来ないのだと分かった。気持ち的に大分楽にはなった。
すると、耳に着けていたインカムからピープ音がし、セーフハウスのキョウコさんから連絡が入った。
『聞こえるかしら、ユウキ君』
「ん、どうしたの? これ全体通信?」
『いえ、個人通信よ。作戦開始から三〇分、敵との遭遇はしたのか気になったから。凄く恐がっていたでしょう? 大丈夫かしら』
……恥ずかしい、けど嬉しくもある。
「一応、今一体倒したよ。克服とまではいかないけど……なんとか戦えてる」
『そう、良かった。それとなのですけど、ブリーフィング中に貴方の言っていた蟲毒という儀式について調べた結果、やはり情報が極端に少ないの。一応名前は調べられたのだけど具体的な方法はどこにも載っていなかったから、情報源を教えて貰える? こっちでも洗ってみるから』
マジか。前の世界ならそれこそ、Wikiにすら乗っていたような気もするのだが、この世界ではそういうのも全部、国が管理する術? 知的財産? みたいな感じでしっかり守られているようだ。
適当に話をはぐらかし、逆に俺の情報を元に、誰かから話を引き出せないか提案する。
『そう、どこで聞いたか思い出せないと。ええ、分かったわ。今はそれを信じてあげる。こちらも、情報ベースではなく人の知識に頼ってみるわね。くれぐれも気を付けて頂戴』
「役立てなくてごめん、キョウコさん」
『気にしないで。詳細な位置はこちらでは分からないけれど、今貴方達二人は境界に向かっているのかしら』
こちらの方針を伝えると、キョウコさんがそのまま向かって欲しいと指示をしてくれた。
他の皆にも伝えてくれるそうだ。
「カナメ、確認が終わったら山頂に向かおう」
「了解。やっと本調子になってきたね、ユウキ君」
「俺があんなのに負ける訳なんっしょ。何か怪しい物でもないか、調べるぞ」
結果から言うと、境界にも山頂にも怪しい物はなく、それはどうやら他の班も同じだった。
そこで、予定より早いが北の山に向かう事になったのだが、間もなく他の班と合流する、というところで、今度は全体向けの通信が入った。
『全体に連絡。ブリーフィング時のユウキ君の言葉、覚えているかしら? 詳細はまだはっきりとしないけれど、確かに実在する儀式、それも禁術に相当する危険な儀式である事は確認がとれたわ。今、ここの霊脈の位置、仏閣の位置をまとめた地図を手に入れたのだけど……この区域は封鎖される以前、余剰な魔力や儀式後に発生する残滓が洗い流され溜まり込む位置だと判明。元々怨霊の発生しやすい環境だった事も含め、蟲毒の儀式が自然発生した可能性も十分にありえるわ』
「マジで嫌な予感的中……対処法とかって分かる? 俺、そこまでは分からないんだけど」
『ここから先の北の山は、流れが途絶えた川の行き着く果て。ある意味自然環境においても淀みが溜まりやすい沼があるわ。もしも何かが発生しているとしたら、その沼の可能性が高いわ。みんな、マップに表示させた場所に向かって頂戴。もしもそこに異常があれば……それを破壊しましょう』
うーむ……なんか偶然にしては条件が整い過ぎているようにも感じるな。
すると、同じく通信を聞いていた他の班からも声が上がった。
『発生した何かって、アンデッド? それさえ倒しちゃえばいいのかな?』
『そうね、ただかなり厄介な代物と思われるわ。出来ればセリアさんかコウネさん、アラリエル君みたいに魔術で攻めた方が得策よ』
『あいよ。んじゃあ今回は俺が決めるぜ、俺達が今一番近いから、セリアと二人で片付ける』
『おい、油断するなよ。俺とコウネももうすぐ着くから待っててくれ』
「はは、俺の所為か一番遅れてるのは俺達みたいだな」
「仕方ないよ。この山が一番大きいんだし。じゃあ沼に急ごう。その何かを倒しに。キョウコさん聞こえる? 発生した何かの特徴とか情報は?」
カナメが聞き返すと、俺の耳にも聞こえていたキョウコさんからの通信に、俄かにノイズが混じった。
『発生するのは蟲毒という一種の概念、霊――それがとり憑いた――魅を――』
「なんだって? キョウコさん聞こえない、大丈夫?」
それっきり、連絡が途絶えてしまう。なんだ? これが霊障なのか?
「たぶん、山の影に入ったからだと思うよ。これは……もう少し衛星を中継したり、魔力の流れを強く利用した設備に変えるべきだよ。いくら最新式でも、グランディア産の物ほどじゃないね」
「機材のダメ出しはいいから、まず急ごうぜ。たぶんコウネさんが指揮を引き継ぐはずだから」
「だね。急ごう、もうすぐのはずだから」
再び足に力を入れた時、丁度再び通信が。
『こちらコウネ、指揮を引き継ぎます。アラリエル君、セリアさん、どこです? こちらも沼に到着しました。西の畔で合流しましょう――はい? ちょっと静かにしてくださいカイ』
『いや、だから何か水音が聞こえるんだって、魚が跳ねたみたいな。なんだ、何度も聞こえる』
『まぁ、どこかの川に繋がっているからでしょうか? 釣りでもして――』
だが、唐突にそこで通信が終わる。なんだ? 魚? 水音?
ちょっとやばくないか、これ。
「全力で行く。カナメ、行くぞ」
「……分かった」
木々を縫うのを止め、木の上を跳ぶ。こっちの方が早い。
すると向かう先に、星の少ない今日の夜空を反射する沼が確かに見えてきた。
急ぎ周辺を探索するが、皆の痕跡がない。だが――
「ユウキ君。さっき通信で言ってた水音……するね」
「ああ、しかも何度も。魚じゃねぇでしょ、この頻度」
パシャパシャと、ある程度の大きさのものが水面を何度も跳ねているような音が、鳥の声も虫の声も聞こえない山の中に響く。
「なんだ? 今沼で何か見えたような……」
「波紋? ユウキ君、なにか跳ねてるのは間違いないよ。あれ……なんだろう、まるで水切りでもしてるような……」
「は? いやさすがにこんなとこで遊んでるわけないだろ、先にアラリエルが来ていたとしても」
まさか暇潰しに? コウネさんとカイが聞いた音の正体はアラリエルか?
波紋がどちらから届いて来るのか見極め、丁度沼の対岸と突き止めてそちらに向かうと、確かに人影が沼に向かい、石を投げこんでいるのが見えてきた。
だが、それは――
「ありゃ!? おい、お前コミじゃん! なんでこんなとこにいるんだよ、まさか山で遭難か? 大丈夫かよお前!」
「あれ、お兄ちゃん。そっちは……そっか、みんな知り合いだったんだ」
「みんな?」
昼に神社の近くの空き地で、暇潰しの相手になってくれていた少年がそこにいた。
昼に教えた水切り、こんなところで一人で練習していたなんて……こりゃさすがに保護しないとますいよなぁ。
と、その時だった。インカムから何かが飛び出す気配がし、驚き振り返ると、そこに光るハムスター、キョウコさんの召喚した精霊? 確か名前は『エレクレアハム子』とかいう精霊が浮かび上がっていた。
『あ、あー、聞こえますかユウキ君。通信が遮断されたので精霊を直接飛ばしました。先程の続きですけれど、発生するのは概念、一種の精霊種のような存在ですが、それがなんらかのアンデッドや生物にとり憑き、強力な魔物、一種の亜人種に変貌した物を“蟲魅”と言います。蟲毒の蟲に、魑魅魍魎の魅と書いて蟲魅。恐らく、それが発生しているはずです。くれぐれも気を付けてください、最悪……誰か犠牲者が出る可能性もあります、強力な呪いを振りまいているはずですから』
……おいおい、蟲魅って、コミだよな……まさかお前、なのか?
「ユウキ君……それ、なんで話せるの……離れて! 僕の槍の近くに来て!」
「っ! コミ、お前!」
するとその時、無邪気に石を弄んでいたコミの手から石が落ちる。
だが、落ちたのは石だけでなく、指も、そして手のひらも、全てだった。
ボトリボトリと、崩れた肉片が落ち、目の前の少年の顔から色が失われていく。
月明りが雲の切れ間から差し込む。すると、そこには顔の半分が消え去り、その断面から数多の虫が、指が、骨が蠢き生えだす――
「ひっ!」
「ユウキ君早く!」
急ぎ離れると、子供とは思えない声で話し始めた。
「なんデ急に怖がルんだよお兄ちゃん、一緒に遊んでたのニ」
「お前……ここに先に来た仲間はどこにやった」
「恐がるし、いきなり虐めてきた。ダからお兄ちゃんニおしえテもラった遊ビの練習に投げチャった」
なんだ、なんだよこいつ。
「ユウキ君、最初からおかしかったよアレ。なんで話しかけられたの? 人の形してなかったよ!?」
「マジでか……俺には子供に見えたんだ」
「……強力過ぎる加護で、逆に見えなくなってたのかも。それとも一時的に人の姿を取り戻せていたのか……」
「……昼にも見たんだ。その時も子供だった」
「逢魔時を過ぎたから、力が増したんだと思う。……これまずいよ。僕の槍でも相殺しきれない呪いが来てる。ごめん、ちょっと僕は離れてみんなを探す。一人で耐えれそう?」
そう言いながらカナメは、徐々に表面に血管が浮かび上がり、そこからじわりと黒い血が滲んでくる腕を見せてきた。
これが、呪い!? 直接人体に外傷を与えるこれが呪い!? 強力なんてレベルじゃないぞ!? 槍を持ったカナメでこれなら、他のみんなは――
「……カナメ、沼の畔、どこかに流れ着いてるかも。アイツ、みんなを沼に放り投げやがった」
「え……分かった、探してくる」
怖い。けど怖い以上に緊急事態だ。怖さを凌駕して焦りと――戦いに移行しろっていう意識が働く。
「コミ、お前……そうか。そういうことかよ……一緒に住んでたやつと喧嘩して、それでお前……喰ったんだな?」
昼間、こいつが言っていた事は全部真実だったんだ。それを勝手に俺が勘違いした。
こいつは封絶された地域に閉じ込められていた数多のアンデッド、怨霊の中で、ひたすら共食いでもしていたんじゃないのか?
そして神社にいけなかったのも……力をつけて抜け出せるようになっても、さすがにあの場所まで行く事が出来なかったんじゃないのか?
「オニいちゃんナカマじゃなかったの。神社ニキらわれテたよね。僕をミテモにげなかッたのに、なんで? 一緒に遊んでくれたノニどうして?」
「……ごめんな、もう遊んでやれねぇ。お前に何があったのかもわからないし、理由もなにかあるのかもわからないけどよ、たぶんお前ここにいちゃダメなヤツだ。だからよ――」
クソが、小さい子供一人でいるのを見てつい、感情移入しちゃったじゃんかよ。でもお前化け物だわ。平然と他を殺せるやばいヤツだわ。少なくとも――カナメですらあの有り様だ、先に行っていたみんなはどうなった? こいつは生かしちゃ置けないだろ。
「キョウコさんまだ聞こえてる? やべぇのと遭遇、下手したら俺以外全員死ぬかも。聖騎士さん呼んで。本当にピンチ」
『っ! こちらも現在セーフハウス周辺にアンデッドの反応あり。迎撃に先生と一之瀬さんが向かいました。外部との連絡がつきません、一度この精霊を回収しても?』
「お願い、今から本腰入れて戦うから、生きてたらまた!」
電気ハムスターが消えたのを見届け、そのまま駆け出し、まだ何か話しているコミに向かいデバイスを振るう。
身体を砕き、大地ごと吹き飛ばす事は出来ても、すぐにそれが無意味だと知る事になる。
声が、止まない。どこからか聞こえ続ける。
「なんでお兄ちゃんもイじMe流の? なNデ? どうしTe?」
「どうしてもだよ!」
救いなんていらない。俺にそんなもの求めるな。俺の本来の任務はなんだ。護衛だろ、クラスメイトを守る事だろ。もしかしたら手遅れかもしれないんだぞ、なんとかして潰すしかないだろ!
風絶。風の魔導を駆使しての攻撃を加えるも、身体が消し飛ぶだけで声が止まない。
ぞくりと、まるで顔の隣にコミの顔もあるかのように、間近で聞こえてくる。
なんだよ……俺に与えられた加護はあくまで守りなのか? 攻撃に意味がないのか?
「おいでヨ、おにいちゃんな羅しななイよ。あそぼ、水切りシよ鵜?」
「お前でな! ラァ!」
今度は身体を掴み、思い切り沼ぬ向かい放り投げると、まるで沼を割るようにしてコミがぶちこまれる。
すると、その余波で近くの岸に――
「カナメ! こっちに打ち上げられた! みんながいる!」
カイやコウネさん、他のみんなが打ち上げられた。
だが――もう、身体の表面が人間のそれではなかった。
変色し、水で膨れ、そこから黒い液体がとめどなく漏れ出すという、おぞましい姿になっている。
ふざけんなよ、ふざけんなよ! なんだよこれ!
「どうすりゃ倒せる……俺も儀式うけてりゃいけたのか? なんだよ……なんでこんなのが相手なんだよ!」
こちらは攻撃を受けない。けれども同様に相手を倒す事が出来ない。千日手だ。
どうする、漫画やアニメ、ゲームならどう切り抜ける!?
「有効な攻撃手段を見つける……なんだ、どうすりゃいい……」
「ユウキ君! 全員回収した! 生きてはいるけど、極度の呪いだと思う! 僕も……そろそろ持たない!」
数多の呪物、化け物の共食いの果てに生まれたアンデッド。それはどうすれば消せる。
未練を断ち切る? もうそんな単純な物じゃないだろ。儀式で生まれた存在だろ……。
俺の武器がカナメの斧槍のように、神性を帯びた物ではないことが悔やまれる。
借りるか? いや、そうしたら一気にカナメも呪いに侵される。それに……他のみんなもまだ生きていられるのはあの斧槍のおかげかもしれないじゃないか。
「……加護って、俺に直接かかってるんだよな、きっと」
俺は首から下がっているペンダントを外す。
その瞬間、ドクンと心臓に痛みが走るが、同時に耐えきれない物ではないと判断し、すぐにチョーカーのリミットも全て解除する。
だが、それでもいつもよりも身体が重かった。
「カナメパス! これと槍交換!」
「ごめん無理! 僕から一定以上これ離れない!」
「ああわかった! んじゃこのペンダント誰かの首にかけて! 魔除けだからたぶん!」
これで、さらに手札が消えた。コミは俺のあがきを見て面白がっているのか、けらけら笑っている。
半分しかない顔が笑い、相変わらずおぞましい物が断面から飛び出し蠢いている様子が見えるが……気持ち悪いというよりも、無駄にこちらを怖がらせる外見をしている事に、だんだんといら立ちが募って来る。
「いいかげんにしろよ……怖いってのは一番怒りに近い感情なんだよ! 死んでんのに生きてる人間に手出してんじゃねぇよ! 死人ってのは生きてる人間見守るもんだろうがよチクショウ!」
怒りに任せてもう一度切りかかるも、今度はついに反撃のつもりなのか、俺が教えたフォームで石を投げてきた。
痛くねぇよ、そんなもん痛くねぇ。ただ、痛くないというよりも、俺に触れられないという感じだった。
まるでバリアのような物に弾かれ、粉々に砕け散る石。なんだ? 加護にしちゃ反応が過剰過ぎるぞこれ。
「なぁにそレ。……それで神社に入れなイノ? それぼくにチョウダイ」
「あ? お前にあげるもんなんてもうなんもねぇよ!」
なんだ? ペンダントならさっきカナメに渡したし……あ!
俺はシャツのおへそ部分に張り付けていた、イクシアさんが改造したアップリケ、なぜかピーマン柄のアップリケを剥がしてみる。
その瞬間、再び心臓に痛みが走る。だが、これもなんとか耐える事が出来た。
これ……さっきのバリアみたいなのを出してくれたのか?
「……あるよな、こういう展開」
ピーマンアップリケをデバイスの刀身に巻き付ける。
マジックテープ式なのか、しっかり固定されたそれを満足気に眺め、構えを取る。
「……最後の手段ってヤツだ。これでダメなら……聖騎士様の到着まで粘るしかない!」
「ソレなーにいいいいいいいいいい!!!??」
興味を引かれたのか、無邪気に、そして呪いを振りまきながらかけよってくるコミに向かい、再び一閃。
……手応え、あり。消し飛んだ感触ではなく、確かになにかを切り裂いた感触で手に伝わる。
「いだ……いだィ! いだいいだ! なんで! なんで! ソレ嫌イだ!」
「効果は抜群ってヤツか! カナメ、もう少しだけ耐えてくれ! ……これ、終わらせる!」
駆け抜け一閃。確かな手ごたえと共に、コミの断末魔であろう、腹の底から出したような叫び声が木霊した。
「なんでえええええ! いだいいおおおおおおおおおおお! なんでえええええ! あそんだダケだよおおおおおおおおお! なんでえええええええ!!!!」
「知ってるかコミ。ピーマン嫌いな子供はな……大きくなれないんだぜ」
まぁ、そんなの嘘だろうけどな。俺がその証拠だ。
声が消えると、先程までこちらを蝕んでいた心臓の痛みが止んだ。
けれども同時に、リミッターを解除しているというのに、猛烈な倦怠感と悪寒がこちらを襲う。
……アップリケ、剥がした影響かな……。
重い足取りのまま、徐々に意識が遠くなりながらも、倒れ伏したみんなを守るように斧槍を地面に突き立て守っていたカナメの元へ向かう。
「カナメ……大丈夫か……」
「……ごめ……かなり……きつい」
「これ……貼っとけ……ペンダントは……そうか、セリアさんにつけたのか……」
「回復魔法も使えるから……なんとか早く目覚めないかなって……」
既に、コミは倒した。なのに、気を失った仲間達の身体は相変わらず黒く爛れている。
少しだけ収まったような気もするが、依然として目を覚ます気配もない。
「朝まで耐えたら……マシになると思う……今は動かない方が良いよ、これ」
「大丈夫、なのか?」
「朝の陽ざしは最高の魔除けだからね……たぶんみんなも楽になると思う……ユウキ君、なにか薬、ない?」
ある。今回も持ってきました、イクシア印のエナジードリンク炭酸抜き。
持ち運びがしやすいパウチタイプとなっております。イクシアさん作である。
だが、正直傷は癒せても呪いまでは……」
「カナメ、一口飲め」
「うん、いただきます……美味しい」
「じゃあ、他の皆にも目が覚め次第飲ませるから」
回し飲みだが、今は我慢してもらう。そうして、満足に動けない中、僅かな星と月の光に照らされながら、満身創痍の俺達の一年最後の任務の夜が過ぎていった――
深夜。まだ身体が重く感じる中、なんとか身体を動かし倒れている仲間達の様子を見る。
やはりまだ霊障の一種だろうか、肌が変色しているが、それでも寝息が聞こえてくる事に一安心していると、カナメも起きていたのか話し始めた。
「ユウキ君……僕は大分楽になったから……このワッペン、他の人に張ってあげて。回復魔法が少しでも使える人……コウネさんがいいかな……」
「了解。張ってくる」
コウネさんも、顔の大半が変色してしまっていた。ひとまず、服の上からお腹にワッペンを張ってあげると、目に見えて彼女の表情が和らいだように見えた。
そして、すぐにくぐもった声と共に――
「……私……生きていますか……? 誰かいますか……何も見えないです……」
「大丈夫、生きてるよ。今、みんな満身創痍だけど生きてる……朝になったら助けも来るから、これ、一口飲んで。回復薬だから」
「ユウキ君の声です……本物、ですよね」
「うん、口開けて」
小さく動く口に、パウチの飲み口をそっと差し出すと、パクリと加え、小さく吸い始めた。
「……美味しいです。それに……お腹が温かくなってきました……」
「よかった。もし余裕が出来てきたら、まずは自分自身に回復魔法、使える? 正直今、俺達かなりピンチなんだ。敵はもう倒したけど」
「分かりました……」
そのまま、小さな光がコウネさんに灯る。
まだ予断は許さない状況だけど、これでいけるか……?
少し体調を取り戻したコウネさんが、同じく徐々に呼吸が落ち着いてきていたセリアさんに優先して回復魔法を使うと、今度はセリアさんが目覚め、順番に周囲に回復魔法を使い意識を取り戻していく。
そしてこのエナドリを回し飲みし、体力を徐々にみんな取り戻し始めていた。
「全員、これで起きたな……たぶん、まだ動けないけど、とりあえず危機は去ったって状況。なんか呪いの影響を受けてるらしいけど……」
「うん、結構重い呪いだと思うから、私だと治せないかな。今は安静にしてた方が良いと思う」
「くそ……一之瀬流を身に着けていても、対魔の術を殆ど修めてこなかったのがこんな形でアダになるなんて……」
「チッ……地球のアンデッドを舐めてたわ。あいつ、目が合っただけで俺の意識を奪いやがった」
「私も。あれはダメだよ……よく無事だったよ、カナメもユウキも」
「僕も、この武器がなければ同じ目に遭ってたかも……ほら、この通り手が動かないんだ」
「……ちょっと、私も油断していました……最近自分の評価が上がって来た事で、気が緩んでいたんだと思います……朝まで、焚火でもして寒さをしのぎましょう?」
そうだ、一応動けるようになったのだし、今は夜を無事に明かす事を考えなければ。
一番ましに動ける俺が、あたりの枯れ木や草を集め、セリアさんに火をつけてもらう。
なんだか、今までで一番安心出来る火だよ、これ。
「よく……あんなのに勝てたなユウキ。どうやったんだよ」
「正直俺も危なかった。物理、魔法だけじゃないんだよな……呪いにも対抗できる力がないと無理だわ。俺、今回びびっていろんな護符やら魔除けを持ってきたけど、それなしじゃ勝てなかった」
「結果として、それが正しかったんだと思う。少し臆病なくらいでよかったんだよ……」
「そうだね。僕も心のどこかで、ユウキ君が怖がってるのを見て少し、悪い言い方だけで小馬鹿にしてたところがあったと思う。でも……それに僕達は救われた」
「あの、ユウキ君。救助って来てくれるでしょうか? 無理そうなら、なんとか朝になったら麓にいかないと……」
「大丈夫、キョウコさんに連絡入れておいたから、助けも来ると思う」
これまで、さほど苦戦することなく、被害が出たとしても俺だけで済んでいたけど、違ったんだ。これはゲームでもゲームのような世界でもない。死と隣り合わせの危険が、平然とそこに存在する世界だったんだ。
そして、俺達はその死に近い場所で、戦いの訓練にあけくれていたのだ。
今回の実習は、俺達にその事実を、深々と刻み込んだのだった――